挨拶
「…おや?もしや、ハルカ様じゃないですか!やっとお越しくださったのですね!ささっ、どうぞこちら、お飲み物でございます!」
会場に入るや否や、1人の男がこちらにすり寄って来た。一見するとどこにでもいそうな青年だが、ジャケットの下に着ているシャツには『I♡奴隷』の文字が見え、一瞬でまともな人間じゃないことを察する。
「あ、ありがとう…わたし、あなたの事知らないのだけれど?会ったことあるかしら?」
「これは失礼。私、当オークションの仲介人をやっております、『骸』と申します。いやぁー、ハルカ様には常々、是非とも私どもの主催するオークションに参加していただきたく思っておりまして!」
この骸と名乗る男が、霊攫いを使って霊を攫いオークションで売りさばいている張本人という訳か。恐らくバックにいると思われる暴霊団から、ハルカに取り入るように言われているのだろう。
「ちょっと興味が沸きましてね。わざわざこの私が来てやったのですから、面白くなかったら承知しませんわよ?」
ハルカのお嬢様演技もだんだんと板についてきている。さながら、『ワガママ系お嬢様』といったところか。若干のやりすぎ感は否めないが。
「ご安心ください。今夜は、なかなかお目にかかることのできない大物を入荷しておりますので。」
「…大物?」
ハルカの声が鋭くなり、傍で聴いている俺も思わず固唾を飲む。
「はい。今夜の目玉は何と『女王霊』となっております。神器級の働きをすると言われる女王霊は、霊使いの皆さまにとっては喉から手が出るほど欲しい一品。今夜のオークションは盛り上がること必至です!それではハルカ様、私は少々準備がございますので。オークション開始まで今しばらくおくつろぎください。」
そう骸は言い残すと会場から姿を消した。
「…これでアリサがこの後のオークションに出品されることは確定したな。にしても、たしかにアリサはただの霊じゃないことは分かっていたけど、まさかオークションの目玉になるとは思わなかったぜ…金足りないかも…。」
「…ちなみにさぁ、護衛さんよ。あなたの今夜の予算いくらよ?」
ハルカが怪訝そうな顔で尋ねてくる。
「えっと‥この前の海の家のバイト代と、今までのコンビニバイトの貯金とか合わせて、一応100万円ほどだけど…やっぱ足りないか?」
「…そんなとこだろうと思ったよ。言っとくけど、たぶんその10倍くらいは最低行くと思う。」
「じゅ…10倍っ!?ってことは…1千万!?ウソだろ、学生の俺がそんな金持ってるわけねーだろ!」
「ま、今回はこの『お嬢様』の貸しってことで、私が払ってやるよ。3000万くらいまでは出せるし。」
学生が持っているとは思えないほどの金額をさらりと口にするハルカ。
「さ…さんぜんまんっ!?ちょっ、ハルカって金持ちだったのか!?何者だよお前…ただの中二病戦闘狂じゃなかったのかよ…」
「おい、酷い言われようだな。私をその辺のしがない霊使いと一緒にしないでくれるか?君の知らないとこで稼いでいるのだよ、ふははー。霊使いは稼げる職業だからね。」
たしかに、海の家のバイトは危険ではあったが学生バイトではありえないほど稼げた。実力のあるハルカは、俺の知らないところでもっと危険で高い報酬の仕事をこなしているということだろうか。
「まじか…と、とにかく。本当に払ってくれるのか?助かる…!感謝してもし切れない。」
「お礼言うのは落札出来てからね。今日来ている連中はただものじゃない奴らばっかりだから________げっ…あ、あの女ってさぁ…」
ハルカが会場の中で誰かを見つけたようで、急に青ざめた顔をする。
「ん?どうしたハルカ、誰か見つけたのか__________何であの人がここに…いや、いても不思議じゃないか…し、しまった!目が合っちまった…!こっちに来る…!!」
たった今、会場に入ってきた人物は今最もここで会いたくない人物だった。超常現象研究会のボスである『鬼使いキサキ』が颯爽と現れたのだ。傍には護衛として、キリっとした女性を連れている。まだ見たことない研究会のメンバーだ。
「_________あら?旦那様じゃない。奇遇ね、こんな所で。」
黒いドレスに身を包み、相変わらず周囲に妖艶な雰囲気をまき散らしているキサキ。
「ど、どーも…その、俺の事を『旦那様』って呼ぶの止めて貰えませんかね…。」
「いいじゃない。いずれ本当にそうなるのだし。それより…どうしてあなたがオークションに?そちらの女性は確か…以前大学で会った時に一緒にいた子よね?」
じろりとハルカに視線を向けるキサキ。
ハルカもどう答えていいのか戸惑っている様子だ、このままキサキに根掘り葉掘り聞かれるのはまずい。何を考えてるか分からない危険な人だ、絶対良くない事態になるに違いない…どうやってこの場を乗り切ろうかと頭をフル回転させたその時、キサキの護衛が耳打ちをする。
「______キサキさん。こちらに『仮面の』が近づいてきます。」
「えぇ、分かってるわ秘書ちゃん。全く、せっかく旦那様と楽しくお話していたのに。」
ズズズ_________
背後から、こちらにとてつもなく禍々しい気配が近づいてくるのが分かる。明らかに異常な霊力だ。振り返ると、そこには着物姿の『狐の面』をつけた女と、その護衛と思われる『犬の面』を付けた男が立っていた。仮面と言えば、思い浮かぶ組織は1つ。
「こんばんわぁ~、お邪魔でしたやろか?かんにんなぁ、もうすぐオークションが始まってしまうさかい、『仮面教』幹部として、お世話になっとる研究会さんに挨拶しとこう思ってなぁ~。」
「これはわざわざご丁寧にどうも。最近、仮面教さんは『海の方』にも勢力を拡大しておられるようで。」
「いやいや、いっこも上手くいきまへん。なかなか難しいもんですわ。」
バリバリの京都弁で話すこの狐女、海の家のバイトでヌイと共に一戦交えた『仮面教』の幹部らしい。研究会のナワバリに仮面教が侵入したことは、キサキも師匠から報告は受けているはずだ。つまりこの会話、翻訳すると『うちの下っ端が世話になったな。』『てめぇらがうちのナワバリに入って来たんだろが。』『ナワバリ拡大の邪魔すんな。大人しく潰されろや。』と、こんな具合だろうか。
「お、お嬢様!喉は乾いてないですか?」
「そ、そうだな護衛!私はあっちのオレンジジュースが飲みたいぞ!」
研究会と仮面教の小競り合いに巻き込まれるわけにはいかない。多少強引だが理由を付けてハルカと共にこの場から一目散に離れる。
「…はぁ、何だよあの空気。今にも殺し合いでも始まりそうな雰囲気だったぞ…」
「さすがのハルカさんも、あんな化け物2人相手に挟まれて息するのは無理だわー。」
ほっと一息つくのもつかの間、会場にアナウンスが流れる。先ほど会った骸の声だ。
『大変長らくお待たせいたしました。これよりオークションを開催いたします。スタッフが立っております扉から、お隣の会場までご移動くださいますようお願い致します。』




