首輪と指輪
「いやぁー…!!素晴らしいっ!美しいっ!いいぞー、俺の4500万ちゃん!お前を買ったお客様も、さぞ喜んでくれるだろう!」
「・・・。」
商品の引き渡しまで後2時間を切った頃。オークションが行われたホテルのある一室には、ドレス姿に着替えさせられたアリサと、それを見てほくそ笑む骸の姿があった。アリサは昨日から入れられていた檻から出されたものの、彼女の首には『首輪』が付けられている。
「おいおいー…これからお前の『ご主人様』とご対面だぞ?せっかくドレスアップしてやったんだ、不愛想な顔してんじゃねぇ_______ぞっ!!!」
骸が指にはめている指輪をかざすと、それと連動するようにアリサの首輪が発光する。
キィィィィィィン______________
「ぐっ…あっ________あっ……!!!も…申し訳ありませ…ん。ご、ご主人…様ぁ…」
今まで無表情だったアリサの顔が、強制的に笑顔となる。骸の指にはめられているのは、『所有者の指輪』。アリサの首に装着している『奴霊の首輪』と連動しており、この指輪を装着している所有者から霊は一定範囲から離れることは出来ず、また所有者からの命令には強制的に応えなければならない。オークションで落札された25体の霊全てにこの首輪が付けられており、それと対になる指輪も25個存在する。今夜行われる引き渡しは、この指輪を落札者へ譲渡することによって成立する。
「よし、それでいい。」
コンコン______ガチャ
「____失礼します。骸さん、ちょっと問題が発生しました。商品ナンバー011を落札されたお客様が、いま引き渡しにいらしているのですが、何やら商品にご不満があるらしく、返品して代わりの商品を寄越せとのことでして…。」
部下の報告を聞き、露骨にいら立つ表情を見せる骸。
「…ったく。安い商品を買った客はこれだから嫌なんだ。分かった、俺が行く。おい、こいつを『檻』に戻しておけ。確か引き渡しの時刻は19時だったな、それまでには戻る。」
部下にアリサの『所有者の指輪』を手渡すと、骸はブツブツと文句を言いながら部屋を後にした。
「______おっかねぇー…骸さん、ブチ切れて客を殺さねぇといいが。おっと、いけねえ。こいつを早く檻へ戻さねえと。おい、檻へ戻るぞ。ついて来い。」
キィィィィィィン______________
「うっ______は…い。分かりました。ご主人様。」
骸の部下とともに、他の霊たちも収容されている檻部屋へ向かうアリサ。指輪の効果により、自らの意志に関わらず足が勝手に動いてしまう。だが、アリサは決してここからの脱出を諦めているわけではなかった。頭の中で必死に脱出の方法を模索する。
(「あかん…やっぱり、首輪とあの指輪のせいで体は自由に動かせられへん…。霊力も完全に封じられとるし…けど、檻に戻される前に何とかせなあかん…!!今が、勝負や!」)
アリサは、前方から歩いてくる制服を着たこのホテルの従業員とみられる男性と、廊下の端に設置されている『消火器』を目で確認すると、すぐさま行動に移った。ホテル従業員とすれ違う瞬間、唯一自由に動かせる口を開く。
「______ご主人様。今、この男が不審な動きをしました。」
アリサの言葉に、骸の部下は思わず立ち止まる。
「おい、誰が勝手に喋っていいと言った?不審な動きだと…?おい、そこの従業員。止まれ。」
「は、はい?どうされました?」
困惑した表情で、呼び止めに応じるホテル従業員。暴霊団の所有物件であるこのホテルの40階から最上階までのフロアにいる従業員は、念入りに身元調査された霊力の無い人間しかいない。だが、骸の部下は万が一の事態を考え、思わず呼び止めてしまった。
(「今やっ______________!!!」)
一瞬の隙さえ作れれば良かった。ホテルの従業員に骸の部下が気を取られたことによって、指輪による『檻へ戻れ』という命令が中断され、一瞬だけ体が自由に動かせるようになったアリサ。廊下に設置されている消火器を手に取ると、部下の後頭部目がけて思いっきり振り下ろした。
「おらああああああああああっ!!!!!!!」
ガンッ!!!!
「グァッ________!!!!な、何が_____________」
プシュゥゥゥゥ____________!!!
間髪入れず、次は消火器のピンを外し辺りに消火剤を噴射する。あっという間に、辺り一面真っ白な煙幕で覆われる。
「なっ…何も見えない_________お、おいっ!!!待てっ!!!」
アリサは、後頭部の痛みと突如奪われた視界によって混乱する部下に飛びかかり、指にはめられた指輪を回収することに成功した。そしてすぐにその場から走り去る。
「はぁ…はぁ…やった!やったで!!_____けど、指輪奪っても相変わらず霊力は使えへんか…!!やっぱり、この首輪外さんとあかんか…と、とにかく今はここから出ることだけを考えんと…!!」
まだ檻に入れられている、幼いナナシや他の霊たちも何とか助けたいが、今の霊力が使えないアリサではどうすることもできないことは彼女自身がよく理解していた。
「まずは、この首輪をどうにかせなあかんな…!ナナシ達の救出はそれからや。いまうちが捕まってしもたら、元も子もあらへん…!!」
非常口の誘導灯を頼りに、下のフロアへの脱出を試みるアリサ。非常階段への扉まで後数歩に迫った時、不意に視界が暗転しバランスを崩す。
「____________きゃっ!!!」
バタッ_______
必死に起き上がろうとするも、指先1つ動かすことが出来ない。体に視線を移すと、奇妙な『蛇』のようなものが体全体に巻き付いている。アリサはこの蛇に見覚えがあった。そう、カラオケ店で襲撃に遭った時、彼女を拘束したものと同じだ。
背後から複数の足音と共に、何者かの声が聞こえてくる。
「…はーい。迷子のウサギちゃん、つーかーまーえーたっ!もぉー、骸さぁーん。手間かけさせないで下さいよぉー。ただでさえ今夜は、私ら『霊攫い』の人手が足りてないのにぃー。」
「悪いな、蛇崩さん。こいつを逃がした俺の部下は後で殺しとくから。ったくよぉー、4500万ちゃん、油断も隙もないんだから。」
骸と共にアリサの前に現れたのは、蛇崩と呼ばれる丸眼鏡をかけた長身の若い男。黒いコートを羽織っている彼のその姿は長身と相まって、さながら『死神』のようだ。
「く…くそぉっ…!!うちに触るな!!」
「あ?なんだその眼と口の利き方は。その生意気な眼と口、指輪の力で潰してやってもいいんだぞ?お前の存在価値は、『女王霊』の霊力だけだからなぁ。せっかくの可愛い顔が台無しになるなぁ…。」
骸はアリサの顎を掴み無理やり顔をあげさせる。眼と口を奪われてしまっては、今度こそ終わりだ。一生、ただ霊力を垂れ流す『機械』と化してしまう。そんな自身の姿を想像したアリサの顔が恐怖に歪む。
「嫌っ…いやぁ…!!」
フッ_______________
「な、なんだ!?照明が_________」
突如、フロア全体の全ての照明が消え辺りが真っ暗闇に包まれる。非常口の明かりさえ消えており、上も下も分からないほどの暗さだ。
「落ち着いてよー、骸さぁーん。ウサギちゃんはしっかり捕まえてるし。すぐに復旧するでしょー。あ、ほら。」
数秒後、一斉に照明が点き辺りが明かるさを取り戻す。だが、異常はそれだけでは終わらなかった。骸の元へ、複数の部下が焦った様子で駆け寄って来る。
「たっ…大変です骸さんっ!結界を張ってる術師たちが、何か…こう、様子が変でして…それと、その術師がいる部屋や電気系統の制御室などに、謎の『白い霧』が充満しておりまして…!!今の停電もそれが原因です!」
「何だと…それじゃあ、今は結界が張られてないって事か!?全く、次から次へと…何故トラブルが相次ぐんだッ!!とにかく、すぐに術師どもを正気に戻せ!高い金払って雇ってんだ、仕事をさせろ!蛇崩さん、あんたは他の霊攫いと共に警備を強化してくれ!」
「りょーかいでーす。」
右往左往している骸達を見ながら、アリサはある予感がしていた。何故だか直感で分かる…『あいつ』だ。この騒ぎは絶対にあいつが助けに来てくれたんだ、と。
「お前は大人しく入ってろ。いいか、二度と逃げようなんて思うんじゃねぇぞ?」
ガチャンッ!!
骸に乱暴に檻に入れられるアリサ。その様子を見ていた隣の檻に入るナナシが、心配そうに問いかける。
「…どうしたの、おねーちゃん。大丈夫?何か、外が騒がしいようだけど。」
「____この知ってる気配…絶対そうや。あのアホ…うちの事助けに来てくれたんや_______ナナシ、それにここにおる霊のみんな!もしかしたら、ここから逃げれるかもしれん。」
「おねー…ちゃん?」
意味が分からないといった表情のナナシを尻目に、アリサの中の予感は徐々に確信へと変わっていった。




