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7章 突入-7 アンコール一曲分の死闘

 白く(かす)む風景。

 律の懐に飛び込んだ京子が趙馬刀(ちょうばとう)を高い位置から振り下ろすが、瞬間的に現れた光にキンと(はじ)かれてしまう。そこから横へ(すべ)らせた刃の動きに、律は素早く後ろへと跳躍(ちょうやく)した。


 律の細い指が胸の前で宙に五つの小さな円を描くと、指先の動きに合わせて光が軌跡を残す。横並びの円が左からボンボンと硝煙(しょうえん)()き上げて光の玉へと姿を変え、一つずつ順番に京子を目掛けて発射された。

 京子は趙馬刀を片手に持ち替え、玉を斜めに打ち落とす。

 重みのある音を立てて地面にめり込んだ光の玉は、律の張った結界に()まれ(はかな)く散った。


 すぐに律の追撃(ついげき)が掛かり、今度は彼女の指が正面に大きく弧を描いていく。地面に近い位置でぐるりと線が(つな)がり、円の中心にいくつもの線が交差した。

 車輪のような光が宙に浮かび、律が円の外側を勢いよくなぞると、(じく)を中心にそれはぎゅんと音を立てて高速回転を始める。


 光が律を離れる前に、京子は真横に構えた趙馬刀の切っ先を左手で掴み、迎撃態勢(げいげきたいせい)をとった。律は強気に「どうかしら」と笑って、車輪を京子の構えの中心へと放つ。


 一つ一つの動作が一瞬で、修司は目で追うのがやっとだった。(まばた)きすれば全てが終わってしまいそうで、必死に瞼をこじ開ける。

 自分もこうならねばならないのかという焦燥(しょうそう)を頭から追い出し、今はただ京子の無事を祈って車輪を見張った。京子は仁王立ちに広げた足と水平に構えた刃で、衝撃を受け止める。


 元々形などない趙馬刀の青白い刃の硬さは、意志の強さに比例するらしい。


「京子さん、頑張って下さい!」


 恐怖を打ち破るように、修司は必死で叫んだ。

 車輪は地面を切るカッターのようにキンと高い音を響かせて、趙馬刀の刃を切り込もうと勢いを増す。反発し合う光が刃の輪郭(りんかく)をぼやけさせるが、京子はそこから力ずくで自分の肩の上へと攻撃を()退()けた。


 宙へ放り出された車輪は勢いのまま天井に衝突し、ガリガリと()()()()()いくが、天井自体にダメージはない。結界がなければどれだけの被害が出ただろうと想像して、修司はゾッと背筋を震わせた。


 鋭い形相(ぎょうそう)で京子が地面を蹴ったのは、そんな天井の衝撃(しょうげき)に修司が目を奪われていた一瞬のことだ。

 趙馬刀の切っ先が律の目の前に突き付けられる。

 律には趙馬刀がないし、彰人のような剣を作り出す能力がないことを修司は知っている。

 修司は京子の勝機(しょうき)を確信したが、


「私の速さに追いつけるわけがないでしょう?」


 律のその言葉が終わる時には既に二人の間隔は広がっていたのだ。五分五分と言いたいところだが、京子の方がやや劣勢(れっせい)に感じて、修司は懇願(こんがん)するように手を合わせた。


 ただでさえキーダーは力を銀環で押さえつけられている。かつての戦いで京子はアルガスに飾られている長官の胸像を敵に向けて吹っ飛ばしたというが、彼女が得意だという念動力(ねんどうりき)を使うには、ここに飛ばすものが何もなかった。モニターも椅子も並んでいるが、律の張った結界に()え付けられたもので、この空間の中では動かすことはできない。


 離れた状態で間合いを取り、そこから光を撃ちつける――二人が互いに光を飛ばし合ったのは、ほんの十秒程だった。驚く程身軽に攻撃をかわし、どちらもダメージを受けないまま再び動きを止めて対峙する。呼吸を繰り返す二人に若干(じゃっかん)疲労が見え始めた。


 「面白い女ね」と不敵な笑みを浮かべる律が、実力を伴っていることを修司は良く知っている。けれど、それは京子も同じなのだ。桃也でさえ彼女には敵わないと言っていた。だから、奇跡なんかじゃなく実力で律を倒してほしいと思う。そして、律を含めた誰もが命を落としませんようにと矛盾した祈りを込めながら、修司はその戦いを見守った。


 余裕の律を(にら)みながら、京子は額の汗を指で(ぬぐ)い、離れた位置から呼び掛けた。


「そんなに戦いが好きなの? 亡くなった恋人がホルスだったからって、ずっとそこに居座る理由なんてないんじゃない?」

「貴女だってそれだけ戦えるのに、どうして銀環をしてるの? それさえ外せば最強よ?」


 京子の強さを認めた上で、勝機は自分にあると踏んでいる律の発言。

 『能力者の力は世界を(おびや)かすものだ』と判断した世の中が銀環を作り出し、力を半減させたのがキーダーの起源(きげん)だ。全てを消さず、対バスク用として暴走を起こさないギリギリの威力に絞られた力で、キーダーはその任務をこなしている。


「銀環を言い訳にしようなんて思ってない。銀環があってもバスクと戦えることを証明するのが、私たちキーダーの存在意義なんだよ」

「意気込むのは勝手だけど、能力が伴ってないじゃない。けど、これでいいのよ。銀環を否定するために私はこっちに居るんだから、ここで負けるわけにはいかないの」


 苛立(いらだ)つ京子に妖艶(ようえん)な笑みを返し、律は視線を修司へと移した。


「国に背く覚悟を、見ておくといいわ。けど、修司くんもその制服を着てるなら、自分の意思を行動に示すことは大事なんじゃない?」


 コロコロと鳴る鈴の音のような愛らしい声で、律はそんなことを言ってくる。彼女のテンプテーションに引っ掛からない自信はあるが、焦燥(しょうそう)()き立てられた自覚はあった。


「修司を挑発しないで!」


 京子が声を張り上げて律を非難し、趙馬刀を足元へ振り下ろした。地面へ向けた切っ先から白い光が剥がれ、律目掛けて真っすぐに走る。

 防御が遅れて光の先端が彼女の腕をかすめた。淡い黄色のカーディガンに血の色が(にじ)んで、修司はハッと我に返る。


 頭の中で、戦うことが死という言葉に直結してしまう。


 ジャスティの曲も、すでにラストのサビに入っていた。

 手を当てがう素振りも見せず、平然と構える律の様子を伺いながら、修司は自分ができるだろう戦法を頭に巡らせた。戦々兢々(せんせんきょうきょう)とここでじっとしていたら、ずっとこのままだ。何もしないまま誰かが目の前で命を落とす可能性は十分にある。


 (キーダーになったんだろ?)


 未熟だが、秘めた力はゼロじゃない。恐怖に逃避する選択を無理矢理自分から引き剥がすと、冷静さがぶっ飛んでしまった。


 現状に抗って、修司は改めて趙馬刀を胸の前で構えた。

 使ったことなど一度もなく、訓練さえしたことがない。第一これはお守りだと言って渡されたものだ。けれど、趙馬刀の刃の硬さが意志の強さならば、少しは使えるような妄想まで膨らんで、修司は大きく両足を開いた。


 そんな修司の決心をよそに、律が空中に大きな円を一つだけ描いた。ここに来て何度も目にした、これは律の戦闘(スタイル)

 線の両端を(つな)ぐことで光の発動空間を作り出す。手中で作るより効果的だが、書き始めの位置で威力を保つ実力が求められる。


 律の体を覆う程の大きな円だった。京子目掛けてどんな攻撃を仕掛けるのだと修司が息を飲んだところで、真円を作っていた光の線がぐにゃりとよじれて散ってしまったのだ。


 距離があった筈の京子が律の懐に飛び込んで、再び刃を振り上げていた。目を見開く律。何が起きたのか修司には一瞬理解できなかったが、原理は単純だ。


「足じゃアンタに敵わないかもしれないけど、太刀筋(たちすじ)の速さには自信があるの。その線を描き終えてから発動させるなら、その前にぶった切ればいいでしょ」


 肩を上下させながら怒りの籠った表情で言い放つ京子に、律はにやりと口角を引いた。


「貴女の負けよ」


 後ろ手に律が光を構えた。線を繋ぐ技ではなく、能力者の誰もが操る光の玉だ。膨れ上がった光に突然視界が白くなって、近距離にいる京子の状況把握が一拍遅れてしまう。


「やめろ、律さん!」


 無我夢中に叫んで、修司は渾身(こんしん)の力を込めた。修司の構えた趙馬刀の(つか)から白い光が伸びたが、それはあまりにも一瞬で、呆気(あっけ)なく霧散(むさん)してしまった。


 「ええっ」と。一呼吸分の思考停止の後、意識が大パニックで戻ってくる。


「来ちゃ駄目、修司!」


 けれど、その行動は律の意識を反らすには十分な効果があったらしい。光は目標を修司に変え、彼女の手を離れたのだ。


 自分を目掛けて飛んでくる光に、修司は「うわぁっ」と叫んだだけで何もすることができなかった。

 けれど、もう駄目だと目を瞑り、全身で受けた衝撃は想像していた痛みと違っていた。


 柔らかいものがぶつかって、身体ごと床に叩き付けられる。無事だと理解した意識を甘い香りが包み、胸騒ぎを感じた。

 駆け寄ってくる足音に目を剥くと、広がった光景に慄然(りつぜん)としてしまう。


「京子!」


 桃也だった。彼の声に「嫌ぁあ」と律の悲鳴が重なった。

 空気を含んだようなふわりとした耳鳴りを感じ、モニターからの音が急に大きくなる。桃也の攻撃を受けた律の結界が解けたのだ。


「桃也さん! 京子さんが」


 視界の隅で律が床に崩れる。しかし、今修司にとって助ける相手は彼女じゃない。

 「いったぁい」と痛みに顔を(ゆが)ませる京子の顔が、修司の目の前にあった。彼女が身を挺して律の攻撃から(かば)ってくれたのだ。彼女の脇腹に触れた修司の手が、生暖かくドロリとした感触を(つか)む。

 逃避しそうな意識を留めて視線を向けると、ぱっかりと開いた紺色の制服から真っ赤に染まったシャツが覗いていた。


 桃也は京子の上半身をそっと自分の腕の中へと移動させ、逆の手を傷口に当てた。白い光がうっすらと接触面に(にじ)む。


「完全には治せないけど、これでも応急処置よりゃマシなんだぜ」


 狼狽(うろた)える修司を肩越しに振り返り、桃也は「心配するな」と(なだ)める。


「くっそぉ、あの女……ごめんね、桃也」

「喋らなくていいから。修司が心配するだろ? 少し痛いだろうけど、ちゃんと治るから我慢しとけよ」


 荒い息を吐き出し、定期的に襲ってくる痛みに京子はきゅっと目を閉じる。けれど、傷を負いながらも桃也の登場に彼女の表情が和らいだのが分かった。


「俺が出しゃばったから、京子さんがこんな……すみません」

「違うよ、修司。修司が居なかったら、さっきのアレ……直接撃ち込まれてたもん。これで済んだのは、修司のお陰だよ。ありがとね」


 途切れ途切れの言葉を素直に受け止めることができず、修司は何度も頭を横に振る。これで済んだとは言うが、(はた)から見れば命さえ奪いかねない重傷だ。


「大丈夫。桃也の力は、こう見えても凄いんだから」


 「どういう意味だよ」と眉間を寄せる桃也。治癒(ちゆ)が出来るキーダーなど聞いたこともないが、彼女の状態が落ち着いていくのを目の当たりにして、修司はホッと胸を撫で下ろした。


「こっちは俺に任せてくれるか? 修司は、あの女を追って欲しい」


 京子に治癒を(ほどこ)しながらホールの奥を(うなが)す桃也。

 結界の消えたホールから、いつしか律の姿が消えていた。廊下の奥まで続く血の跡を目で追うと、京子の手がそっと修司の手に触れた。


「修司、さっきあの女に言ったこと本気で思ってる?」


 振り向くと彼女は(ほお)に乾いた血の跡を付けて、弱々しく笑った。


「私はね、自分の事、国の犬だなって思うことあるよ。周りが言うのにも納得してる」


 キーダーは犬じゃないと律に吠えた自分が恥ずかしくなって、修司は「それは」と顔を反らした。首を傾げる桃也に、京子は「凄かったのよ」と嬉しそうに伝え、修司へと視線を返す。


「けど、飼い主に忠実じゃないんだな、これが。キーダーなんてみんなそうだよね、桃也」

「確かに、そうだな」

「ね。だから、修司も自分らしくしてればいいんだからね」


 京子は修司から手を放し、静かに目を閉じた。「少しだけ休ませて」と顔を桃也の胸へ預ける。


 キーダーを選んだことは、きっと間違っていなかったと噛み締めて、修司はモニターへと顔を上げた。

 いつしかホールの中が明るくなっていることに気付く。流れている曲は、声のないインストゥルメンタルだ。

 既にライブが終わっていたのだ。ステージにジャスティの姿はなく、観客が動き始めている。


「中にいるキーダーはベテランばっかりだから心配いらねぇよ。お前は奥の会議室へ。近藤と、彰人のヤロウが居るからな」


 ここでその名前が出るのか――。

 修司は「はい」と従ってもう一度頭を下げ、くるりと(きびす)を返した。

 彼との再会に不安を抱きながら、床に落ちた血の跡を辿(たど)っていく。予感はしていたが、その瞬間が訪れるのはあまりにも唐突(とうとつ)だ。


 それはきっと、律にとっても同じ事で――。



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