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5章 過去-4 もう一人の能力者

 ベッドに横になって照明を落とすと、颯太(そうた)は祖父母の事や、修司の母である千春に初めて会った時のエピソードを楽しそうに語ってくれた。

 太陽に焼けた匂いのする布団にくるまれながら修司はそのまま寝てしまい、次に目を覚ました時には(すで)に部屋は朝の光で明るくなっていた。

 いつもより遅い起床だ。書類だらけの部屋が、昨日の記憶を一瞬で(よみがえ)らせる。


 隣のベッドで胡坐(あぐら)をかいた颯太が、「眠れたか?」と眠そうな目を細めた。


「寝てないの?」

「思ってたよりナイーブらしくてな。ま、これからは好きなだけ寝てられるさ」


 だろ? と明るく自嘲(じちょう)して、颯太はベッドを降りて窓辺に立った。開かれた窓から流れて来る朝の空気が心地いい。修司は目を(こす)りながら彼の視線を追った。

 (さえぎ)るもののない広い空は、昨日美弦(みつる)と見た風景と同じだ。今日も晴天で、遠くの海まではっきりと見える。


「なぁ修司、アルガスから見る空は広いんだな」


 颯太はそのまま(しばら)く外を眺めていた。じっと動かない広い背に寂しさを感じてしまう。


 しかし、そんな気持ちに浸っている暇はなかった。バタバタと廊下から慌ただしい音がして、「入りまぁす」の甘い声と共に、いきなり扉が開かれたのだ。


 朝食の乗ったワゴンを片手に引きながら、紺色の制服を着た見知らぬ女性が入ってきた。

 律や京子より若干年上だろうか。アルガスの施設員(しせついん)だという、メガネの似合う女性だ。


 「おはようございまぁす」という挨拶(あいさつ)皮切(かわき)りに、一瞬で部屋の空気をさらってしまう。


 彼女は修司の身分証用の写真撮影と制服の採寸に来たらしい。有無を言わさぬ勢いで修司を上半身シャツ一枚にして、持ってきたキーダーの制服を着せつけていった。

 美弦や綾斗と同じ深緑のアスコットタイを締め上げ、白壁の前へと強引に誘導するとバシャバシャとシャッターを切って、再びシャツ一枚へと上着を剥いだ。

 初めて手を通した制服への感動も何もない。そこからは巻尺(まきじゃく)で修司の身体を細かく測り出したのだ。


 初対面の男二人に物怖(ものお)じせず、女は颯太にも「噂通りのイケメンですね」と目を輝かせる。

 まだキーダーになると返事したわけではないが、修司はされるがまま彼女に従った。

 嵐のように現れ、そして朝食のワゴンを残して彼女は颯爽と去って行く。


 オムレツにベーコンとサラダを組み合わせたオーソドックスな朝食を取り終え、颯太は残っていた炭酸水を飲み干してから改まって口を開いた。


「一晩一緒に居れて良かったよ。余計な事言い過ぎた気がするけどな。けど、布団の中で考えて、やっぱり俺はお前に死んでほしくないんだよ。折角の命なんだぜ? 大切にしろよ」


 颯太の言葉に納得しつつも、折角の力なんだとも思う。アルガスの穏やかな空気に当てられて、あんなに嫌だと思っていた山での記憶さえ歪んでしまった。


「素直じゃねぇ顔しやがって。ま、銀環してれば暴走する心配もないし、ひとまずは安心だ」


 「無茶するなよ」と言われて、修司は「分かってる」と答えた。

 「全くよぉ」と呆れる颯太。


「ところで、あの綺麗な兄ちゃんもホルスだったのか? 駅で会った男の方」

「彰人さん? ううん、あの人はホルスだって聞いてないよ。バスクなんじゃないかな」


 ここに来て彼の名前は一度も出ていない。


 「そうなのか」と深く頷いて、颯太はそれ以上何も言わず、口元に拳を押し当てた。


 そうしているうちに迎えがやってくる。ドアの隙間から顔を覗かせたのは美弦だった。美弦は颯太と目が合うと、気恥ずかしそうに視線を反らし、何故か修司を(にら)みつける。そして、集合の旨を早口に告げてすぐに行ってしまった。


 部屋を出る時、颯太は自分のセカンドバッグから小さい布袋を取り出してズボンのポケットに突っ込んだ。中から金属のかち合う音がしたが、修司に中身の見当はつかなかった。

 見張りの護兵(ごへい)に先導されて着いた場所は、昨日颯太と再会した会議室だ。


 長官と呼ばれる胸像の男や、ノーマルの上官に囲まれる状況を予想していたが、実際は昨日のメンバーに京子が加わっただけだった。

 京子は昨日の姿からは想像もできない程にキリリとした表情で、入室した二人を笑顔で迎えた。


「キーダーの田母神京子(たもがみきょうこ)です。初めまして」

保科修司(ほしなしゅうじ)です。よろしくお願いします」


 真っすぐ向けられた視線に緊張が走り、修司は(うやうや)しく挨拶した。颯太はうっすらと笑みを浮かべたまま会釈(えしゃく)を交わす。

 目の前の京子が泥酔(でいすい)状態の彼女とは別人に思えてしまうが、横に立つ綾斗が小さく肩で笑っているので本人なのだろう。流石(さすが)と言わんばかりの切り替えだ。

 美弦と同じタイトスカートの制服姿。ヒールの高い靴のせいで、修司と目線がほぼ同じだ。


 京子は全員を着席させると、手元の資料と照らし合わせながら、修司の生い立ちから昨日までの事を颯太に説明させ、要点を赤ペンで書き込んでいく。アルガスが把握している事実は、修司の記憶とほぼ差異(さい)がなかった。

 「そうですね」と反復して資料を読み上げ、京子は颯太に地下への抑留(よくりゅう)を命じた。そこからどうなるかはまだ未定だが、予想通りと言えば予想通りの結果だった。


「またアルガスは俺をここに閉じ込めるんだな」

「それでも貴方が犯した罪への(むく)いにはなりませんよ」


 「おぅ」と低く返事して、颯太は瞬くように少しの間目を閉じた。


「それと、もう一つ。保科さんには銀環をはめてもらいますからね」


 綾斗がテーブルの上に組んだ手を口元に当て、(とげ)のある声でそう告げた。「えっ?」と漏らした修司の声は美弦の声と重なる。ぱちくりと開いた大きな目が颯太と綾斗を交互に見つめた。


「銀環、って。伯父さんが?」


 綾斗の言葉の理解に苦しむ。颯太は元キーダーで、自らの意思でトールになったと言っていた。銀環は能力者の力を抑制(よくせい)するもので、罪人を縛るものではない筈だ。


「ふと気配が()れる時がある。三十年前にここを出る時、細工でもしましたか?」

「はぁ? そんなのするかよ。俺は今だってトールになれて良かったと思ってる。後悔なんかしたことないし、キーダーに戻るのなんて真っ平だってぇの。いいか、こればっかりは俺の意思じゃない。力だってほんの少しだ。光なんて出せねぇぜ?」

「この力は化学じゃない。百パーセントの理論なんてないんです。一度縛った力が(よみがえ)るなんて前例はないけど、それが暴走を引き起こす可能性だってないとは言い切れませんからね」

「そう思うなら、もう一回縛ってくれればいいよ。完全なトールになる意思なら幾らでもある」


 綾斗の説明に疲れた息を吐く颯太。


「伯父さん、本当なのか? 力が、って。キーダーに戻ったって事?」

「ンなわけないだろ。ただ、お前の気配だけ分かるんだよ。ここ一年くらい、何となくな。そんなんでアンタ等には俺に力があるって分かったのか」

「綾斗は()ぐ力がずば抜けてるんです。とりあえず銀環を付けてもらえますか?」


 京子はぽかんとしている美弦に、「私も分からなかったのよ」とこっそり伝えた。


「結局、上の判断待ちって事か。そりゃ格好の研究材料になるだろうよ」

「そういう意味ではありません。けど貴方が(おっしゃ)る通り、上の指示待ちです」


「あっ。だから伯父さんはこの間、あの駅に居たのか?」


 山で律たちと過ごした帰りの記憶。今考えると酔った颯太が普段使わないあの駅で偶然居合わせたことは、やはり不自然なのだ。むしろ待ち構えていたと言われた方が納得できる。


「お前の朝帰りの相手を見ておきたかったからな」


 驚いた美弦が裏返った声で「朝帰り?」と叫んだ。


「ちがっ。朝帰ったことなんかないだろう? 夜だよ、夜!」


 (さげす)むような美弦の視線に、修司はむきになって否定する。


「そうか? 相手のホルスさんは美人だったから仕方ないよな。まぁ、俺にはそれくらいの能力しかないんだよ。それでも銀環で縛ろうっていうなら――」


 そう言って颯太はポケットから袋を抜いた。ここに来る前あらかじめ準備していた布袋だ。

 こんな展開は予想済みだったという事らしい。

 テーブルに金属音を立てて転がったその中身は、二つの湾曲(わんきょく)した銀の帯だった。銀環にも見えるが、綺麗に真っ二つに割れている。


「俺が昔はめてた銀環だ。どうせならと思ってよ。コイツもまだ使えるだろう?」


 これに関しては京子たちも予想していなかったらしい。


「持っていたんですか。でも、ちょっといいですか?」


 そう断ってから、綾斗が割れた銀環に手を伸ばす。表裏と調べてから二つを合わせると、ぴったりと円に合わせることができた。「すごい」と横から女子二人が歓声を上げる。


「ここに未練なんかなかったのにな。手放せなかったんだよ。俺がキーダーだった唯一の証だ」


 颯太は少しだけ悲しい目を漂わせ、京子と綾斗に「任せるわ」と(うなず)いた。



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