仮初めの魔王
目の前に現れた仮初めの魔王と思わしき存在はまるで皮膚と骨だけになってしまった人を真っ黒なシルエットで写したような姿をしています。
頭部には目や鼻の代わりに大きな口が1つポッカリと開きっぱなしになっていて、その口に生え並ぶ歯は鋭く牙と言える物で、哺乳種のような上下では無く、ぐるりと上下左右から歯が生えている。
何よりも不気味なのはその口からダラリと垂れ下がっている巨大なヒルのような舌です。
その舌はまるで心臓のようにドクン、ドクンと動いていて見ていて恐怖を駆り立てるような姿でした。
そんな存在が……
「なんで5体も居るんですか……」
現れた仮初めの魔王は5体。
仮初めの魔王が触れた木々は触れられた部分だけその色が移ったかのように変色する奇妙な光景を作り出している。
「いや、1体は確実に仕留めたから元々6体だったんだろ」
「……行くぞ」
ミカエルさんとターニャが同時に駆け出す……
「ディザスタークロー」
……と同時に全ての仮初めの魔王が細切れとなる。
「何て言うか……私のトラウマがここまで簡単に葬られるといっそ清々しいな……」
「悪いね、普段だったら経験積ませるのに戦わせるんだが今は周りで騒がしくされたくないからな」
笑顔でそう言ったミィさんは「さて……」とセリスへ向き直る。
「で、セリスは何か言い分はあるか?」
「正直……何がこんなにも叱られる原因になっているか分からないんだけど………?」
「はぁ?……なるほど、ごめんな。
あまりに許せない行動で先に怒鳴ってしまったが、知らなかった訳か……」
ミィさんはコホンと1つ咳払いし空を見上げる。
と思ったら魔力が膨らみ……
「ハアッ!」
その拳から放たれた力の塊が高速で天まで昇り黒い雨を降らせている原因である何かを消し飛ばした。
「ふぅ……鬱陶しかったな」
「す……凄すぎです!!!」
「お~、ありがと~」
さっきからずっと興奮しぱなっしだったセシルさんがとうとう爆発して歓声を漏らし、それに同調するように学生さん達も興奮した様子を隠すのを止める。
ミィさんも嬉しそうに手を振るけれどすぐ真面目な雰囲気に変わった。
「さて、セリスはドリーミーが視力や聴覚が悪い種族だと言うのは知っているか?
ドリーミーはその魔力の理解力の高さから周囲の魔力情報からより遠くを見渡すことができる。
しかし周囲の魔力が完全に無くなった空間に投げ込まれるとドリーミーは方向感覚や体の自由を失うんだぞ?
ドリーミーは魔力の理解力と扱い方を極限まで発達させた種族であり、その代償としてその他の機能が著しく低い。
睡眠中ですら無意識に身体強化を施し続けなければ生きることのできないほどにね」
「そうなのかい?」
「知らなかった……」
私の視力は本当は今の見えている光景よりもっと視野が狭いだなんて考えもしなかった……
「なんでメリルが知らないんだよ」
ターニャが呆れた様子でそう言い、私もそれには同感だったのですが、セリスやミィさんでもなく意外にもレイル教授が教えてくれる。
「ターニャ君や、ヒューマンには分からないかもしれないがワービーストでもそういうのは気が付かない物だよ?
だがヒューマンにも分かりやすく言うなら……ちょっとターニャ君右腕上げてみてくれないか?」
「は?………これで良いか?」
「じゃあ今どうやって右腕を上げたか具体的に説明してくれないか?………あ、見せてもらわなくて良いよ。言葉で説明してくれ、具体的にね」
「……なるほど、そりゃ分からないな」
「そう言うことだよ」
なるほど~……今の説明凄く分かりやすかったですね。
何で分からないということが分かりました。
そして考えるだけ無駄な案件だと言うことも分かりました。
こういうのは専門の学者さんに任せて私達はそういうものだと考えておけば良いんです。
セリスと関わってからそう思う事がかなり増えたのでこの辺は簡単に割り切れますね。
「ま、そんな訳でドリーミー……メリルが大切ならいくら便利でも魔力遮断結界なんて絶対に使わないくらいの心掛けをしとくんだぞ?」
「そうだね……ごめん。ありがとう、助かった」
「どういたしまし~……………って!」
ミィさんが細切れになった仮初めの魔王を掻き分け魔石を拾い思いっきり投げる。
枝を凪ぎ払いながら真っ直ぐ高速で飛んだだろう魔石が何かにぶつかり落ちてくる。
すると木の上から仮初めの魔王が落ちてきました。
「7体目……?」
「仮初めの魔王のくせに知能が高いね。
人為的な何かがあるのが確定的に明らかだね……
これは面倒くさくなってきたよ……」
「人為的!?これを人為的に生み出すなんて可能なのか!?」
「可能だよ。むしろ作るだけなら生け贄を用意してやれば割りと簡単にね」
人為的……こんなおっかないのを好き好んで作る人がいるのでしょうか?
と言うよりできるものなのでしょうか?
そもそも魔の源なんて存在を一応貴族であるターニャですら知らなかったのですから一般の人は絶対に知らないでしょうし、王族なんかは知っているかもしれませんけど今のご時世自分達にも降り掛かりかねない化け物を創るほど追い詰められている訳がありませんし……
「う~ん……ねえセリス。
もしかして仮初めの魔王って複数体で1体って数えたりするものだったりしないでしょうか?」
「面白い発想だね。
スライムなんかはそうだったりするんだけど残念ながら仮初めの魔王はそうじゃないね」
「あの、セリス君。可能ならこの非人道的な行いを調査し止めさせるべきだと思うのだが」
「それは当然だね。私とメリルが安心して店を開けるように……
何よりこの行いは全ての魔法使いに唾を吹き掛けるのと変わらない行動、許せる行いじゃないねぇ」
……とこの後も行くか行かないかで話し合いになり、怖いと言った学生は二人ほどは帰還してもらう事となり、私達は更に奥へと足を進める事になりました。
・
仮初めの魔王が通って来た道にはその魔力が道しるべとして残っているのでそれを辿り数十分が経ちました。
「何かある……」
「あれは……小屋だね。
何百年も放置されるとあんな風になるんだよね。
私の国じゃ探そうとしたらけっこう沢山出てくる光景だね。
懐かしい……」
「なんでそんなのが沢山あるんだよ……」
小屋だと辛うじて理解できる程に崩れている建造物がある。
屋根は完全に崩れ、むき出しの柱らしきモノが壁に立て掛けられているような形で斜めになっており、その柱らしき木材に名も知らぬ植物の蔦が巻き付いています。
「とりあえず焼こうか」
「なんで真っ先にそんな発言が出るんだよ……」
「怪しい物を最低限の行動で速やかに排除するのに鉄則だからねえ。
まあ、そう言うなら何か目ぼしいものが無いか調べよっか」
セリスは近くにあった小さな石を拾い上げ投げる。
その石は小屋にぶつかるとスパンッ!!!とやたらと大きすぎる音を鳴らして石は消し飛びました。
「耳がああああああああぁぁぁぁッ!!!」
あまりにも大きな音で遠くの木々から沢山の鳥が同時に空へ飛んで行く音がします。
そしてワービーストであるミィさんに深刻なダメージが……
「ミィ君!私を庇って……」
「だ……大丈夫…………耳がキーンって……だけだから…………」
「………びっくりした……」
「セリス!何度も報告連絡相談は忘れないでって言ってるじゃないですか!!!」
「え?あ、ごめんねメリル」
「私だけに言ってどうするんですか!!!」
真っ先にミィさんに言うべきですよもうっ!
最近相談や連絡がちゃんとできていると油断していた矢先にこれですかもうっ!!!
今の行動の狙いは「相手が魔法使いである可能性が高いのでこういう場所では使い魔を通して見張られている可能性が高いので使い魔を炙り出そうとした」と主張してきました。
それでも私はセリスの行動は悪かったと判断してある程度叱ってから調査に戻りました。
・
「まあ、分かっていたけど何も無かったな」
「そうですね。
お腹も空いてきたし休憩しましょう」
私の意見に皆が同意してお昼を準備し始めます。
セリスが大鍋を用意しあっという間に作ってしまいました。
時間を圧縮する魔法についての説明をしていましたが理論は聞かされてもよく分かりませんでした。
ただ、その魔法を感じてなんとなく私にもできるような……
む、なんか違う気がする………駄目だ、まだ私には出来ないようですね。
料理を食べ終えたのはだいたい1時間後です。
ハリーさんは「あんな短時間でこんな美味しい料理を作るなんて魔法みたい」だと誉めてましたがなんと言いますか……何かが違うのは分かってるのですが、どう言えば良いか私には思い浮かびませんでした。
「さて、そろそろ片付けしようか」
「あ、私も手伝います」
皆が食べ終わり落ち着いた頃、セリスが立ち上がるので私も立ち上がり手伝おうとする。
「今のメリルにはちょっと荷が重いんじゃないかい?」
「え?」
「ん?」
あまりに不思議そうに首を傾げるセリスに私は固まってしまいました。
「えっと……片付けですよね?」
「そうだけど……まあ、どうしてもやりたいならこれ貸してあげるから頑張ってみて」
そう言って手渡そうと取り出したのはセリスが愛用する国宝すら霞む程の魔石をこれでもかと使用した至高の杖です。
それをまあ……とくに深く考えず流れで受け取ってじっと見つめる。
「セリス………報連相は?」
可能な限り笑顔でそう聞くとセリスは「あれ?何か不味いことしたか?」という気配の魔力を漂わせ目をそらし、1秒、2秒と僅かな時間でしたが思考に入ってしまいました。
しかしセリスが出した結論は分からない……でしょうかね。
本当に分かっていない様子で叱られる覚悟も決めセリスは言い訳を始めました。
「その、馬車道を通るのに両手でなんとか持てそうな石が置いてあったとしよう。
その石が邪魔そうだから退けるのに許可なんて態々取らなくても良いだろう?」
「はい、そうですね」
「つまり……そう言うこと……なんだけど…………」
「………」
不安そうにこちらの顔色を伺いながらそう言った。
自分は間違った事はしてないと本気で思っているみたいですが、それでも今日既に二回も叱られたその不安が魔力から伝わってきまして、思わず見つめ合う感じになってしまいました。
「メリル、これはキレて良いと思うぞ」
「お~、ガツンと言ったれ~」
「あ、いえ、元々怒ってなんてはいませんよ。
……本当に怒った訳ではありませんから!」
怒ってなんていません。
ただ、すごく強い違和感を感じて………
なんと言うか、それを感じたと同時に自己解決できてしまった気がするだけです。
「そのわりに必死そうだな」
「違います。ただ……セリスにとって本当に小石を退かすような作業をしようとしたんですよね?」
「ええ、少しあれをふっ飛ばそうかと」
そう言って指したのは休憩前に皆で調べた小屋で内心「やっぱりか……」という気持ちで一杯です。
けれど同時になるほどとも思いました。
これがティナさんの言う『セリスにとっては火の粉でも私達にとっては隕石』ということですね。
今まで平和な場所に居たから目立ちませんでしたが、話で聞いた物騒な事ばかり起こるセリスの世界に似た状況に近付けば近付くだけ色濃く常識外れな力の片鱗が出てきますね。
小屋を1つ消し飛ばす作業はセリスにとって本当に道端の小石を蹴るのと同じ手間なのかもしれません。
「ふう……良し、今度は私が覚悟できました。
セリス、私に良い考えがあります。
新しいルールを考えましたので聞いてくれませんか?」
「ん……お手柔らかに頼むよ………」
私が考えた事は何が起きようがお互いの認識を受け入れ合う事。
町での生活や、商売での取引の時は私の認識にセリスは口出ししない。
逆に、今のような危険な状況下ではセリスがする行動に私は口出ししない。
「すごく分かりやすいね」
「随分強気に出たなおい……」
「もちろん何でそうするのかと聞いたり、こうした方が良いんじゃないかと相談する事は良い事にします。
けれど私やセリスが下した最終的決定にはお互い背かないと言う事でどうですか?
私はセリスの為を思って叱っていましたけど、それは戦いを知らない素人の考えを歴戦の覇王に押し付けている事と何ら代わり無いと私は感じました。
少なくともこの森において死闘とはほぼ無縁の環境で生きてきた私がその考えを押し付けて動きを鈍らせるなんてお門違いも良いところだと思います。
だから、セリスは好きなようにしてください」
「そう?分かった。それじゃお言葉に甘えてそうさせてもらうね」
セリスは私の話を真剣に聞いてくれて、とても嬉しそうに私の事を撫でてくれます。
「それじゃ自重しようとしたけど手っ取り早く派手にやるとするよ!
見るが良い!
これが私の世界を死の宴へと変わる合図となった破滅の光だ!!!」
セリスが片手を天高くあげ、パチンと鳴らすと空から光の柱が小屋へと降り落ちた。
だと言うのに何の衝撃も無く、音すらしない。
その光景に私は当然、学生達も皆唖然と……レイル教授が無謀にも柱に近づこうとしたのをミィさんが阻止する姿が視界の隅に写りましたが問題無さそうですね。
やがて柱は消えて無くなり、セリスは消えた柱の方へ近付く。
その姿を見て私も慌てて追いかける。
「おお!なんだこれは!なんだこれは!」
一番乗りはレイル教授でした。
テンションの高いレイル教授に続いて穴を覗く。
「こ……これはすごい………」
小屋がある位置は少し山なりになっていて丁度さっき居た場所は陰になっていて見えなかったのですが、小屋だけじゃなくて大地もポッカリ無くなっています。
そこには丸い形の底の見えない崖が出来上がっていました。
「私の国じゃこれより範囲が広いのが同時に13ヶ所に打ち込まれてね、しかもできた穴からは噴火が起きたり、大地の支えを消されて崩落したり悲惨だったよ。
ま、こうやって使うにはやっぱり便利だね。天空城は」
セリスが上を指差すので見上げれば半透明の天空城があります。
真上に天空城があると言うのに影ができてなくてとても不思議な光景でした。




