無題
《背中についた爪の痕が、痛いのか熱いのかわからない。》
「大丈夫ですか?」
少し高く聞こえる少年の声に振り返る。
大丈夫?なぜそう聞かれているのだろうか。
地面に座り込んでいるから?
さっき彼氏の浮気現場を見て落ち込んでいるから?いや、それは見ず知らずの人が知るわけがないのでその事で聞いてきたわけでは無いだろう。
見ず知らずの人が声をかけてくるほど、自分は悲壮感漂う背中をしていたのだろうか。
「あの…大丈夫?」
振り返った俺の顔を見た瞬間に、少年が息を飲んだのがわかった。
何故だろうか。
大丈夫かと聞く声には困惑も混ざっているようだ。
何も言い返さずに黙ったままの俺に、少年が何かを差し出してきた。
「これ、つかってよ」
「え?」
身の前に差し出された物を見つめる。
布…だろうか?白い布だ。
なんで布?と思ったら、ポタリと水が膝に落ちてきた。
雨かな?だから布?
ありがとう。とお礼を言おうと口を開く。
が、その前に
「お兄さん、どこか痛いの?泣いてるからビックリしちゃったよ」
と、少年が布を頬に押し当ててきた。
え?
泣いてる?
俺が?
そっと、布を押し当てられている方とは逆の頬に手を持っていく。
頬が濡れている。
「…あ……」
さっきからポタポタ落ちてきていた水は、自分の涙だったのか。と、膝のシミを見つめる。
どうりで目の前がボヤけてよく見えないはずだ。
泣いていたのか。俺は。
そう自覚した途端にブワッと更に涙が溢れた。
少年から布を受け取る事も忘れて、止まらない涙を流し続ける。
そんな俺に少年がオロオロしながらひたすらに流れ出る涙を拭ってくれた。
「…ご、ごめん…おれ…俺っ……」
心配そうにせっせと涙を拭ってくれる少年の優しさに、さらに涙は止まってくれなくなった。
「大丈夫だよ」
何が。とは言わなかったがその一言で全部許される気がした。泣いてもいいんだよ。大丈夫だよ。そう言われた気がした。
きっと少年はそんな意味で言っていないが、今の俺には涙を止められる気がしなかったし、優しくされてタガが外れた。
彼氏との今までのアレコレが走馬灯のように流れていく。アレもコレも、せっかくだから流してしまいたい。そう思って泣いた。