魂を喰らうネックレス
話し合いの後セリスさんと観光を楽しむ事にしたのですが、言われるがままスカートにされたり化粧されたりと慣れない事ばかりしたせいか疲れてしまい宿に戻ることにしました。
疲れてしまったものの、ターニャと二人では絶対にしない事をして、何よりセリスさんが本当に楽しそうで私も楽しかったですね。
「……とまあこんな感じにただ税金を上げれば国として金を多く集められる訳じゃないんだよ」
「なるほど……税が一定なのにはそんな理由が………そう考えると税が安過ぎる場所は本当に守ってもらえるか不安になりますね」
「どちらにしろどれだけ税金が高かろうが上限があるけどね。
スタンピードなんかはその例としか言いようがない」
宿に戻ってきてからは私の事を話していたのですが、いつの間にか経済の仕組みの話になり、インフレーションとデフレーションの話へとなりまして、「メリルは貴族や国が集めた税の使い道というものを考えた事はあるかい?」と切り出された話題が今の会話に繋がっています。
これがまた興味深くてセリスさんの知識量には驚きを隠せません。
「スタンピードって……それはもう領主がどうこうできるレベルを越えているので仕方ないのではないですか?」
「まあね。それでも予め起きにくくする為にやれる事は……と、おかえりターニャ」
セリスさんが良い終えた瞬間ガチャッ……とドアノブが回り扉が開く。
そちらを見れば、湯を浴びてきたのか頭にタオルを被せたターニャの姿があった。
「ただいま~………って、少し見ない間に可愛くなっちゃって」
そして第一声がソレですか。
まあそう言いたくなりますよね。
ただブカブカだった帽子にはリボンを付けられてますし、女の子らしい服着て……こんな感じの格好したのいつぶりだろう?
しかし鏡見て思ったけど私のソバカスは人よりハッキリ見えるから軽い化粧じゃ隠しきれないし、何より美人過ぎるセリスさんと比べて……いえ、比べるのが間違いなのはわかってます。
けれど同じ銀髪ですし、セリスさんも一緒に着替えていた訳ででしてね、私と違いセリスさんはただの村娘のような格好をしている筈なのに凄く美しいんですよ?
そんなセリスさんが一緒に並んでいる訳ですし比べるのも仕方ありませんよね?
現にセリスさんはすれ違った異性が二度見してしまうくらいには美人ですから。
「え……えぇ、ありがとうターニャ」
「それに随分仲良くなったみたいだな」
「ええ、嫌ではないので気にしてませんが」
ベッドに座り、お互いに体を預ける形で話をしてましたから仲良く見えるのも当然ですね。
私もいきなり密着する程近い距離に座られて少し驚きましたが嫌ではありません。ただ距離感近すぎですよね……
「ん?何か嫌な事があったのかい?」
「いいえ、凄く楽しかったですよ」
さっきも言った通り嫌ではないので寄りかかるセリスに対し、こちらもぐぐっと体だけで押し返す。
するとグイッと引っ張られてセリスさんに膝枕するような形にさせられてしまいました。
「ふふ、なら良かった」
私の顔を見下ろすセリスさんは満面の笑みで、優しく撫でてきて……
「ちょ……ちょっと恥ずかし……セリスさん!友達なのですからこれは流石に子供扱いし過ぎですよ!」
「そ、そうか?すまない」
「ま……まあ、嫌ではなかったので………
次から気を付けてくれるならそれで構いませんので…………」
当然ですがセリスさんがこんな感じなのは理由があるのでしょうし憶測の域を出ないのですがその理由は何となく理解しています。
セリスさんは今までで仲間は居ても友達は二人しか居なかったと話してくれました。
その友達の一人は異性でありそれなりに距離があったのです。
もう一人ははぐらかされてしまいましたが女性である事と、すぐにどこか遠くへ行ってしまった事だけは教えてくれました。
私は同姓であり、異性だからと気にして距離を取る必要がない。
前にできた同姓の友達の話題が出た途端、表面に出さずともとても辛そうな魔力の気配を漂わせていました。
きっとその友達とは良い別れ方をできなかったのでしょう。
そのせいかセリスさんは同姓の友達との距離感がわかっていないようで距離がとても近いんでしょうね。
違和感に気が付いたのはお昼を食べた飲食店を出た後です。
セリスさんは当然のように手を握ってきたり、隙あらば身体を預けてきたりしてきます。
その事を指摘したら、セリスさんから嫌われたくないという感情が流れてきて強く言えなくなってしまいました。
それでも話し合いの中から出した内容をまとめ、そう言った理由で親しい人との距離感がわからないのだと思い当たりました。
まあ……私自身セリスさんが喜んで直接魔力を通じ好意を感じ取る事ができてとても心地よくてですね……
嫌じゃなくて……だからこそ断れなでいるのですけどねぇ………
「ありがとうメリル」
「ん?……どういたしまして」
何がありがとうかはわかりませんでしたが本当に感謝している様子なのでそう返しました。
「さて、ターニャも戻ってきたしお酒でも飲みながら報告しようかね」
「また酔い潰れるような飲み方しないで下さいよ?」
「そんなに飲まねーよ」
と言った感にお酒が入ってしまいけっきょくターニャは眠そうになるのですが、今後の行商ではセリスさんも同行する事が決まった事等の最低限伝えたい事は説明できました。
それを聞いてターニャは不安がっていましたが納得はしてくれました。
しかし、ターニャの心配通り安易な契約を交わして死人が出る可能性もあるのでその辺は注意が必要そうですね。
その辺もちゃんとセリスさんと話し合おう……
「ふ……んん………あ、駄目だ……もう寝る………」
「では私も」
飲むペースを控えていましたが、そのせいかすぐ眠くなり目蓋を擦るターニャの様子を見て立ち上がる。
「ん、すまない。私はこれを終わらせてから寝る事にするよ」
と言いつつ机で作業をしてたセリスさんは手を止めて蝋燭の火を消してしまいました。
「……私達は寝ますけど明かり消さなくても良いですよ?」
「今やってるのはそこまで時間掛からないからさ。
それにもう夜目が利くように魔法を使ったから問題ないよ。
けど、心配してくれてありがとうメリル。おやすみなさい」
「そうですか、わかりましたけど程々にしてくださいね。
おやすみなさい」
私はそう言いセリスさんが作業をする音を子守唄に眠りに付きました。
・
翌朝、私はターニャの着替えをする音で目を覚ました。
ターニャは朝のトレーニングがあって早いんですよね……
窓から見える外の様子は時期も時期でまだ朝と夜の間と言った感じで青く冷たいです。
「ターニャ……おはようございます」
「おう、おはよう」
朝の挨拶を先に済ませて私は上半身を起こそうとした時、左手に何かがぶつかった。
ぶつかった方、毛布をめくって見ると私より一回り小さな銀髪の女の子が同じベッドで眠っていました。
「……………誰?」
え?本当に誰?
こんな小さい子供に覚えが無い…………
「たぶん……セリスじゃないのか?」
「え?」
隣のベッドを見てみると寝ているはずのセリスさんが居ない。
そのことを確認してから女の子の顔を良く確認する。
言われて気が付きましたが確かにセリスさんを幼くしたような印象を受けますし魔力も似ています。
「……セリスさん、起きてください」
私はその女の子の身体を揺らす。
すると女の子はゆっくりと目蓋を開く。
元から鋭い目付きだろう目を更に細め、女の子は音もなく上半身を起こし目元を擦る。
「ふぁ~……メリルおはよう……
まだ早いじゃないか……襲撃でも起こるのかい?」
「えっと……襲撃なんてありませんけど……セリスさんですよね?」
「ん?……あぁ、この姿ならセリスさんじゃなくてさ、セリスって呼ぶ事に抵抗無いだろう?」
「……え?」
……もしかしてセリスさんはたったそれだけの為に小さくなったとでも言うのですか?
凄い魔法使いなのは知ってましたけどなんという力の無駄遣い……
いや……この場合力のある者として正しい使い方なのでしょうか?
お金を沢山持っている貴族はたまに突拍子もない事にその財力の一部を、まるで投げ捨てるかのような行為をし、そんな下らない行いで使った額を聞いた商人は顔を青ざめる程で……
「そんなしょうもない理由で縮んだのかよ?
どんな魔法使ったんだ?」
「残念ながら魔法はこの皇女のネックレスの調整に使ったくらいで他は使ってないよ」
そう言いながら首の部分から服の中に手を突っ込み取り出した大きなルビーの付いたネックレスを見せてくれます。
「この皇女のネックレスは命ある者の魂を抜き取り貪り喰うネックレスなんだ。
このネックレスを使い数百年の時間をかけてバレないように、それも裏社会で組織的に行われていたんだ。
実際はその組織があまりにも強大だった訳だがそこは置いておくとしてね、その黒幕が最後の仕上げと欲張って国としての宴を開き全ての魂を食らおうとして……」
「ちょっと待て下さい!
そんな危険な物なんで付けてるんですか!?」
「からかってるだけだろ?
そんなに食い付いたら思う壺だぞ?」
昨日セリスさんの話しを聞く前であったならそれくらい簡単に切り捨てる事ができたんでしょうね……
しかし、セリスさんの感情を感じながら聞かされていた私からしたらとてもじゃないけど嘘とは思えない。
確かに冗談の可能性も捨てきれませんが、セリスさんは昨日自分の過去に付いては嘘を付かないとハッキリ言い切りました。
だから信じます。信じるしかありません。
「危険じゃないよ?だから昨日調整してたんだしね。
話の続きだがこのネックレスは魂を喰らう代わりに所有者に不老を与えるんだよ。
それだけでなく、例え魔法の才能が無くとも強力な幻惑魔法を使えるようになったりする。
けれどその幻惑魔法などは結果的にこのネックレスが魂を喰らう効率が良くなるからであって所有者とネックレスの両方にメリットがあるから使わされているとも言えるね。
あと、不老と言ったが厳密に言うとネックレスが喰らった魂の持ち主と同じ年齢になれる効力なんだよね。
つまり……このネックレスはこんなに幼い子供の魂すら喰らってきたって事になるねえ」
12歳にも達していないだろう見た目をしたセリスさんは自分の胸に両手を当てるようにしながら猫のような笑みを浮かべた。
大人のセリスさんはその笑みに綺麗な印象を強く感じるのですが、小さなセリスさんは可愛い感じが強いです。
「フフフ、心配要らないって。
このネックレスが事件を引き起こした頃の私はまだ17歳の未熟者でね、奪い取ったこのネックレスを封印しとくしかできなかったのだけど、今の私の力はこのネックレスの力を軽く凌駕している。
たとえ調整していなかったとしても食物連鎖、弱肉強食同じく私がこのネックレスを力任せに従える事ができるのは自明の理だろうね」
そう言いベットから飛び下り、床に足が着く瞬間フワリと一瞬だけ空中に止まった。
そう認識した瞬間魔法使いらしい服装へと変わっていた。
音もなく着地したセリスさんさその場でくるりと1回転し、スカートを摘まみながら胸を押さえて可愛らしいポーズを取った。
「ふふふ、どうだいメリル。
たとえ小さくなろうとも覇王の威厳は失われていないであろうフハハハハハハ!」
「お前子供の頃から目付き悪いな」
「ハハハ、ターニャ貴様覚えておくんだよ?」
「えっと……私は似合うと思いますよ?その、可愛らしいです」
セリスさんの帽子はとても大きいと思っていましたが、体が小さくなった事で余計に大きく見えるのは当然でしょうけど……服がピッタリなのは不思議です。
まあ、セリスさんですし……ね?
「ん……なら良かった………けど、なんでだろうね。
メリルに誉められると……少しテレる。
………そ、それで今日はこれから何をするか聞いていないんだが何をするつもりかな!?」
本当に恥ずかしいのか少し大声を出して誤魔化そうとする姿が可愛らしいと思ったけど口にはしません。
セリスさんはどこら辺に底無し沼を抱えてるか分からないので下手に言えないんですよねぇ……
「そうですね……セリスさんのお陰で大金が手に入りましたし、これから寒くなるので服を買おうと思います。
あと……」
「メリルメリル、私の事は呼び捨てで良いんだよ?」
私の話を割り込んで自分を指し示しながら不安と期待で一杯な魔力を漂わせながら私をジッ……と熱い眼差しで覗き込んでくる。
「……わかりました。セリス」
「うんうん、良ろしい!それでターニャは何をするんだい?」
セリスは嬉しそうに頷いてターニャの方を見る。
昨日までターニャより大きかったセリスがターニャを見上げている事に違和感を感じてしまいますね。
「そうだな……日課のトレーニングをした後にギルドに残ってる誰かと模擬戦かな。あとは適当に時間を潰すくらいで」
「なら模擬戦の相手はこの私がしてやろうか?
格上との戦闘は学ぶことが多いよ?」
自信に溢れた笑みを浮かべ、人差し指をちょいちょいと動かし挑発するセリスに対し、ターニャは微妙な表情で返答に困っています。
なんやかんやターニャは優しくて面倒見が良いですからね。
見た目が完全に子供のセリスを相手にしたくないのだと思います。
「あ……でもセリスが戦うところは少し見てみたいかもしれません……」
昨日あれだけの魔法を使った魔法使いが使う魔法の数々ですよ?
それなりに魔法が使える私はとても興味がありますって。
「それならメリルもこっち来て模擬戦の後に服を買いに行こうか!
フフフ、この覇王と呼ばれた我が力……
伊達ではない事を教えてくれよう!フハハハハハハ!!!」
セリスはいきなり杖を出現させ、銀髪を一撫でしてから胸を張り高笑いをしますが小さくなって言動が可愛らしく感じてしまいます。
私としてはこの言動さへ無ければ普段の方が魅力的だと思いますけど。
昨日沢山接触してきたセリスの姿は綺麗なだけでなく可愛かったですからね。