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5章 過去-5 基礎鍛錬という名の拷問

 そして、颯太(そうた)の手首に銀環(ぎんかん)が結ばれる。今回力を(ほどこ)すのは綾斗だ。


 昨日修司に結んだ美弦は、初めての作業と言う事でたどたどしい手つきだった。

 きっと綾斗ならホルスの動きを止めた時のようにスマートに決めるだろうと期待を(ふく)らませていると、彼は何故か分厚いクリップ留めの紙束を持ち出してきた。これには修司も再び「えっ」と顔を(ゆが)めてしまう。


「ただでさえ希少(きしょう)なキーダーに銀環を結ぶ機会なんて、そうそうないんですよ」


 ごもっともだと思いながらも、ベテランに見えていた印象が崩れてしまう。


「いいか、修司。キーダーになったら実戦なんか滅多(めった)にないぜ。今も毎日馬鹿みてえに基礎鍛錬(たんれん)してるんだろうよ。腹筋やら腕立て伏せやらされるんだぜ?」


 「まぁそうですね」と肯定(こうてい)して、綾斗は「嫌ならトールを選べばいいんだからね」と忠告してくる。能力者としてアルガスに来たところで、キーダーになるようにと説得されるわけではないらしい。


 颯太の手元が綾斗の白い光から解放されると同時に、割れた銀環の継ぎ目が(にじ)むように消えていった。持ち主の手首に合わせて縮むところも昨日今日と目にしたが、神業だ。


 颯太は銀環の感触を確かめながら、「またこれかよ」と(あき)れた溜息(ためいき)()らした。彼にとって三十数年ぶりの銀環だ。それまでしていた時計を銀環の入っていた袋にしまい、京子を見上げる。


「じゃあ、後は修司の事頼むぜ」


 「勿論です」とにっこり答える京子の顔を颯太が覗き込んだ。じっと見つめられて、京子が「何ですか?」と眉をしかめる。


「ホルスの女も美人だと思ったけど。アンタも相当綺麗だな」


 颯太の素のセリフに京子は一瞬無表情になるも、みるみると(ほお)紅潮(こうちょう)させた。昨日見た酔っぱらいの赤ら顔とは違い、恥ずかしそうにうろたえる彼女は修司にも可愛いと思えてしまう。


「へ、変な事言わないで下さい!」


 少女のように声を震わせ、京子は無防備(むぼうび)な表情で反抗(はんこう)した。


 「恥ずかしがることじゃないだろう?」と颯太はいつもの調子で笑顔を作ったが、京子はそれを素直に受け止める事や適当にあしらう経験値は持ち合わせていないらしい。

 いたたまれない感情を振り切るように「嵯峨野(さがの)!」と扉の向こうへ声を掛けると、「はい」と呼応して廊下で待機する護兵(ごへい)が入室してきた。


「修司くんの事は、こちらに任せて下さい」


 それだけ言って、颯太をそのまま護兵へと託したのだ。



「京子さん、オッサンと年下の免疫力(めんえきりょく)が強すぎて、ああいうタイプは全然ダメですね」


 足音が遠ざかって、綾斗がクスリと音を立てて笑った。京子は込み上げる苛立ちにきつく唇を結びながら、赤く(うる)んだ目で綾斗を睨みつける。


「そんなことないよ。マサさんだって年上の男でしょ?」


 新しく聞く名前だったが、隣に移動してきた美弦が「アンタの部屋主よ」と小声で教えてくれた。


「マサさんはタイプが違うじゃないですか。それに長い付き合いのある人は、また別です」


 まぁ、颯太のようなタイプの方が珍しいと思うが。修司は漫才(まんざい)の掛け合いのように言い合う二人を眺めつつ、美弦の説明に相槌(あいづち)を打っていた。


 今、北陸の研究施設に居るという『マサさん』は、元々京子のトレーナーで三十代未婚彼女アリということ。今日帰ってくる京子の恋人の桃也は、彼女よりも年下ということ。いかにも噂好きの女子が飛びつきそうな話題だが、まだアルガスに慣れない修司にとっても興味津々(きょうみしんしん)の内容だ。


「桃也さんがいなくて良かったですね」

「桃也のことは言わないで。それより綾斗、そろそろ時間じゃない? 修司君と美弦はホールに移動しよっか」


 胸ポケットの時計を確認しながら、京子がみんなを促した。綾斗も「分かってますよ」と余裕だ。


「美弦今日まで学校休むだろ? 俺別件で出るから京子さんと一緒に修司くんと居てくれる?」

「あ、はい。明日はちゃんと学校行きますから。京子さん、よろしくお願いします」


 素直に返事して、美弦は京子に頭を下げる。立場上とはいえ、修司への態度とは大分差がある。()に落ちない気持ちを飲み込んで、修司は京子に従って訓練場であるホールへと移動した。


   ☆

 四階建てのアルガスは、三階と四階のほぼ八割が吹き抜けのホールになっている。一度三階に下りてから、女子二人の後を追って入った白一色の空間に、修司は「わぁ」と大きな歓声を漏らした。

 学校の体育館より格段に広い。窓が小さいせいか箱に入っている気分だ。


 京子は「何でこんなに暑いの」と感じたままの不快感(ふかいかん)を口にする。軽装(けいそう)の修司でさえ暑いと感じるのに、女子二人は制服のジャケットをしっかりと着こんでいた。

 ハイヒールをカツカツと鳴らして、京子は入口横に取り付けられたパネルを操作して戻ってきた。


「これだけ暑いと、涼しくなるまで少しかかるかな」


 彼女は空調のスイッチを入れてくれたらしいが、流石にすぐは実感できない。


「ごめんね修司くん、変な規則ばっかりで。キーダーはいつどんな状況でも動けるようにって、訓練も制服着てなきゃいけないの。六月になったら半袖になれるから、それまでの辛抱だよ」

「私はどちらかっていうと、冬の寒さの方が苦手です」

「わかるぅ。ホントここ底冷えするもんね。綾斗は偏屈(へんくつ)でなかなか暖房付けようとしないし」


 両腕を抱えて京子が冬の寒さを表現する。何だか女子だけの部活に間違って入ってしまった気分だ。

 このホールはキーダーの訓練場で特殊(とくしゅ)構築(こうちく)になっているらしい。『大晦日の白雪』クラスの衝撃には余裕で耐えられるという事だが、それだけの危険な訓練をする場所だというのに、二人には緊張感がまるでなかった。


 そして京子は「とりあえず」と仁王立ちになって腕を組み、さらりと最初の訓練を告げた。


「さくっと腹筋背筋やっちゃおっか。二百回ずつね。修司くんはゆっくりでいいから」


 「えっ? 俺もですか?」と思わず本音が零れる。

 ここに移動している時から嫌な予感はしていた。ついさっき颯太が懸念(けねん)していた、キーダーの基礎鍛錬(きそたんれん)というものだろうか。いやそれより訓練への参加は、キーダーになるかどうか選択する十日間の猶予(ゆうよ)の後からだった筈だ。


 アルガスの緩い空気にどんどん流されていく状況を止めねばと(あせ)って、修司は広げた掌を胸の前でぶんぶんと振るが、京子は「大丈夫、大丈夫」と根拠(こんきょ)のない笑顔を見せる。


「部屋で悶々(もんもん)としてても、ナーバスになるだけだよ。まだ午前中だし、美弦も一緒だから。ね?」


 腕立て腹筋二百回の時点で修司にとっては『拷問(ごうもん)』なのだが、京子が言う様に部屋へ戻ってもやることなど何もなかった。それに彼女たちに対して弱音を吐くのは、自分の中の男子たるプライドが許してくれず、「すぐ慣れるわよ」という美弦の言葉を信じて床に腰を落とした。



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