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覇王セリスの後日談  作者: ダンヴィル
最終章、大きな決断と私達の一生
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目を背けていた事


「セリス様ありがとう」


「何がだい?」


「ゼイネプばあちゃんの話に付き合わせくれて」


「その事ね。気にしないで良いよ」


 買い物を目的としミューズと外出をする事にし、ゼイネプという老婆と遭遇し送り届ける事になり、買い物が終わるまでそのまま話し相手をしてもらうことにした。

 おそらくミューズも気が付いているからこそ側に居たいのだろう。

 ゼイネプという老人から死の匂いがする事に。


 感覚的な話になるのだが、分かってしまうんだ。

 そしてこの勘に限っては悪いことに一度足りとも外れた事が無い。

 近いうちに必ず死ぬだろうね。

 その事に気付いているからこそ、普段うちの店で明るさの象徴と言えるミューズがどことなく元気がない。


「………ミューズ、しばらくお休みあげるからゼイネプさんの側に居てあげなさい」


「え……でも仕事があるよ?遊んでばっかじゃご飯食べられないじゃん」


「大丈夫、私がミューズのお給料払うから。

 だから側に居てあげなさい」


「良いの?」


「良いよ」


「本当に?」


 頭を傾け不思議そうにこちらを見る姿は一見嬉しそうなように見える。

 しかし、私の目は誤魔化せない。

 その表情は僅かに不安を帯びていて、軽度ではあるが体は明確に恐怖を感じていると物語っていた。

 どれ程尻尾を振って嬉しそうに見せても私には無駄だ。


 だから私は足を止めミューズへと向き直る。


「ミューズ。ミューズにとってゼイネプおばあちゃんというのはどんな人だ?」


「どんな人?」


「具体的でなくても良い。

 自分の思う感覚をできるだけ多く口にしてほしい」


 私の言葉の意図がわからず混乱している様子ではあるものの、腕をくみ考え始めゆっくりと口にする。


「どんな……優しい人だよ。頑固だけど、子供が好きで、優しい人。

 撫でるのが上手で、しわくちゃだけど撫でてくれるのが好きかな。

 あと独特な臭いがしてね、その、少し臭いんだけど、なんかね、落ち着くんだ、あの臭いが。……でも、なんか少し、最近ちょっとだけ、臭いが変わった気がするんだ…………

 それでね……なんとなく、私やセリス様に似てる気がする」


「私と似てる?」


「うん。私もセリス様も他人が大好きだから。

 セリス様も私も、誰かが何かをしてるって言うのを見てるのが大好きで、何でそんな事しようとしたのか興味持って、それを知ろうとするから。

 だからこそ怖がりで、もう一人ぼっちは嫌だよ……寂しくて、辛くて、痛いから………」


 私はうつ向くもハッキリと口にしたミューズに敬意さえ抱いた。

 一人になるのが怖いなんてハッキリ言えるモノではない。

 少なくとも怖いと言い弱い姿を見せるなんてメリルに出会う前の私であれば死ぬ直前になろうが言う事は無かっただろう。

 それを言える勇気、そして今感じている失う恐怖を真っ直ぐ見つめて受け入れようとしている。


 だからこそ絶対に、ミューズを老婆の側に居させなければならないと思った。


「そこまでで良いよ。ハッキリ出たじゃないか。

 逆の立場だったならミューズは側に居てもらいたいだろう?

 なら側に居てあげなさい」


「うん……だけどゼイネプおばあちゃん、仕事で忙しくて夜まで居ないけど孫も居るんだよ?

 ずっとは居れないし、私は家族じゃないし」


「家族って言うのは…………」


「…………セリス様?」


 そこまで言いかけて言葉が出ない。

 自然に出そうになった言葉に私は戸惑いを感じてしまった。


 私は……本当に彼等を家族だなんて言って良いのだろうか。

 彼等は自慢に価する存在だとは思っている。

 しかし私は胸を張って彼等に向かい合えるような事を何か1つでもしただろうか?


 私は彼等に…………


「………ミューズ、最後までちゃんと側に居てあげなさい。

 ゼイネプさんの事が好きなのであるのなら、絶対に。

 でないと、私のようにずっと後悔する。

 私は、彼等に貰ってばっかりで、何もしてあげられなかったから」


「セリス様………うん、わかった。

 居ても良いって言ってくれたらそのままゼイネプばあちゃんの所に居るね」


 私の気持ちがどこまで通じたか分からないが、力強く頷いたミューズは元来た道を戻って行く。


 ミューズの後ろ姿を見送り、私は近道をするために人通りが少ない細い通りを歩いていると運悪く前方から老人が歩いてくる。

 この通りは細すぎて普通にすれ違うと肩がぶつかってしまう。

 なので横向きになりすれ違う必要性が………


「っ!?」


「おっと危ないね、油断していたよ」


 すれ違う瞬間、縫い針よりも細い鉄の糸屑のようなモノを指の力のみで投擲された。

 その無駄の無さすぎる暗殺技術だったからこそ投擲された瞬間気が付いた。

 この毒の塗られた物騒な鉄屑に。


「で?何の真似だい?ティナ」


「………流石に早すぎない?

 いつから気付いていたのかしら?」


 爺さんの口から若い女の声、自称普通の化物、皇女のネックレスの宿主でソウルキメラであるティナの声がする。

 鉄屑を防がれ驚いていた時に息を飲んだ際に漏れた声は間違いなく男のモノだったが今のコレを男性の声だと間違える者は居ないだろうね。


「この世界にそんな立派な暗殺術の使える奴が居て、国が抱えていたなら情報戦においてその国が覇権を握っているだろうからね」


「はぁ……自分の練度の高さで首を絞める日が来るなんてね」


「それより魔王の契約は?」


 魔王の契約というのは魂に刻み込まれる契約であり、契約違反は魂の消滅を意味する。

 いくら魂の集合体であるソウルキメラでも魔王の契約の前では一瞬で全てが蒸発するほどに強力な契約なはずなのだけどねぇ。


「自分の胸に聞いてみたら?ただ私は戦うしかないのよ」


 老人の姿が膨張し、一瞬で飲み込まれる。

 もう何度経験したか分からないダンジョンに入る際の感覚と同時に。


「自分の胸に聞いてみたら……ねぇ…………」


 考えれば考えるだけ出てくる出てくる。

 覇王として君臨していた頃の私は本当に容赦無い。

 思い至る事なんて山のようにある。


 それでもやはりコレというのが1つだけあるね………


「目を背けるのも限界か………」


 私は全力で魔力を解き放ち、空間に穴を空け転移魔法で抜け出す。

 態々ティナの用意した罠があるとわかっている所に落ちてやる義理は無い。


「っ!」


 転移をし、元の場所に現れた瞬間を狙われた。

 私に向けられたのは青年の剣と……


「アリス………」


 アリスの短剣だった。


「悪いね……仲間の身内の命がかかっているんだ。別に命のやり取りをしようって訳じゃない。少しだけ待ってくれない?」


 二人の攻撃を料理用ナイフ二本で防ぎ、つばぜり合いになる中でそう語りかけてくる様子からは洗脳の類いでは無いのだろうね。

 だとしてもティナの狡猾さが伺えるのだが……怖がって後回しにし続けた私に責任があるし怪我させるのも悪いか。


「断る。こんな幼稚な我が儘にこれ以上他人を巻き込むのは不味いからね。身内っていうのもついでに助けよう」


「ぐっ!」


 無詠唱で放った魔法で二人を捕縛し飛んできた矢を弾き、壁に隠れて転移を試みるもやはりできない。

 他の魔法は許すが転移魔法は絶対に許さないという訳ね。

 ダンジョン内はともかく町の中なら魔法陣を書きたい放題だからねぇ……



 ・



「ミューズ」


 セリス様に言われてゼイネプばあちゃんの所へ戻ろうと歩いている時の事、背後から聞き覚えのある声で呼ばれたので振り返る。


「あ……あの時の、久しぶり!」


 メリル様の実家に居た頃に出会った白髪の女の子が立っていて、またあえた事が嬉しくて駆け寄る。

 女の子も喜んでいるのか手を広げてくれたので抱き付いて匂いを確かめるけどやっぱり嗅いだ事のある匂いがした。


「あのね、あの時名前を聞きそびれたんだけど教えて貰えないかな?」


「あれ?言ってなかったっけ?私の名前はセリスだよ。

 ミューズはどこかに行く途中だったのかな?」


「セリス様と同姓同名?」


「様って……誰の事言ってるか分からないけど、セリスって名前も世の中わりと多いと思うよ?」


「う~ん、言われてみればそうかも。ミカエルさんのが多いけど」


 ここを拠点にしてる冒険者は皆知ってるけど、その中にセリスさんが居るからそんな気がする。

 ただミカエルさんは多すぎると思う。

 やっぱり名前って大切なものだからちゃんと考えてあげないといけないと思うんだけどな。


「ねえ、ミューズはこれから何か予定ってあるの?」


「うん、ゼイネプばあちゃんの所に行くんだ。

 それで、許してくれるならなるべく長く一緒に居たいなって……」


「………何かあったの?」


 私の不安を感じてなのか、嬉しそうにしていたセリスがとても真面目な雰囲気になる。


「うん……もしかしたらなんだけど、ゼイネプばあちゃんはもうすぐ死んじゃうのかもしれないって………」


 変なこと、嫌なことを口にしていると思う。

 でも何でか分からないけど、なんとなくそう思ってしまうから。


 それを聞いて、気持ち悪がるのかなと思っていたけど、セリスはどこまでも真剣な眼差しで、私の肩を掴み、目を放さず語ってくれた。


「ねえ、ミューズにとってその人は家族って言えるくらい大切な人なの?」


 ……どうしたんだろう?

 もしかしてあんまり触れちゃいけない事だったのかな?

 まるで自分の事のように真剣に聞いてくる姿で私は少しだけ怯んでしまった。


「えっと……私はヒューマンじゃないし、血も繋がって……」

「血なんて関係無い!種族差も全然!お互いに大好きって想いがあるならそこに血筋も種族も関係無いよ!家族だって、娘や孫だって言ってくれるならそれで良いの!」

「………セリス?」


 私の肩を掴むセリスの手はとても震えていて、大粒の涙を流しながら真っ直ぐと私を見つめて力強くそう言った。

 その様子があまりにも辛そうで、心配して伸ばそうと思ったけど、何故だか手を動かせなくて、どうしようもできなくなった。


「あ……ごめん………ちょっと待って……………」


 少し冷静になったセリスが下がり、裾で自分の顔を拭う。


「あ~……うん、私は当然の事言っただけ。

 それならもう行きなさい。ミューズが側に居たいってしっかり伝えれば最後まで側に置いてくれると思うから」


「うん……その、ありがとう。私の為に泣いてくれて」


「いいから行って!」


 最後の乱暴な口調は完全にテレ隠しで可愛かった。

 今度ちゃんとお礼を言おう。少しだけ勇気を貰えたから。


「あ……雪だ…………」


 今年初めての雪だ。

 去年はあんまり雪が降らなかったから見れなかったけど雪で町が真っ白な世界になる事もあるそうだから一度見てみたいな。


「何か暖かいもの買ってから行こ」


 セリス様に習って最近は料理もできるようになっている。

 作ってあげたらきっと喜んでくれると思って先に買い物をする事にした。


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