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覇王セリスの後日談  作者: ダンヴィル
四章、悲しい過去
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黒雨の森


 黒雨の森、その名前の由来は文字通り黒い雨が森の中だけに降るからその名前が付いた場所です。

 森の外がどれだけ晴天であろうが森の中でのみ突発的に雨が降り注ぎ、何故そのような現象が引き起こるのかは今まで不明であったのですが……


「魔の源?」


「原初魔王なんて呼ばれ方もするね」


 外の手伝いもある程度落ち着いてすっかり夜です。

 セリスとミィさんが入ってからはあっという間でしたね。

 結界を張って、人が通れるよう道を作り、採取するための魔法具とか作って。

 魔法具作成は私もある程度自信あるのですが、セリスの魔力任せの力業は真似できません。

 あんな身の危険を感じ背筋がゾクゾクしてくるような魔力をツルハシに凝縮させる、ある意味芸術的なそれは見惚れる程でした。

 今は順番にお風呂を済ませ、最後に入った私の髪を乾かしながら黒雨の森に住む化け物に関してセリスが説明してくれる事となった。


「他にも混沌の沼だとか海だとか色々あるけど、それに飲み込まれ器……肉体を乗っ取られた存在は仮初めの魔王なんて呼ばれる。

 その仮初めの魔王がターニャの言う化け物の名称であり、つまり私の同業者だね。

 魔の源、魔に身を委ね失敗した魔法使いの末路さ。

 黒い雨が降るのは仮初めの魔王と魔の源はまだリンクした状態でね、魔の源から漏れだした魔力が雨のよう現象として起きているんだ」


「なるほど……それで、以前セリスは何度も魔に身を委ねたって言ってましたけど具体的にどれくらい?」


 確かファスタム辺境伯とそんな話をしていた気がする。


「……さあ?数えきれないくらいやったからね。

 魔の源に全てを浸す行為は死者が地に還るのと同じく自分が魔へ還る行為で自分の記憶すら消える。

 だから自分の記憶が正しいとハッキリと言えないし、他人にこんな事があったと言われても思い出せない事があってね、もう二度とあんな恐ろしい真似はしたくないかな。

 だからこそ同業者がそれに陥ってるなら終わらせてやるのが私ら魔法使いの暗黙のルールとして成り立っている。

 仮初めの魔王になってしまえば殺されぬ限り不老で死ねないのだからほっとけば消えるなんて無いしね。

 正常に死が訪れると言うことは幸せな事なんだよ。

 そんな危険があると分かってて飛び込むのが魔法使いなんだけどね」


「セリス……」


 本当に消え入りそうな雰囲気で苦笑するセリスの手を握る。


「セリスはセリスです。

 魔法使い以前に私の友達のセリスですよ」


「うん……そうだね」


「………ところで、そんな黒雨の森でもセリス様なら余裕なのですよね?」


「まあそうだろうけど……さっさと理由を教えてくれないかい?

 どうせターニャに関係あるんだろう?」


 すぐにでも黒雨の森へ向かいそうだったセリスを引き留めこんな時間で雑談していた原因はソフィアさんで、ターニャに関係有る事だろうと判断しセリスも食い下がったんですよね。


「はい、というのも先程見せた婚約者候補のセシル君。

 あの子も連れていってもらいたいなぁ~と思いまして、1週間もあれば十分準備できるのでそれで宜しいでしょうか?」


「はぁ!?ちょっ……「サイレントバインド!」


 ターニャが何か言おうとしたらサイレントバインドによって拘束され口をパクパクさせてますが何も聞こえません。


「えっ、ちょっとターニャ……」


「私は構わないけどミィは大丈夫かい?

 授業があるんだろう?………ミィ?ミィッ!」


「えっ?あ!何!?」


 眠そうにしているミィさんの周囲には空になった酒瓶が何本も転がっていて、お風呂から戻ってきた時も思いましたが飲み過ぎですよね。


「一回瞑想して目え冷ましな」


「え、せっかく酔えたんだぞ?」


「良いから」


「全く………」


 ミィさんが目を閉じる。

 するとミィさんの魔力が胸の中心へと凝縮していき、目を開くと同時に解き放たれる。


「あ~……完全に覚めたぞ。で、何?」


「1週間後、7月7日だね。

 その日にまたここに来れるかい?」


「今日は行かないのか?」


「ターニャとさっきのエルフの子で仮初めの魔王狩りデートするらしいから協力しておくれ」


 え……何それ………怖。


「………はぇ?私の知らないうちにまた世界は狂ったのか?」


 あ、この感じ思った以上に普通の反応だ。

 何度か思ってますけどやっぱりミィさんって普通の人ですよ。


「ふむふむ成る程ね。

 それなら大丈夫だと思う、こっちも何人か連れてきて良いよね?

 上手く行けば魔法大学教授も連れてこれるかも」


 全く分かってない様子のミィさんに説明をすると今度はミィさんからそんな返事が帰ってくる。

 ミィさんは学生ですからね、魔法関係の専門家を連れてくる気なのかもしれませんね。


「別に良いのでは?」


「良かった。メリルが良いならオッケーだよな」


「そうだね、メリルが良いから良いよ」


「え……」


 そこは専門家のセリスが判断した方が良いのではと思うものの目まぐるしく事態は動く。


「それじゃ7月7日な!酔いも覚めたし帰る!またなセリス!」


「あぁ、またねミィ」


 セリスが手を振る姿を見届けたミィさんはバルコニーへ出る。

 月明かりに照らされたミィさんは赤く煌めきだし、次の瞬間流れ星のように一筋の線になり空彼方へと飛んでいきました。


「えぇ……なにあれ?魔王って凄いですね……」


「ん?今日は満月だからね。今のは魔王じゃなくてワービーストの頂点、スカーレットミーティアとしての力だよ」


「は……はぇ~………」


 ……今のは魔王の力じゃないのですか?

 それって……価値観は普通でもやっぱりミィさんも十分アレですね………




 ・




 7月7日


「ハリー・ユーグシアルと申します。

 あの、本日は、その、よろしくお願いします!」


 ターニャの実家からそれほど離れていない草原。

 そこでとても緊張した様子で深々と頭を下げる少女……のように見える少年。

 そもそもエルフは皆美形で男でも女性と勘違いしてしまうくらいスラッとした美しさがあります。


 本人を見て再確認しましたけど、確かにターニャはこのエルフの少年を助けているんですよね。

 私はこの少年がひどい目にあっているのを見た時、初めてドリーミー以外の種族が差別されている所を目撃しました。


 王国も帝国も100年ちょっと前まではドリーミー以外も差別していたヒューマン至高主義でしたから、まだ都会にも田舎者(古い考えの持ち主)がいたりします。


 エルフはその見目麗しい姿から最も早く友好的な関係になったと言われていて、ドリーミーならともかくそんなエルフを差別しているなんて光景はとても印象的でよく覚えています。


「久し振りだね。

 正直言うとアンタの事女かと思ってたんだけど……」


「えっ!?え、いや、どこからどう見ても僕は男ですよね?」


「はい。しかしそれはエルフとして見たらであり、ヒューマンからして見れば若いエルフは皆女性に見えるという話です。

 申し遅れました、セシル様の従者をしているネイティ・ベルサスと申します。

 私の事は気軽にネイティとお呼びください。

 本日はよろしくお願い致します」


 ハリーさんの後ろに控えていたネイティさんもこれまた女性のように見える感じの美しさの持ち主ですが、ネイティさんの方は男性だとハッキリ分かります。

 顔はともかく体格が女性のものではありません。


「よろしく。ま、あの時は女と思ったけど2年で変わるものだね。

 肩幅とか男性らしい形をしている。

 強者はマジックボックスが使えなくなった時の為に服の中に武器を一つくらい隠し持っとくものだと師匠に教わったのもあってね、その辺見切るのがかなり上手くなったから良く分かる」


「なるほど……あ、あの……握手してくれませんか……?」


「ツヴァイト様」


 ネイティさんが間に入って止めました。

 止める前のツヴァイトさんは何故か凄く興奮した様子をしていて、出した両手が素人の私にも分かるくらい震えていました。


「あぁ、こりゃ確かにターニャにお熱だね」


 セリスが何か理解したらしく苦笑しツヴァイトさんの方へ足を進める。


「初めまして。

 もしかしたらツヴァイト君は私の事を知っているかもしれないが、私の名はセリス・アルバーン。

 今年の武道大会決勝戦でターニャと接戦をした私で良ければ握手するかい?」


「良いんですか!?」


「もちろん」


「では……失礼します……」


「ふふ………さて、次ターニャもしてやりな。

 ファンサービスの1つもできなきゃ英雄にはほど遠いよ」


「別に英雄になりたい訳じゃないんだが……」


 セリスとターニャが話す間も笑顔を堪えるような、ツヴァイトさんはうつ向いて体を震わせている。


「あの……どういう事ですか?状況が良く分かりません」


「メリルには分からないか~。

 この子がした顔がまるで店に置いてあるミスリルの剣を眺めている男の子みたいな顔してたから凄く分かりやすかったんだけどねぇ」


「えっと……ミスリルの剣って……剣より杖の方が効率が良いのでは?」


 ミスリルはとても魔力伝達が良く属性付与等には確かに良いかもしれません。

 しかし、態々剣に纏わせるなんてしないで杖なんかにしてより早く、より強く、より遠くに魔法を当てた方がずっと良いはずです。


「メリルは男心が分かってないねぇ~。

 そう言う私はあの阿呆の側に十年以上居たから分かったかんだろうけどねぇ。

 カッコイイからって夢にまで見た赤いマント付きフルプレートを購入した所までは良かったけどさ、そのフルプレート一週間も装備しないで売っちゃってねぇ……あんな物着て未開の洞窟うろつくなんてほんと阿呆。いやほんと懐かしいね」


「その、僕はその気持ち少し分かります」


「やっぱりそうなのかい?

 フルプレートってカッコイイのかねぇ?」


 ………駄目です。

 価値観が違いすぎて理解できません。


 セリスですら時々訳がわからない時があるのに更に上の世界があったなんて驚きですね。


「次は私だね。ほら、これで良いんだろ?」


「そんななげやりじゃなくて笑顔を作りな。

 自分を敬ってくれる相手には敬意を払いな」


「注文が多いな……すまんが私は面白くもないのに笑えん」


「こうやって笑うんだよこうやって」


 そう言ってセリスはどこまでも残忍そうな三日月のような笑みを作ります。

 それはいつか見た事のある狂気じみた笑みでした。


「セリスお願い止めて怖いです」


「冗談冗談ニャハハハハハ」


 両手を軽く振りながらパァッと、とても明るい笑みをすします。

 セリスのこんな感じの笑顔は初めて見ました。


「とまあ、今みたいにやるんだよ。分かったかな?」


 人差し指で自分の頬を触れながらいつもの猫のような笑みを浮かべて決めポーズを取る。


「笑顔。その言葉1つでもこれだけバリエーションがある。

 その笑顔1つで相手に与えるプレッシャーは全く別物であり、強者が浮かべる笑顔は敵の精神を追い詰め錯乱させる事も可能だからそれとなく練習しとくと便利だよ。

 賢い相手はそんな笑顔を向ける相手とは完全に敵対しない限りは関わろうとしないからね」


「なるほど……確かにあんな不気味な笑みを浮かべる奴と関わりたくないだろうな。だろ、メリル?」


「ノーコメントで、私はセリスが大好きなんです」


 なんて恐ろしい事を!

 私がセリスを拒絶するような事言えばなんかすごく大変なんですよ!?

 こういう流れで軽い気持ちで拒絶したら後で面倒なんですって本当に!

 いや、あのセリスは可愛いからそれはそれで良いのですけど……

 それとこれとは別で動けなくなるのが問題なんです!


「私もメリルが大好きだよ。さて、そろそろ呼ぼうかな」


 セリスが手を振ると魔法陣が出現する。

 その魔法陣から複数人が出現する


「なっ……」


「おっ……おお!」


 ネイティさんが驚きのあまり声を出すけれど、やっぱりそれが普通の反応なんですよね。

 ハリーさんは目を輝かせて喜んでいます。


「ヤッホー、セリス」


 セリスへ駆け寄ったミィさんは当然のように挨拶として頬へキスをする。

 見てた何人かが声を漏らしてザワザワとしてますね。


「ヤッホー、ミィ」


 そんな様子を全く気にする事なくミィさんの頬へキスするセリス。

 あぁ、最近慣れてきて気になりませんけど周囲のざわつきが普通ですよね、うん、普通ですよ。


「しかし予想以上に大人数だね」


 それでも気にしてない様子。

 それでこそセリスと言いますか何て言いますか……


「まあね。出席日数これ以上減らしたくないからメリー教授に『私の知る限り間違いなく呪い系統で頂点に君臨する魔法使い』と話し合えるよって交渉してみたら一発。

 簡単すぎて交渉のしがいが無かったぞ」


「まあ嘘は付いてないだろうな。よ、ミカエル久しぶり」


「あぁ、予想以上に早い再会だったな」


「ミカエル、呪いの件はすまなかったね」


「気にするな」


「それじゃ自己紹介するぞ~。まずそっちから……」


 簡単に自己紹介を済ます。

「人数多いし全員覚える必要無いぞ」と最後にミィさんが言いますが普通は覚えきれませんよね。

 セリスは当然のように暗記して復唱してましたけどセリスは例外です。


「これだけ人数いるし写真撮ろっか」


「お、良いな!焼き増し頼むぞ」


 全員で写真を撮り終えると大学関係者側がカメラに対して強い興味を持ち質問してきたりしました。

 魔法具を作る事を目指している学生なようなのでその気持ちは良く分かります。


 ………って、今気が付いたのですが……実質連邦国だとしても彼等は王国の魔法大学関係者で不法入国していて……この場には貴族が二人に従者が一人で…………止めましょう、私は何も気がついてません。


「一応確認だけど、これから何するか分かっているよね?」


「ハイ!魔物の討伐ですよね!

 優勝者と準優勝者の戦う姿が見れるなんて光栄です!」


「順位的にはそうだが絶対に越えられない差があるけどな」


「ターニャ、あまり卑屈にならないでください」


 ミィさん対セリスの戦いを見た後ですから仕方ない気がしますけど……

 あのグラウンド、収まる所か自然発生する魔力が原因で悪化してますからね………


「ところでセリス君がその凄い魔法使いで良いんだよね?」


 そう聞いてきたのは呪い系統の教授であるレイルーさんです。

 身長はターニャより少し小さいくらいの黒髪猫系のワービーストで、上着が白衣になっているくらいで後は普通に正装といった感じの服を着ています。


「ミィよりは強いくらいで凄い魔法使いでは無いと思うけど」


「生きた戦略兵器が何言ってんだ?」


「ミィ君より!それは凄い!ところで今回の目的地は?

 あの山脈の方にある伝承の陰を討伐したりするのかな?」


「いや、今回はそっちじゃなくて黒雨の森だ」


「おおーっ!」


「………良く聞き取れませんでしたのでもう一度お願いします」


「黒雨の森だよ」


「…………」


 黒雨の森は有名ですからこれが普通の反応ですよね。

 セシルさんは目を輝かせている様子ですがネイティさん達の反応が普通です。

 私もだいぶセリスに毒されてますね……


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