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3章 仲間-4 月明かりの下で覚醒する

 杭と杭を(つな)ぐ、物々しい有刺鉄線(ゆうしてっせん)が張り巡らされた空間。何者かによって潰された細い隙間を超えて、三人は月明りでぼんやりと明るいその中へ足を踏み入れた。

 直径で百メートル程あるだろうか。草も木もないぼっかりと空いた空間に修司は眉を(ひそ)める。

 

 風景が抜けている。ここにあったものが、きっと一瞬で焼き尽くされてしまったのだろう。


「バスクがやったんですか?」

「まぁ、色々よね。ここはキーダーの演習場らしいから、便乗(びんじょう)させてもらってるのよ」

「えっ、アルガスの施設ってことですか? 勝手に?」


 驚愕(きょうがく)して修司は辺りに目をくれた。それらしき建物も照明も何もない、ただの広い山の風景。

 ライトを消して「少し暑いね」とシャツの袖を(まく)り上げる彰人が、月明りにうつし出された相変わらずのはにかんだ笑顔で「ここはね」と説明してくれた。


「キーダーの訓練施設なんだよ。全国に幾つかあるって言うけど、数に対してキーダーの人数なんてほんの(わず)かだからね。鉢合(はちあ)わせする可能性なんて殆どないよ。気配が残ったって気にならない。キーダーかバスクの判別なんてできないからね」


 「そうなんですか」と振り返ると、「凄いでしょ」と律が笑んだ。

 実に楽観的な律の発言に顔を引きつらせて、修司は遠くの森を見やった。木々の陰を警戒するには広すぎて、気配に気付ける自信はない。


「ほら、もうガチガチだよ。ここでは気配なんて消す必要ないんだから、リラックス!」


 ポンと腕を叩いてきた律の手に、その気配が(にじ)んだ。改めて同じなのだと実感する。ホッと力を緩めると、律が「よしよし」と頷いて、修司と彰人の前にくるりと躍り出た。


「じゃあ、しよっか。手加減なんてしなくていいからね」


 律に言われて、修司は「はいっ」と手順を素早くイメージする。平野ならきっと、元通りの山からでさえ、この空間を作り出せてしまうだろう。しかし自分は手加減どころか全力で撃ってもこの広い空間の半分も焼くことはできない。


「じゃ行くわよ、修司くんっ」


 実に楽しそうに息を弾ませる律は、広場の中央に向かって走って行ってしまった。

 雲が晴れて視界は良好。演習場の真ん中で足を止め、右足を軸に踵を返すと、両手を頭上で大きく振った。

 「行きまーす」の掛け声が聞こえて、律の気配が一気に膨れ上がる。彼女との間を遮るように白い光が現れた。


 予想を反する事態に、修司は「えっ?」と身構える。バスクが山でやることと言ったら、何もない空間へ向けてストレス発散のごとくドーンと力を出し切ることではないのか。


「これって、実戦なんですか――?」


 ふと過った現実に、全身が強張った。今、律が何をしようとしているのか。


「ホラ。丸腰じゃやられるよ。頑張って」


 スポーツの応援でもしているかのように、彰人の声援は危機感などまるでなかった。


 「はあっ!」と強い律の気合と共に気配がさらに強まって、光が動を得る。一直線に迫りくる恐怖に硬直する身体を振り解いて、修司は「うわぁ」と彰人を振り向いた。


 顔いっぱいで助けを求める修司に、彰人は「あぁ」と眉を上げ、颯爽と前に出る。

 光の圧力を修司が顔面に感じたのと、真っすぐに伸びた彰人の手から白い光が盾のように横へ広がるのは同時だった。それまで感じることのなかった彰人の気配は、律のそれとは比べ物にならない程大きかった。

 律の生み出した光は丸みを帯び、レールを引かれたように真っすぐに放たれて彰人の作り出した盾へと飛び込んで来た。


 光の球は盾を削り込んで急速回転するが、少しずつ勢いを削がれ、最後はポンと音を立てて花火のように散った。余韻(よいん)無く静寂(せいじゃく)が戻る。解かれた恐怖にぜぇぜぇと呼吸を繰り返し、「あ、ありがとうございます」と修司はようやく礼を言うことができた。


「大分強いよね、彼女。もしかして修司くんは実戦の経験ないの? 訓練でも?」


 「……はい」と正直に頷くと、「気にしなくていいよ」と彰人は光を消して笑んだ。

 「ちょっとぉ」と向こうで跳ねながら、律が騒いでいる。


「全く。律は血の気が多いんだから」


 地面と平行に手を伸ばし、彰人が再び光を熾した。丸い球――しかし律とは違い、ソフトボール大の小振りなものだ。何の躊躇(ためら)いもなく、彰人は律目掛けて光を投げた。

 律の光を上回る速球に、取り乱す修司。


「大丈夫、大丈夫。これくらい何てことないから」


 軌道上の空気を火に変えてしまいそうな、強く鋭い白の炎。

 「ひゃあ」と飛び退った律の悲鳴がこだまして、「ね」と彰人が振り返った。


「彰人? もぉ、びっくりさせないでよ」


 ぶんぶんと両手を高く振り回しながら律が戻ってきて、「中断だね」と彰人が微笑んだ。


「すごい……ですね、彰人さんは。ケタが違うというか……」


 逃げる時、戦う時。律は毅然とした表情を浮かべる。普段とは真逆の戦闘モード。

 穏やかなはにかみ王子もきっとそうだと思っていたが、表情が変わらない彼はどこか喜々として見えた。その笑みは、力を発揮して「スカッとするぜぇ」と声を上げた平野ともまた違う。彼にとっての戦闘モードが平常時とイコールなのかと思うと、少し怖いと思ってしまう。


「律だって同じくらいだよ」

「修司くん、怪我しなかった?」


 律がスカートをひらひらさせながら駆け寄ってきて、「ごめんね」と手を合わせた。


「律の早とちりでしたね」

「うん。修司くんはずっと一人だったんだものね。でも、銀環付きのキーダーも覚醒(かくせい)は十八歳頃っていうし、修司くんもこれからよ。伸びしろはまだまだ山のようにあるわ」


 彼女に平野の事は話していないが、戦闘経験がないのは事実だ。


「自分の力がどれだけなものか、知っておくのは大事ですよ。ただでさえ銀環のない僕たちは、自分でコントロールできるようにしないと」


 律は無邪気(むじゃき)に跳ねて二人から離れると、「見てて」と華麗にその技を披露(ひろう)してくれた。キリリと構える表情。彼女の戦闘モードは分かりやすい。


 光の攻撃と防御。それに加えてこの力は、離れたものを触れずに遠隔操作(えんかくそうさ)することができる。俗に言う念動力だ。胸の前に構えた彼女の細い人差し指に合わせて、地面に置いた修司のリュックがふわりと宙に浮かび上がった。リュックは腰の位置でぴょんと頭上まで跳ね上がり、突如重力を思い出したように修司の腕の中へと落ちる。


「女の人が力を使ってる姿って、カッコいいですね」


 再びリュックを地面に下ろしながら、修司は素直に感動していた。思わずパチパチ手を叩くと、律は「ありがとう」と修司の背後へ回った。


「修司くんは何ができる? 力を感じることはできるよね。光を出すことはできる?」

「いや、俺はそんな。律さんや彰人さんと比べたら、全然……」

謙遜(けんそん)する必要なんてないでしょ? ここで大事なのは、ノーマルかそうでないかってことよ?」


 生まれた時から力のない一般人はノーマル。そうでないと言える自覚だけはある。

 見守ってくれる二人の視線に腹をくくり、修司は胸の前に真っすぐ手を伸ばした。


 細く息を吐き出して、指先へ意識を集中させる。掌から湧き出た白い光は、彰人の投げたソフトボール程度の大きさにまで膨れるが、二人の顔をぼんやりと照らし出すだけで、宙へ駆け出す勢いはない。いつもならそんな光だけで満足していたのに、初めて先を学びたいという想いが沸いた。


「このくらいしかできなくて、すみません」

「謝らないの。少しずつコントロールできるようになればいいんだから」


 彼女の手が背中から修司の右腕を押さえる。半身が彼女の柔らかさに触れ、全身が火照(ほて)った。

 意識と共に一瞬擦れてしまった光を彼女の声が「集中して」と押し留める。けれど手の感触、腕の感触、胸までもを押し付ける彼女の言葉は悪戯(いたずら)にさえ聞こえた。甘い香りに乱れる気持ちを意識の向こうへ追いやろうと歯を食い縛ると、光が少しだけ大きくなった。


 彰人は「うまいうまい」と称賛しながら横にずれて二人を見守る。

 気を反らせば呆気(あっけ)なく消えてしまうだろう未熟(みじゅく)な光に集中して、修司は指示を待った。


「いいと思う。少しずつ力を吹き込んで……って、難しいかな? 一気に大きくしようとしないで、えっと、ほら、風船を(ふく)らますみたいに?」

 言われるままに、漠然(ばくぜん)と風船が頭に浮かんで来た。息を吹き込むイメージに合わせて呼吸を繰り返すが、膨張する風船とはリンクすることなく、光は時間の経過とともに収縮(しゅうしゅく)していく。慌てて「あっ」と手に力を込めた所で、修司は突然の(まぶ)しさに目を細めた。


 ゴオッと膨れた光が炎のようにぐにゃりと(ゆが)んで、修司は咄嗟(とっさ)に手を離す。放出した光が辺りを白く包んだのは一瞬。遠くへ放たれることなく、深い紺色の闇へと霧散してしまった。


「力を使うことは怖いことじゃないよ。もっと自信持って。今の大きかったよ?」


 律の激励(げきれい)に「はい」と返事して、修司はもう一度両手に小さな光を作った。ここまでは問題ない。


「大丈夫。さっきの力が出せるなら、できるわよ」


 律の声は魔法のようで、まるで彼女が操るかのように光は声に合わせて大きくなっていく。


「律さん、もうこのくらいで」


 もう十分だと終わらせたくなるが、律は「駄目よ」と声を強めた。修司はよろめく足に力を込め、否応なく掌に集中すると、突然膨れた眩しさが視界を覆いこんでしまう。


「これって、俺の力なんですか?」

「そうよ。そして暴走させないためにもこれをコントロールできるようにしなきゃ」

「暴走って……大晦日の白雪みたいなやつってことですか?」

「バスクでも、素のままじゃあそこまでの威力は出せないと思うの」


 白い雪の日の光景がフラッシュバックしてきて、修司は目を閉じた。もう終わらせよう、気を静めようと抜いた力を、律が後ろから拾い上げるように両手で支えた。


「すごいよ、修司くん。あと少しだけ強めてから撃つわよ」


 甘い言葉は悪魔の囁きにも聞こえてくる。ここから逃れることができなかった。

 光の大きさに比例して強まる振動が、光をそこから弾き出そうとしている。


「律さん、俺、もう――」


 頭がグラグラしてきて、意識が飛びそうになるのを必死に堪えた。


 「うん、いいわよ」と少しだけ躊躇(ためら)って出されたゴーサイン。修司は「はいっ」と足を地面に踏ん張らせた。平野の見様見真似だ。


「手から離れると更に大きくなるから、びっくりして腰抜かさないようにね」

「こ、腰抜かす、って」


 余力を光へ継ぎ込んで、修司は勢いのままに両腕を前へ突き出した。直径で二メートル程の球体が、枷を引き千切った(けもの)のように走り出す。

 地鳴りを引き起こして駆け抜ける閃光(せんこう)に視界を腕で(おお)った。刻むように揺れる地面と空気の振動が収まるのを待って、汗を拭いつつ腕を下ろすと、いつの間にか正面に回っていた律が暗闇に戻った視界の中心で、ぽかんとした表情を修司に向けている。


「あ、あれ? 何も起きなかった?」


 彼女の背景に修司は目を疑った。若干焼けた臭いがするものの、何かあったのかと疑ってしまう程に変化がなかった。がらんどうとした空間には、(くすぶ)る火の影もない。


「ちゃんと光は出ていましたよ。ただ、ここには初めから何もありませんから」


 彰人からの結果報告。まだ手の感触は残っているのに、実感は湧かなかった。けれど、一瞬で消えてしまった光が残した風景は、規模こそ小さいが大晦日の白雪と同じだ。

 全身が(ざわ)めく。まさか同じことができるとは思わなかった。いや、自分がバスクだと自覚した時点でそれは分かっていたのに、過小評価して都合良く考えていただけだ。


「うんうん、凄いよ修司くん。真ん中くらいまで届いてたよ?」


 無邪気な笑顔で褒める律。彰人もはにかみ王子さながらの笑顔で手を叩く。


「なかなかですね。初めてなんでしょう? これは将来有望なんじゃないですか」


 これは、バスクの力。修司はバスクだと宣言してここに来たのだから、二人にとっては当たり前の光景だったのだろう。修司もかつて平野の力を目にしたときは手を叩いて賛美したのだ。それなのに、自分が称賛(しょうさん)を受けて嬉しいとはこれっぽっちも思うことができなかった。


「これくらいできていれば、応用が利くと思いますよ」

「そうよね。覚えなきゃいけないことはいっぱいあるから、頑張ってね」


 にっこりと律に笑い掛けられて、修司がうつむくように頷いたその時――三人が同時に聴覚を研ぎ澄ました。


 頭上から降ってくる、小さな小さな音の気配。

 「アルガスの?」――そう口にしたのは律だった。

 一呼吸、一呼吸――音は強まる。

 機械音、プロペラ音、それがヘリコプターの起動音だと理解した瞬間、律から強引に腕を掴まれた。


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