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7章 突入-4 降り立った場所に現れたチンピラ 

 到着まで十五分程だと教えられて、その速さに驚く。新幹線でこの距離を移動したことはないが、駅までの移動を考えてもヘリの使用は緊急時やむを得ない手段なのだと実感する。

 パラシュートやロープでの降下というリスクさえなければ、桃也が言うように空は快適だった。


 褐色(かっしょく)の東京タワーに寄り添うように白く光る慰霊塔(いれいとう)。下から見上げると空を突き刺す感じがするのに、ジオラマを上から(のぞ)くようなヘリからの(なが)めは、各所にあるランドマークでさえ街の明かりに溶け込んだイルミネーションの一部に見えた。距離はあるが、スカイツリーでさえ小さく思えてしまう。


 まばゆく光る夜景の向こうに地平線があって、その線を横に辿ると真っ黒な海へと繋がっている。

 時折(ときおり)吹く強い風に機体が(あお)られ、シートベルトをきつく握り締める修司に、桃也が「大丈夫だよ」と声を掛け、進行方向を指差した。

 大きな白い立方体の建物は、色さえ違うがアルガスに良く似ていた。それが目的地だと理解して、ホッとする気持ちと緊張が交錯(こうさく)する。


 少しずつ高度が下がり、建物の正面に少女たちの顔が並んでいるのが見えた。譲から送られてきた写真の背景に映っていたツアーの巨大看板だ。

 時間はまだ八時前。中に(あふ)れんばかりのジャスティファンがいるのだと思うと、この計画を怖いとさえ思ってしまう。


 着陸寸前に機体は一度前へ大きく振れた。涙目の修司とは対照的に、桃也はシートベルトに片手をかけて下りる準備をしつつ、首を大きく振って辺りを凝視(ぎょうし)していた。


 機体が地面に触れた感触が足に伝わって、桃也が「行くぞ」と扉を開ける。修司は操縦席の二人に頭を下げてから彼に続いてヘリを下りた。

 中へ降りる階段へと急ぎ、扉に駆け込もうとしたところで桃也が足を止めて修司を振り返る。


「なぁ修司、セナさんも言ってたけど、美弦の事守りたいのか?」


 唐突(とうとつ)に聞かれて修司は返事に困った。


「そうは、思いますけど。正直俺はまだ、自分の力に自信なんてないです」


 そんなひ弱な返事をすると、桃也が「だよなぁ」と薄く笑んだ。


「俺も未だに京子に勝てるとは思ってねぇし」


 同じですねと言える立場ではないし、彼と自分の能力差も大分ある。けれど、桃也は「やっぱ俺たち似てるのかもな」と一人で納得していた。


「けどさ、側に居るだけでできることって結構あるから、やってみろよ」


 生まれながらの生粋のキーダーである京子に、バスク上がりの桃也。その関係を自分たちに当てはめてみるが、美弦に対して彼と同じように振舞(ふるま)える自信はなかった。

 けれど今、美弦に会いたいというこの気持ちだけは一緒だと思える。その気持ちだけで戦えるわけでないことは重々承知(じゅうじゅうしょうち)の上で、修司は腰の位置で触れた自分の趙馬刀(ちょうばとう)を抜いて、胸元に握り締めた。


 いよいよ戦いが始まると意気込んだ所で、桃也が屋上へと(きびす)を返した。修司を(かば)うように前へ出て、「ヤロウ」と吐いた鋭い視線が屋上全体を見渡す。


 状況が読めずに修司が小声で「どうしたんですか?」と尋ねると、桃也は闇を見張ったまま構える。「一人いるな」と呟き、桃也は空の右手を胸元に広げ闇へと返した。


 じわりと光が(にじ)んだ(てのひら)を、桃也は横へと移動させた。彼に操られた白い光は増幅しながら四方へと放射し、手の動きに合わせて平面の壁を作り出す。背の高い桃也を遥かに超える大きさだ。


 ぼんやりと透き通る膜を通して見た向こう側の風景が揺らぎ、修司は目を凝らす。敵がいるのだと理解して、修司は平常心(へいじょうしん)を必死に留めて辺りを見回すが、それらしき影も気配も感じ取ることはできなかった。張り詰めた緊張と恐怖は、ヘリを見た山での心境と似ている。


「修司、先に行っててくれるか? 三階のロビーで京子と落ち合う予定だ」

「そんな。桃也さんも一緒に行きましょうよ」


 一人で中に入るなど、想像したくもなかった。京子の所へ無事に辿り着ける自信がない。


「ヘリを失うわけにはいかねぇんだよ。大丈夫、そのお前の乱れまくった気配に京子が気付く筈だから。アイツの所に行ってやってくれないか?」


 光の壁の内側で、桃也が趙馬刀を腰から抜いた。両手で握り締めた柄から刃は真っすぐに伸びていく。両手を広げた程の長い刀身に見惚(みほ)れていると、修司の視界の隅で何かが一瞬(きらめ)いた――気がした。

 そう思ったのも束の間、暗闇に黒い影が揺れる。桃也が素早く趙馬刀を横に構えると、ヘリの音がかき消えてしまいそうな爆音が地面を軋ませて、闇に突然膨らんだ光が球体のままこちらを目掛けて飛び込んできた。


 悲鳴を上げる余裕もなく、修司は恐怖に畏縮する。轟音(ごうおん)(とどろ)かせて光の壁がその衝撃を受け止めるが、敵の攻撃が優勢なのは目で見てはっきりと分かった。

 めり込んだ光の威力に壁がじりじりと力を失い、パンと音を立てて霧散(むさん)してしまう。

 これが銀環の有無の差なのだろうかと修司は敗北感すら味わって目を閉じるが、それ以上の衝撃は訪れなかった。


 (まぶた)の隙間から飛び込んできた光景に、修司は「桃也さん!」と目を見開く。

 壁を突き破った光は半分程に小さくなって、桃也の趙馬刀で受け止められていたのだ。頭上に構えた刃に吸い付くように捕らえられ、ギンギンと脳天を突き刺すような音を立てて回転する。


 少しずつ桃也の足が地面を後ろへと滑りこむ。ジリジリと踏ん張った足が止まって、「出てこねぇのか!」と闇を見据えた桃也が怒声を発した。


 「ノヤロウ」と叫んだ桃也が力ずくで趙馬刀を振り、光の球体が宙へと弾かれて、打ち上げられた花火のように散り散りになる。

 「やった」と修司が歓声を上げたのも束の間、のっそりと足音が響いてようやく敵が暗がりから姿を現した。


 人相の悪い男だった。

 坊主頭に黒地のスーツを着て、桃也へニヤニヤといやらしい笑みを向けている。

 ここに来てようやく修司も力の気配を感じ取ることができた。彼の手に銀環はなく、武器と思われる身長ほどの長い木の棒が、ぼんやりと白い光に包まれている。


「それに力をため込んでるのか。趣味が悪いっつうか、チンピラにしか見えねぇな」


 米神に入った複雑な模様の入れ墨に加えて鼻と唇の丸いピアスは、まさにそうだと思える。


「修司、お前は京子の所に急いでくれ。俺がこんなところで殺られるかよ。心配するな」


 趙馬刀を構えたまま、桃也は修司に下へと指示する。入れ墨坊主男は「大分、余裕だなぁ」と目を見開いて光を帯びた木の棒を振り上げた。同時に桃也の左手が修司の背を強く押す。


「早く行け!」


 轟音を立ててぶつかった二つの力から光が吹き上がる。

 修司は(かせ)が外れたようにその場から駆け出した。震えた声で「気を付けてください」と叫んだが、返事はなかった。



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