騒動
こうして闘技大会は無事に終了しました。
しかしこの大会は終わった後こそが本番とまで言われている程の盛り上がりを見せます。
その理由は元々レドランスの町が冒険者の町とまで呼ばれるほど冒険者が多く、大会の熱に当てられた冒険者が最低でも二週間は大会の熱が冷めず互いに鍛えあったり、熱くなりすぎ問題を起こしたりそれはもう様々な事が起こります。
特に今年の決勝戦での戦いはセリスがあまりにも圧倒的でした。
どの試合よりもレベルが違う内容で試合時間は短かったのですが、大会の歴史において、間違いなく最も激しい試合であったと町の至る所で言われていますね。
それが友として誇らしいです。
しかし、レドランスの町というある種の可燃物で溢れた町でそんなに目立てば良い事づくめになる訳もなく、それはもう皆のハートがメラメラと色々大変でした。
優勝者であるセリスは色々な人に声を掛けられ、中には許可も無くセリスに触れようとして痛い目に合う人が後をたたずそれはもう色々。
けれどその痛い目など些細なことでした。
ある時、側にドリーミーである私が要る事が気に入らず仕出かした行動により、ついにあの優しいセリスの許せる許容範囲を越えてみせた愚か者が現れたのです。
愚か者の望みの1つを聞き入れ、セリスはその手を触れさせてあげたのですがそれは冥土の土産としか思えない光景でした。
あ、もちろん殺してはいませんよ?
それくらいすっごい事をしていたという話なだけで……
セリスはその愚か者の肉体を植物と同化させ大広場のど真中の大樹に埋め込み20日間も放置するという事件を引き起こしたのです。
人体実験も殺人も法律違反ですが、セリスが言うにはこの魔法は強化魔法なのだと証言します。
更に言うなら変身魔法等により人格を狂わせるような行為が違法であるだけで人格を破綻させないのであればセーフだそうです。
今回セリスが使用した魔法により植物と同化した場合、通常ではありえない急速疲労回復効果があるらしくて、更に植物と同化する具合を調整する事で木々の多い場所ではこれ以上無く索敵されにくくなるのだと話してくれました。
しかし、ここまで深く融合した状態には普通はしないものだとも言ってくれまして、大丈夫なのでしょうか?
この時の私はそう不安に思ってまして、結果大丈夫だったようなので大丈夫なのでしょう。たぶん。
兵の人達は仕事ですので戻してもらおうと努力はしていましたが、セリスの逆鱗に触れる事を恐れて強く説得できていませんでした。
その為私達二人でセリスを説得することにしたのですが……
「だから!私は嫌だと言っているだろう!
何で同じ人であるメリルにあんな酷いこと言う奴を態々早めに解放してやる必要があるんだい!
どうせあと2日もすれば自然に魔法は溶ける!」
「そういう問題ではありません!
私はあの人の事なんてどうでも良いんです!
私が心配してるのはセリス、貴女ですよ!」
「何で私が出る!だいたいそういうのを余計なお世話って奴じゃないのかい!?」
「それを言い出したらセリスが今しているワガママも余計なお世話ですよ!」
「メリルの為にやった事なのに何が不満なんだい!」
「ですから余計なお世話ですし不満とかじゃなくてセリスが心配で言ってるんです!」
「ちょ、ちょっとメリル?一旦落ち着こうな?な?」
「ターニャは黙っていてください!」
……と、ターニャにまで当たる勢いで周囲の目も気にせず大喧嘩してしまいました。
セリスは私の為に怒り、私もセリスの為に怒り、強い口調での口論になりました。
思えばセリスと喧嘩をするなんて初めてで、一日中セリスと何にも話さなくなるなんて事も初めての経験でした。
喧嘩をしているのに私の事が心配で側から離れられないくせに何も話さないって、私も私ですがセリスも不器用すぎですよ。
そしてセリスが折れ、融合させた愚か者が私に謝罪する事を条件に解除すると言ってくれまして、それを愚か者に持ち掛けたのですが……
「ドリーミーなんかに謝罪する訳ないだろ」
その日セリスがした、ゴミでも見るような、本当に何の色も無い、怒りや冷たさすら感じない感情を私は一生忘れられないと思います。
セリスは無言で植物との同化を更に悪化させてしまい、男はついに目しか動かせない状態になり言葉も喋れず食べる事すら出来なくなってしまいます。
変わりに光合成と水だけで生きられるようになりましたが、何よりもセリスは愚か者が狂う事を許しませんでした。
アンデットの能力も同化させることで喜びや怒り、悲しみだろうと一定を越えると感情は平常の状態へと強制的に戻される状態にしてしまったのです。
セリス曰く、本来この魔法はドラゴンなんかの細胞を一時的に取り込んで近接戦でほぼ無敵を誇る為の強化魔法なのだそうです。
またしても法律ギリギリですが人の全てを、人格を無くさせた訳じゃないのでセーフです。
……どう考えてもアウトですね。
権力がセリスの力に怯えて弱腰になってますよねこれ?
……まあ、私も共犯なんで強く言えませんけど。
セリスがそんな魔法を使ってしばらく無言を貫いていたのですが、「……怒ったかい?」と弱々しく聞かれて驚きました。
たぶん、せっかく和解できそうだったのに感情に任せてあんな事をしてしまい怒られるとでも思ったのでしょう。
弱々しく聞いてきたその言葉が出てくるまで、何も感じなかった感情がとても不安そうなモノへと変わったのです。
なので私は「いいえ、むしろ今回は私が悪かったです。まさかあそこまで呆れ果てる事を言い出すなんて……セリスを不甲斐な気持ちにさせてしまいました。ごめんなさい」と、その後はセリスと私でお互い謝罪の応酬に責任の引っ張り合い。
馬鹿馬鹿しいかもしれませんが、終わってみれば私とセリスの関係がより縮まったように感じられました。
その後日、何人かの兵にもう一度セリスを説得してくれないかと言われましたが、私もターニャも男の暴言には流石に呆れてしまいそんな気は一切起きません。
「……つまりあれだね、木だけにって事だよね」
……と、セリスに愚痴ったら町では滅多に言わないセリスジョークも華麗に決まってしまい更に説得する気が起きません。
けっきょくセリスが魔法に使った魔力が切れるまでずっと融合したままで、愚か者は3日間で済んだ罰を20日間へと延長した結果になりました。
何度だって言いますがセリスはギリギリ法律を破っていません!
ギリギリですが、皮肉なことに結果的にこれが良かったんですよねぇ……
セリスが私の事をどれだけ大切に扱っているかと言う事がこの事件により沢山の人が理解し、普段からの気さくな性格も合わさり滅多に怒らないが怒らせるとヤバイというのが常識として定着したからです。
これはターニャがそれとなく聞いて回ってくれた内容で、セリスより男の人の方が悪いと思っている人が多いようです。
中にはあれだけの魔法を行使できる優勝者の目の前で、その親友に対しあんな命知らずな事をよく言えたものだ。
他に男の時代遅れな精神にはある意味で尊敬できる等々呆れきった感想も多々ありました。
まあターニャ曰く、そんな感想が出るのはこの町が冒険者の町と言われるくらい冒険者が多いからというだけらしく、普通の町ならこんな事になっていないらしい。
荒事に慣れてるから結果の毛色が少し違うだけで、そこに至るまでの経緯はありふれていていつも通りという認識らしいです。
もう10年くらい前から国事態が種族差別の緩和を目的として動いていますからね、冒険者同士でも種族共存派とまだ抵抗がある派で別れているそうです。
それでもドリーミーへの風当たりはまだまだ強いですが、数の多い猫系や犬系のワービーストへの差別は確実に減っています。
そんな事が起きたりしましたが、それが過ぎてからすぐに違う出来事が起きました。
・
6月28日
私達はまだレドランスに居ます。
と言うのも、店を開くまでの行動で残っているのは私の実家へ行き家族に報告する事だけなので、10月くらいにして涼しくなってから行動しても遅くはないのですよ。
ですから今日もコミュニティ強化です。
レドランスの人達と雑談したり、冒険者等と関わってどういう魔法具があれば便利かというヒントを探してみたりと色々してました。
もちろん魔法具作成の練習もしましたよ。
実は1つ便利な物が完成していて、まだ試作品ですが状態識別カードを作成してあるんですよ。
原理は以前作成した魔力量判別カードとほぼ同じです。
セリスの協力もあって完成した魔法具で、触れるとその者の魔力に反応し大まかな毒の種類、病気の有無等を感知してそれに合わせて予め記した大量の文字の一部が光り、光った文字を読めば大まかな状態が分かる仕組みとなっています。
改良点はまだまだ沢山ありますが、今のところできる限界がこれです。
セリスでも魔力だけでは病気の有無までは分からないらしく、ドリーミーにしか作れないモノだねと誉めてくれたことが凄く嬉しかったです。
話が少し反れましたね。滞在中私達は冒険者ギルドの一角にある酒場で毎晩のように夕食をとります。
もちろんコミュニティ強化が狙いで私、セリス、ターニャの3人は今日もその場に居ます。
「……と言った感じにポーションなんかの魔法薬に使われる植物の中には料理に使える物が多く、今回は臭みを消しつつ風味を強くする為に使っているよ。
ただ、これと似た形の毒草もあるから注意が必要でね、見分ける……というより嗅ぎ分けるのは簡単だよ。
毒草の方は微かに甘い香りがするんだ。
それでコイツは加熱しないととにかく青臭い。
むしった時に指に付着する汁は洗っても簡単には取れないくらいにね。
この臭いは加熱すれば抑えられて良い感じになるが、指を加熱する訳にはいかないから注意が必要かな。
だが、この臭いが意外と使えてね、鼻が利く動物は嫌がる事が多いからあまり肉食獣と遭遇したくなかったら体に塗りたくるのも1つの手だね。
鼻が曲がりそうな思いをするけど獣が寄り付かなくなると考えれば状況次第で我慢せざるを得ない。
もちろん絶対遭遇しない訳では無いが、無いとあるとでは段違いだよ。
ちなみに毒草の方は口にするとほのかな甘さの後に少し口の中がピリピリする。
飲み込むと下痢などの症状が出るね。
その毒草だけで皿一杯分食ったなら命の保証はしかねるよ」
「なるほど……」
数日前、ターニャがつまみの種類が少ないと言い出したのが切っ掛けでセリスが軽く料理を作りまして、それがとても美味しかったんですよ。
他の冒険者や職員も料理を口にして、最近はセリスの気紛れで料理担当の職員にレシピを教えたりして銀貨数枚分を稼いでいます。
最初セリスがお酒一杯奢れば教えると言い出した時はかなり焦りましたね。
私は安くても金貨3枚と言いましたがそれは高すぎるとセリスは突っぱね、最終的に聞いた人達全員が銅貨1枚渡す事が落とし所になりました。
料理教室になっている酒場は皆セリスの話を真剣に聞き入っている。
何故なら、セリスが教える料理はどれもこれも冒険者が町の外で簡単に揃えられる食材で作られている物が多いからです。
それなのに1回で得られる収益は銀貨2、3枚くらいって安すぎですよ……
「そろそろメリル様へのお貢ぎの時間だな」
「止めてくださいよその言い方」
お料理教室をツマミにお酒を飲んでるとターニャにからかわれた。
セリス、料理ができると真っ先に私に持ってきて……
「はいメリル、あーん」
「……はい。あーん」
……と、毎回私に食べさせに持ってくるんですよね。
しかも一口目は自分で口に入れないと満足しないようでして。
この辺は完全に小動物愛でる感覚ですよね。
しつこすぎる訳でもないし、嫌じゃないですけど恥ずかしさがあります。
この様子を見た人達は私とセリスの仲の良さを分かっているから先程ターニャが言ったような軽いノリで「メリル様へのお貢ぎのお時間」だなんて変な呼び方されるようになりました。
私が様付けされてるのはもう一つ理由がありまして、セリスの事をセリス様と呼ぶファンの方々がいるのですが、お貢ぎの時間ができてから私の事もメリル様と呼ぶ方々がセリスファンを中心に出て来まして冗談が定着してしまって……
まあ、親しみを込めてそう言ってくれてると分かるので嫌ではありませんけど。
こう……ねっとりとした嫌味で言われているならとっくに拒んでいます。
そんな時です。
皆で料理を楽しんでいる中ギルドの扉が無理矢理開かれる。
注目を浴びた扉の方から鎧を纏った男性が数十人がわらわらと入ってきました。
「おぉ、本当にここにいましたかターニャお嬢様」
騎士の一人がそう言いながらこちらに近づいてくる。
その騎士の表情はとても爽やかな笑顔ですが、私の羽が捕らえるものはとても気分の良いものではなくてつい眉を潜めてしまいました。
「……ターニャの知り合いかい?」
「ま、そうだね。
私の実家のお抱え騎士の団長をしているザリュース様ってんだけど、そのザリュース様が今更何の用だ?」
「……え?」
確かに出合ってすぐはターニャの事は良い身分なのかな?と思いましたけど、あまりにも男らしい言動に貧民街出身かな?
なんて出合ったその日に考えを改めさせられたターニャが騎士を抱えられる程の家の生まれ?
「メリルメリル、私は王だよ?」
いつの間にか隣に座っていたセリスが随分とご機嫌な様子でニンマリと猫のような笑みを見せながら自分を指す。
「…………そうですね、セリス様」
「やっぱり今の無し、呼び捨てで呼んでおくれ」
なんかそれが可愛くて意地悪したくなり素っ気なく返したら私の羽をなぞるようにして甘えてくる………って!
「なぞるのは良いけど魔力込めないでください!なんかゾワゾワします!」
「おっ?嫌だったかい?ごめんよ」
そんな感じにやり取りしていたらザリュース様……さん?団長の方が良いですかね?
ザリュース団長が大きく咳払いをして私達の会話を断ち切り、ターニャに向かって方膝付いて話し掛ける……けど………
「お嬢様、私に様付けなど必要などありません。
それよりも貴女のお父上、ハーマン様がお嬢様をお呼びしておりますのでお戻りください」
なんか凄くわざとらしい……いや、振る舞いがわざとらしいのは仕方ないとして、お嬢様。ってターニャを呼ぶ時に嫌な雰囲気を感じて……私この人嫌です。
笑顔もお面みたいで気持ち悪い。
何が嫌いって、この人は自分の仕事にプライドを持ってそう振る舞っているんじゃない、そう振る舞う『私』が美しい。
……って感じなんだと思う。
仕事に余裕を持てる事は良い事なのでしょうけど、この態度は全力で仕事をしてきた私としては少々………
仕事とプライベートは別けましょうと言いたくなりますね。
「だから散々ほっぽいといて今更何の用だよ。
呼ばれた理由次第で戻るけど嫌な事は従わないって」
ターニャの言葉に1秒ほど目をつぶり思考したザリュース団長は語り出す。
「……お嬢様と婚約を結びたいと仰有られたお方がいらっしゃいます。
その家系と深い友好関係を築けるチャンスなので是非ともお戻りください」
「嫌だね、誰が帰るか」
「そうですか、それでは多少手荒な真似をしても良いと命令を頂いているのでお覚悟下さい」
ザリュースが立ち上がると後ろに控えていた騎士の雰囲気も変わる。
「プ、ク、クク……アハハハハハハハ!!!」
それを見たセリスがお腹を押さえて爆笑する。
それに合わせて周囲の冒険者も爆笑し始めて……えっ?何事です?
「よーし!賭けだ!騎士全員対ターニャ一人!
ターニャが倍率1.2!騎士5倍だよ!」
「えっ?えっ?」
ある程度笑ったセリスはどこまでも上機嫌に賭けを宣言して他の人達も盛り上がり一斉に席をどけ始める。
「わっ!」
「メリルもこっちに座ろうね」
「歩けます!下ろしてください!」
「まあまあまあまあ」
「まあまあって……もーっ!」
完全に取り残されていたらセリスに持ち運ばれ席に座らされる。
「はいはい、賭けの親は私がやるよ、最大掛け金は銀貨5枚までね~」
冒険者もセリスも……忘れてましたけどセリスも冒険者でしたね。
なんと言いますか、冒険者達は無駄に洗練された、まるで初めからこうなる事を知っていて打合せしてたかのように事が進んでいきます。
置いてけぼりは私だけでなく、騎士様方も同様らしく状況の変化に追い付いていません。
対してターニャはストレッチを始めてやる気満々と言った様子でやはりターニャも冒険者なんですね、冒険者に深い関係がある人意外は置いてけぼりです。
「さて、手加減してあげるから全力で掛かってきな!」
ヒュオン…と光の線が走り、いつの間にか抜かれている剣先がザリュースさんの目の前に止まっていた。




