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4章 再会-4 彼が未来を選択する期限

 入口から広いホールを抜け、『大階段』とでも(しょう)したくなる正面の階段を上ると、小さな部屋へ案内された。

 身分証でロックを解除した綾斗(あやと)の「ちょっと汚いけど許してね」という前置きを()て目に飛び込んで来た状況に、「は、はい」と声が上擦(うわず)ってしまう。


 まず目に付いたのは中央のテーブルに乱雑(らんざつ)に積まれた書籍と、書類であろう紙の束だ。壁際に並ぶ本棚も、余分なスペースなどなくびっしりと詰め込まれている。匂いや(ほこり)こそ目立たないが、白かっただろう壁はヤニか何かでうっすらと黄色に変色していた。

 そこがプライベート空間だと思うのは、部屋の隅にロッカーと机が一つずつしかないからだ。


「キーダーは寄宿舎(きしゅくしゃ)以外で本館に一人一部屋が割り当てられるんだけど、今空いてる部屋は物置になってるから。片付けるまでここ使って。持ち主には許可取ってあるからさ」


 そういえば入口の横に名前の書かれたプレートがあった。綾斗の説明では、部屋主は北陸の研究施設とやらに長期配属中らしい。勧められるままソファに座ると、美弦(みつる)が横に並んだ。

 綾斗は机から椅子を引いて来て、少し高い目線から「まずは」と切り出す。


「ここのトップは胸像の長官だけど、キーダーのリーダーは田母神京子(たもがみきょうこ)さん。他にも何人かキーダーが在籍してるけど、それぞれ忙しいから出払っててね。今日は俺が責任者ってことで。上官がみんなノーマルなのは気に食わないかもしれないけど、屈辱的(くつじょくてき)な思いをさせられるわけじゃないし、何かあったら『お前等一瞬で潰せるんだからな』くらいの気持ちで居れば、全然平気。仕事だって割り切っちゃえば楽しいと思うよ」


 恐ろしいセリフを淡々と言い、綾斗はいかにもな営業スマイルを浮かべて立ち上がった。


「改めて、木崎綾斗(きざきあやと)です。そっちは楓美弦(かえでみつる)。よろしくね」


 濃緑色のメガネを掛けた彼は、大人だが律や彰人よりやや幼く見える。指定の制服はタイもきっちりと結ばれ、彼の性格を表しているようだ。

 差し伸べられた綾斗の右手に()れると、ほんの少し力の気配を感じ取る事ができる。対して美弦は「よろしく」とぶっきらぼうに言うだけだった。


 綾斗は再び椅子に掛けると、上半身を(かが)めて修司を覗き込みながら、「君は今の状況を、どれくらい把握してる?」と直球の質問を投げて来た。


「突然連れて来られて驚いてる感じもしなかったし。美弦とも知り合いなんだろう?」


 その事に触れるのはタブーな気がしていたが、承知の上での同席らしい。彼女が告げ口でもしたのかと思ったが、確認する間もなく「言っとくけど、私じゃないから」と本人が主張し、頬をぱんぱんに膨らませてそっぽを向いてしまった。


「美弦がばらした訳じゃないよ。今日は俺一人で君の所に行く予定だったんだけど、学校休んでまで付いて行くって五月蠅(うるさ)かったから。問いただしたら知り合いだって言うし」

「言わないで下さい、綾斗さん!」


 (ほお)紅潮(こうちょう)させた美弦がぐしゃりと顔を(ゆが)めて訴えるが、綾斗に「意識し過ぎ」と笑われ、再びぷいと顔を横に向けた。


 二人のやり取りを見ていると、拍子抜けしてしまう。キーダーになればアルガスの駒となり、命を掛けて戦わねばならないと負の事情ばかり聞かされてきたせいで殺伐(さつばつ)としたイメージを抱いていたのに、それは外の人間が勝手に作り上げた妄想にしか過ぎないのかもしれない。


 けれど綾斗が修司に求める答えは、そんな気楽なものではない。口にしていいワードと悪いワードの区別がうまくできないまま、修司は一礼してから口を開いた。


「俺がここに来たのは、俺がバスクだからですよね。力がある人はキーダーとして銀環を付けなきゃいけない。だから、連れて来られたんですよね」


 綾斗は両手を膝の上で組み合わせ、「そうだね」と呟いた。


「まぁ、それだけ分かってれば上等だよ。じゃあ、とりあえずそこからかな」


 美弦がテーブルの端から小さな箱を引き寄せた。


「ここに来たからには覚悟決めてもらうからね。でも、力を手放したいと思ったらそれを叶えることは可能だから、いつでも言って」

「トールになるなら、って事ですか?」

「そういう事」


 (ふた)が開かれ、キーダーの証である銀環が現れた。覚悟を決めるというよりは、観念したという言葉の方がしっくりくる。けれど、十八年近くも拒絶(きょぜつ)し続けてきたものを受け入れてしまう事への抵抗がまだ残っている。それが国に背くと分かっていてもだ。


「俺、これからどうなるんですか? 家には伯父が居るんです」

「ご自宅には俺から連絡入れさせてもらうから。その伯父さんにも来てもらわないとね」

「来たら俺は一緒に帰れるんですか?」

「そうじゃないでしょ? 報告も兼ねるけど、君の伯父さんはただの身元引受人とは違う」


 強く結んだ綾斗の唇が目に入って、それ以上視線を上げることができない。あぁもう駄目だと敗北感が沸き上がって、机の(はし)(つか)んだ手がぶるぶると震えた。


「伯父は、母さんが死んでからずっと一緒に居てくれたんです。悪い人じゃないんです」


 ガタンと強く椅子を引いて立ち上がり、頭を下げて懇願(こんがん)する。「知ってたの?」と掛けられた綾斗の声に、修司は「はい」と小さく返事した。


「伯父はどうなるんですか?」

「そりゃ、火あぶりとかじゃない?」


 横からしれっと答えた美弦の言葉に驚愕と怒りが同時に込み上げて、修司は悲鳴に似た声を上げる。


「そんなわけないだろ。美弦、ヒトを脅かすのは良くないよ」


 苦笑する綾斗に押し黙って、美弦は修司を振り向き、きつくアカンベーをしてくる。


「だって、キーダー隠しは重罪よ? 終身刑じゃ軽い方だわ」

「だったら名乗り出なかった俺も同罪です。一緒に罰を受けます」

「最初にバスクを選んだのは君じゃない。まだ高校生の君にお(とが)めなんてないよ。君の伯父さんの気持ちも分からなくはないけど、野放しの力はそんな容易く扱えるものじゃない。暴走したら誰かの命を奪う可能性もあるし、苦しむのは自分自身もなんだよ?」


 感情を抑え込むように、綾斗は修司を睨んだ。反論の言葉など見つからない。その通りだと全て飲み込むが、颯太を非難する気持ちも湧かなかった。


「でも、ギリギリセーフかな。情状酌量の余地があるかどうか、ここで俺一人が判断できるものじゃないけど、君が逃げ出したりする素振りを見せなければ、最悪からは逃してあげるから」

「ほんとですか? ありがとうございます!」


 最悪が示す意味なんて分からなかったが、うっすらと希望が見えた気がして、修司は破顔して頭を下げた。

 綾斗は「まだわからないよ?」と眉をしかめる。


「君たちは何が罪かって、銀環を()めない危機感が薄すぎることだ。そんなだからホルスなんかに付け込まれるんだよ。律に、仲間になれって誘われなかった?」


 『私の側に居てくれない?』――あれは、そういう意味だったのだろうか。


「でも、ホルスだなんて知らなくて」

「そりゃあ、自分からそれを言うのは仲間として囲い込んでからに決まってるだろ?」


 それなら彰人はどうだろう。律の素性を知っていたから、彼女の誘いを断ったのだろうか。修司にホルスは駄目だと忠告までしてくれたのに、律の事は一言も教えてはくれなかった。


 急に彰人に会いたいと思ってしまう。今日のこの状況を知ったら、彼は何と言うだろう。けれど連絡先は知らないし、交わした言葉を思い出し気持ちを留めた。


 --『キーダーを選んだら、バスクとは一切関りを持たないこと』


「で、君はこれからどうしたい? こんな日が来るのは分かってたでしょ?」

「キーダーとトール……少し考えさせてもらってもいいですか?」

「うん、もちろん。トールにはいつでもなれるけど、一度失ってしまった力は戻らないからね。けど、君の歳でここに来た以上、何もしない訳にはいかないし、十日間だけは猶予(ゆうよ)をあげる。そこを過ぎて考えが(まと)まらなくても、他のキーダーと同じように訓練を受けてもらうよ?」


 「はい」と短く返事する。ここで決断するはずが、また先延ばしにしてしまった。


「俺は上に君の事を報告してくるから、後は美弦に色々聞いて。美弦、後は任せたからね」


 ぴょこんと顔を起こした美弦が、「はいっ!」と緊張の混じる返事を返す。


 修司は、立ち上がる綾斗を「あの」と引き留めた。彼に聞きたいことが山ほどある。


「どうして俺の事分かったんですか? あと、二年前の襲撃の話、結局敵は誰だったんですか?」


 勢いのままに早口で訊ねた。平野の事も脳裏をよぎったが、その二つが精一杯だった。

 綾斗は「うん――」と少し困り顔を傾けて、


「君に関しては、そうだな。律の捜査をしていて見つけたって言うのが正しいかな。バスクで居たかった割には気配の消し方が甘いよ。未熟すぎる。二年前の事はトップシークレットだからね。君がちゃんとキーダーになってくれてから、教えてあげる」


 そう言うと、改めて「じゃあ」と部屋を出て行ってしまった。



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