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3章 仲間-3 暗闇で繋がれた手の感触は

「律が修司くんと遊びたいんだって」


 彼女を追い掛けながら、彰人がそんな説明をしてくれた。曖昧(あいまい)すぎてもっと補足が欲しいところだが、競歩を思わせる俊足(しゅんそく)に付いて行くのに必死で、そんな余裕はなかった。


 駅からの電車移動はICカードの残金が心配だったが、手際良く律が切符を買ってきてくれた。八百六十円――大分遠いと思いながら路線図を見上げるが、確認できないまま律に急かされて改札を(くぐ)った。乗ったことのある路線だが、逆方向だ。どんどん都会を離れていく。


 売店で三人分のコーヒーとチョコレートを買った律は、遠足気分でご機嫌だった。ボックス席の窓際を陣取ると、外を眺め山や川や空の色にいちいち反応して修司に声を掛けて来る。


 そんな律とは対照的に、修司は陰りゆく空に不安を(ふく)らませていた。まさかこのままどこかへ拉致(らち)されてしまうのではないかという最悪なシナリオに行きついたところで、「どうぞ」と笑顔で差し出されたチョコレートに、不安が霧散(むさん)してしまう。我ながら単純だ。

 横で読書に(ふけ)っていた彰人も顔を上げ、勧められるままに一粒口に入れて再び本へと目を落とした。何の本だろうと気にはなるが、書店のカバーが掛かっていて表紙は見えなかった。


「で、これからどこへ行くんですか?」

「楽しいところよ。何度行ってもワクワクしちゃう」


 目的の場所を想像したのか、律が弾けるような笑顔をリズミカルに揺らす。彰人は修司を一瞥して、「イケない遊びだよ」と説明を加えてきた。

 「そんなことないよ」とすかさず律が「もぉ」と頬を膨らませる。答えを焦らしているのは彼女なのだが、困惑する修司に申し訳なさそうな表情を向けて、「違うのよ」と両手の指先を合わせた。


「したことあるって言ってたでしょう?」


 彼女の口から出た言葉に、危ない妄想が修司の頭を支配してしまった訳で。


「力試しだよ。山で。街中じゃ中々できないからね」


 ようやく本来の目的が発表された所で、修司はピンク色に染まった頭を必死に振り払い、必要以上の大声で「はい」と返事したのだ。

 クスクスと拳を口元に当てて笑いながら、彰人は「修司くんの事、おもちゃにしちゃダメですよ」と律を宥めた。

 修司は赤ら顔で押し黙る。

 つまり、バスクとしての力を見せ合わないか、という話らしい。平野とも一度したことのある、山奥での開放。あの時はただただ彼の力に圧倒されるだけだったが、バスクの世界ではポピュラーなことなのかもしれない。


 初めて手から白い光が出たのは十三才の時だ。凄いという感動よりも恐ろしいという気持ちが強かった。

 平野と離れて、気持ちの整理を付けられないまま選択を後回しにしていた二年。日本に何百万分の一で生まれるという確率が嘘のように、目の前にバスクが二人も居る。

 仲間と呼ぶには浅すぎるが、この境遇(きょうぐう)に甘んじて未来を委ねるのも悪くないと思ってしまう。


   ☆

 すっかり暗くなってしまった風景。車内の客はまばらで、駅ごとの距離も大分伸びてしまった。

 駅名を聞くだけではどこに居るのかなんてわからない程遠くまで来て、ぽつぽつと寂しい光の夜景を見ていた律が「次よ」と二人に振り向いた。


 セーラー服姿の女子高生がホームの階段に消えるのを待って、三人はその駅に下りた。

 静まり返った風景にミスマッチな自動改札を抜けて、修司は辺りを見回しながら駅舎を出る。

 停車中のタクシーは一台。空のバス停に人気はなく、先に下りた女子高生等は自転車で颯爽(さっそう)と通りを走り抜けて行った。

 駅の向かいには小さな商店がいくつか並ぶだけで、もちろんコンビニはない。今日の終わりを告げるように、タバコ屋の店主が曲がった腰を伸ばしながらシャッターを閉めていた。


 駅の周辺に民家はあるが、その奥はぐるりと山が囲んでいる。都心から鈍行(どんこう)に揺られて乗り換えなしの一時間半。こんなにも風景が変わってしまうことに驚いて、修司は素直に「田舎ですね」と呟いた。


「見つかったら困るでしょ? ここから少し歩くわよ」


 律が人差し指を唇の前に立てて、「じゃあ、行こっか」と歩き出した。

 彰人が「僕が先に行こうか」と先導を買って出てくれたお陰で、歩く速度が『俊足』から『ちょっと速足』まで落ちたのは有難かった。


 踏切を超えて狭い集落を抜ける。高速道路の高架(こうか)(くぐ)ると、外灯もない闇が広がり、修司は息を呑んだ。


「おっと、これはキツイですね。ちょっと待って下さい」


 彰人が小さなライトを取り出して前方に光を向けると、細い道と険しい木々の壁が円形に照らし出される。「これで大丈夫」と彰人ははにかむが、心もとない光量に修司は恐怖さえ感じてしまう。

 一応道だと認識できる、草と土の固い地面。誰かが日常的に使っている気配はない。行く手を(はば)む草を掻き分ける彰人の手に合わせて、ライトの光が上下左右に大きく揺れた。

 平野の力を見たのもこんな山奥だったが、昼間だったせいか不安を覚えた記憶はない。


「修司くん、疲れてない?」


 「大丈夫です」と強がった声が自分で分かる程に震えてしまう。振り返った律が薄く微笑んで、彼女の少し汗ばんだ(てのひら)が出会った日のように修司の掌に重なった。

 小さい子を宥めるように「一緒に行こうか」と笑いかけて、律は修司の手を引いた。

 そんなやり取りに振り返ることのない彰人の背を一瞥して、修司は「はい」と手を握り返す。

 やはり単純だ。暗闇への恐怖はあっという間に消えてしまった。


 そして、先導する彰人が足を止める前に、修司には目的地を理解することができた。


「何だ、ここ……」


 無意識にそう呟いてしまう緊張が全身を突き抜けていく。

 力の気配。今まで感じたことのない、むせるような強い圧迫感に、修司は鼻と口を右手で(おお)って深く息を吐き出した。


「こういうの初めて?」


 深く頷くと、繋がれた手は呆気(あっけ)なく解かれ、律の右手は修司の背中をそっと撫でた。


「ここは能力者が集まる場所だから気配が染みついているのよ。少ししたら慣れるから」

「キーダーかバスクが居るわけじゃないんですか?」

「分からないけど、居たら逃げればいいでしょ? 心配しないで」


 律ははっきりと否定しない。言われた通り、込み上げた吐き気は彼女の手の温もりと共に消え、同時に木や草で覆われていた視界が突然に開けた。



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