悪霊ちゃん
目の前には、深々と頭を下げて平謝りする少女の姿。
一応言っておくが、まだあどけなさが残る中学生くらいの少女に、こういうことをさせる趣味は俺にはない。断じて。神に誓って。
「この度は、お騒がせして本っ当に申し訳ありませんでしたっ!」
「いやいや、そんなに謝らなくていいって。」
「全く。最近の若い霊は・・・。人の家に勝手に上がり込むなんて、常識を疑うよ!」
何故か上から目線で先輩面する幽霊
「このクズのことは無視していいから。」
「あ!今クズって言った!言ったよね!?」
部屋には、俺、幽霊ちゃん、そして昨日、うっかりわが家へ来てしまった悪霊ちゃんの3人。改めて謝りに来ると言っていたが、あの後どうしても気になって、少し時間を空けて『旧病棟の悪霊』を再び再生してみると、すぐさま画面から出てきた。
「このような現象は今までなかったのですが・・・。」
「えっと、自分が何者かわかる?一応、映画の中では悪霊の設定だったけど。」
「はい。自分で言うのも何なのですが、実は私、長年このDVDに憑りつく悪霊でして。観ている人に様々な心霊現象をもたらします。」
同じような登場の仕方だが、幽霊と違いこの借りて来たDVDに憑りついているのか。幽霊は未だにどこからうちのテレビ画面を通してやってくるのか不明だが。
「まじで悪霊かよ・・・ん?映画の中の悪霊役の子と同じ顔をしてるのはなんでだ?まさかとは思うが・・・」
「あ、はい。この映画の悪霊役は正真正銘、生きていた頃のわたしなのですよ。この映画が公開されて直ぐに死んだみたいなのです。」
「死んだみたいって・・・覚えてないのか?」
「覚えてないのです。何で死んだのか、たった十数年ですが、どんな人生を送って来たのか、ついでに自分の名前なんかもさっぱり憶えてないのです。気が付いたらこのDVDに憑りつく、本物の『悪霊』となっていたのです。」
さらりとした顔で話している悪霊ちゃんだが、なかなかハードな経歴の持ち主のようだ。
「いつもは画面の中から、観ている人が怖い目に遭っているのを見てニヤニヤするのが楽しみなのですが・・・まさかこんなことになるなんて、本当に予想外なのです・・・自分の体が現実空間で実体化してるなんて驚きなのです!」
「嫌な悪霊。・・・そうなると、あのままDVDを観ていたら俺たちは心霊現象に遭っていたわけか。」
「はい!金縛りやポルターガイストなど、バリエーションは様々ですよ!なんなら、今お見せしましょうか!?」
「いや、やらなくていい・・・どこかの誰かさんだったら失神ものだろう。」
ちらりと幽霊の方を見る
「子供じゃあるまいし、私はそんなのじゃ怖がらないもん!」
年下の前では強がる幽霊ちゃん。たぶんお前のビビってる姿は画面の中から見えてたと思うけどな。
「それにしても、今までかなり長い間悪霊をやってますが、画面から出てこられたのはあなたの家が初めてです・・・。正直かなり驚いています・・・!」
「俺も驚いたよ。なんてったってこの短期間で2体の霊(?)がうちのテレビから出てくるんだからな。」
「? 2体とは・・・?」
「あぁ、こいつも幽霊なんだよ。ほぼ毎日俺んちに不法侵入してくる。」
「ヨロシクー」
ヒラヒラと手を振る幽霊
「な・・・なんと・・・!同族を見たのは初めてなのです・・・!」
驚く悪霊ちゃん。霊同士の交流というのは意外と少ないのかもしれない。
「まあ、とりあえず画面から出てきちゃったのは事故だし、俺は怒ってないから。」
「そう言っていただけると幸いなのです!」
「よし。これで一件落着。これからは、人を脅かすのもほどほどにしろよ。」
今日はDVDの返却日。幽霊ちゃんと違って、悪霊ちゃんとはDVDを返却すればお別れだ。
「・・・・決めました。」
「へ?」
「私はこの家のテレビに憑りつきます。せっかくDVDから出ることが出来たので!たぶんこの部屋だから実体化できたのです!」
「・・・えっとー、ごめん何言ってるのかわからない。」
憑りつく?悪霊ちゃんはこのDVDに憑りついてるんだろ?そんなポイポイ引っ越しできるとか、霊の世界っていろいろとガバガバすぎやしないか?いや待て、悪霊ちゃんは今まで実体化したことは無いといっていた。それを可能にした原因は、うちにある・・・?
「ちょっと、あんた何勝手に私のテレビに憑りつく宣言してるのよ!これは私のよ!」
「おい、いつから幽霊の物になった?これは俺のなんですけど。」
なんとしてでも阻止しなければ。これ以上、霊の住人が増えるのは御免だ。
「あ、もう引っ越し完了したんで、この家から動けなくなりました!ふつつかものですがどうぞ今後ともよろしくお願いしますなのです!!」
三つ指をついて深々と頭を下げる悪霊ちゃん。
「はや!引っ越し早っ!」
こうして俺の家に悪霊ちゃんという新たな住人が加わった。