公爵令嬢ですが婚約者の王子がすごい素直で声がでかい
ざまぁとかはないです。乙女ゲーとかでもないです。
王立魔法学院の放課後。食堂で優雅なティータイムを過ごすつもりだったけれど、
どうにも上手くいかないらしいわと聞こえてくる大音声に思う。
「ミシェル!! ミシェルはいるか!!」
「はい、いかがなされましたか。王子殿下」
「うむ、実はそなたに聞きたいことがあるのだが!」
「わかりましたから、もう少し声をお抑えになられませ」
言っても聞かぬことはわかっているが、言わずにはおれない。
いい加減に我が婚約者殿は声を抑えることを覚えてほしい、と
私、公爵家の長女ミシェルは扇に隠して小さく息を吐いた。
「あの、で、殿下、あたし、あの」
「改めて紹介しよう、ミシェル! 彼女はヴィーナ!
『金蔓』の男爵令嬢ではあるがよく私に話しかけてくる気さくな人間だ!」
「殿下、声をお抑えになられませ」
この国では一定以上の財を王家に捧げることで新しく貴族になることができる。
そういった貴族を『新興貴族』と言っているのだが、旧貴族……いわゆる、
高貴なる血筋を継いできたお歴々は侮蔑として『かねづる』貴族と呼ぶことがある。
彼らの家は紋章に金色の蔓植物を入れるよう命じられているからだ。
非常に失礼なので『かねづる』と呼んではいけない王宮マナー講座初級編で学んだはずなのだが。
「かねづっ……」
「どうしたのだヴィーナ。金の蔓とはかつて災害によって苦しんだときの王に
黄金を下げた蔓を捧げて国を救う手助けをしたという素晴らしい由緒ある由来の紋なのだろう?」
「殿下、どうしてそっちはお覚えになってるんですか」
そういう話は王宮歴史学初級編のおじいちゃん先生がお茶の時間に教えてくれたけど!
だからって空気を読んでください! 殿下!
可哀想に男爵令嬢も目を見開いて絶句してるじゃないか。
「面白かったからな! そうだ、ミシェル! それで聞きたいことと言うのはだな! このヴィーナが」
「待って、殿下、お待ちください、ええい、『風よ秘めよ!』」
べしり、と王子の口に扇の先端をあてる。瞬間、薄緑色の光が扇から王子の喉元へ走る。
ああ、やってしまった。これは扇に付与された一日一回しか使えない魔法。
話し声を私の手の届く範囲の人間にしか聞こえなくするものだ。悪用できるので
王家の許可なき使用は禁じられており、王子の婚約者の私でさえ多用はできない。
「む、使ったのか? では堂々と聞けるな!ミシェル、そなたの取り巻きだという令嬢たちから聞いたが、
そなたはこのヴィーナを『蝶番が壊れている』と言ったそうだが本当か?!」
「馬鹿ーーーーーーっ!! 『水よ覆え』!」
再び扇に込められた魔法を使う。霧による目隠しの魔法だ。
霧の中で何が行われているかは、ある程度以上の魔力持ちでないと見えないようになっている。
今のところ学園では私と王子が同レベルにハイレベルなので、誰にも見えないはずだ。
「この、馬鹿! 馬鹿王子っ! うら若いご令嬢になんてこと言うのっ!
王宮マナー講座初級編で習ったでしょーっ!」
「えっ、ええっ?! そうだったか?! 全然覚えていない! どういう意味なんだ?!」
「聞くなーっ!」
びしびしばしばしと扇で王子を叩く。これも王家から許可は済み。
私は動物の調教師じゃないというのに、王子への指導を任されてしまっているのだ。
「そもそも、王子! 取り巻きだとかいう令嬢に覚えはありましたか?」
「……わからん! 女の顔はそなたと姉上と妹とヴィーナ以外は全部同じに見える!」
「それもかーっ! それも直ってないのかーっ!」
公爵令嬢にあるまじきことだが、スカートの裾が捲れるのも躊躇わず地団駄を踏んだ。
「あ、あの、聞いていい、ミシェル様?」
「へっ? えっ、はい」
話しかけられると思っていなかった男爵令嬢の問いかけに、思わず頷いてしまう。
「……もしかして、その、殿下は……ちょ、あたしが言われた言葉が、わかって、ない……?」
「…………」
私は黙って微笑んだ。こめかみに青筋は浮かんでいるだろうが、沈黙は肯定と見なされるだろうが、
一応これでも王子は王子なので他の貴族に言ってはいけないのだ。
「うむ、わからん! わからんが、何かしら悪口であるらしいな!」
「場の空気を読めーーーーっ! 胸を張って言うなーっ!」
そんな私の努力を綺麗さっぱりダメにするのだ、この王子は。
「う、うぅ、だいたい貴女もよろしくないのよ! 幾ら学生の内は平等とはいえ、
高位貴族のご家庭の殿方にばかりお声がけして!」
「え、だ、だってお父様が学校ではいっぱいお友達作りなさいって言うから……
高位貴族の皆様は顔が広いし、友達の友達は友達ってことにならないかなーと」
「素直か!」
まさか王子並みのぽんこつが他にもいるとは思わなかった!
「二人とも! 礼法の先生のとこにいきますわよ!
自己補習を受けさせてもらわないとダメなやつですわこれ!」
「そうなのか?!」「そうなの?!」
「そうなの!!! ヴィーナ嬢は普段から敬語使って! こないだ礼法の試験高得点だったでしょう!」
「いやー、堅苦しいのは苦手で」
「わかる。気楽な友人になれそうだな、ヴィーナとは」
「わからないでくださいまし!!」
こうして私は、婚約者と……その友人、だかなんだかを、
礼法の先生のところまで引きずっていくハメになったのだ。
「まったく! これでは婚約解消されてしまうかもしれませんよ王子!」
「えっそれは嫌だ! 私はミシェルが大好きだからミシェルと以外結婚したくない!」
「あらまぁ、お二人ともあっつあつじゃないですかー」
「だああああーーー!」
顔が怒り以外の理由で真っ赤になるのがわかる。
自分の心に嘘はつけない。このぽんこつ王子のことを、私は嫌いになれないのだ。
心の底からまっすぐな好意をぶつけてくるのに、私は弱いのだ。
この、すごい素直で声がでかい婚約者の王子以外と結婚する気は、私にもない。
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キャラなど紹介
公爵令嬢:ミシェル
容姿端麗眉目秀麗の才女。王子がぽんこつすぎてツッコミのときは荒々しくなる。
卒業後は臣籍降下した王子が新しく立てる公爵家の実権を持つ予定。
王子のことは小さい頃から好き好き大好き言われまくってきたせいで好き。
王子
第三皇子。顔はいいし学業はばっちりなのだが、どれだけ学んでも素直で声がでかい。
人、特に女性の顔を覚えるのが苦手。あと悪口を覚えるのも苦手。
ヴィーナのことは珍しく顔が見分けられる女性なので友人になった。
ミシェルラブであり彼女以外と結婚する気はない。
男爵令嬢:ヴィーナ
顔は平均やや上だが成績優秀かつ天真爛漫な少女。実態は王子とどっこいどっこいのアホ。
お友達をたくさん作ろう→顔が広い人と仲良くなろう→高位貴族に話しかける
→なぜか(※気軽すぎるため)女の子たちは仲間に入れてくれない
→じゃあ男の子にがんがん話しかけていこう! と考えていた結果、
公爵令嬢の自称取り巻きたちに『蝶番が壊れている』と言われてしまった上に、
それを聞いた王子によって『かねづる』貴族呼ばわりされてしまった。
少し前まで庶民として暮らしていたため、悪口の意味がわかった少し可哀想な人。
8/10追記
魔力に関しては公爵令嬢や王子と同レベルにハイレベル。令嬢は慌てていて
王子をはたいてるのを見られたことに気付いていない。
王子のすぐそばにいたため風の魔術の効果範囲内でもあったので声が聞こえている。
『蝶番が壊れている』
女性に言ってはならない陰口その七、と王宮マナー講座の教科書には記されている。
意味は『いつでも男性を受け入れる』『男性関係がハデ』とかそういう意味なのだが、
初級編では『女性の尊厳を著しく損なう言葉』としか説明されていない。
その説明さえ綺麗さっぱり忘れてた王子はバカである。