閑話、魔王の力と同居人
王国と帝国はほぼ連邦国と言われています。
違いと言われれば通貨が違うだけでそれ以外は小さな違いはあるけれど法的に大きな違いは無いですね。
ルールを厳しめにしている大きな町等ではその国の通貨しか使えませんけど、私の実家である小さな村のような場所ではどちらの貨幣でも大丈夫な場合が多くて国もその事を黙認しているのが現状です。
王国で暮らしている私、アンナ・ガルネクスシアは今年王国の魔法大学に見事受かる事ができました。
そんな私は現在学生寮で暮らしている訳なのですが、1つ心配事があります。
同期であり同居人が自分の部屋に荷物を置いてから三日目でドロンと姿を見せなくなってしまったのです。
用があるから何日か居なくなると本人から聞かされましたが、いきなり出席日数減らす真似をしてまでいったいどこに行ったのでしょうか?
あんなに小さくて可愛らしいのですから、もしかして拐われてしまったのではと心配になります。
いくら平和な国とはいえ、まだ他種族差別は残っているのですから……
「ただいま~」
と言った感じに心配しているとガチャッと音を立てながら同居人が声をかけてくる。
予定より2日も遅い帰宅です。
「ミィちゃん!いくらなんでも……」
私は薄い板で作られた扉を開いて文句を言おうとしました。
しかし……
「あ、アーちゃんただいま~。いや~さっすがに疲れたよ~」
そう言って無邪気な笑顔を向けてくる身長150㎝程で、赤い髪とピンと立った犬科の耳が特徴的な可愛らしい同居人。
その同居人が金髪で2mはありそうな巨体の男を背負っている。しかもその男は傷だらけで生々しい。
「え……えっ?」
「アーちゃん、お湯作ってくれないかな?体拭きたい」
「あ、うん……少し待ってて」
「頼んだよ~」
えっと……どういう状況なのでしょう……
私は言われた通りに魔法でお湯を作りながら混乱している頭で考える。
……まさか、ミィちゃ……ミィさんはちょくちょく噂で耳にする裏ギルドなんて無法集団に所属しているとかそんな感じのあれですか?
よく物語にも出てくる兄妹の間柄のアレなのでしょうか!?
そう考えるとミィさんの美人なのにがさつな所もなんか納得できる。
お湯を浴びた後はこの季節でも裸で部屋をうろつき煙筒を吸う姿とかお爺さんみたいだなと思ったりもしましたし……
「ミィちゃ……ミィさん、ここにお湯を置いておきますね」
「あんがと~」
「あの、私はお邪魔かもしれませんので外に行ってますね」
「え?邪魔なわけないじゃん。
もう暗くなるし年頃の女の子が一人で外に出るのはお姉さん感心できないな~」
逃げられなかった……
「ってなにそれ、いきなりさん呼びとか似合わないねアハハハハハハ!」
ミィさんは笑っているけど私はその様子が怖いと言うか……怪我人をバックにその笑い方が怖い。
兄妹で身内がそんなになっててどうしてそんなに笑えるのですか!?
あ、いや、やっぱり身内じゃないのかも……?
そもそも男の人はワービーストじゃないみたいですし?
「えっと……ミィさん、その後ろのお方は……」
「ん?あぁ、コイツはミカエルって言って見所がある奴だったから拾ったんだよ」
そう言いながらバンバンと怪我人のミカエルさんを叩いて笑ってる。
兄妹と思ってたら姉弟!?
拾ったから契りを交わすんですか!?
あんなに可愛らしくて妹みたいな子だったのに……
なんか今すごく怖い……
・
魔王であるこの私が大学に入ったのは私自身の事を知る為だ。
セリスに言えなかったのは私が、魔王がこの世界の歴史ではどういう扱いを受けているか知られたくなかったからだ。
歴史の中で私はとんでもない化け物だとか言われてるかもしれない。
もしくは私の過去が正確に伝わっていて、私が魔王して覚醒する切っ掛けを作り出した外道どもは滅ぼされた方が良かったみたいな書かれ方をしているのかもしれない。
どちらにしてもセリスに知られたらとても恥ずかしいし、たぶんずっとネタとしてからかわれるのは目に見えている。
セリスと別れ、錬金術で作った体は耐久の面では前と比べて弱いけど、生きていくには特に問題の無いクオリティで作る事に成功し王国へ向かった。
王国の名前や地形がけっこう変わっていて大変だった。
永遠の敵とまで言われていた帝国と今では仲良しなのもとても驚かされたね。
かなり後に知った事なんだけど、それは私という共通の敵を倒したからだって事らしいんだがその辺は別に良いか。
王国の大図書館でとにかく本を読み、私の知っている時代からの変化など色々照らし合わせて違いを修正していったのだが、肝心な私の、魔王の歴史が出てこない。
具体的な年月を出して従業員に聞いたところ、そう言った議論をされるような歴史は大学等の学問関係者でなければ閲覧できないと言われてしまった。
それで私は大学に通う事を決め、今年度の入試受付終了ギリギリ間に合った。
歴史等のミスは多かったし間違った歴史が正解だったりもした為その辺りは最悪だったと思う。
けれども魔法に関してはセリスの中にいたお陰で基礎から中級までバッチリだ。
と言うか、こっちの中級はセリスの世界じゃ初級とかあの戦闘狂どものくせに……
無事試験を終えて雪溶けと同時に大学に通う事になる。
その年にどれだけ雪が降ったかによって必要な出席日数が変わってくる。
1月1日から書類上は大学関係者と扱われるが今年は3月の中頃まで実質休業だった。
図書館が使えるようになったのも2月後半で、それからは毎日通って沢山の資料を読んだ。
授業が始まった頃にやっと私の歴史を見つけることができた。
できたのだが、私の具体的な内容は歴史から抹消されていた。
何故わかったのかと言えば、私の種族はワービーストのスカーレットミーティアと呼ばれる種であり、私の種族が絶滅させられた時期にスカーレットミーティアの主、本来別に主と呼ばれる存在はいるのだがこの場合恐らく私の事だろう。
その主が殺された事によりヒューマンとの全面戦争に勃発し、私の一族は最後の一人になるまで戦うのを止めなかったのだと書かれていた。
私の一族は祖先を強く敬い、仲間の為にどんな相手にだって立ち向かう。
たぶん、私が原因で死んだ者達の為に他の者が死ぬその瞬間まで戦ったのだと思う。
それを知った時、年甲斐もなく泣くのを止めることが出来なかった。
歯痒くて、悔して、とにかく強い後悔の念に襲われた。
だが、一族の為にヒューマンを皆殺しにするのかと言われれば私にはもうできない。
私の親友セリスはどこまでいこうがヒューマンだからだ。
アイツの強さもアイツの心の弱さも良く理解している。
もし、十人、二十人、百人程度なら殺しても問題無いだろうけど、千人、万人のヒューマンを私が殺してしまえば今のような関係には戻れない。
殺さない理由としてはそれだけで十分だ。
私の中で1つの結論が出てからも、他にも何かしらあるかもしれないと思い本を読み続けていたらそれを見つけた。
その内容は、完全に獣化した私の一族の毛皮がかなりの高級品として扱われており一部の貴族などが所持していると言う事だった。
そこからは案外簡単に彼等の毛皮だろう物がある場所を突き止めた。
一般公開用の図書館に古い新聞記事が保管されており、その見出しの中には私の一族の毛皮がオークションでどれだけの値打ちで売買され誰が購入したかすらも書かれていた。
今思えば昔と違って情報の価値が安過ぎて驚きを隠せないのだが、世の中がより良い方向に進歩していると同時に別の所が狂ってきていると感じたね。
こんな簡単に個人の情報を得られるなんて罠なんじゃないかと疑ったりもしたけれど、向かい打つつもりで行動に移す。
「ねえねえアーちゃん」
「何?やっぱりベーコンが良いとか言い出さないでよ?」
図書館で借りた本から顔を上げて料理中のアーちゃんに声をかけた。
アーちゃん、アンナとは図書館で良く出会い、話しかけられた事が切っ掛けで仲良くなった間柄。
私より頭1つ大きくて女性にしてはとても短い金の髪が特徴的で素直な良い子。
ただ、私の一族だと後ろ姿から女性の首が見えるのはエッチなので最初は驚いたものだね。
アーちゃんはワービーストを全く差別しておらず、図書館で仲良くなったのもあって同じ部屋になってほしいと頼んできてくれてとても助かった。
学生の間は二人一組で寮での暮らしが基本になるからねぇ。
ちなみにアーちゃんが料理を作ってくれる変わりに私が収納魔法で物の持ち運びやゴミの処理なんかをする事になっている。
「ベーコンよりソーセージが良い。
じゃなくて、ちょっと用事ができちゃったから今日……明日も多分帰ってこないから」
「えっ?かなり急な話だけど何かあったの?」
「ん~……別にたいした用事じゃないかな」
「そうなの?
こんな最初に休みすぎると後々出席日数足りなくて進級できなくなるよ?」
「留年はしないぞ」
「そうだね、一緒に卒業しようね」
「まだ一週間も経ってないのにその台詞を聞くとは……」
「はい、焼けたよ」
「おお、旨そうだな!いただきます!」
「…………かわいい」
「何が?」
「なんでもないよ」
なんて会話をして私は国境を飛び越えて帝国のファスタムへ向かって騒動を起こした。
その帰りにミカエルを拾ってきた。
ミカエルはまだ目覚めないようだし、ひとまず私のベッドの隣で適当に床に転がしておいて寝たふりをする。
私は寝たくても寝れないからな、自分の意思とは関係無く魔力が代用して眠る事ができない。
一時間、二時間と時間が経ち、私の耳がアーちゃんが寝たのを確認したので外に出ようとドアノブに手をかけた時だ。
『ガッ……な……なんで……』
「それは私が拾ったものだ、勝手に持っていこうなんて……消されたいの?」
私の耳は魔力の変動を聞き分ける事ができる。
だからミカエルに近づいたこの女の首を掴み、私の魔力で縛り付けて逃げられないようにする。
『ぁ………ぁぁ…………カハァ!』
ギリギリと音が立つほど入れていた力を抜いた事で女が喋れるようになった。
矛盾しているかもしれないが霊系のモンスターには生まれながらにして霊である奴がいたりする。
何故生まれながらに霊体なのかはこの時代でも判明していない。
それはともかく少し前まで私も霊体だったからわかるのだけど、生身を持った事のある霊体は魔力によってその部位が傷付けられると生前の感覚で思い通りに動かせなくなったりする。
つまりこの女は生身を持っていた事のある霊だ。
「死んだ奴が生きているミカエルに何をする気なのかな?
あぁ、言葉は慎重に選ぶ事をオススメするぞ?」
『私は……ミカエルに力を与えに来ただけ……
このままでは、本来の姿に戻ってしまう』
「ふうん……で、本当のところはどうしようとしたの?」
『私にはまだミカエルの力が必要……貴方の持つそのネックレスを「もう喋るな」……ぁ………』
再び力を込めて黙らせる。
コイツは私がこれを選べと示した選択肢と言う名の命令を無視した。
「消える前に良いこと教えてあげよう。
私は先祖帰りであると同時に突然変異による魔王でもあるんだよ。
そして私は難しい事を考えるのはあまり得意じゃないんだ。
だから、お前は選択肢を間違えた」
『な……に…………』
目の前の女の表情が恐怖に塗り潰される。
姿が変わろうと私は意識を手放す事は無く、そのまま女に喰らいついた。
ほんの僅かな悲鳴も上げることが出来なかっただろう。
魔王って言うのが理不尽の象徴とも言われるのは喰う事で何もかもを奪うからだ。
「ほら、やっぱり嘘付きだ。ティナは力を込めに来たんじゃない。与えた力を回収しに来たんじゃん」
元の姿に戻った私は癖で指を舐める。
肉じゃなくて霊体なんだから油なんて付かないのに。
そして食べ尽くしたティナの記憶を読み取り全てを理解した。
首に下げていた皇女のネックレスを見上げながらベッドにダイブする。
「いくら霊に対してとてつもなく相性の良い私でも何体いるかもわからないのとか骨が折れるって、セリスのバァ~カ」
まさか身内に刺客がいるなんて思いもしなかったよ……
と言うか、やっぱり黒幕はセリスじゃん。
はぁ~……暇だ、煙り吸おう。
気を取り直し外に出て煙筒に火を付け朝日が出るのを待った。




