秘書ちゃんの憂鬱Ⅳ
ロリババアの一方的な『言い逃げ』により、幕を閉じた頭目会議。その帰りの車内で、キサキは荒れに荒れていた。
「…あの子は私の旦那様になるのっ!ぜったいぜったい、なるのっ!誰にも渡さないんだからぁ!!」
「分かってます、分かってますから、キサキさん!運転座席を蹴るのを止めてくださいっ、運転中です!!」
まるで駄々を捏ねる子供の如く、後部座席で暴れまくるキサキ。よほど皇大社のボスによる『跡取り』宣言が気に喰わなかったのか、会議が終わってからというものずっとこの調子だ。
「‥決めた。今から、すめらぎたいしゃ?をぶっ潰しに行く!秘書ちゃん、ハンドル貸してぇ!!」
手を伸ばし、無理やり秘書ちゃんからハンドルを奪おうとするキサキ。
「ちょっ、いい加減怒りますよ!?そのジェットコースター並みの情緒不安定さ、どうにかしてください!付き合う私の身にもなってくださいよっ!…心配しなくても、そう簡単にどこの組織も手出しできませんから。」
「ぐすっ、ほんとぉ…?」
「はい、恐らく。なので、落ち着いてください。」
キサキをなだめながら、秘書ちゃんは今日の頭目会議を振り返っていた。たった今キサキに投げかけた言葉も、全く根拠がないわけではない。
________ロリババアはああ言ってたけど、あの極霊力の男を独占するのはそう簡単ではない…何を考えてるかよく分からない『ゴースト家』を除いて、『仮面教』、『八咫烏』、そして我々『超常現象研究会』との四つ巴の戦争は、いくら『皇大社』でも避けたいはず。
「たった今から、わたしの将来の旦那様に護衛を付けて!何なら、私が行くわっ!」
「…そう仰ると思って、すでに2日前から研究会の幹部数名を自宅周辺に潜伏させてますから、安心してください。」
「さすが秘書ちゃんっ!!好き好きっ、大好きぃ~!!」
頬をすりよせてくるキサキ(幼児退行モード)。
「あぁー、もう、また!運転中です!______あ、そうだキサキさん。言い忘れてましたけど、今夜の小規模暴霊団との会食、予定通りやります。この会合だけは、夜なので時間的にもキャンセルしませんでした。」
「______秘書ちゃん嫌いぃーーーーーーっ!!」
再び運転座席を蹴り始めるキサキ(幼児退行モード)。
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時刻は19時。秘書ちゃんの運転する車は、繁華街から一本外れたところにある、とある料亭の前に停車した。車内で、今夜行われる会合の最終確認を行う。
「えぇっと、キサキさん。今日の吸収合併予定の相手組織の情報は、頭に入ってますよね?」
「______そんなもの知らないわ。私の頭の中は旦那様の事で一杯だもの。」
_______だと思った…。良かった、ここで聞いといて。
秘書ちゃんは資料をめくりながら、おおまかな情報をキサキに伝える。会合と言っても、こちらが戦力的・規模的にも圧倒的に上だ。『半強制的な』吸収合併なのだ。
「相手の組織名は、ま…ま…『魔苦怒奈流怒』。地方の数十名規模の暴霊団で、最近都内に進出してきたのだとか。そこで、他の暴霊団と交戦し痛い目を見て身の程を知ったのか、我々に『仲間に入れてくれ』とすり寄って来た______と、まぁこんな感じです。」
「…そんなファーストフード店みたいなふざけた名前の連中、うちに入れたくないのだけれど。」
怪訝な顔をするキサキさん。秘書ちゃんもこの意見には大いに同意なのだが、現在超常現象研究会は猫の手も借りたいほど人員不足だ。多少のゴロツキだろうと、ここは目を瞑らざるを得ない。
「我が研究会は絶賛人手不足中なんです。ほら、行きますよ。」
重い足取りのキサキを引っ張り、店内に入る。
「いやぁーーーーー、これはこれは。研究会のキサキ様。本日はご足労いただき、ありがとうございます。ささっ、こちら席をご用意してますんで。ささっ、どうぞ。」
キサキと秘書ちゃんを迎えたのは、『いかにも』な派手なネクタイとスーツに身を包んだ中肉中背の男。そのほかに、5名ほどの部下も連れていた。その部下もまた、『いかにも』な外見をしている。田舎の半グレ集団という単語がぴったりの連中だ。
「キサキ様はお酒は何を飲まれます?今夜はどんどん飲みましょう!」
席に座るや否や、やたらと酒を進めて来る魔苦怒奈流怒のボス。
取り巻きの部下たちもニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、何とも気持ち悪い雰囲気だ。秘書ちゃんは悟った。こいつら、私たちを酔わせて自分たちの有利に会合を進めるつもりなのだと。
「_______結構よ。私は早く帰りたいの。それで?私たち研究会に入り忠誠を誓うの?どうなの?さっさと答えて頂戴。」
つい先程までの幼児退行モードはどこへ行ったのか、毅然とした態度で会合を進めるキサキ。
ガシャァァンッツ_________!!!
突如、魔苦怒奈流怒のボスの態度が豹変し、手に持ったビール瓶を机に叩きつけた。ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべていた顔は、恫喝することに慣れている顔へと変貌する。
「_________おいおいねーちゃんよォ…!!こっちが下手に出てりゃ、偉そうな態度取りやがって!!舐めてんじゃねぇぞゴラァッ!!!」
そして、まるで示し合わせたかのように、次々に取り巻きの部下たちもキサキと秘書ちゃんへ向けて恫喝を始める。
「全国第5位の組織のボスが来るって言うからどんなもんかと思えばよぉ…たった女2人じゃねぇーか!!」
「ここでお前らをボコってもいいんだぜ!?オラぁっ!!」
ひとしきり大声を出した後、最後にボスがドスを聞かせた声で締めくくる。まるで出来の悪い演劇だ、秘書ちゃんは笑いを堪えるのに精一杯だった。
「_____そちらさんの戦力を全てこちらに渡す…これで許してやらぁ…!!ここで拉致られるか、それとも俺らの言うことを大人しく聞くか…どっちか選べや、ねーちゃん。」
数秒間の沈黙の後、キサキがゆっくりと口を開く。
「…時間の無駄ね。帰るわよ、秘書ちゃん。」
「はい、キサキさん。」
席を立ち店を出る2人。しかし扉を開けると、店の前には大勢の半グレ集団みたいな見た目の男たちが待ち構えていた。全員、魔苦怒奈流怒の構成員なのだろう。店が大通りから外れた位置にあるためか、他に人通りも少ない。
「逃がすとでも思ってんのか、ねえーちゃん!!」
「へぇっー、2人とも結構可愛いじゃんっ!つか、めっちゃ好み。ボスぅ!!こいつら、俺たちでヤッちゃっていいんでしょ!?w」
「あぁ、いいぞ。だがうっかり殺すんじゃねえぞ。こいつらを人質にして金をぶんどる予定だからなァ!!それまではお前らで好きなだけ輪姦しちまっていいぞ!!」
ボスの一声で、集団から歓喜の声が上がる。
キサキは、ひたすらダルそうな顔をしながらため息をつくと、秘書ちゃんに一言告げた。
「秘書ちゃん、掃除を頼めるかしら。私、ゴミは触りたくないの。」
「かしこまりました、キサキさん。」
この時点で全速力で逃げれば、『魔苦怒奈流怒』の数名は生き残れたかもしれない。だが、そんなことはあくまで後の祭り。この中の誰一人、今から行われる『虐殺』を察知することは出来なかった。
「たった女二人に何ができるってんだよぉ!!てめえらなんか、霊力を使うまでも無いぜ!」
「安心しな!たっぷり可愛がってやるから!ひゃははははッ!!!!www」
秘書ちゃんの瞳には、既に彼らの姿は映ってなかった。頭の中では、既に明日のスケジュールの事を考えている。それほど、『取るに足らない』連中なのだ。
「________はぁ…これだから田舎者は…私たちが隠している霊力を見抜ける程度の人材もいないんですね…」
「あ?何言って__________________」
ズ…ズズズ…
秘書ちゃんが『ほんの少し』隠していた霊力を解放すると、一瞬にして半グレたちの表情が凍り付く。
「う…嘘…だろ???ばっ…化け物じゃねえかよぉっ!!!」
秘書ちゃんの身体に、顔から腕、脚まで、全身に血管のように脈打つ、黒い線が浮き出す。それは、彼女の『体の中にいるモノ』が可視化したものだった。
「この姿、気持ち悪いからあんまり見せたくないんですよねぇ…10、20…30人ちょっとか。キサキさん、すぐ終わらせますね。」
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その後、辺り一帯に半グレ集団の泣き叫ぶ悲鳴が鳴り響いた。
あまりの騒ぎに警察が駆け付けるも、到着した頃にはその場に誰一人残っていなかった。残っていたのは、通りに散乱した半グレ集団の『衣服』のみ。一部始終を見ていた店の店員に何が起こったのか聞くと、震えながらこう答えたという。
_________スーツ姿の女が、男たちを一人残らず喰っちまった、と。
今は亡き魔苦怒奈流怒の会合の帰り道。
今度は秘書ちゃんが、運転座席でブツブツと文句を言っていた。
「聞きましたキサキさんっ、あいつら、私の事『化け物』って言ったんですよ!?酷くないですか?化け物っていうのは、キサキさんとか、今日の頭目会議に来てたボスたちの事を言うんですよ!ねぇ!」
「…うーん、むにゃむにゃ。。。プリン食べたい~…」
「寝てる…自由な人だな、ホントに…」
後部座席のキサキは、既に夢の中のよう。秘書ちゃんはそっと寝顔を確認すると、大きなため息と共にうなだれた。
「あぁ~…明日からは今日消化できなかったキサキさんのスケジュール調整だぁ…今夜はキサキさんを家に届けてから…私はまた徹夜、かぁ~…。」
こうして、秘書ちゃんの長い長い一日が終わる。
___________今日はちょっと『食べ過ぎた』な…ダイエットしないと。




