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覇王セリスの後日談  作者: ダンヴィル
最終章、大きな決断と私達の一生
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幸せの甘味と幸せになる香り


「で、あるからしてこの複合魔法を使うには……」


 セリスことセーちゃんに連れられて来たわけなのですが、普通に学校で授業始まってしまいました。


 現状は本当に普通の授業を受けていて、私が受けるにしては少し簡単な内容で何がしたいのか分からない。

 分かる事と言えば、この部屋に居る30人弱の人達は皆セリスに創られた幻影ではなく個々に自我を持つ普通の人だということ。


 それが分かったのは私が覚醒した状態に戻ったから。

 私が覚醒前に戻っていたのは魔法をかけられていたからなんですよ。分かっていたとは思いますけど。


 ならセリスより器用に魔法を扱える私が対処できない訳がない。

 対象が私ですからね、私が対処できない量の魔力で魔法を使われたら例え攻撃魔法でも無くても下手すれば大ケガしてしまいますので、そんな事をセリスはしません。


 他にもいろいろ分かりましたよ。

 この世界はレドランスをベースにしてセリスの記憶にあるいろんな町なんかをごちゃ混ぜにして創られた世界だということ。


 何故こんな事をしているかは分からない。

 けれどこんな世界や人々を用意してまで何かしたい事があるのでしょう。

 なので覚醒している状態に戻ってはいますが、イデアに干渉して覚醒前の姿に擬態しているのが今の私の現状となります。


「メリー!食堂行こ!」


「そうですね。行きましょう」


 学校の構造を把握できてないのでセーちゃんの案内で食堂へ向かう。

 学生で溢れかえった食堂内は既に二人並んで食べられる席を探すのが難しいくらい込み合っていてキョロキョロと辺りを見渡していると「こっちこっち」とニッと猫のような笑みをしたセーちゃんが呼ぶ先はバルコニーです。

 今は真冬もいいところな筈なのですけど、この世界は暑くもなく寒くもなくとても過ごしやすいんですよね。


 そんな事を考えつつバルコニーにある1席に付き食事を取り始めすぐのこと。


「え……何あれ………」


「あれって?」


「ほら、あそこにある煙吹いてる蛇みたいに長いやつなんですが……」


 コーヒーを飲みながら目を細め、私の指先を辿るセーちゃんはそれでも分からないのか「ん~?」と唸っている。

 この反応、セリスの世界には生活に溶け込んでいるくらいには常識的な代物なのでしょうか?

 おそらく乗り物だと言うことは分かります。

 しかし、それなら何故未だに行商人なんて職業がセリスの世界に存在するのでしょうか?

 アレだけ速くあんなにも沢山運べるのなら馬も必要無いでしょうし。


「………もしかして魔列車の事?今更何言ってるのメリー?」


「魔列車……初耳ですね………」


 そんな便利な物を何故教えてくれなかったのでしょう?

 感心しながらどんな仕組みか考えながらジッ……と眺めていると本当に困惑した様子で話しかけてくる。


「え?メリー本当に知らないの?

 まあ……あり得るのかな?うん……

 えっとね、魔列車っていうのはね……」


 食事を取りながら魔列車についての簡単な説明を受けた。

 言葉だけでは全てを理解する事はできなかったけれどピストン等の力で動かしていると理解し、魔法だけでなく錬金術も私達の世界よりずっと長けているという事だけはハッキリと理解できました。


「お……おぉ?なにこれ、凄い」


「そうだね、思ったより多いね。まあ食べるけど」


 魔列車の話が終わった頃にセリスも食べ終わり、そこでデザートとして目の前に見慣れない甘味が出される。

 アイスやら何やらを沢山入れ土台とし、その上に生クリームと果物でデコレーションされたなんとも贅沢な盛り方でつい驚きの声が漏れてしまいました。

 本当になんて贅沢な……学生が食べるものじゃないと思いつつ、後半はセーちゃんの話は半分くらい聞き流しながら夢中で食べてしまいましたよ。


「……美味しい?」


「はい、とっても!」


「もうメリーってば。でもまあ許す」


 と、あまりにも夢中で食べていたせいで流石にセーちゃんにツッコミを入れられてしまいましたが、それだけ贅沢で幸せな一品ですしたよコレは。

 甘味は人を幸せにするんですから、これだけ美味しい甘味がバランス良く集まれば凄く幸せになるのは当然です。


 甘くなりすぎたのを程良く苦い紅茶で和らげるのもまた良くて……って、セーちゃんの話を適当に相槌を打っていると少し変な方向に話が進んでしまったので手を止めて確認を取る事にします。

 その話を簡潔に纏めると………


「えっと……それはつまり今夜不法侵入する事ですよね?」


「まあそうなっちゃうけどちょっと探索するだけだって。

 それより一魔法使いとして気にならない?

 閉鎖された研究施設に眠る魔法の資料!

 それに胸が踊らない魔法使いは魔法使いと言えるだろうか!?」


「いやまあ……引かれないと言ったら嘘になりますけど…………」


「でしょ?」


 確認した結果かなり面白そうな話が出てきました。

 普通であれば。

 しかし……その施設も含めて自作自演ですよね?

 楽しいんでしょか?

 …………いえ、もしかしたら私を楽しませようとしているのかもしれませんね。

 実際セリスは意味の無い嘘でからかったりして他人の反応を見るのがとても好きですからね。

 ですのでその可能性は十分あります。


「そうですね、行きましょうか」


 もしかしたら何か企んでいるのかもしれませんが、何が目的かなんてわかりませんし、実際ワクワクするのも確かです。

 なら、今を楽しむ事にしましょう。


「それじゃ今夜決行でいいよね?」


「えぇ、構いませんよ」



 ・



 鏡の世界に入るとそこは深い谷の底だった。

 その谷の底を流れる川を辿った先に一本道の空洞があり、その空洞を抜けると林へ出て、そこには小さな一軒家があるのだろう。

 思い出したくもない嫌な場所に出口を繋げられたものだねぇ。


「うぉっ……………なんだここ、やけにヤベー気配すんな……」


「流石私が鍛えただけあるね。良く気が付いた」


 この場所は「妖精に祝福されし生命の谷」とまで呼ばるほど美しい場所であり、強者に貪られ行く当てに無くなった者達が下らない噂にでも(すが)らざるを得なくなり訪れる場所。


 この場所に弱者をいたぶるような弱い強者は訪れない。


 何故なら、ターニャが肌で感じている通り、必要に弱者を食い物にするしかない半端な強者がこの場に近付けば本能から死を確信してしまうからだ。


 だが、その勘は残念な事に検討違いもいいところ。


「私が死というモノはある意味で慈悲だと理解した切っ掛けとなった場所こそがこの場所だよ。

 この場所に存在するヤツは不定形のスライムのような姿をしていて人を幸せにする香りを放ち、捕らえても決して殺さない。

 捕まった者の心すらスライムに染まる事ができたのなら、その者にとっては幸せなのかもしれないね。

 ただその幸せは、捕食者が美味しい餌の味を更に引き立てる為のもので、家畜に無理矢理押し付けた幸せとなんらかわりない。

 その異常さに弱者は、追い詰められた者は気付けない。

 ハリボテまみれで、一度立ち止まり冷静に見てみる事さえできば怪しすぎると気付けるそれを、幸せな匂いに引き寄せられ、幸せの中を永遠に生き続け、救いは無い」


「それは……思ってたよりもだいぶヤベーな………

 綺麗な場所なのに生き物が居ないのはそういう訳か………」


 そう、ターニャの言うようにここは生き物が居ない。

 日の光を浴びて輝く川や、谷の表面に生い茂るエメラルドの原石と表現できてしまうほど美しいコケ。


 だというのに、鳥も居なければ魚も居ない、虫すらこの谷には存在しない。

 あるのはただ流れる川の音と、この場の異常さを理解せずに訪れてしまった者の音くらいだろう。


「そのわりにはあまり怯えているようには見えないけどね?

 あぁ、別に臆病が悪い事だなんて私は言わないよ。

 私はそれで生き抜いてきた奴だからね」


「そりゃ~……もっとヤベー気配を浴びた事があるからなぁ。

 直接向けられた訳でもないのにアレってなんだよ……絶対に敵対しちゃいけないと思ったあの経験と比べれば何倍もマシだからな」


「なるほど……」


 ターニャが言っている相手が敵対するようなことが無いと祈るばかりだね。

 アイツはどっちに付くのだろうか。

 どちらもメリルを大切に思っているという共通点があるからアイツの性格からして面白い方向へ演じるだろうとは思うのだけど……


「ん……甘い匂いがするな………」


「あぁ、その匂いに呑まれないように気を付けるんだよ」


 水の流れる音ばかりの暗い洞窟を照らしながら道なりに進み、ターニャが匂いに反応した。

 この匂いは肉体だろうが精神だろうが疲労さえしていれば簡単に人の意思を洗脳してしまう。

 洗脳され、操られた先に待つのはこの真っ暗に見える川の底より冷たく終わりの無い、けれど幸せに満ち溢れた楽園………


「ターニャ、そっちに行っちゃいけないよ?」


「………あ、あれ?今何を……マジかぁ~………」


 ターニャがふらりと曲がり行こうとした先は川の浅い位置。

 この浅い道に続く人が一人くらい通れる狭い通路を通るとヤツが居る。


 一番簡単に洗脳できてしまうのは確かに疲労した者だ。

 だが、次に洗脳されやすいのはヤツの悪質さを知ってしまった者だ。

 それは至って簡単な理由で、単純に知ったからには生かして帰すつもりがなくなり集中的に狙われるからだ。

 例え洗脳されてもターニャくらいの実力者ならちょっとした切欠ですぐに正気に戻る。

 しかしコレの悪質さはそこじゃない。

 1度でもその細い空洞に足を踏み入れた場合中は迷宮のように入り組んでおり、強烈な甘い匂いと霧で方向感覚を完全に失わされ、上級に届かぬ魔力量の魔法なんかは一切使えない。

 更にこの迷宮には至る所に小さな穴があり、ゆっくりと、しかし確実に捕獲しようとヤツがにじり寄ってくる。

 ヤツの唯一の弱点はその移動速度の遅さだ。

 だからこそこの場所なのだろうね。


「ようやく抜けたね」


 洞窟を抜け出した先は予想通り林が続いていた。

 この林を進んでいくと家があり、その家の少し先からは深い森へと続く。

 その森にヤツの元となるモンスターが群れをなしているのだがそこまで行く必要は無さそうだねぇ。


「っはぁ~……ヤッベー、死ぬかと思ったぁ~……」


 遅れて出てきたターニャが伸びをし、胸いっぱい空気を吸い一気にだらしない姿を見せる。

 私が居なかったら死んでたし、そもそも私が居なかったらこんな所に来てないから死ぬ思いしなかっただろうし、人として死ぬけど死ねないし。


「ヤツ自身だけなら大した驚異じゃないんだど特定の条件が重なるととんでもない化物に見えてしょうがないねぇ。

 優位な状況を作り出す事に関しては教本にしたいくらいの良い見本だよ」


「そうだな……あんな狡猾な恐ろしさを見せる化物が自然発生するってヤベーよセリスの世界………」


「ほら、次の目的地は近くの小屋だから頑張ろう。

 それとも、私の大好きなキャンディーでも舐めるかい?」


「いや、今甘い物はいらねぇわ」


「だろうね」


 ターニャの露骨なまでな嫌そうな顔に苦笑し足を進める。

 林を進み、あっという間に家を見付け扉を開く。

 その先にあった光景は赤と黒だけで描かれていた。


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