闘技大会の熱気が冷め止まぬうちの出来事
8月27日
闘技大会が終わってからが本当のお祭り騒ぎな冒険者の町。
熱の冷め止まぬ強い人達が束になってダンジョンから強いモンスターを狩り、それを商人が買い、人々の金銭感覚が狂いお金を払い、目まぐるしく経済が回る時期です。
そんな訳でうちも仕事なのですが、「メリルは回復しきっていないから適度に休むように!」と念押しされ、休憩時間を多くするという条件で働くことを許してもらいました。
過去の経験から仕方ない気もしますが、やっぱりセリスは過保護すぎると思います。
しかしこうして日向ぼっこしながら落ち着いて思い返してみると、私も私で自分をあんまり大事にしてなかった気がします。
正確に言うなら、自分がどこまでできるか把握できていないという感じでしたけど。
自分がどれだけ体調が悪いか分からないとか。
自分の処理できる許容量を越えたモノの前に立ち塞がったりとか。
「…………暇ですね」
思わずポツリと漏れてしまいましたが、この時間は魔法具作成すらも禁止されていて本格的に暇です。
広場のベンチに座り、そこら辺の出店で買ったリンゴのジュースを片手に人々の動きを観察し始めて一時間くらいでしょうか?
午前は仕事したので今日はもうダメと言われてしまって趣味の研究もダメ、書き物もダメ、クロエちゃんとジャンヌちゃんの世話もダメってもう………
一応理由はあるらしいのですけど、魔力の枯渇状態から回復を待つのは種族魔法使いでも簡単な魔法以外は使う事を避けるかららしくて、使ってしまうと回復した時に魔力制御の感覚にズレが出てしまうそうです。
「なあ、暇なら俺と付き合ってくれね?メリルさんや」
「………何方ですか?」
声をかけられ振り替えると、一目で見た印象は同年代くらいの筋肉質なヒューマンの男性で服装的に冒険者いった感じの人が立っていました。
「覚えてねーか。まあバトルロワイヤルでまとめて吹っ飛ばされた一人でしかないしな」
「あぁ~……すいません。実験もかねて使用したら予想以上の威力が出てしまいまして、その、本当はですね、少し数減らしてちゃんと戦おうと思っていたんですよ?」
事故とはいえ闘技大会にちゃんとした志で参加していたかもしれない人ですから、私自身後ろめたい感じの結果になってしまいましたので一応謝罪する事にしました。
あれ、やった事は高等技術でしたが仕組みとしては初級魔法の組み合わせ少ない力で大きな結果を生み出すだけなので人数集めれば誰でもできるんですよね。
ただ、その場合私と違って全員が全員その魔法から身を守る手段を用意しとかないと敵は当然味方もみ~んな吹き飛びます。
「いやいや、ちゃんと戦えたにしろメリルさんには俺じゃ勝てないって。
それより、メリルさんって彼氏とか居たりする?」
「え?……いや、居ませんけど…………」
何故そんな事を聞く?……って考えるまでもなくそういう意味なんだろうけど…………
悪いけど彼の感情深くまで見させてもらいましょう。
そう考え私は服の中に隠れてしまっている、所持者の感知能力を阻害するネックレスを収納魔法でしまいながらそう答えました。
すると彼は嬉しそうな表情で話しかけてくる。
「なら、俺と付き合ってくれないか!?
俺はメリルさんの楽しそうに魔法を行使する姿に惚れました!」
けれどそれは嘘で、言葉の明るさに反して随分と薄い感情でした。
完全に嘘でもありませんが、私じゃなくて私の魔法に惚れ込んだという感じでしょうね。
私の事が好きじゃないと確信して言えるのは、この人は無自覚にドリーミーを魔族……とは思っていなくとも異質なモノとして嫌悪しているから。
では何故私に告白したのか。
お祭り気分も良いですが、他人の人生をかき乱しかけないような事は避けてもらいたいものです。
少し離れた所の酒屋の席。
その席から数人の冒険者から強い関心を向けられている。
つまるところ罰ゲームか掛けでもしているという事でしょう。
「そうですね、あなたが本気でしたら考えても良かったかもしれません。
ですがドリーミーの事をもう少し知ってからするべきでしたね。
個体にもよりますがドリーミーは人の嘘を見抜く事ができますし、私はその中でも特にその能力に長けている個体だと自負してますので、私はこれで」
言いたい事だけ言って魔繊手を活用して絡まれる前に飛んでいきました。
移動中何故考えを読もうなんて思ったか、そもそも関わらない手段なんて今の私には山ほどあるというのに何でだろうと考えたのですが、考えてみると案外簡単に気が付いた。
私、セリスの事大好きだったじゃん。
……と。
べつに忘れていた訳ではありませんしつい先日闘技大会に絶対間違った解釈をするだろうタイミングで大好きだって告白したばかりです。
なので単純に他人が誰かに向ける恋愛感情というものを知りたかったのでしょう。
そう思い至ったらすぐに行動。
私は恋愛小説を数冊買い込んで魔法を使おうとした事に気が付いてグッと我慢しました。
身体強化し流し読みするのは収納魔法みたいな「義務教育前のお手伝いしてる子供でもできておかしくない魔法」というセリスが出した使って良い範囲の魔法の難易度を絶対に越えています。
なのでプランを変更し祭り同然の活気に流れるカップルを手当たり次第に観察しどういう心理状態か、以前読んだ小説の真の愛というものを先駆者達から学ぼうと行動に移す事にした。
・
結果から言ってしまえば見て来たカップルらしき人達全員から真の愛らしきモノを感じる事ができませんでした。
というより同じ日に、それも私が観察していた僅な時間で男性四人もとっかえひっかえして例外無く全員に高価な物を購入させて自分のモノにしていた人がいて、あの人何者なのでしょうか?
呆れを通り越して素直に感心しましたよ。
本当に何でしょうあの手際の良さと効率性の高さ、驚異的です。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ」
いつも通り裏口から帰宅し、夕飯の前にお風呂に入ろうと誰もいない事を確認し、自室の本棚に購入した恋愛小説を入れ、部屋を出て気が付いた。
「あれ?……ねえレーナ、セリスを知りません?」
「どこかは知りませんがすぐ戻ると言っていましたよ」
「そうですか、わかりました」
料理をしているだろう時間だというのにセリスの姿が見えなくて疑問に思いましたけどそんな日もありますよね。と、この時は全く気にしませんでした。
お風呂場は1階にあり、いつも通りお風呂に入って今日の疲れを落とす。
正直言って今日は慣れない事をしましたし、それもあまり面白くないからせめて何か収穫があるまでは止めないと変な強がりをしたせいで余計に疲れましたよ。
少し長めにお風呂に浸かり、お風呂の後は買った本でも読もうと考えながら階段を上っている時です。
鍵が開く音がして振り向くとセリスが戻ってきていました。
「ん、ただいま。お風呂上がり?」
「お帰りなさい。はい、先に頂きました。
この時間に出かけるなんて珍しいですね。厄介事ですか?」
「ううん、ただちょっと告白されてね、興味無いから付き合わないってね」
「あぁ、奇遇ですね。私も今日悪ふざけみたいな感じに告白されまして、ああいうの迷惑ですから止めてもらいたいですよね」
「ん?振っておいてなんだけど、彼は別に悪ふざけでもなく本気で告白していたよ?」
「え?」
「おっと」
思わず階段を上る足を止め全身振り返る。
いきなり止まってしまいセリスとぶつかりそうになりましたがそれどころではありません。
「本当ですか?」
「私は人を見る目には自信があるよ。良い意味でも悪い意味でもね」
「そ……そうですよね………セリスは美人さんですから………」
「メリル?」
心配するように声をかけられ若干自分の声が震えていた事に気が付いた。
セリスに動揺を隠したところで無駄と知っているので聞かれる前に質問を投げかける。
「うん、セリスは凄く美人ですから他にも狙っている男性はいるんじゃないですかね?そこら辺実際の所はどうなんですか?」
「え?うん、去年も大会後に1人、こっちに住み始めてからは3人目かな」
「3人も?初耳なんですけど……」
「言うほどの出来事じゃないし、同じように興味が無いで断っているしね」
「そうですか……」
セリスは同性である私から見てもとても魅力的ですからモテるのは知っていましたけど、実際に知ってしまうと複雑ですね……
………というより、セリスって興味無いって男に興味が無くって女性にしかという事でしょうか?
いやいや、落ち着きましょう。
もしかしたら単純に今は男性と付き合う気なんかは無いのでは………
って!だから落ち着きなさい私!!!
そもそもセリスは魔法使いだから男性とか女性という性別なんてモノは子孫を残すという意味では全く関係無く、魔力と遺伝子情報さえあれば錬金術でいくらでも作れ、そこに二人の遺伝子混ぜればどんな種族同士でも理論上子供を作ることができて、セリスのこの辺りの根本的な価値観は種族魔法使いとしての部分がとても強く出ているだけです!
私が女だからとかじゃなく魔法使いは一個人の資質や性格しか興味ありません!
つまり私が告白しても大丈夫という事ですね!!!
………と、言うのがこの時の私の考えです。
混乱してしまった人の思考なんて例え覚醒していようがこんなものです。
最後の最後で自分の都合の良い結論を出してしまう。
「セリス!話がありますので地下室行きましょう!」
「どうしたんだい?さっきから様子が変だけど何か関係が?」
「あります!それはもう!」
「………そうだね、わかった。それじゃ行こうか」
もう逃げられない。
自分で逃げ道を塞いで覚悟を決める。
セリスが好きだと完全に自覚して、万が一それが間違いで一時の勘違いでしかないのかもしれないと考えていましたが、実際はそんな事二の次でただ拒絶される事を恐れていた。
その事を心のどこかで自覚しているからセリスのモテ具合を聞いて気が急いでしまいました。
だから地下で他の誰にも聞かれる事は無いだろうという状況だと確信した所でセリスを真っ直ぐ見詰めて告白する。
「セリス……私は、セリスの事が好きです。大好きです。愛しています。
友人関係とかじゃなくて……セリスが好き……です…………」
は……恥ずかしい………というより怖い…………
予想してたよりずっと怖くて声が小さくなり、けっきょく最後には目線も外してしまいました………
「………すまない」
「え…………何で謝るのですか……………」
顔を上げセリスの顔を見る。
もう自分でも自分がどう感じているのか分からないくらい混乱しながら。
「いや、すまない!今のは断るという意味ではなくて!
その……メリルの様子からどれだけ本気か理解したし、メリルが相手だから私がメリルを同じ意味で好きになれるか分からないから明確な返事は少し時間を開けてからにさせて欲しいんだよ」
きっとこの時は泣きそうな顔か、不安で仕方ないといった感じにセリスを見つめてしまったのでしょうね。
とても気を使われながら言葉にしてくれた。
「素直に言わせてもらうと、メリルと恋人関係になったとしてそういった事ができるかと考え、私はできるという結論がすぐに出た。
この時点でメリルと付き合うだけなら最低限できるだろう。
けれどこのできると言うのは恋愛感情なのかそれとも………
…………………私自身の寂しさが………人肌を、最も信頼している友を求めている結果であって恋愛感情に限りなく近い依存の可能性もある」
語っていたセリスの声色が少しだけ重くなった。
その気持ち、良くわかる。
理解していたけれど何となく誤魔化して、いざ言語化して言葉として口から発して不安になったのでしょう。
「そんな自分の気持ちが分かりきっていない状態で返事を返すのはメリルに失礼だ。
ただ、メリルさえ良ければどちらにしろ、恋愛感情を抱けなかった私でも良いというのならそういう関係になってほしいというのが私の素直な感想……かな…………うん。
嫌じゃないんだよ、うん、嫌じゃない。
こんなに愛らしいメリルだもの、きっと可愛い顔するだろうし、メリルに求められるのは、ここに居て良いって強く感じられると思う。
それは私にとってとても幸せな事だから………だから、メリルを本当にそう言った意味合いで意識できるかどうかの返事は一週間程時間をくれないかい?」
「一週間………」
この時私は後悔と同時にやる気が出てくるという不思議な心境でした。
後悔はセリスなら簡単に許してくれて恋人になれるかもなんて思っていた事に対して。
まさかセリスにとって"一番の友達"という関係はこんなにも重く深い、覚悟とも呼べるような絆の事を言うとは誰が考えます?
いや、確かにそんな片鱗は度々見えていましたし、私に凄く依存しているとは思っていましたけど、性的な事も許容できるなんて………
私はセリスの過去の一部を見ましたけど、それでもまだ足りないくらいセリスにとって大切なモノだと思い知りました。
やる気が出ているのは……
「わかりました。これから一週間、不馴れですけど私の魅力めいいっぱい使ってセリスを惚れさせてみせますね」
これでやる気が出ない方がどうかしていると私は思います。
だからこそセリスの手を掴み、今できるめいいっぱいの笑顔でそう宣言した。