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6章 真実-4 彼の帰りを待ちわびる影

 夕食の時間だと告げられた七時まではまだ一時間近くの余裕があった。

 アルガスに帰宅するのはこれが初めてだ。ピタリと閉まった門の前を、いつも通り二人の護兵(ごへい)が守っている。


 『ただいま』と迷って、「戻りました」と挨拶(あいさつ)すると、「お疲れ様です」と迎えてくれた護兵の影にツインテールが揺れていることに気付いた。


「美弦……」


 呼び掛けると、憮然(ぶぜん)とした表情の美弦(みつる)が姿を現した。高校の制服姿は初対面以来だ。何か言いたげな目がじろりと修司を見ているが、口を強く結んだまま話そうとはしない。


「もしかして、俺の事待っててくれた?」


 修司が門を(くぐ)ると、無言のまま美弦が横に並んでついてくる。(うなず)いたのかどうかは分からないが、(あご)を引いてうつむいたままだ。


 バレている。

 彼女の中で怒りが爆発の時を待って巣篭っているような気がしてしまう。単身で律に会いに行くなどキーダーとして罰則(ばっそく)ものだろうと覚悟すると、


「あの女に会いに行かないでよ」


 ようやく聞き取れる程の小さい声に、修司は足を止めて美弦と向き合った。小さい頭が下を向いたまま修司の言葉を待っている。

 律の所へ行ったことは後悔していないし、むしろ彼女から離れる覚悟ができたと思っている。


「あぁ、そのつもりだよ。もう行かないから」

「危険なんだから。アンタみたいなひ弱な能力者、一人で行ったら今度こそ本当にホルスにさせられちゃうんだからね?」


 声が震えている。

 見上げた彼女の目に涙が溢れていて修司は狼狽(うろた)えるが、美弦はポケットから取り出したハンカチでごしごしと目を拭い、改まって強気な視線を突き付けてきた。


「いい? 銀環をしているだけで目障りだと思う奴なんてごまんといるの。私だって小さい頃から陰口をいっぱい叩かれたもの。でも、今の自分は胸を張って(ほこ)れる。それは自分の力で、そんな奴等さえも守ってやれる自信があるからよ。ホルスとキーダーは全然違うんだからね?」


 言い切った目がまた泣いている。


「だから、もうホルスのトコになんて行かないで。私は……アンタに会った日からずっと待ってたんだから。私の敵になんてなったら、ぶっ殺してやるんだからね!」


 そう訴えて、美弦は修司の横を通り過ぎ、建物へと走って行った。

 夕闇の庭に取り残された修司は、消えた彼女の背を追って「ありがとう」と呟いた。



   ☆

 週末の金曜は受験に向けての保護者説明会の為、三年生は補習組を残して昼前での下校となった。

 先日、綾斗が学校でそのことを聞いたらしく、代理出席を申し出てくれたのだが、切羽詰(せっぱつ)まった内容でもなさそうなので丁寧(ていねい)に断らせてもらった次第だ。十日の猶予(ゆうよ)に甘えてキーダーへの決断もできていない自分には、大学受験など遠い話のように感じてしまう。


 いつもなら譲と外で昼飯を済ませてから別れるのだが、今日は彼にとっての『決戦の日』だった。夜、横浜のコンサートホールで行われるというジャスティのライブに向けて、譲は朝から授業も上の空で、一人にやける顔に女子の冷たい視線が集中していた。

 下校の挨拶とともに戦闘モードへ切り替わった譲と別れ、修司は昼食に合わせて急ぎ足でアルガスへ帰った。


 数人の施設員がぱらりと散らばるがらんどうとした食堂の窓辺で、ほうじ茶を片手に一人天丼を食べていると、廊下から「修司」と声を掛けられる。

 足早に入ってきた桃也が向かいの席に座った。そういえば昨日は仕事が詰まっていたらしく、彼に会うのは二日ぶりである。


「早いんだな。ちょうど部屋空けたから、今日はホール行くのやめて引っ越ししないか?」


 忙しそうだった彼がそんなことまでしてくれていたのかと申し訳なく思いながら、「ありがとうございます」と礼を言った。まだ数日だが、簡易(かんい)ベッド生活が終わることを素直に嬉しく思うのと同時に、自室が与えられることへのプレッシャーを感じてしまう。


安藤律(あんどうりつ)のトコに行ったんだって?」


 二人で部屋に戻ったところで、オブジェのような山積みの資料を抱えながら、桃也がそんなことを聞いてきた。修司は着替えをダンボールに押し込んで、一瞬出かけた否定の言葉を飲み込み「はい」と返事した。


 流石に注意は受けるだろうと思ったが、桃也は予想もしていなかった質問を直球で投げてくる。


「あの女に惚れてるのか?」

「え、ええっ? そんなことないですよ」


 両手を必死に振る修司に、桃也は「顔真っ赤だぜ」と笑う。


「ほんとに違うんです。もう行かないって決めたし。ただ、憧れって言うんですか? ちょっとだけ……」


 好きというには何かが欠けているような気がする。迷いながら答える修司に、桃也は「そうか」と床に積まれたダンボールを台車に重ねていく。


「後悔はしないようにしろよ? 会いに行ったってのはアルガス的にNGなんだろうけど、それで気持ちの整理がついたなら、俺はそれで構わないと思う。けど、お前はあの女と戦えるのか? 安藤はプロだ。敵だと判断したら、お前にだって躊躇(ためら)いなく攻撃してくる。それを目の当たりにして自分も攻撃できるのかってことだ。戦わないと自分が殺られるだけだぞ?」

「殺られる、って……」

「ホルスにとってキーダーってのは、そういう相手なんだよ」


 本当にそんなことが起きるのだろうか。戦って死ぬかもしれないなんてことは、修司にとってまだ現実味を帯びていない。

 けれど彰人も評価する律の強い力は、確かに直撃を食らえば一瞬であの世に意識が持っていかれそうだ。


「悪い。湿っぽくなったな」


 桃也は立ち上がって窓を開けた。申し訳程度のそよ風を背に、窓辺で腕を組む。


「お前が銀環を付けている限り、俺たちはお前を守ってやる。けど、守り切れないことだってあるんだからな?」


 「はい」と修司は(うなず)く。空気が重い。気を紛らわそうと再び荷物の整理を始めるが、積み込みなどすぐに終わってしまった。

 元々あった部屋の荷物が多すぎて、全然片付いた感じがしない。桃也は眉をしかめながら部屋を見渡し、机の隅に乗ったファイルの山を確認した。パラパラ紙を(めく)る手を止めて「うん」と紙の束を叩く。


「この辺は資料庫のだから、片付けといたほうがいいかもな」


 うっすらとたかった埃を払って、桃也は二十センチ程に積んだファイルを修司へ渡し、自分は更に高くなった薄い本の山を抱えた。それらが無くなったところで部屋は荷物だらけのままだが、修司は桃也とともに地下の資料庫へと移動したのだ。



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