7章 突入-1 彼が昔出会った、彼に似た男
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食堂に桃也の姿はなかった。
マダムと目が合って、逸る気持ちを抑えながらカツカレーを受け取る。颯太に会えるチャンスだというのに、頭が彰人でいっぱいになってしまった。
地下への階段を早足に下りると、細い廊下の奥に護兵の見張る部屋があった。
「お疲れ様です」と敬礼され、修司もまだ慣れぬ挨拶に同じ言葉を返す。開かれたドアの奥へ踏み込むと、テーブルで読書中の颯太が「思わぬヤツが来るもんだな」と顔を上げた。
「今日は忙しくて人手不足なんだって」
「ほぉ。いつもはフリフリエプロンのお姉さんだけど、お前が来るのは嬉しいもんだな」
普段と変わらぬ表情にホッとしつつ、修司は夕飯のトレーをテーブルの中央に乗せた。
颯太の希望かマダムの計らいかは分からないが、ほうじ茶の他に炭酸水が添えられている。
修司はここを牢屋のような部屋だろうと想像していたが、自室として与えられた二階の部屋とそう変わりはなかった。むしろベッドがある分こちらの方が広く感じてしまう。
地下であるが故風景は見えないが、明るめの照明のせいか閉塞感は薄い。
「普通の部屋なんだね」
「鉄格子とか想像してたんだろ。アルガスの監獄は解放前もこんな感じだったぜ。悪魔みたいに呼ばれたキーダーでも、一応人間として見てはくれてたんだな。けど、ここから出れない苦痛は、当事者じゃないと分からないぜ」
颯太は「いただきます」と手を合わせ、カレーを口に運んだ。よほど空腹だったのか、みるみるうちに半分までなくなり、「そういえば」と手を休める。
「上が人手不足になる程忙しいって、何があった?」
「詳細は聞いてないけど、キーダーは俺ともう一人以外みんな出てるらしいよ」
「そうなのか?」と眉をひそめて、颯太は腕を組んだ。
「悪い予感しかしねぇな。キーダーが束で動くなんてのは、なかなかない事だぜ?」
美弦の無事を気にしつつ、修司は彰人の話題をぶつけた。
「それより伯父さん。この間の夜駅で会った時、俺と一緒だった男の人が居たでしょ? あの人が実はキーダーらしいんだよね。遠山彰人さんって言うんだけど」
「あぁ、綺麗な兄ちゃんか? じゃあ、あの女のトコに居たのは潜入捜査だったのか」
そうだ。彰人はあの日の行動を「仕事だから」と零したのだ。
「でも、銀環はしてなかったよな?」
「それが別の人に聞いたんだけど、銀環ってこの形じゃなくてもいいらしいんだ」
修司は手首の環を指差して、桃也の言っていたことを説明する。
「何だそりゃ。アルガスの技術部は変な奴が多いからな。そういうイレギュラーなのはやめて欲しいぜ」
颯太も彰人の手首はチェックしていたようだ。そしてぐるりと首を捻った所で、「ああああっ!」と突然声を上げる。
「あの顔、まさか……」
颯太の記憶がアルガス解放まで遡ったところで、とある人物の顔と彰人の顔が一致した。
掘り起こされた颯太の過去が告げられて、修司は逸る衝動に立ち上がる。
「ごめん伯父さん、俺、行ってくるから」
駆け出す修司を「おい」と颯太が引き留める。
「ちょっと待て。お前今日、学校の進学説明会だったろ。行けなくて悪かったな」
突然の謝罪に、修司は「気にしないで」と首を振った。
「そう思ってもらえるだけで大分嬉しいから。それと――」
普段見せない面食らった表情の颯太に、修司は急ぐ気持ちを抑えて向き合った。
「俺、キーダーになってもいいかな?」
反対される覚悟はしていたが、颯太は諦め顔を見せつつ「しゃあねぇな」と笑う。
「お前、何か楽しそうじゃねぇか。けど、俺より先には絶対に死ぬなよ? それが条件だからな」
颯太は「約束だぞ」と修司の肩に銀環の付いた拳を軽く突き当てた。




