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3章 仲間-6 悪人だと言った彼の強さと過去

「彰人! こっちよ、修司くんも居るわ」


 律と頷き合って、修司は繋いでいた手を解いた。

 彼女の右手が頭上に振り上げられると、声の方向に黒い影が動く。彰人の持っていたライトがパッと二人を照らし、お互いの姿を確認して、律が「戻ろっか」と立ち上がった。

 彼女の視線が再び空を睨む。


「咲かなかったわね。本当、助かったわ」

「咲く? 花、じゃないですよね? 花火とも……」

「うん。キーダーはヘリからパラシュートで下りてくる時があるのよ」

「そんなことするんですか?」

「キーダーの行動パターンは大体決まってるから、今度、私が教えてあげる」


 律が通常モードのふわりとした笑顔に戻る。こんな彼女になら躊躇(ためら)いなく付いて行ってもいいかなと思ってしまう。「はい」と返事して、修司は歩き出す二人の後ろを追い掛けた。


「さっきの力に気付いたにしては、ヘリの登場が早すぎますね。どこかで見張られていたのかも。けど、あれで帰って行ったということは、降りるリスクを考えてってことでしょうか」

「そうね、修司くんの力を警戒(けいかい)して(あきら)めたのかも」


 彰人なりの解釈に、律が同意する。


「俺の力はそんな……。それより、降りることで向こうにもリスクが生じるんですか?」

念動力(ねんどうりき)があればパラシュートなんて格好の的だし、僕等三人ならあのヘリの羽を止めることだって可能ってことだよ」


 冷たい瞳ではにかむ彰人の表情に、墜落(ついらく)するヘリコプターのビジョンが重なった。ざわりと背中に冷たいものを感じ、修司がぶるぶると身震(みぶる)いすると、律が「彰人」と叱った。


「やりませんよ。今はそんな事をする時じゃないですからね」


 冗談の顔には見えない。キーダーと戦う事に恐怖はないのだろうか――そう考えた途端、修司の頭には一つの言葉がよぎってしまう。


 彰人は、もしや――ホルス?


 彼は強い。戦う事にもきっと慣れている。彼は自分の事を放浪者だと言っていたそうだ。実態の知れぬ人間こそ、そうなのではないのか。

 キーダーを敵視するというホルスの数少ない情報に彰人を当てはめて、修司は自分の勘を正当化しようとしてしまう。


「修司くんは、キーダーがどうやって戦うか知っていますか? 光も念動力もそうですが、基本あの人たちは剣で戦うんです」


 もやもやとした懸念(けねん)()き消す新情報に、修司は「剣ですか?」と目を丸くした。

 自分の将来を決めかねて苦渋している割には情報に疎いことを、改めて知らされる。


 律が「こんな感じ?」と誰も居ない方向へ手を伸ばし、光を生み出す。『剣』とは言うが、実際鉄の刃が出てくるわけではなく、白い光がそれらしく太刀の形を形成しているだけだ。切っ先までピンと伸びた刃を確認したのも(つか)()、光は呆気(あっけ)なく闇に飲まれてしまう。


「こればっかりは道具様様だわ。戦うレベルの刃を生み出すには、均一に力を放出させないと保っていられないのよ。その点キーダーは趙馬刀(ちょうばとう)っていう柄を持ってて、それが力をコントロールしてくれるの。思いのままに刃を付けて物理的に戦う事ができるのよ」


 つまり、その趙馬刀とやらがあれば、上手に剣を作り出せるという事らしい。


「便利なものがあるんですね。光って、球にして撃つだけじゃないんだ」

「キーダーはノーマルの力あってこそよ。そんな道具もあるし、何かあったらヘリで飛んでいくし、軟弱(なんじゃく)なのよ。でも、そんなのなくても彰人はできるのよね」


 律が恨めしそうに(ほお)(ふく)らませ、彰人を横目に見ながら()ねた。


「できる? って。その趙馬刀を持ってるんですか?」

「違うのよ。初めて見た時はびっくりしたんだから。彰人は、そのまま――」


 言い切るのを待たずに、そこにパッと光が()いた。彰人の手に白く長い太刀が握られている。律が見せてくれたものと同じだが、少々時間をおいてもその光が絶えることはなかった。


「まぁ、僕もこれで戦うのは苦手です」


 そう言いつつ、彰人は腰の前で刃を構えて見せる。


「できないわよ、こんなの」

「律は不器用なだけですよ。ちゃんと訓練すれば、岩くらい平気で切れるようになります」


 修司はただただ称賛するばかりだ。彼が例え『ホルス』の一員であってもバスクであることに変わりはないのに、自分とは次元が違いすぎて(なげ)く言葉すら出て来なかった。


「あれ、そういえば」と彰人が自分の左手首を確認した。そこに巻かれていたものは、銀環(ぎんかん)ではなくシンプルな銀色の腕時計だ。


「律、九時過ぎてますよ」


 「ええっ」と慌てた律の声と同時に、白い光の太刀(たち)が姿を消して闇が戻る。修司には状況がさっぱり分からなかったが、山での訓練はそこでブツリと終了してしまった。


   ☆

 (ゆる)い坂を(もう)ダッシュする。

 先を行く律の姿が消え、彰人はライトで足元を照らしながら、その事情をこっそりと話してくれた。


「九時半に閉まるお弁当屋さんが駅前にあるんだよ」


 頭の中が疑問符(ぎもんふ)だらけになるのと同時に、修司の腹が空腹だよと音を立てて(うった)えた。


「僕らはそんなに急ぐ必要もないんだよね」


 突然止まった彰人の足が、少し速いと思える速度で歩き出し、修司もその横に並ぶ。普段から運動不足のツケが回ってきて、正直休みたいと思っていたところだ。


「ただ、空腹は集中力を欠くからね。ちゃんと食べるのは大事。こればっかりは律に感謝しないと。僕だとどうしても食が後回しになっちゃうから」

「ですね。律さんは凄いですね。パワフルっていうか」

「律は野生児なんだよ。可愛いのにね」


 誉め言葉だと解釈して良いのだろうか。彼の表情にはあまり変化がなく、感情を読むのが難しかった。喜怒哀楽(きどあいらく)の全てが一重の細い瞳と口角の上がった口元で集約されてしまう。彼は本当にホルスなのだろうかと彰人を横目に見上げると、「怪しいなって思う?」と彼は謎かけの答えでも解く様に、突然修司に顔を向けた。

 修司は慌てて視線を反らすが、クスリという笑い声が耳に届く。


「確かに僕怪しいし。バスクなんてこんなもの。律だってそうでしょ?」


 言われてみると一理ある。しかし次に出た彰人の声が「でも」と少しだけ尖って聞こえて、修司は思わず身構えた。


「僕の事『ホルス』だって思ったんなら見る目ないよ、君」


 それは自分からは出すまいと思っていた言葉だった。素直に否定だと捉えて良いのだろうか。


「君は、考えることが頭の中だけで先走っちゃうのかな。危険だよ、そういうの。もっと周りを良く見ないと。この世界の半分は、誰かの都合で作り上げられた偽物なんだから。見たままに受け取ると自分が損するよ」


 彰人をホルスだと思ったのは、彼の強さを自分と同じ位置へ括ることを無意識に避けたからだ。けれど彼の言ったことにも納得できる。『そんな気がする』とふと思ったことが、『そうじゃないのか』と確信へ運ぼうとしてしまうのだ。


「まぁでも、色々脳みそ回せるだけいいのかな。律は本当、危機感なさすぎ。自分の立場をまるでわかってないんだから」


 (あき)れた溜息が聞こえて、修司は律のアパートへ行った時のことを思い出した。あの針金一本で開きそうな部屋の錠前が彼の話を物語っているようで、吹き出しそうになる衝動を(こら)える。


「で、君はこのままバスクでいるの?」


 唐突な質問だった。彰人は進行方向を見つめたままだ。

 即答(そくとう)はできなかった。まとまりかけた気持ちが恐怖と律の甘い誘いとで揺らぎ、まだ答えを決めかねている。一瞥(いちべつ)した彰人と一瞬目が合って、上手い返事を探していると、


「さっき力を使った時、全然楽しそうじゃなかったもんね。迷ってるのバレバレだよ。そうだよね、こんな面倒な選択しなきゃいけないなんて、力を持って産まれた性だよね」


 「わかるわかる」と相槌を打ちながら、彰人は「ただ――」と修司を振り返った。


「自分の力を怖がるのは勿体ないんじゃないかな。確かに、使い方を間違えたら『人間兵器』みたいに捕らえられてしまうかもしれないけど、使いようによっては人類さえ救える力なんでしょ? そんな栄光(えいこう)僕は興味ないけど、それでも自分の力をポジティブに受け入れられないなら、少なくともバスクには向いてない。アルガスに行ってトールにしてもらえばいいと思うよ。色んな考えがあるだろうけど、誇りとか自信とか、誰かを守りたいとか、そういうのないまま持っててもこの力はキツイだけだよ」

「彰人さんには、あるんですか?」


 何気に(たず)ねた質問を、彰人は「どうかな」と曖昧(あいまい)にはぐらかし、長い腕を組み合わせた。


「まぁ、真面目に悩むのも大事だよ。ただ一つ言えるのは、僕も色々悪い事してきたけど、ホルスに加担(かたん)するのだけは良くないってことかな」

「それは――俺も思います。って言うか、彰人さん悪い事してたんですか?」


 話せば話す程、彼への謎は深まるばかりだ。


「僕は悪人だよ」


 はにかんだ笑顔でそんなことを言われたら、やっぱり『ホルス』なのかと疑ってしまう。


「一つ忠告しておくね。もし君がキーダーを選んだ時は、バスクとは一切関りを持たないこと。バスクを根絶させることがキーダーの仕事だからね。君が僕や律を売るのは自由だけど」

「売るなんて……でも、そうですよね。キーダーはバスクを捕まえるのが仕事なんですよね」


 ふと平野の顔が浮かんで、修司は彰人の言葉に納得した。


「律さんには言ってないんですけど。俺二年前まで東北に住んでて、バスクの人と一緒に居たんです。けど、その人の所に突然アルガスから迎えが来て、キーダーになったらしくて」


 (うつむ)き加減に言い切って顔を上げると、ぽかんと口を開いた彰人の表情が迎えた。知人にキーダーが居る話などしない方が良かったとすぐに後悔したが、取り消す言葉も浮かばない。


「あの、でも、えっと……それからは一度も会ってなくて。彰人さんの言ったことって、つまりそういうことなんですよね」

「あ、ごめんね。少し驚いただけだよ。律には言わないでおくから」


 「でも、そういう事」と目を細めた彰人の表情が緩んで、修司はほっと胸を()で下ろす。


 道の奥に明かりが見えてきて、彰人はライトのスイッチを切った。途端に暗闇が広がるが、すぐに目も慣れて月明りだけで充分にお互いの表情を確認することができた。


「僕も二年くらい前まで東北に居たんだよ。父と一緒にね」


 彰人が突然、そんな話をしてくれた。意外だと思ったのと同時に嬉しさが込み上げる。


「そうなんですか! 俺と一緒です。でもどうしてこっちに?」

「好きな人を追い掛けてきた――なんてね。冗談だけど」


 冗談には聞こえなかった。(うれ)いを()めた表情で(うつむ)いて、彰人は深い藍色(あいいろ)の空を見上げる。

 そして、彼の言う相手が律ではないことが何となくわかって、


「俺、彰人さんは律さんの事を――」


 ここでそんな話を口にするのはあまりにも稚拙(ちせつ)だったと言葉を飲み込むが、


「好きなのかな? こっちに来たのは律に会う前だから、この話は昔の事だよ」


 こちらの頭の中など筒抜けで、何故か疑問符(ぎもんふ)付きで彰人は返事をくれた。


「別に好きとか嫌いを隠す歳じゃないけど、自分の気持ちが良く分からないのは若い時と変わらないね。でも、どうなのかな。仕事なのにね」


 突然飛び出したワードに食い付いて修司は顔を上げるが、山道が途切れてしまうのと同時に男二人の会話は幕を閉じてしまったのだ。



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