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5章 過去-6 ヘリコプターから飛び降りるという事

 必死の計四百回。意気込んだのも(つか)()、二人に大分後れを取った四百回目のカウントを叫んだ時には、腕と腹がビクビクと痙攣(けいれん)していた。

 腹筋の姿勢から大の字に転がって、ようやく落ち着いたところで気分の悪そうな京子に気付く。

 修司は寝ころんだまま首だけ向けて、「具合が悪いんですか?」と尋ねた。


「ちょっと昨日飲みすぎちゃって。流石にまだ残ってたみたい」


 昨日の泥酔(でいすい)した彼女と一致(いっち)した。平気そうに見えたが、少し無理をしていたらしい。


「あとは指示だけで構わないんで、京子さんは休んでてください」

「ありがと、美弦。でも、この位なら平気だよ」


 ようやく空調の効きを実感してきた所で、京子は「よしっ」と気合を入れると、ポケットから取り出したものを修司に差し出した。


 刃の付いていない黒い(つか)は先端が馬の頭を(かたど)っている。

 修司がそれを両手で受け取ると、京子は「趙馬刀(ちょうばとう)だよ」と説明し、別の同じものを腰から抜いた。

 山へ行った時、律と彰人が教えてくれたキーダーの武器だ。実際手にしてみると、思い描いていたものより細く重いなと感じる。


「キーダーはこれで戦うの。手ぶらで光を飛ばすこともできるけど、接近戦にはこっちが効果的だよ」


 京子は立ち上がり、誰も居ない方向へと趙馬刀を構えた。


「戦闘が得意な人もいるし、綾斗みたいに人一倍感覚が鋭いタイプもいる。一概にキーダーって言っても色々なんだよね」


 京子から突然、強い力の気配が沸いた。彰人の作り出す刃とは柄がある分見た目が異なるが、真っすぐに伸びた白い光の刃は一緒だ。


 京子は身体を捻って修司を振り返り、刀を振って見せる。それが超馬刀の能力かどうかは分からないが、彼女の刃は光がピンと張り、宙との境界線にブレがない。光だけで形成されていることを疑ってしまう程だ。


「いきなりだけど、修司って呼んでもいい?」


 唐突(とうとつ)に聞かれ、修司は「はい」と(うなず)いた。京子は「良かった」と笑顔を見せる。


「年下のキーダーはみんな名前で呼んでるから。それでね、修司もそれ持ってて。昨日みたいにいつ襲われるかわからないし、貴方の歳で銀環してたら、周りからはキーダーにしか見えないから。まだ使いこなせなくても、いざという時にあるのとないのとでは大違いだよ」


 身内以外の女性に呼び捨てにされるなんて初めてだった。不思議な響きに酔いつつ京子から渡された趙馬刀を確認する。見様見真似(みようみまね)で構えると、柄の裏側に明らかに後から付けただろう星印が刻まれているのに気付いた。


「新品じゃなくてごめんね。正式にキーダーになるまでだと思って。これは今まで何人ものキーダーが使ったものなのよ。みんなの戦いが染みついてるから、修司を守ってくれますように」

「そうなんですか。一回試してもいいですか?」


 「もちろん」という返事に意気込んでみたものの、現実はそう甘くない。


「光は出せる? 力をこの柄に込めて。でも、意識は刃の先端に集中させる――って、こればっかりは感覚を(つか)むしかないのかなぁ。言葉で言っても分からないよね」


 一応説明はするが、京子自身首を(ひね)る。第一、集中する先端がないのだ。修司は意味不明ながらにも山での感覚を思い出しながら手に力を込めるが、趙馬刀の刃どころか白い光すら出て来ない。

 「あれ?」と今度は両手で(つか)んだ柄を前へ突き出して、珍妙(ちんみょう)な構えで必死に力を込めた。けれど(わず)かに光った拳はあっという間に元通りの状態へ戻ってしまう。


「修司の歳なら、こんなものだよ。気にしなくていいからね?」

「えっ? そ、そうなんですか? でも、この間はもっと……」


 以前なら律の介添(かいぞ)えがなくても、もう少しそれらしい光を出す事は出来ていた筈だ。実力を発揮できず(あせ)る修司に、美弦が何故か嬉しそうに指摘する。


「銀環してるんだもの、当たり前じゃない」

「そうか、銀環! キーダーはこれで力を抑制(よくせい)されてるんでしたっけ」


 すっかり忘れていた銀環の仕様。はっきり言ってそこまでの性能があるようには見えないが、キーダーの力を半分に抑え込んでいるということだ。


「キーダーの力を警戒したノーマルの陰謀(いんぼう)だね。でも、暴走の抑止力にもなる。対バスク戦を想定したギリギリの数値だって聞いたことあるし」


 京子は「少し座ろっか」とホールの隅に二人を誘った。三人で壁を背に並んで座り、話を続ける。


「キーダーの力は国のもの。もし宇宙から怪獣の大群が襲ってきたら、真っ先にその群れに飛び込むのは、警察でも自衛隊でもなくて私たちなんだから。誰もがそう認識してるように、キーダーは日本の盾だよ。誰よりも先に戦わなきゃならない使命を背負ってる」


 厳しい表情でそこまで話し、京子は「でもね」と眉を上げた。


「そこをきちんと理解しておけば、ここに居ることはそんなに窮屈(きゅうくつ)ではないと思う。常に狙われてるわけじゃないし、気構えだけしておけば、後は肩の力抜いていいと思うよ」

「綾斗さんにも同じようなこと言われました」


 「でしょ?」と笑顔になる京子。少なくとも、ここは修司がずっとイメージしていたような殺伐(さつばつ)とした所ではないようだ。


「けど、バスクやホルスには気を付けてね。銀環をしない能力を自負する奴らを、私たちは見過ごすわけにはいかない。自由の定義を正すのもキーダーの仕事だよ。この力は幾らでも犯罪に(から)むことができる。念動力(ねんどうりき)があれば、殺人だって強盗(ごうとう)だって容易(たやす)いんだよ。でも力を使えば気配が残るし、あいつらも無鉄砲(むてっぽう)に実行しようとは思ってない筈」

「邪魔なのはお互い様ってことですよね」


 (ふく)れっ(つら)の美弦に、京子は「同じ能力者の筈なのにね」と溜息(ためいき)()らす。


「ホルスは財政難(ざいせいなん)って聞くし。人間、困窮(こんきゅう)すると何するか分からないから気を付けなきゃね。とりあえず私たちは日々の訓練が大事ってこと」


 人差し指を立て、京子は「ね?」と話を締めた。美弦が「はい!」と運動部並みのノリで返事する。修司は何となく話を理解したものの、パッと浮かんだ『訓練』という言葉が、腕立て伏せと腹筋にしか(つな)がらず、思い切って(たず)ねてみた。


「訓練って、実際どんなことするんですか?」

「とりあえず趙馬刀を使いこなすことが最優先かな。美弦も大分使えるようになってきたしね」


 「私は、まだそんな……」と美弦は首を横に振る。京子の口ぶりからは謙遜(けんそん)しているようだが、綾斗が言っていたように、本人的には不服なものらしい。


「いいのいいの。少しずつで。修司と一緒ならいいライバルになるね」


 京子の提案に、美弦から鋭い視線が飛んできた。まさに『ライバル視』そのままの(にら)みに、修司は「オイ」と目を反らす。そんなやり取りに、


「二人見てると面白い。あとは訓練って言ったら、防御(ぼうぎょ)とか、ヘリからの降下とか色々よ」

「そうなんですね。って……は?」


 今何かさらりと物凄いことを言った気がする。聞き間違いかと思ったが、京子は「しゅっと降りるだけだよ。大丈夫」と上り棒を降りるような感覚で話し、そのまま話題を進めてしまった。

 そういえば山で律が『咲く』と言っていたのが、ヘリから降下するパラシュートの事だった。まさか自分が落ちる立場になるとは想像すらしていなかった。



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