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8章 叫び-1 紺色の制服を着た彼との再会

   8

 一階の観客及びスタッフは搬入口(はんにゅうぐち)からの退避(たいひ)、二階から上は通常通り正面の入口から出すという指示が回った。修司のいる四階に観客の姿はなかったが、吹き抜けの階段から下の(ざわ)めきが伝わってくる。

 今この危機的状況(ききてきじょうきょう)が一万を超える観客に伝えられているかは分からないが、誘導(ゆうどう)員の中に制服姿のキーダーがいれば有無を言わさぬ強制力(きょうせいりょく)はあるだろう。


 四階の一番奥にある会議室。

 律の行き先を示す血の跡はとうに消えていたが、目的の場所は一緒だった。開け放たれた重厚な観音扉(かんのんとびら)の前に立ち尽くす彼女の後ろ姿を見つけて、修司は足を止めた。

 漂う気配に覇気(はき)はない。修司は足音を潜めてそっと彼女に近付いた。

 遠目に中を覗くと、並んだ机の向こうに人の気配がある。


「入れば? 二人とも」


 その声を懐かしく感じた。先に修司の視界に入って来たのは、テレビで目にした事のある恰幅(かっぷく)の良い中年男だ。その横で律と修司を迎えたのが、端正(たんせい)な顔立ちに笑みを(たた)える遠山彰人だった。


 律は眉間(みけん)(しわ)を寄せて、彰人を凝視(ぎょうし)していた。べったりと血が貼り付く肩と腕をもう片方の手で強く押さえている。

 憮然(ぶぜん)とした律の表情に困惑が混じり、修司は大丈夫かと言い掛けた言葉を飲み込んで、彰人へ視線を返した。

 この事実を知らされていた修司でさえ、紺色の制服を着た彼の姿に違和感を感じてしまう。


 「よく来たな」と手を叩いたのは、彰人の横で鼻を鳴らす近藤だ。背後の広い窓からの眺望(ちょうぼう)は絵になるような素晴らしい夜景だったが、それを称賛(しょうさん)する者などここには居なかった。


「何よ……銀環(ぎんかん)も付けてないじゃない」


 ブレザーの袖口(そでぐち)から(のぞ)く彰人の手のどちらにも銀環はなかった。ただ、初対面の時にしていたものと同じ、つるりとした装飾のない銀時計が左手首に巻かれていて、修司は「あぁ」と(うなず)いた。


「その時計が銀環の代わりですか? 桃也さんから、そんなこと聞いたので」


 昔京子に能力を隠していた桃也は、銀環の代わりに同等の効果がある指輪を付けていたという。


「ご名答。流石に指輪を付けるガラじゃないから、技術部の人に無理言ってコレにしてもらったんだよ。僕にはこんなの必要ないつもりだけど、上のおじさんたちが(うるさ)いからね」

「銀環のないキーダーなんて、キーダーじゃないじゃない。どうして貴方がそんな制服着てるのよ」


 律の声はずっと震えていた。


「仕事だからですよ。今日はこの格好してないと、一般人に紛れてしまいますからね」


「じゃあ貴方は、仕事だから私に近付いてきたの?」

「そう。最初から貴女は僕の敵なんですよ。僕はキーダーで監察員(かんさついん)遠山彰人(とおやまあきひと)です。貴女の動向をずっと見させてもらいました」


 躊躇(ためら)いなく肯定(こうてい)して自己紹介する彰人。彼もまた桃也と同じらしい。監察員は、美弦(みつる)の憧れる特務部隊だ。

 怒りの衝動に()き出た律の瞳が彰人を睨みつけるが、当の本人は表情一つ変えず、喜々しているようにさえ見えた。


「貴方、私を馬鹿にしてるの? じゃあ、あの山に来たヘリも貴方が指示したものだったっていうの?」

「あれは違いますよ。あそこに行くことは貴方が僕を呼び出した時点でアルガスに伝えていたけれど、たまたま通りかかった仲間が威嚇(いかく)しに来ただけですから。まぁ、僕も驚きましたけどね」


 あの後、駅で彰人が電話していた相手は京子だったのかもしれないと修司は思った。ヘリで京子が様子を伺いに来たことは、キーダーになった立場から聞くと大したことないように感じてしまうが、バスクだった修司には死をも予感させる九死に一生の出来事だった。


 微笑んだ彰人の瞳が猟奇的に光る。口をつぐんだまま睨み上げる律に、彰人は首を傾げて見せた。


「貴女だってホルスであることを隠していたじゃないですか。僕がキーダーかもって気付いてたんでしょう? だから、ホルスへの報告を修司くんだけにしたんじゃないですか?」


 「違うわ!」と律が声を張り上げた。一瞬彼女の気配が高まって、修司は慌てて身構える。


「そんなに興奮すると暴走しますよ――させませんけどね」


 彰人の注意に顔を背ける律。ゆっくりと気配が収まっていく。銀環がないからだろうか、京子や桃也と比べて律が放出させる気配の起伏(きふく)を強く感じる。興奮していけないのは銀環のないバスクの鉄則だ。


 律は昔恋人を戦いの中で失ったという。その悲しみで暴走しそうになったところを、(かたき)である男に命懸けで助けられたのだ。


「貴女が修司くんをホルスにしようと急ぐから、僕も大変だったんです」


 律はうつむいたまま肩を震わせ、患部(かんぶ)を強く握り締めた。


「何言ってるのよ。貴方がキーダーの訳ないじゃない。キーダーはあんなに強くないのよ? 貴方の強さはキーダーのものじゃないわ」

「僕はバスク上がりなんですよ。二年前のアルガス襲撃は僕と父が起こしたものです。敷地の鉄塔が二本倒れたのを覚えていますか? あれは僕がやったんです」


 律の瞳が大きく見開く。修司は綾斗の言葉を思い出し、「あっ」と声を漏らした。


「もしかして、京子さんが長官の胸像を吹っ飛ばした相手って、彰人さんだったんですか?」

「そんなこと聞いたの? 京子ちゃんは自分から言わないだろうから、綾斗くんから?」


 修司は「はい」と答えると、彰人は「あれは驚いたよ」と額の端を指で撫でる。


「そうか、それは素晴らしい。いいよ、その力。ぜひ欲しいね」


 もはや風景だった近藤が突然パチパチと手を叩いて、肩で風を切りながら前に出てきた。背が低く、突き出た腹にぴったりとフィットした灰色のストライプ柄のスーツ姿。ぴっかりと(あぶら)ぎった顔がじっとりと笑んだ。

 この男が十代女子の恋心を(うた)にするのかと想像しただけで寒気を感じる。


「君たちの力は人を殺すためのものじゃないだろう? この世に争いなんていらない。持て余した力をショーにして大勢の観客に披露すれば、究極のエンターティナーとして評価されるだろう。これ以上の祭はないと思わないか?」


 この力が人を殺す力でないことには賛同できるが、利益を得るための道具だとは思えない。彼の言葉が、欲望が、自分の好きなジャスティの歌詞を裏切っているようでたまらなかった。


 修司の隣で律が「貴方は黙ってて」と近藤を(とが)める。出血のせいか顔色が悪い。瞬きを繰り返すのは、あまり良くない状況だろうか。

 しかし近藤は彼女の言葉を気に留める様子もなく、


「君は楽しい女だね。容姿も悪くないし、バスクなんだろう? ホルスなんか辞めて私にプロデュースさせてくれないか?」

生憎(あいにく)、大勢の人に騒がれたいなんて思ってないわ。私は貴方とそんな話するためにここへ来たんじゃないの。キーダーとの接触も一つだけど、貴方の要求を拒絶する意思を示すために来たんだから」


 言葉の端々に短い呼吸が刻まれる。敵だと思いながらも、修司は律の具合を気にせずにいられなかった。彼女が怪我のせいで疲弊(ひへい)していることははっきりと分かるのに、その表情は毅然(きぜん)としている。


「人生なんて、そう否定的に生きちゃつまらないと思うけど」

「彰人さん?」

「ホルス側がそんなに渋ってるなら、僕が代わりに引き受けてもいいですよ」


 彰人の唐突な快諾に、近藤は歓声を上げて(ほほ)の肉をたわませた。律は眉をひそめ「ちょっと!」と声を上げるが、反動で傷んだ傷口に顔を(ゆが)める。


「貴方、能力者としてのプライドはないの?」

「プライド? 近藤さんも言ってたじゃないですか。この力は人殺しの道具じゃないって。僕は楽しんでくれる人が居るなら、むしろアリだと思いますよ」


 彰人は憮然(ぶぜん)とした表情の律から近藤へと視線を移した。


「けど、この服を着ている限り僕の力は国のものなので、貴方の(もう)けの為に勝手には使えないんです。だから、利益の出ないチャリティイベントの時にでも声掛けて下さい。その時は喜んでお手伝いさせていただきますよ」

「はぁ? 何がチャリティだ。ふざけやがって」


 激高(げきこう)した近藤が目を充血させて吐き捨てる。テレビで見る温厚(おんこう)な姿とはまるで別人だ。


「無欲でどうする? 私の事を金の亡者(もうじゃ)みたいに言う(やから)が居るが、私はビジネスをしてるんだ。金は私が世間に与えたものに対する対価だと思ってる。ウチの女の子達だって、私のやり方を非難する子もいるが、人には向き不向きがあるんだよ。可愛い容姿だけ持ってても売れるには足りない。それぞれ見合った所へ送り出してやるのは間違ってない考えだと思うけどね」


 近藤にそんな親心のようなものは感じないが、その言葉に修司の胸がチクリと痛んだ。


「まぁ、今日はこのショーをじっくり見させてもらうよ。その為に来たんだからな。さぁ、観客も引く頃だろう。キーダーとホルスで思う存分戦うところを見せてくれ」


 そう言うと近藤はあっさりと部屋を出て行ってしまった。

 彰人は「もう」と肩をすくめる仕草をして、両手を横にひらひらとさせる。


「僕が彼のボディガードだったんですけどね。まぁ、本人がそれでいいなら構いませんけど。それより律、大分やられましたね」


 三人で残ったのは気不味(きまず)かったが、沈黙を避けるように彰人が会話を続けた。


「腕と肩か。致命傷(ちめいしょう)ではないけど、ちょっと出血が多いね。相手は京子ちゃんですか?」

「違うわ。男よ。若いキーダー」


 彰人を(にら)んだままの律だったが、ぶっきらぼうに返事を返した。


「綾斗くんじゃないなら、アイツか。血の気の多い男なんですよ」


 彰人が律の顔をそっと覗き見ると、彼女はきまり悪そうに(うつむ)いて、「あの女が好きなの?」と尋ねた。

 彰人は小さく吹き出して、「そうじゃないですよ」と笑う。


生憎(あいにく)、恋人がいる女性には本気になれませんから」


 それは本心ですかと修司は心の中で彰人に尋ねる。

 律は顔面蒼白(がんめんそうはく)のまま込み上げる羞恥心(しゅうちしん)に顔を反らし、そのまま近藤を追うように部屋を出て行ってしまった。


「あぁ――行っちゃった」


 背中を見送る彰人に、修司は思い切って尋ねてみる。


「彰人さんは、京子さんを追い掛けてこっちに来たんですか?」


 二年前、好きな人を追い掛けて上京したと言った彰人。実際、彼の父親と共にアルガスを襲撃することが目的だったようだが、あらかたその話も嘘ではないと思えてしまう。

 彰人は少しだけ驚いた顔を見せたが、「違うよ」と否定した。


「さっき言ったでしょ? 上京したのは二年前のアルガス襲撃の為だよ。失敗しちゃったけどね。京子ちゃんは小学校の頃からの、僕の幼馴染(おさななじみ)なんだ」


 弁解(べんかい)の言葉も修司には肯定にしか取ることができなかったが、階下の混乱に戦闘の音が混じり出したことに気付いて、それ以上を聞くのは諦めた。


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