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1章 上京-3 キーダーの彼女とバスクの俺は

「なぁんだ。暗そうな町だと思ってたけど、色々お店もあるじゃない」


 工場の多い町だが駅には商業施設も幾つか入っていて、メインストリートだろうアルガスまでの道筋にも商店やお洒落な飲食店が(のき)を連ねている。

 修司は一歩ごとに高まる緊張でその状況を楽しむ余裕はなかったが、彼女の視線を追い掛けて「ほんとだ」と同意した。


「バレたから言うけどさ、俺、アルガスにキーダーの知り合いが居るんだぜ」


 「へぇ、そうなの?」と彼女はくりくりと丸い大きな瞳をぱちぱちと(まばた)かせた。


「元々はバスクで、俺はずっとその人と一緒にいたんだけど、少し前にキーダーに連れて行かれたんだ。そのあとキーダーになったらしいって聞いたから」

「それでここに来たの? バスクの(くせ)無防備(むぼうび)って言うか、大胆(だいたん)って言うか、馬鹿? アンタはその時バレなかったの?」

「馬鹿とか言うなよ。俺が知らないうちに、その人だけ連れて行かれてたんだ」


 今年に入って間もなく。

 受験対策で受けた講習がハードスケジュールで、冬休みは殆ど店に行けなかったのだ。その時を狙ったように平野は連れていかれてしまった。


「お気楽な奴ね。でもアンタが今ここに居るってことは、そのキーダーはアンタの事を秘密にしてくれてるってことでしょ? そうじゃなかったら、とっくに見つかってる筈だもの」


 それは何となく理解しているつもりだ。

 昔から平野は『自分の道なんて、自分で選べ』と言っていた。


「私で良かったら、その人にこっそりアンタの話してあげてもいいわよ?」

「いや、それはやめとく。そんなことしたら、お前だって(ばっ)されちまうんじゃないのか?」

「手引きしようとしてるわけじゃないわ。思うことがあるなら話をすることって大事だと思うの」


 平野の顔が脳裏によぎって、彼女に頼むことも一つの方法かなとは思った。

 平野を連れて行った女キーダーのようにアルガスの外でじっと待つより、よほど効果的だ。

 偶然ならきっと問題ない。けれど、彼女を介してまで会いたいかと言われれば、そうじゃない。


「でもやっぱ、ちゃんと頭ん中整理してからにするわ」


 商店街が途切れ、機械工場を壁伝いに歩いたところで背の高い門が姿を現した。

 直線でおよそ百メートル。道の正面を(ふさ)ぐ高い壁が左右に広がり、中央の建物を取り囲んでいた。門の前に立つ二人の門番の背と比べると、壁は四メートル程あるだろうか。

 「すごいな」と修司はその存在感に圧倒されて足を止めた。


 年明けのニュースはまだ記憶にも新しい。アルガスは何者かの襲撃(しゅうげき)を受け、施設が半壊したという。

 恐らくバスクが犯人だという確信。


 国の圧力が掛かっているようで、アルガスに関するニュースは殆ど一般人の所まで回ってはこない。周囲への注意喚起(ちゅういかんき)(うなが)す速報だけがテレビ画面にテロップとして入るだけのことが多かったが、その夜の出来事は深夜帯だったせいか敷地の外から隠れて録ったと思われる映像が五分ほど映し出されたのだ。

 ぼんやりと(かす)んだ映像だったが、闇の奥を時折強い光が飛び交い、瞬間的に照らし出す光景に目が釘付けられた。


『やめとけよ。アルガスの報道なんて、真実と嘘を混同(こんどう)させて視聴率取ってるだけなんだからよ』


 そんなことを颯太に言われても、テレビから目を離すことができなかった。微動だにせず見入っていると、颯太はそれ以上何も言わずに後ろのソファで一人晩酌を続けた。


 しかしそんな凄烈(せいれつ)な騒動を彷彿(ほうふつ)とさせる箇所(かしょ)もなく、崩壊した壁も二つに折れた鉄塔も、今は何事もなかったように綺麗な姿でそこにあった。

 彼女は修司より数歩前で立ち止まり、くるりと踵を返した。


「これ以上行くと見つかっちゃうわよ?」


 息を呑みこもうとして喉が(つか)える。駅にはなかった物々しさを壁の向こうから感じた。

 平野に会いたいと思うのに、出て来ないで欲しいと祈る自分に気付いて、修司は見下ろした空の手をぎゅっと握りしめ、「戻るよ」と彼女に伝えた。


「そう――わかったわ。ねぇ、アンタはもう覚醒してるの? バスクは銀環の抑制がない分、力の兆候(ちょうこう)が早く表れるって聞いたけど」

「そういうもんなのか? 力は少しずつ使えるようになってはきてるけど」


 「やっぱり!」と興奮気味に見上げてきた彼女に、修司は「威力はまだ全然だよ」と正直に話す。


「私も力を読み取る能力は少しずつ強くなってるけど、その他は悲しいくらいよ」


 彼女は不満げな表情を浮かべるが、すぐに強がって「でも、これからアルガスで訓練して、絶対に強くなるんだから」と宣言した。


 平野と居た時、修司はバスクであることを隠す訓練をしていたが、キーダーになれば彼女のように戦う力を優先に強めていかねばならないのか。


「じゃあ、ここでね。私は楓美弦(かえでみつる)。また会うはずだから覚えといて」

「お、おぅ。わかったよ」


 突然の自己紹介に戸惑って修司が頷くと、美弦は「もおっ」と苛立って腕を組んだ。


「相手が名乗ったら自分も名乗るのが礼儀ってもんでしょ? アンタの名前、覚えといてあげてもいいわよ」

「別に忘れてくれても構わねぇけどさ。俺は、保科修司(ほしなしゅうじ)。俺達また会えるのかな?」

「修司、ね。当たり前でしょ? バスクがバスクのままでいられるわけないもの。今のままで居たいなら、せいぜい大人しくしてる事ね。けど私が絶対に捕まえてやるんだから!」


 びしりと人差し指を突き上げて美弦はにやりと笑みを浮かべると、再び修司に背を向けて小走りで走って行ってしまった。


 門番と幾つか言葉を交わすと、鉄の扉がゆっくりと開かれる。塀と塀に阻まれて切り取られたような四角の風景には、緑の芝生と見覚えのある茶色の建物が見えた。


 奥でふと足を止めた美弦が、背を向けたまま高く右手を(かか)げて別れを告げる。

 修司もそれを返そうとするが、伸ばし掛けた手を引いて、その場を後にした。


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