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3章 仲間-5 空を彷徨う光を逃れて

「気配消して! 隠れるわよ!」


 言い切ると同時に全力で腕を引っ張られる。

 瞬時に反応できなかった修司は、足を取られて地面につまずいた。転倒こそ防いだが、体勢を立て直す間も与えず「急いで」と急かす律に、修司は足元の(かばん)を拾い上げ必死に足を動かした。


 弱音を吐く時間はない。離れた律の手を今度は自分から(つか)んで、彼女が示す森を目指した。

 有刺鉄線(ゆうしてっせん)を抜け、来た道を()れて草陰へと入り込む。(すで)に彰人の姿はなかった。


 律は百メートル程走った所で速度を落とし、「しゃがんで」と指示する。

 さっきまで居た広場が少し遠くに見えた。天井の闇にポツリと打たれた紫の光はまだ遠いが、確実に音が近付いてくる。

 律はずっと戦闘モード。その横で修司は空を見張ったまま祈りを続け、必死に気配を閉じ込めていた。

 逃げ出したくなる気持ちを、繋がれたままの律の手がそこへ留める。


迂闊(うかつ)に動くと本当に捕まるわよ?」


 言われるままに(うなず)いて、修司は震える両手を懸命(けんめい)に押さえ付けながら律の横顔へ視線を落とした。

 もう真上かと思わせる爆音に、死という言葉がよぎる。初めて抱く恐怖を受け入れることを全身が拒絶して、空へと視線を返すことができなかった。

 アルガスのヘリなんてしょっちゅう見ている筈なのに、こんな音は耳にしたことがない。確実に自分たちが狙われている。


 「もう駄目だ」と()れた声が彼女に届いたかどうかは分からない。

 そして次の瞬間突然に撃ち落とされたサーチライトに、修司は「ぎゃあああ」と悲鳴を上げた。


「ただの光だから落ち着いて。キーダーは私たちを殺そうなんて思ってないわよ」


 言葉も理解できないくらいに狼狽して、彼女の腕にすがり付く。ここで死ぬなら初めからアルガスに投降すればよかったと後悔さえ沸いて来て、修司は力なく顔を上げた。


 逆光で物々しく黒い影を見せつけてくるヘリの腹は、今まで見た中で一番大きかった。機体の後方にはテールランプの紫色の光。青白いサーチライトがうろうろと辺りを探っている。


 修司は必死に気配を消し、律にぴたりとくっついて身を(ゆだ)ねた。(なさ)けないと自覚しながらも、行動を起こす術を何も知らなかった。空を凝視(ぎょうし)したままの彼女とは対照的に、修司は怯えた小動物のように背中を丸め、履き古したスニーカーの爪先を(にら)む。


 (しばら)くして、律の「あれ」という疑問符が届く。

 恐怖から我に返って彼女を見上げた所で、ようやく修司も気付くことができた。彷徨(さまよ)っていたサーチライトがここから離れた山を照らしたところでブツリと消えたのだ。そして、ホバリングしていた機体が再び動き出し、来た方向とは逆へと遠ざかっていく。


 助かったと理解した途端(とたん)全身の力が抜けて、修司の目に涙が(あふ)れた。「良かったね」と律に横から抱きしめられて、ほんの少しの時間だけ子供のように泣きじゃくった。


 緊迫(きんぱく)した空気が緩んで、遠のいていく音を辿(たど)って顔を上げる。黒い機体はもう闇に隠れ、紫色のライトが真っすぐに都会の方向を目指していく。ようやく落ち着いたところで律がハンカチを勧めてくれたが、修司は(まく)り上げたシャツの袖口で目を(ぬぐ)った。


「遠慮しなくていいのよ?」


 「ふぅ」と(つや)のある安堵を零して、律は地面に転がる大振りの岩に腰を下ろした。若干(じゃっかん)高くなった位置から見つめられ、修司は途端に今の状況を飲み込んで(ほお)紅潮(こうちょう)させた。


 彰人は側に居ない。月明りしかないこんな山奥の草陰で、表情が分かるくらいの距離に彼女と二人きりなのだ。

 頭を巡るワードから『恐怖』や『死』や『キーダー』の文字が薄れてしまうのは、何もなかったかのように彼女が平然といつも通りの笑顔を見せているからだ。


「さっきの修司くんの力、すごかったよ。初めてだなんて思えないくらい」


 ヘリコプター騒動で大分前の記憶のようだが、ほんの十五分ほどしか経っていない。


「修司くんはキーダーになるか、今のままでいるか迷ってるって言ってたよね? それなら、もう少しこのままでいて、色々な世界を見るのは将来を決めるためにも良い機会だと思うの」

「色々な世界? 海外に行くってことですか?」

「ううん。私の側に居てくれない?」


 魅惑的な視線に一瞬よぎった妄想を、そんな訳ないだろうと自分自身であっさり否定する。律がこんな状況でからかう人でないことを知っている。だからこそ意図が読めず、修司は困惑した。


「どういう意味かわかりません」

「そのままよ。一緒に居たら楽しそうだなって。今のままじゃ次また会える保証がどこにもないから、それは寂しいな、って。一歩踏み込むってことなのかな。仲間になる、って言うの?」

「律さん、それは俺も思っていました。けど……」


 もちろんです、と二つ返事で受け入れることができなかった。たった今起きたばかりの恐怖が蘇って、前向きな気持ちを遮断(しゃだん)してしまう。


「急がなくていいから。でも、また会って欲しいな」


 少女のような笑顔でそんなことを言う彼女と、今日で最後にはしたくない。


「俺も律さんにまた会いたいです。それって、彰人さんにも同じこと言ったんですか?」


 気になって、聞いてみる。潜在能力(せんざいのうりょく)に魅力を感じたというなら彼の方が断然上だと思ったからだ。

 自分だけであって欲しいと淡い期待を抱いたが、律は表情を陰らせて「誘ったよ」と答えた。その表情で彰人の答えが読めてしまい、修司は失言だったと後悔する。


「断られちゃったけどね。一ケ所に留まるのは嫌なんだって。放浪者だって言ってたわ。あの顔でそんなこと言ったのよ。笑っちゃうでしょ?」


 小さく噴き出した律につられて声を立てて笑ってしまい、修司は慌てて口に手を当てた。


「彰人がずっと居てくれないのは寂しいけど、でもまだここに居たいって言ってくれたから」


 嬉しそうに微笑んだ顔が一瞬で曇って、修司は息を呑んだ。こんな時、暗がりのままならいいのに、よりによって月明りがはっきりとお互いを照らし出してしまう。

 修司は精一杯の気持ちを込めて、初めて自分から彼女の右手を握りしめた。

 「ありがとう」と少しだけ明るい律の笑顔。ホッとした表情を受け継ぐように、ガサガサと葉の擦れた音と共に「二人ともそこに居ますか?」と彰人の声が闇の奥から無事を尋ねた。

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