4章 再会-1 ファストフード店での熱演
朝、アルガスのヘリがけたたましい音を立てて頭上を過ぎて行った。
日常的に良くある光景の筈なのに、山での一件以来ヘリの音には敏感になってしまう。
教員の研修とやらで午前授業なことをすっかり忘れていた修司は、譲と駅近くのファストフード店に来ていた。
衣替え間近の暑さを逃れて、冷房の効いた店内でコーラを半分まで一気に飲んだ所で、譲が三個のハンバーガーをトレイに積み上げながら面白がって修司を覗き込んでくる。
「疲れた顔してるなぁ。食事の時くらいテンション上げて行こうぜ」
上から順に大口でかぶりつく譲は、草食系の見た目よりも大食いだ。
「お前はいつも元気だな。昨日帰り遅かったって言ってなかったっけ」
「任せてよ。ライブの疲れは精力剤みたいなもんだから」
わけのわからんことを言うから、女子に距離を置かれるのだ。この土日で『地元凱旋ライブ』という、東京生まれの譲とは縁のなさそうなイベントに浜松まで遠征してきたという行動力。昨日深夜に帰宅したとは思えないテンションは朝から上がりっぱなしで、学校からここまでの道のりは「待ってました」と言わんばかりに、その始終を熱弁してくれた。
「気分なんて、気の持ちようだって」
そうは言うが、好きなアイドルを見に行ったのと、山登りした上にヘリに襲われたのとでは内容が違いすぎるし、こっちは未来の選択にと戸惑っている所なのだ。
「そうだなぁ」と修司が少し豪勢に目玉焼き入りのテリヤキバーガーを食べながら呟くと、「ふふんふん」と軽快なハミングを刻みながら、譲が自分のリュックに手を突っ込んだ。
「そんなローテンションの修司くんには、これをプレゼントするよ」
目の前に突き出されたのは、まだビニールがかかったままの新品のCDだった。昨日、譲が片道四時間以上かけて鈍行で会いに行ったアイドルグループ・ジャスティのもので、修司のスマホにダウンロードされた曲である。
「ジャスティの写真でも眺めてれば嫌な事なんか忘れるって」
「でも俺、この曲落としてるし。貰ったら悪いだろ?」
「いいのいいの、土産買ってこなかったし。握手券ゲットするのに同じの十枚買ったから布教活動の一環だと思って受け取ってくれよ」
そう言って強引にCDを握らせると、譲はうっとり目を細めて自分の右手を頬に押し当てた。
バイト代の殆どをアイドルに投資している譲だが、あまりにも幸せそうな顔を見ていると、そんな生き方もそれはそれで良い気がしてくる。
譲は自分に素直だ。アイドルなんて馬鹿な話だと周りに笑われても、絶対に自分の意思を曲げることはない。
こんな譲の意見を聞きたいと思ってしまう。半分残ったテリヤキバーガーを無理矢理コーラで流し込み、修司はテーブルに置いたCDを一瞥してから、思い切って切り出した。
「なぁ譲、キーダーってどう思う?」
突然の言葉に譲は「え」と眉を上げた。サイダーのカップを離して「どうしたの?」と笑う。
「キーダーって言えば、日本を守る、アルガスの特殊部隊だよね」
初めて聞く代名詞。キーダーが突然戦隊もののヒーローのように思えてしまう。
「なら、ホルスの事は? 聞いたことあるか?」
「あぁ、キーダーの対抗勢力だっけ。レジスタンスっていうの? 何したいかは知らないけど、ノーマルな僕たちのことはそっとしておいて欲しいよね」
流石、譲だ。彼自身ノーマルの筈なのに、一般人なら聞き流してしまう話題にも詳しい。
「確かに。全くその通りだな。平和に暮らしたいだけなんだよな、俺たちは」
「その為にキーダーが居るんでしょ。ホルスは何が怖いって、情報が少なすぎる事だよね。組織の実態が分からないってことは、何処にでもいるような普通の人ってことでしょ? 全員がバスクでもないんだろうし、『ホルスです』って名札でもしててくれなきゃね。いつどこで何してくるか、見当もつかないよ」
修司は最もだと納得して、首を縦に振った。
「でもどうしたの、いきなり。修司ってこんな話するヤツじゃなかったじゃん。俺だって興味本位で検索した知識しかないけど。何? もしかしてホルスに勧誘でもされた?」
歯を見せて悪戯っぽく笑う譲に、修司は「んなワケあるかよ」と眉をしかめる。勧誘されていたら、もっと話は深刻だ。こんな場所でテリヤキバーガーなど食べていられるわけがない。
――『私の側に居てくれない?』
譲の発言に、ふと絡んだ律の笑顔。彼女はただのバスクで、昔の平野と一緒だ。
――『僕の事『ホルス』だって思ったんなら見る目ないよ』
あの二人はそうじゃない。けれど、彰人に否定された言葉以外、二人がホルスでない理由も浮かばない。
「そんな、実態も分からない奴等が、どうやって勧誘してくるって言うんだよ」
「そりゃあ、悪い奴等の勧誘と言えば、黒スーツにグラサンかけてやってきてさ」
映画のワンシーンを再現するように、突き出した親指を顎に当て、譲は声色を変える。
「保科修司さんですね、我々と一緒に来ていただけますか――じゃない? やっぱり」
草食系ふんわり顔の目が鋭く光った。「あぁ、なんかそれっぽいわ」と頷く修司。そう来られたら疑わないが、実際そんなにあからさまだとも思えない。
モヤモヤしたまま食事を終えて、二人は店を出た。
「俺この後バイトだけど、少し早いからゲーセンでも寄ってく?」
気晴らしも兼ねて譲の提案に乗ろうとして、修司は「あれ」と足を止めた。背後の自動ドアから出てきた客に「すみません」と注意されて慌てて横へどけ、目の前の雑踏を見張る。
力の気配を遠くに感じて、修司はハッと身構えた。
――「バスクは寸での差でキーダーから逃れられる希望もある」
颯太の言葉が頭を貫いていくのを、その状況が否定した。
じゃあ、相手もバスクだったら――?
突然現れた三人のスーツ姿の男が、修司の正面を塞いだ。