ダッシュ
昼下がり。今日はバイトもないので、部屋で意味もなくだらだらとネットサーフィンをする。
テレビはいつものように点けっぱなし。いくら一人を好む俺と言っても、一日中無音の空間で過ごすのは少々キツイものがある。ちょいど良いBGM代わりだ。
その時、不意に部屋に流れていたテレビ音が無音に変わるり、何事かと画面に目を向ける。
「あ、やばい。忘れてた。」
そう、毎日昼過ぎに現れる不法侵入幽霊が出る時間だ。画面には、さも当たり前かのように井戸の映像が流れる。もはやお決まりの流れだ。
毎日現れると言っても、今日でまだ3回目。しかも昨日は現れなかった。
「また一昨日みたいに、テレビ壁に向けないと・・・」
よっこらせ、と立ち上がった瞬間、俺は画面の中の違和感に気付いた。いつもの謎の少女が荒い画質の画面の中で、忙しく動いている____え、ダッシュで近づいてきている!?いつもはノロノロなのに!?
「う、うおおおおおおおおっ!!!???」
俺は全力でテレビの向きを変えようとする。しかし時はすでに遅し。
「いっよしゃあああああああああああッ!!!」
勢いよく画面から飛び出す不法侵入者。とび膝蹴りを食らう俺。
「ぬおっっ!?痛ってええええええ!!!」
「ふははははっ!どうか!思い知ったかっ!私の勝ちでーすっ!!!」
満面の笑みで勝ち誇った表情を浮かべる少女_____俺としたことが、とうとう3回目にしてこの身元不明少女の侵入を許ししてしまった。
「くっそ・・・うるさい。重い。ひとまず俺にまたがるのやめろ。どけ。」
「あ~っ、女の子に重いとか言っちゃだめなんだぞぉっ!!もう絶対どかないもんね~」
「わかった、わかった。もう追い払おうとしないからどいてくださいお願いします。」
「はい。よろしい。私の広い心に免じてどいてあげましょう(ドヤァ)」
こいつもう一回あの世送りにしてやろうか。というか、霊なのかどうかも怪しくなってきた。何しろ俺の体に触れるその少女の感触は、生きている人間のそれと何ら遜色なかったからだ。
「ふう・・・。で。お前は一体何なの?俺に恨みでもあるの?」
「え、ないよ。ないけど暇だから、キミの部屋に侵入してビビらせてやろうかなーって。」
ふざけんな。気まぐれで毎回不法侵入されるとか堪ったもんじゃない。
「この前テレビの向きを変えられたから、昨日丸一日考えて、今日の作戦考えた!大成功だぜ!」
単純に走って画面から出てくるという考えに至るまでに丸一日かかったのか。こいつアホだ。それにまんまと引っかかる俺も俺だが。
「俺が部屋にいないときに入ればいいじゃん。何でわざわざ俺がいる時を狙って来るんだよ・・・まさか、もうすでに俺がいないときに勝手に出入りしてるなんて言うなよ?」
「いやぁ、そうしたいのも山々なんだけど、残念ながらテレビ点いてないと入れないんだよー。しかもチャレンジ出来るのは一日一回の5分間のみ。」
聞いてない謎ルールの事まで、ペラペラと喋ってくれる。今後の侵入対策に生かそう。こいつがアホで助かった。
「んで。無事君は俺の部屋に侵入できたわけだが、俺は一体何をされる?呪い殺されるのか?」
「『君』じゃなくて、名前で呼んでよ。『幽霊ちゃん』でいーよ。・・・んーとね、暇だからトランプしよーよっ!」
「へ・・・?トランプ?」
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こうして俺は、この日丸一日、幽霊ちゃんとのババ抜きの相手をすることになる。ただでさえ、二人でするババ抜きは面白くないのに、このアホ幽霊、恐ろしく弱い。しかも勝つまで帰らないとまで言う始末。けど、誰かとこうしてトランプで遊ぶなんて何年ぶりだろうか。文句を言いながらも、心のどこかで楽しんでる俺がいて、この幽霊ちゃんに負けた気がした。
「うぅ・・・も、もう一回!!!」
「はぁ・・・終わりにしようぜ・・・もう晩飯の時間だぞ・・・。」
「終わらないもんっ!勝つまで続けるもん!(涙目)」
やっと俺が解放された時、時刻は夜の8時を回っていた。
お腹空いた・・・。コンビニに晩飯買いに行こう・・・。