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1章 上京-1 彼と居た場所への別れ

 能力者として生まれた自分が、バスクとして育って。

銀環(ぎんかん)を逃れて生きることは、本当に自由なのかな――?」

 何気に聞いたその質問に答えをくれないまま、平野(ひらの)修司(しゅうじ)の前から姿を消した。


   プロローグ

 町の一角が一瞬で消えたその日の光景は、今でもはっきりと覚えている。

 記録的大雪が東京に舞い降りたその日、白に覆われた町が黒い(すす)で丸くくり抜かれた風景を子供なりに怖いと思って、傍らで一緒に見ていた伯父の手を必死に握りしめていた。


 その日は大晦日。家には伯父が来ていて、母親と三人で「日が変わる頃になったら、近所の神社に行ってみようよ」と話していた矢先の事だった。

 年末ムードだったテレビが全てその光景に切り替わり、深夜の約束が消えてしまった。


 半径八十メートルを一瞬で焼いた光は、三十年近く前に世間を騒がせた隕石落下を彷彿(ほうふつ)とさせたが、七年経った今になっても原因は未だ公表されていない。

 いつも穏やかな伯父がテレビに向けて「畜生(ちくしょう)」と吐いた横顔は、今でも修司の頭にこびりついていた。


 死者四人、負傷者八人を出す大惨事となったこの事件は、インタビューを受けた青年が「白い雪が全てを隠しているようだ」と呟いた事から、『大晦日の白雪(おおみそかのしらゆき)』と呼ばれた。


   1

 関東から聞こえ出した桜の便りに、ようやく東北の寒さも(ゆる)みだした三月の末、保科修司(ほしなしゅうじ)はもう一度その場所を訪れた。


 繁華街の奥にひっそりと佇む、バー『プラトー』。

 開店前の一時間を彼と過ごす為、修司はずっとここに通っていた。

 しかし、そんな生活も五年で突然ピリオドを打たれる。

 『休業』と書かれた紙が冬の空気と雪に晒されて、緩くなったビニールテープでかろうじて黒い鉄扉に留まっている。

 マジックで太く書かれていた文字も、二月(ふたつき)程で大分薄れてしまった。


「平野さん」


 ぼんやりと彼の名前を呼び掛ける。ないと分かっている返事を待って、沈黙に肩を落とした。


「修ちゃんかい?」


 聞き覚えのある声に呼ばれ、修司は「お久しぶりです」と彼女を振り返った。


「あぁ、やっぱりそうだね。修ちゃんにもう会えないんじゃないかって思ってたのよ?」


 美佐子(みさこ)は着物の似合う老齢(ろうれい)の女性だ。

 プラトーの横にある小料理屋の女将(おかみ)で、修司をいつも気遣ってくれた。

 平野を前に「頑固親父ね」と詰っていたこともあったが、『休業』の貼り紙が(かか)げられてからの美佐子は、表情に寂しさが垣間見えた。


「この間、(そう)ちゃんが見えてね。修ちゃんと東京に行くって聞いて、私びっくりしちゃって」


 修司には両親が居なかった。父は生まれる前に事故で他界し、病弱だった母も五年前に亡くなった。

 それ故に、母方の伯父である颯太(そうた)と二人暮らしをしている。


 東京の高校を受験することは、平野がキーダーになったと聞いて、自分で決めたことだ。

 最初颯太は反対したが、五分後には「俺も行くぞ」と言ってくれた。

 産婦人科医として総合病院に勤めていた彼が、仕事を辞める決断をしたことに驚愕(きょうがく)と後ろめたさを感じたが、彼は翌日あっさりと次の仕事を決めて帰って来たのだ。


「でも、応援してあげなきゃね。それに――修ちゃんも不思議な力が使えるんでしょう?」


 きっちりと結い上げられた髪を撫で、美佐子は修司を覗き込むように首を(かし)いだ。

 突然の言葉に修司が「いえ、そんな」と口籠(くちごも)ると、美佐子は「困らせちゃったかしら」と笑んで、「内緒ね」と赤く塗られた唇を人差し指で塞いだ。

 こくりと修司は(あご)を引く。


 修司と平野は不思議な力を持っていた。


 ――「国の犬になりたくなかったら、(つか)まらない術を身に着けろよ」


 この世には特殊な力を宿す人間が(まれ)に生まれる。出生時に検査で振り分けられた能力者は、『キーダー』としてその力を国の為に捧げるのが鉄則だ。

 けれど英雄と呼ばれるキーダーの陰で、何らかの事情で検査を(のが)れた能力者が存在する。一般人を(よそお)って生活する二人のような存在は『バスク』と呼ばれ、()み嫌われていた。


 五年前、彼と偶然に出会った。

 キーダーの印である銀環のない修司に平野は驚愕(きょうがく)したという。


 「修ちゃんもキーダーになるの?」と微笑む美佐子は大分事情が分かっているらしい。


「それはまだ決めていません。知ってたんですか? 俺の事」

「えぇ。ごめんなさいね。まだ修ちゃんが小さい頃よ。だって、こんな夜の街に小さな男の子がいるんだもの。平野の事問い詰めちゃった」


 悪戯(いたずら)っぽく笑む美佐子の言葉に、修司は気持ちがスゥと落ち着いていく。

 自分を理解した上で接してくれる大人の側はとても居心地が良いものだ。


 美佐子は「そうね」と少し考えてから、


「平野はキーダーを悪く言ってたけど、あの日迎えに来たキーダーはそんな風に見えなかったのよね」


 国の管理下にあるキーダーは国民を守るための盾で、キーダーになるということは国の奴隷になる事だと平野は吐き捨てるように言っていたものだ。

 だからこそ、彼が下したキーダーになるという決断を修司は未だ理解できずにいる。


「でも平野さんは連行されたんですよね、無理矢理……」

「その場に居たわけじゃないから詳しくは分からないけれど、そのキーダーが美人さんだったから、あの人が惚気ちゃったのかもしれないわね」

「女の人? 美佐子さんはその人に会ったんですか?」

「偶然ね。まだ寒い頃だったでしょ? 平野が意固地に逃げ回るものだから、その娘ここに張り込んで、高熱出して倒れてたのよ。私も慌てて平野に連絡しちゃって。本当は嫌だったんだろうけど、あんな性格でしょ? すっ飛んで来たわよ。完全にあの人の負けね。だから、無理矢理って表現はちょっと違うのかもしれないわ」


 突然姿を消した平野がキーダーになったことは、伯父から聞いた情報だ。

 少し前に東京でキーダーの居る施設がバスクに襲われる騒動があり、テレビで流れたニュースに彼がキーダーの制服姿で映っていたらしい。


 「ここよ」とそのキーダーが倒れていた場所を指差す美佐子。

 危険因子(きけんいんし)であるバスクを捕まえるは、キーダーの仕事の一つだという。


「私が平野に会ったのは、それが最後。キーダーってのは、私みたいなノーマルには遠い世界の話だけど、一概に善悪を決めつけるものではないと思うわ」


 修司は美佐子をずっと祖母のように思っていたが、その時の彼女の言葉は母の口から語られているもののように感じられた。


 キーダーは英雄だ。

 昔、東京に隕石が落ちてきて、キーダーがその類まれな力で人々を救ってくれたという。

 キーダーは英雄だ。

 だから、同じ力を持つ貴方は何も恐れることはないと、ずっと母親に言われてきた。

 キーダーは英雄だ。

 けれど、その言葉の意味が幼い修司には良く理解できなかった。力の存在を誰にも言ってはならないと教えられていたからだ。


 そんな母は、修司が十歳の時に死んでしまった。病床(びょうしょう)で看取られた最後の母は、修司の力を心配することもなく、ただようやく父の元へ行けると、穏やかな表情で目を閉じた。


 平野との出会いは、そのすぐ後だ。初めて自分と同じバスクに会えたことが嬉しくてたまらなかった。

 颯太は哀しそうな眼をしていたが、訓練を買って出た平野に頭を下げたという。


「別れが言えるのはいいものね。あの人は何も言わなかったから」


 美佐子が溜息交じりに苦笑する。

 修司は店の前に立ち、黒い鉄扉に貼られた紙にそっと触れて目を閉じた。呼吸を整えながら(てのひら)に集中すると、指先の神経が冷たい感覚を捕らえる。もうここに平野は居ない。


「きっと、別れだと思ってないんですよ。休業、ですからね」

「なら、修ちゃんともさよならは言わないわよ? たまには顔を見せに帰って来てね」


 「はい」と頭を下げる修司を、美佐子は「いってらっしゃい」と手を振って送ってくれた。



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