正体Ⅰ
叫んだ瞬間、当たりを覆っていた濃い湯気が一斉に晴れる。どうやら、ただの温泉の湯気ではなかったらしい。『厄介なもの』とやらの催淫効果の原因だったようだ
「ご主人さまああああぁぁぁ・・・・・・・あれ?一体何を・・・・?ふぁっ!?ちょ、ご主人さま!?は、はだ、裸!!?」
「ふぇ?あたし達なにやってたんだっけ・・・?ってちょ!!裸!!!何で女湯に君がいるの!?やっぱり覗きに・・!?ヘンタイ!!!」
どうやら正気に戻った様子の2人。自分たちがどんな格好で突っ立っているかを理解すると、絶叫し前を隠しながらその場に座り込んでしまった。そう、これが女の子にあるべき普通の反応だ。さっきまでのことを考えると当たり前のことだが、ちゃんと羞恥心が機能していることに感動する。
「ここは男湯だ。はぁ・・・ったく。お前らさっきまで自分たちがしてたこと覚えてるか?・・・いやその様子だと覚えてないな。知ったらたぶん恥ずかしさで死ねるぞ?見物だな。」
「お、男湯!?何で!?たしか、悪霊と一緒に女湯にちゃんと入ったはず・・・あれ?途中から記憶が・・・」
「むぅ・・・悪霊も途中から何も覚えてないのです。それに、なんだかとっても疲れてる気がするのです・・・。」
やはり、何者かから精神的な干渉を受けていたらしい。よかった、ふーちゃんが言っていた可能性の一つ『ただバカなだけでいう事聞かずに暴れているだけ』だったら、さすがに心が折れていた
「うひゃひゃひゃ・・・・これはまた随分、暴れおったのぅ。」
「その声は、女将!!いやー、その。これには事情がありましてー・・・」
さすがにあまりの騒音に耐えかねて様子を見に来たらしい。もし弁償しろなどと言われたら破産する。露天風呂の備品はほぼ全て破壊。床には多数のヒビ。庭もめちゃくちゃだ
「わかっておるわい。出たんじゃろ?『厄介なもの』が。おぬしらに弁償しろなどとは言わんわい。もちろん・・・ちゃんと除霊してくれたらの話じゃが・・・ひゃひゃひゃ!!!」
ギラリと目を光らせながらこちらを見る女将。もし除霊が出来なかったら・・・想像したくない
「お客様!!こちらバスタオルです、羽織って早く中へ!お着替えも用意してあります。」
女将の後ろから仲居の青菜もいそいそと出てくる。持ってきた大きなタオルをうずくまっている幽霊と悪霊にかぶせ、脱衣所へと案内する。さすが若いながらも仲居さんだ、気配りが利いている。
「うぅー・・・仲居さん、ありがとうなのです。」
「それじゃあ、後でちゃんと何があったか教えてよね!」
青葉に連れられ、脱衣所へと入る2人。露天風呂には、女将と俺が取り残される。
「さーてと、俺も腰にタオル巻いてるとはいえこの格好じゃ風邪ひくんで、着替えますかねーっと。」
「待てぃ!!お主、本当に除霊の見当はついとるんじゃろうな・・・?」
「どうですかねー、ま、任せといてくださいよ!女将さんこそ、ちゃんと除霊できたら、俺にかかった呪い解いてくださいよ?」
「わかっとるわぃ!」
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「おー、お前ら着替えて準備できたか?部屋に戻るぞー。」
女湯と書かれた暖簾の前には、浴衣に着替えた幽霊と悪霊の姿が。少々足取りはふらついてはいるが、戦闘によるダメージは思ったより大きくはなさそうだ。
「それでは、何かありましたらいつでもお呼びください・・・といっても、私たち仲居は女将と一緒じゃないとここには立ち入れないんですけどね・・・。申し訳ないです。それでは、おやすみなさいませ。」
「ほら、青葉!はやく行くぞ!いつ、また出るか分からんからのぅ。」
ぺこぺこと頭を下げる青葉を連れ、女将たち2人は別館の従業員エリアへと戻っていった
「ふわぁ・・・何だかめっちゃ眠い。早く部屋戻って寝ようよー。」
「同じく眠いのですー・・・」
揃って欠伸をする幽霊と悪霊
「ばか、お前ら。本番はここからだぞ?」
「ふぇ?」
「部屋に戻ったら、作戦会議だ。こっちもやられっぱなしなわけにはいかねぇ。・・・やり返すぞ。」




