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6章 真実-6 4人目の男を消し去った光

 その日の詳細(しょうさい)淡々(たんたん)と語る桃也(とうや)の声が(とお)のいていくのに気付いて、修司は必死にしがみつく。『大晦日の白雪(おおみそかのしらゆき)』はずっとバスクが起こした悪夢だと(とら)えていたが、現実は想像と全く違っていたのだ。


 桃也がファイルの先頭を広げた。記入日はやたら新しく、ほんの一年半前。記入者は同じく佐藤雅敏(さとうまさとし)で、彼が曖昧(あいまい)だった記録を真実へと書き換えたのだ。


 九年前の大晦日の夜に桃也が帰宅すると、家の様子がおかしかったという。(かぎ)の開いた玄関、雪で()れた廊下――その悪い予感に逃げ出せばよかったのかと苦悩(くのう)の表情を(ゆが)ませて、桃也は「もう何もかも遅かった」と深い溜息を吐き出した。


「京子は、あの日の風景を灰色に例えるんだけどさ、俺にとっちゃ赤いんだよな、あの夜は」


 桃也はきつく目を閉じる。修司はその奥に見える風景を想像し、口元を手で(おお)った。


 『大晦日の白雪』の犠牲者名簿(ぎせいしゃめいぼ)

 死亡したうち三人は桃也の家族で、それとは別の一人が強盗犯(ごうとうはん)だった。十四歳の桃也がその時見た風景は、(ゆか)に崩れる家族と、その中央で血に()れたサバイバルナイフを握った男だったという。

 バスクの感情が乱れた時、力は暴走するのだ。


「ごめんなさい。もう、いいです」


 震える手を押さえつけて、修司はガタンと椅子を引いた。

 そんな真実、想像もしなかった。


「そんなの、桃也さんのこと誰も責められないじゃないですか」


 ぐしゃぐしゃに濡れた視界の奥で、桃也が「ありがとな」と微笑んだ。


「でも、(かたき)を取ったわけじゃない。俺だって命を(うば)ったことに変わりないんだ。風景が消えて、気付いた時に俺を最初に見つけてくれたのがマサだった。俺をバスクだと理解した上で、それを()せて被害者として(かば)ってくれたんだ。警察とアルガスの、ほんの一部の偉いさん達だけがその秘密を共用した。キーダーで知ってたのは大舎卿(だいしゃきょう)と別支部の数人だけだ。そこから自分の未来を選択しろって言われてさ。決断するまで七年もかかっちまったよ」

「バスクを伏せて、って。七年の間、銀環(ぎんかん)は付けなかったんですか?」


 『大晦日の白雪』を起こす程の能力者が、銀環をはめないままバスクとして生活できるのだろうか。ましてやホルスの律とは違い、京子やキーダーと近い場所にいた彼が隠し通せるとは思えない。

 けれど、桃也の説明は一般常識を逸脱(いつだつ)したものだった。

 「俺もそれまで知らなかったんだけど」と桃也はシャツの袖口をずらして自分の銀環を見せた。


「世間一般の言う銀環はコレだけど、別にこの形である必要はないんだってよ。キーダーが力で結ばなくとも、はめるだけである程度の効果もあるらしい。俺が正式にキーダーになるまで、マサに言われて付けてたのは指輪だ。そのお陰で、自分に能力があることを周りにバレないで生きて来れた」


 彼の言っていた京子への一生分の嘘は、そういうことらしい。

 つまり手首に巻かなくとも、キーダーが直接関わらなくとも、銀環と同じ機能を持ったものを身に着けるだけでそれなりに効果が出るということだ。


「桃也さんは銀環の代わりに指輪を付けていたから、京子さんにも気付かれなかったんですね」

「あぁ。あんなことを起こしたんだから、すんなりトールを選べばいいって思うのに、一度自分を偽ると抜けられなくてな。七年掛かってキーダーを選んだ時、初めて本当の事を打ち明けたら京子に泣かれたよ」

「恋人同士だったんですよね、その時も」

「あぁ。でも全然後悔してねぇし。アイツを守れるなら、過去を背負ってでもキーダーになろうって思った。だから、お前も悩んでいいんだからな? 俺がフォローしてやるから」


 桃也は「任せとけよ」と胸を張って、「これが大晦日の白雪の真実だ」と締めた。

 あまりにも壮絶(そうぜつ)で冷静に受け止めることはできなかったが、修司は鼻をズズズとすすり、「ありがとうございました」と礼を言った。


   ☆

 その後、修司は自分の部屋へと荷物を運んだ。

 キーダーの自室として修司に与えられたのは、マサの部屋から五つ離れた一番奥の角部屋だ。部屋の入口に『保科修司(ほしなしゅうじ)』のプレートを見つけて、気恥ずかしさを感じてしまう。

 それとは別に別棟の寄宿舎にも部屋があり、二つの部屋に運び込みが終わったところで、桃也は別の仕事へ向かった。


 シンとした自室にメールの着信音が流れて、ライブ会場入りした譲から写真が送られてきた。

 ジャスティメンバーが大きく印刷された看板の前で、これでもかというくらいに破顔(はがん)して太いサイリウムを(かか)げるハッピ姿。『あと一時間!』という本文に、譲の興奮が伝わってくる。

 こことは別世界だなと思いながら、修司は『楽しんで』と返事を返した。


   ☆

 それにしても今日のアルガスは人が少なかった。昼と変わらず人がまばらな食堂に、修司は「今日は静かですね」とカツカレーを食べながら、目の前で食事する桃也に尋ねた。


「仕事でみんな外に出てるんだよ。俺は待機(たいき)だけど」

「美弦も仕事なんですか? そういえば他のキーダーにも会っていないような」

「そう。朝からな」


 美弦の帰りが遅いとは思っていたが、そもそも今日は学校に行っていないらしい。


「キーダーの仕事って色々あるんですね」

「暇な時も多いけどな。大体事件ってのは予告なしで起きるものだろ? 引っ越しも終わったし、今日はゆっくり休めよ」


 ごちそうさまと手を合わせる桃也に礼を言って、修司は食後のほうじ茶にほっと息をついた。

 先に立った桃也がカウンターで食堂のおばちゃんもといマダムと何やら話をしている。修司はお茶を飲み干して「どうしたんですか?」と会話に入り込んだ。


「あぁ、いや。お前の伯父さんのご飯届けなきゃってな。俺、ちょっと今やることあってさ」


 カウンターに乗ったカツカレーのトレーを(はさ)んで、「私も今、ここを離れられなくて」と残念そうにマダムが(こぼ)す。席もガラガラだが、キッチンもワンオペだ。


「それなら、俺が行ってもいいですか?」


 これはチャンスだと思った。荷物に颯太の下着が(まぎ)れていて、届けてもらおうと思っていたところだ。

 きっと断られると思いつつダメもとで言ってみると、予想を反して桃也が「じゃあ頼む」と快諾(かいだく)してくれた。マダムも年配施設員(ねんぱいしせついん)に好評の、妖艶(ようえん)な笑顔を見せる。

 数日ぶりに颯太に会えると思うと足取りも軽くなり、修司は荷物を取りに部屋へと急いだ。



 颯太の下着を適当な紙袋に突っ込んで、すぐに部屋を出る。

 食堂と同じフロアにあるキーダーの自室は廊下の南側にずらりと並び、一番奥が修司の部屋だ。部屋ごとに掲げられたアクリルプレートにはここで会ったキーダーの名前が書かれていて、大舎卿(だいしゃきょう)のものまであった。それが修司の借りていた『佐藤雅敏(さとうまさとし)』で途切れ、階段まで空き部屋が続く。


 これから始まろうとしているキーダーとしての生活を妄想しながら何気に一つずつ部屋を確認して、修司はふと足を止めた。


 マサの隣の部屋だ。


 空室だと思っていた無地の白いプレートが(わく)から横にズレていることに気付く。

 そんなもの気にせず、早く颯太に会いに行けば良かったのかもしれない。けれど、ほんの(わず)かの好奇心が修司の手をプレートへと伸ばした。


 反対側に書かれた文字がぼんやりと()けている気がする。そしてプレートを裏返した時、修司は「えっ」と頭が疑問符(ぎもんふ)で埋め尽くされてしまった。

 重大な罪を犯してしまった気分になって背筋がぞっとしたのは、そこに見覚えのある名前が記されていたからだ。


「この人が、何で……。キーダー……なのか?」


 冷静さを失って、取り落としそうになったプレートを元の位置へ戻すが、修司はもう一度裏返してその名前を確認する。見間違いだろうと思ったが、やはり間違いではない。


「彰人さん――」


 『遠山彰人(とおやまあきひと)』。それは、律と共に山へ入ったあの男の名前だった。


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