牛頭參拾弐番(コズサンジュウニバン)
「骸さんっ、お願いです!考え直してください!そいつは危険ですって!」
「うるせぇ…!!もうなりふり構ってる余裕は無い。使える手段は全部使ってやる!」
最上階である52階。
とある部屋の前で、骸と部下の一人は言い争っていた。骸が手に握る鍵は、ある『不良品』を閉じ込めてある部屋の鍵だ。
その商品の名前は『獄卒霊』_________とある場所に存在すると言われる、凶悪な霊たちを収容する大監獄『霊獄』で、囚人霊たちを責め苛む存在だ。とある裏ルートで偶然にもその獄卒霊の一体を入手したのだが、その獄卒霊は制御不能となった不良品で、とてもじゃないがオークションに出品できる代物ではなかった。そんな正真正銘の『化け物』を解放せざるを得ないほどに、骸は精神的に追い詰められていた。
「___________さっきから、俺の部下どころか霊攫いの蛇崩にも連絡が取れねぇ…!!今すぐにでも襲撃者がこの階にたどり着いてもおかしくない…!!絶対に…絶対に商品だけは守り抜く必要があるっ!!」
万が一にも既に落札された商品を盗まれるようなことがあれば、今まで骸が築きあげてきた地位はもちろん、死すら救いと思えるほどのおぞましい未来が骸に降りかかることは必至。後ろ盾に『暴霊団』があるということは、そのメリットと同等以上のデメリットと隣り合わせとなるのだ。
「商品だけは…商品だけは、絶対にっ…!!」
「骸さんッ!!」
ガチャン。
震える手で鍵穴に鍵を差し込む骸。防衛の為とはいえ、制御できない『不良品』を使うなど、本来ならば絶対に彼のしない選択だった。
ズズズ……ギィ…
扉に刻まれた特殊な封印が解除され、ゆっくりと開かれる。暗い部屋の中にいる獄卒霊に向かって、骸が命令を下す。
「おい聞こえるか!?獄卒霊っ!!これからお前には、ここへ来る侵入者を殺してもらう!霊使い2名とその契約霊3体だ!『地獄の悪鬼』とも呼ばれるお前ならたやすい事だろう、さぁ今すぐ殺しに________________」
グシャ。
突如暗転する骸の視界。一瞬、先ほどと同様に停電でもしたのかと思う彼だったが、近くの部下の名を呼ぼうとしたところでぷつりと意識が途絶えた。
ポタ…ポタ…
「む、骸さん…!!ひ、ひぃぃぃぃぃッ!!!!!!!」
傍にいた部下は、大きな悲鳴を上げ腰を抜かしてしまう。
骸が暗い部屋の中にいる獄卒霊に命令を下した直後、時間にして0.1秒にも満たない間に、目の前にはボロ雑巾のように血だらけで床に横たわる骸の変わり果てた姿がそこにはあった。そしてその横に立つのは、血の滴る金棒を持った二足歩行の巨体な影。
「ザッ_____ザザザザ…罪人ハ、ドドド…ドコダァ…ァ…ァ!!!」
___________________________
同、52階。
乱心した骸の手によって、地獄の化け物が解き放たれたことなど知る由もないアリサは、何とかして檻から出る方法を模索していた。
「明らかに様子がおかしい…さっきから見張りもおらへんようになったし、絶対何かあったんや。逃げるなら、今がチャンスや_______けどっ・・・!」
ガチャンッガチャンッ!!
何度も檻を激しく揺さぶるも、何か変化が起きる気配は全く無い。『霊獄』製と言われていたこの檻、見た目はとても丈夫な作りとは思えないのだが、霊を閉じ込めるという性能は折り紙付きのようだ。
「それに、もし檻から出ることが出来ても、あの骸が持ってる指輪とこの首輪がある限り、逃げることは出来へん…」
苦悩するアリサを見て、同じく檻に捉われている少女、ナナシが虚ろな目をしながら口を開く。
「諦めなよ、おねーちゃん。ここから出ることは、『ぜったいに』無理だよ。さっき、ここから逃げれるかもって言ってたっけ?_______そーいうの、やめて欲しいな。何度も希望をもって、それでも駄目だった私が言うんだから、ホントだよ…?」
「そ、それはっ…」
名無しの言葉の重さに思わず言葉が詰まるアリサだったが、ここでナナシに自由になることを諦めさせるのは、絶対に出来ないと強く思った。
「_________ダメや。諦めるんは、うちが許さんっ!!キミは今まで散々不幸な目に遭ったんや。これからは絶対に幸せにならんとダメやっ!!」」
「…!!おねー…ちゃん。」
ガチャ_________コツ‥コツ‥
2人の会話を割って入るかのようなタイミングで、檻部屋のドアが開く音がする。そして、こちらに向かってくる足音。
「シッ、誰か来た。見張りが戻って来た…?一体誰が_______________いや、ほんま、あんた誰なん?」
檻の前で立ち止まった人物を見て、アリサは困り顔になる。そこには、見覚えのない若い女が立っていた。こんな所にいるのだから一般人でないことは確かなのだが、骸の部下にも見えない。
「やーっと、見つけました!もぉー、設計図に無い隠し部屋とか勘弁ですよー!」
「え、だ…誰?ちょ、ちょっと待ち。そ、その手に持ってるのって…!?」
「あぁ、申し訳ないです!自己紹介がまだでしたね!私の名前は青葉っていいます!君がアリサちゃん?だっけ?お客さん…じゃなかった、知り合いに頼まれて君を助けに参上致しましたっー!!」
青葉と名乗るこの若い女性。アリサは、彼女の手に持つものに目を奪われていた。右手でくるくると回しているのは、一括りにまとめられた『鍵の束』。そして左手のスーパーのレジ袋に入れられているのは、見覚えのある大量の『指輪』。そう、あの厄介な『所有者の指輪』だ。
「あ、青葉…さん?どーして、どーやってソレを!?」
「あぁ、これですか?この階を色々探索してたら、偶然重要アイテムっぽい物見つけたんで、とりあえず持って来ちゃいましたけど、どーやら当たりっぽいです!良かった!えーっと、この鍵は…この檻のですかね?番号ついてますし、ここにいる全員開けちゃいますねー。」
青葉の手によってあっけなく開かれる檻。20数体の捕らえられていた霊たちが全員解放された。首輪は外すことはできなかったが、指輪も回収している以上、恐れることはもはや無くなった。『自由』になったといえるだろう。
「やったああああ!!!」「自由だーっ!!」「ありがとう!ありがとう!!」
喜ぶ霊たちの中で、あまりの呆気なさに納得がいかず青葉に問い詰めるアリサ。
「外には骸の部下がわんさかいたはずや、それに蛇崩っていうヤバい奴も…!!どーやってここまで来たん…!?」
「いえいえー、私が結界を通過してこのフロアに来てからは、ほとんどの人員が侵入者の迎撃に割かれて、このフロアはほぼもぬけの殻でした。相当暴れちゃってますよ、彼。」
「______やっぱり、助けに来てくれたのはアイツやったんや…!!もう、無茶して…!!」
自分の為にここまでしてくれる人がいる事実に、思わず涙ぐむアリサ。だが今はゆっくり感傷に浸っている場合ではない。一刻も早くここから脱出しなければ。
「よし、それじゃ全員檻から出ましたね?私が先導するので、はぐれない様についてきてくださーい!」
青葉を先頭に、小走りでホテルの廊下を走る霊たち。霊体で壁をすり抜けて脱出しようとしたが、どうやらこのフロアの壁には霊を妨害する術が掛けられているらしく、こうして通路を逃げるしかなかった。
「おねーちゃん…」
「ん?どーしたん?大丈夫、疲れたん?」
隣を走っているナナシが、ふとアリサに声を掛ける。彼女の眼には、微かだが今までになかった『光』が宿っていた。
「さっきは…ごめんなさい。今回は…今回は、私も希望を持つことにするね…!!」
「分かった。絶対にみんなでここから逃げよなっ!」
ズン________ズン________
ナナシに微笑みかけるアリサだったが、その表情はすぐに崩れる。廊下の曲がり角に差し掛かった時、突如彼女の視界に異様な『化け物』が映った。
「ナナシっ!!!逃げてっ!!」
咄嗟にナナシの背中を押す。次の瞬間、2人の間に黒い影が凄まじい勢いで振り下ろされる。
ズガァァァァァンッ!!!!!!!!!!!
一瞬のうちに距離を詰めて来た化け物が、ナナシ目がけて振り下ろしたのは黒光りする金棒だった。床を木端微塵したその威力を見て、もし直撃していたらと思うとゾッとする。
「うっ…だ、だいじょーぶっ!?おねーちゃん!!」
「うちはええから、先行って!じゃないと、全滅してしまう!」
先導していた青葉は、最後尾を走っていたアリサの前に、仁王立ちで立ち塞がっている化け物を見て絶句した。
「な…何ですか…アレはっ!?」
__________『牛の頭』に『人間の身体』。額に貼り付けられている紙には【牛頭參拾弐番】と書かれており、それに大きく【×】印が付けられている。
「ミッ…ミツ…見ツケタッ!!!!!ザッ________ザイッザ…罪人ッ!!」




