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覇王セリスの後日談  作者: ダンヴィル
1章、平和な世界
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閑話、退屈な楽しみ


 12月10日


 平和だ。

 平和で退屈だ。


 1日とはここまで長いものだったのだろうか?


 こんなにも深い眠りに付いたのはいつぶりだろうか?


 誰かと話ながら食事を取ったのはいつぶりだろう………


「あ……また駄目でした」


「メリルは魔法を維持しようと意識しすぎで固いんだよ。

 魔法を使うなら平常心、柔らかなイメージがコツだよ……って言ってもターニャより100倍筋が良いから安心して」


「うっせえ」


 ターニャの事は、からかいつつも戦士として土台ができている状態にしては良い方だとは思っている。

 メリルの成長が凄すぎるだけだ。

 ドリーミーとはここまでなのか……


 私の上達の早さに何度か化け物と呼ばれた事はあったが、そう言っていた者達はこんな気持ちだったのだろうか?


 だけど、それでも毎日が堪らなく幸せだ。


「………」


 そんなメリルとターニャを眺める中、窓ガラスの中の私の姿が波打ち、ボンヤリと、しかしハッキリと見え、私とセリスの目が合う。


『いつまでそんな事を続ける気だ?』


 五月蝿い……消えろ。


 私がそう念じると霧が晴れるかのようにセリスは消えて見えなくなった。


 メリル達と出会った頃から幻聴が聞こえ始めた。

 それはゆっくりと大きくなっていき、幻覚まで見え始めた。

 しかし、今のようにハッキリと問われたのは初めてだ。


 いつまで……聞かれるまでもない。


「……続く限りずっとだよ」


「え?」


「魔力維持の話だよ。種族じゃなくて職業でも魔法使いを名乗るなら雑談しながらでもそれくらいできなきゃ魔法使いだなんて名乗れないね」


「それ冒険者の大半は魔法使い名乗れないぞ?」


「そうかもね」


 別に隠した訳じゃない。

 今の出来事は話す必要が無いからね。

 今のが何なのか、そして今の問いに対しての答えもわかっているから。


「さて、私はまた鍛練に行ってくるよ」


「セリスはどうします?」


「ん~……あんまり負け癖付いてもいけないだろうからしばらく放っておくよ」


「お、それじゃ今日は勝ち越せそうだな」


「それ完全に弱いもの苛めですよね?」


「それこそセリスに言ってやれ」


「セリスのは愛情ですから」


「ないない、コイツに限ってなあ?」


「受け取り方は様々だからねぇ……」


 ……顔に出てたかねぇ?

 ポーカーフェイスは得意なんだが、まさか見透かされていたなんて。

 口にするのがこそばゆい事をピンポイントで見破られるのはやはりこそばゆい。


 メリルにばかりえこひいきしている事は否定しない。

 だがターニャもターニャで気に入っている。

 少なくともメリルに出会わなければターニャを選んでいただろうと確信を持てるくらいにはターニャを気に入っている節がある。


「……そうだね、それじゃ私から愛情という名のアドバイスをあげよう。

 相手にならない程弱い相手じゃなくて、自分より弱い奴、できれば体術に特化した奴が好ましいね。

 そいつと戦ってみな。確実に負けるから」


「は?私より弱いのにか?」


「そうだよ、今のに当てはまる相手と戦えばターニャは必ず負ける」


「………無根拠じゃ無さそうだな」


「当然。まあ、負けてから答えを教えてあげるから、沢山悩んで負けな。

 それがターニャを強くするから」


「……そうかい、それじゃ行ってくる」


「行ってらっしゃい~………あの、何故ターニャが負けるなんて言えるんですか?」


「ちょっと待っておくれ……」


 ………ふむ、本当に外へ出てギルドの方へ向かっているようだ。

 物凄く徹底されてるけど良いとこのお嬢様らしく真面目な性格をしている。

 最初から思っていたが、何故ターニャのような貴族が冒険者をしているのだろうか?

 この国のちゃんとした騎士を見たこと無いが、ターニャなら十分やれると思うのだけどねぇ。


「……よし、じゃあ教えるけど答えは簡単だよ。

 私はここの所ずっと素手でターニャの相手をしてあげてたからね、それが敗因。

 目の前の相手が私の動きと一瞬でも重なればターニャは迷い動きを止める。

 こうされたらマズイ。この動作から踏み込めば返り討ちに合う。このカウンターだけは絶対にさせてはならない………って具合に考えが過ってね。

 その威力を知っているからこそ条件反射で体が硬直して攻めきれない。

 この世界なら一回や二回見逃されるだろうけど、それでも一度沸いた警戒心は拭えず負けるだろうね」


「う~ん……そうなんでしょうか?

 聞かされてもあまりイメージできません。

 ターニャがセリス意外に負けた所を見たことありませんから」


 ターニャが負け知らずってそれは……


「ターニャがかい?それは……うん、平和だねぇ………」


「平和ですよ」


『平和など次の戦いの為の準備期間でしかない。良く知っているだろう?』


 そんな事は百も承知だよ。

 ただ、その準備期間がメリルの生きている間続けば良いだけの事。

 もしもの時は私が戦争の抑止力になれば良い。


 天空城なんてそれらしいものまであるのだからね。


「はぁ……つくづく私は運が無いけど運が良い」


「んん……もう、何でいきなり私の髪結び始めてるんですか?」


「メリルと外に行きたいなって」


「外に出るなら厚着するんで意味無いですよ?」


「それでも良いんだよ」


 小さくて可愛い……普通より少し良いくらいな顔立ちなんだろうけど、ソバカスが色濃く出ていて、味のある感じでまたそれが可愛い………

 けれど……今にも崩れてしまいそうだよ。

 まるで砂糖菓子のように脆く弱い命………


『なら壊れないようにしてしまえば良い。

 いつだってそうしてきた。ダルクの時はアイツが異常過ぎただけだ。コレならどうしようとあんな結末にはならない』


 そして……また一人ぼっちになるのかい?

 セリス、あんたは本当に可哀想な奴だね。


「はい、できたよ」


「ありがとう。………その、どうですか?本当に似合いますか?」


「あれ?てっきり私には似合わないって言い出すのかと思ったのに」


「わかっていたのにしたんですか?」


「絶対似合うからね」


「っ……そ、そうですか…………それより行くなら準備して行きましょうよ」


「………ん?私はメリルの支度を待つだけだけど?」


「え……えっ?じゃあ何で髪………って趣味ですか?」


「そうだね、私の趣味だよ」


「もう!」


 やっぱり可愛い。

 こういう感じに意味の無い事を繰り返してからかうとメリルは子供らしく怒ることがある。

 親しい存在の前でしか見せないこの子供らしい一面が堪らなく可愛らしい。

 ちなみに、今までで一番可愛かったのは「だっこ……」だよ。

 あれは胸の奥にグッとくるモノがあった。

 ポーカーフェイスを崩す原因になりうる中で1、2を争う勢いだったね。

 泣いたのはそもそも隠すつもりなかったからカウントしない。


「そういえばセリスって人形好きで私の事も着せ替え人形みたいにするけど、人形が好きになった切っ掛けとかあるの?」


「切っ掛けかい?……可愛いからだよ」


「え……」


「……なんだい?」


「あ、いや……一番意外な返答だったので………」


「失礼な、私は可愛いもの好きだよ?」


 まあメリルの言いたいこともわかるけど。

 実際相手を呪殺したりするのにも用いるしね。


「そういうメリルは何で商人、それも行商人なんかに?

 あぁ、もちろんメリルの努力は知っているし、店を持ちたいと思う熱意をとても強く感じてるよ?

 話しててとても楽しくて、先の事に期待と不安を感じながらも真っ直ぐ進んでいる姿が格好良いと私は思う」


「そこまで言われると照れますね……

 行商人なんかにって言うのもわかります。

 好き好んでなる職業では無いと思いますが……私が何故なりたいと思ったかですか…………

 う~ん……奥が深くて面白いと思ったからですかね。

 師匠のお手伝いを村の皆でしまして、その時偶然耳にした商談の内容が奥深くてとても興味を引きました。

 お母さんのお陰で昔から数字には強くて、それもありますね。

 まあ、何よりも人の居ない田舎じゃなくて都会を知りたかったからなのですけど、お母さんの言っていた通りドリーミーには生きづらいですよね。

 でも、商人になって良かった。

 でなければ、セリスやターニャのような理解者に合えなかったから」


「理解者…………」


「はい、良き理解者で友達です」


 ……それは逆だよ、私こそメリルに出会えて良かった。


『眠ってしまいそうな程退屈だというのに?』


 まともに眠る余裕すら無い世界の何が良いんだい?

 自分自身を偽って……戦うことを楽しんでいたのは否定しない。

 けれど、いつから楽しくなくなった?

 自分が強くなる毎に不安に呑まれそうになって……

 だからこそ、これが良いんだ。

 私は今、その退屈を楽しんでいるのだから。


『そんなものごっこ遊びだ。

 ソレとの違い、認識のズレは自覚しているだろ?

 お前は変われない、お前は受け入れられる事は無い、本当の意味で理解される事は無い』


 メリルは私じゃないんだから当然、逆もまた同じだろう?

 お互い話し合い、できるだけ理解しようとして、そうして合わせていくのが良いんじゃないか。


『………後悔するよ』


「きゃっ………セリス?」


「しない……私はメリルに出会えた事に後悔なんてしない。

 ……メリルが言っている事、逆だよ。

 私こそメリルに出会えて本当に良かった」


「セリス……」


 抱き上げたメリルの手が私の頬に触れる。


「うん……そっか………嬉しいな…………

 でも……本当にどうしてセリスはすぐ泣いちゃうのかな?

 せっかくの美人さんが勿体無いよ?」


 困ったようなメリルの笑顔を見て、メリルの優しさに触れ、今の幸せを噛み締めて………

 また1つ、私を縛る鎖が砕け散ったような気がした。


 この日以降、私の中でセリスの声を聞かなくなった。


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