8章 叫び-2 5色を纏った彼女達との出会い
「律さんの怪我は大丈夫でしょうか?」
「ここで彼女の心配するの? 律は敵なんだよ?」
それは重々に理解しているつもりだが、心配してしまう気持ちを彰人になら零してもいいのかなと思ってしまう。
「律を自分の敵だと判断したなら、貫かなきゃ。曖昧な気持ちは君自身の命取りになるよ」
彰人からの忠告だ。
山へ行った時に感じた仲間意識を引きずっているのは自分一人だと感じて、修司は「すみません」と謝る。
「僕だって、そんなに薄情な人間じゃないつもりだけど。今は彼女を思う以上の事を考えちゃダメだよ」
「彰人さんも心配だって思いますか?」
「まぁ、死なないで欲しいとは思うよ。キーダーは人殺しじゃないんだから」
彰人は少しだけ感情を滲ませて、「ところで」と足元を一瞥した。
「さっき下で気配が乱れてたけど、京子ちゃんが怪我した? まぁアイツが一緒なら心配はいらないんだろうけど」
気配だけでそこまでわかるのか。圧倒的な能力は、時計型の銀環の効果などお呼びではないらしい。
修司が「はい」と頷くと、彰人は顔を上げて耳に手を当てる。通信が入ったらしい。
「はい、わかりました」と応答した後、明るい口調でこちらの報告をする。
「ちょっと逃がしちゃったんだよね、二人とも。律の方は大分怪我してるから、そんなに動けないとは思うけど。うん、こっちは無事だよ。綾斗くんも? うん、そうだね――」
相手の名前を聞いて、修司は彰人を覗き込んだ。綾斗の所には美弦がいるのだ。
「美弦は? 美弦は無事ですか? そこに居るんですか?」
ジェスチャー付きで大振りにアピールすると、彰人はふふっと笑って自分の耳からイヤホン型の通信機を外し、「自分で聞いてみれば?」と修司の掌に差し出した。
恐縮しつつも修司はそれを受け取って耳にあてがった。気持ちが急いて一方的に尋ねる。
「綾斗さん! 無事ですか? 美弦はそこにいるんですか? 怪我してませんか?」
『えっ。その声は修司くん?』
突然の交代に戸惑う綾斗の声が聞こえてきたが、その声に重ねて、
『ちょっ、通信で変なこと言わないでよ! 馬鹿じゃないの、アンタ!』
キンと響いた美弦の怒号に、修司は慌ててイヤホンを遠ざけた。けれど、彼女の元気な声に「良かった」と安堵して耳に戻すと、横で彰人が悪戯な笑みを浮かべて説明する。
「それ、キーダー全員に繋がってるからね。アルガスにも筒抜けだから」
「ええっ。そりゃないですよ」
『俺も美弦も無事だから安心して』
肩を落とす修司に掛けられたのは、綾斗のフォローだ。
『こっちもな。お前も気ぃ抜くなよ』
別の声は桃也だった。大丈夫、みんな無事らしい。
ホッと息を吐いて修司は通信機を彰人に返した。悪びれる様子もない上司を咎めることもできず、修司は改めて彰人に向き合った。
「俺の事アルガスに呼んでくれたのは彰人さんだったって聞きました。ありがとうございます」
「仕事だからね」
毎度のセリフだ。確かにそれは本心かもしれないが、修司には妙に暖かく感じられた。
☆
彰人に連れられて会議室を出た修司は、二階の控室へと向かった。ジャスティの五人を屋上へと誘導し、ヘリへ乗せるというミッションだ。
一般客の入れない裏側の階段を下り、大きくなっていく騒めきをよそに彼女たちの元へ走った。
彰人がドアをノックすると、そろりと扉が半分だけ開いた。中から顔を覗かせた中年男に、彰人は「キーダーの遠山です」と身分証を示す。
「お待ちしていました」と全開になった扉の向こうに異世界を疑う空気を感じて、修司は緊張に息を飲みこんだ。
中年男の背後に、想像を超越した五つの顔が並んでいたのだ。五色バラバラの衣装を着る彼女達。名前なんて全然覚えていないが、黄色の服と頭のリボンで、えりぴょんだけは分かった。
動画や写真で見るよりも、ジャスティの五人が遥かに眩しく感じ、目の前に立っているだけで圧倒させられてしまう。
中年男は彼女たちのマネージャーということだ。小さなタオルハンカチでつるりと汗ばむ額を拭きながら、「この子たちをお願いします」とぺこぺこ頭を下げる。
「お任せ下さい。貴方はどうされます? 一緒に行きますか?」
「いえ、僕は誘導に回りますよ」
「分かりました。では、頼みます」
彰人は「行くよ」と五人に呆気ないくらいさらりと声を掛けると、早々に部屋を後にした。




