名無しの少女
オークション開催日前日。アリサは冷たく硬い床の感触で目を覚ました。
「…アレ、うち…何やって…ここ、どこやろ…?」
頭がぼぅっとして、上手く思い出せない。まるで霧がかかったような頭の中の記憶を必死に辿り、今自身が置かれている状況を把握しようとする。
「うち…いつも通り部屋におって…それで確か…あかんわ、思い出せへん。」
自分がここにいる経緯を思い出すのは一先ず後にし、次に周囲を見渡す。まず目についたのは鉄格子。どうやら『檻』のようなものの中に閉じ込められているらしい。檻の中は狭く、立ち上がることはできない。
「…何でうち、檻ん中に入れられてんの…?まぁ、ええわ。こんな檻、霊のうちには関係あらへんし。とっとと抜け出して_______って、あれ!?すり抜けられへん!?なんで!?」
ガシャンガシャンと音を立てて鉄格子を揺らすも、依然としてすり抜けることは出来そうにない。まるで自分が霊体ではなく、生きた生身の体になってしまったようだ。
「_____無理だよ。ここからは、絶対に逃げれない。」
「だ、誰っ!?」
突然、鉄格子の向こう側から女の声が聞こえる。檻の隙間から目を凝らすと、うす暗い通路を挟んだすぐ反対側にも、同じような檻が並んでいることに気付く。どうやら声の主は、真正面にある檻の中にいるようだ。
「…おはよう、おねーちゃん。この檻は『霊獄』で使われてたものだから、霊は絶対抜け出せないようになってる。だから諦めて、騒ぐのはやめて。じゃないと、怖い人が来ちゃうから。」
檻の隙間から薄っすらと見えるその少女は、自分よりもだいぶ年下に見える。まだ10歳くらいだろうか、だがその表情はとても10歳の女の子のもではなく、目は虚ろで光は無くまるでこの世の全てに絶望しきっているという顔だ。
「君…ここがどこか分かるん?何でうちら、こんな檻に入れられとるん?」
どうやら騒ぐとまずいらしいので、小声で少女に質問を投げかけるアリサ。
「起きたばっかりだから、まだ記憶が戻ってないんだね。おねーちゃんは、霊攫いっていう悪い人たちに捕まっちゃんだよ。ここは捕まえた霊たちを閉じ込めておく場所。これから私たちは売られちゃうんだよ…」
淡々と抑揚のない声で説明する少女。
「_______捕まった…そうや!うち、襲撃されて捕まってしもたんやった…!!売られるってそんな…君、名前は何て言うん?うちはアリサっていうねんけど。」
「名前…色んなとこで、色んな名前付けられたから、もうよく分かんないや。名無し でいいよ。」
「色んなとこでって…売られるって言うてたけど、その口ぶりからして、ナナシちゃんは今まで何回も売られた経験あるの?」
「…うん。何回も色んなとこに売られて、酷いことされて…そしてまた売られてここに戻ってくるの。」
「そんな酷い事…!!ごめんな、嫌なこと思い出させてしもて。うち、無神経やったわ…。」
だがナナシは気に病む様子はなく、濁った瞳でアリサを見つめながら話を続ける。
「…別に、謝らなくていいよ、私は無能だから。もう慣れちゃった。えへへ。でも、おねーちゃんはそんなことないと思うよ。たぶん、『特別』な霊だから売られても私みたいに酷いことされては、ここに戻ってくるようなことは無いと思う。…良かったね。」
『良かったね』と呟くナナシの顔はニコリとも笑ってなかった。一体、どんな酷い目に遭えば、まだ幼い彼女をここまで壊すことが出来るのか…アリサは恐怖を覚えた。
ガチャンッ!!ギィ・・・
突如、何者かが扉を開く音が聞こえる。
「来た…怖い人。おねーちゃん、大人しくしてた方が良いよ。じゃないと、痛いことされちゃうよ。」
「えっ、だ、誰が来たん?」
そう呟くとナナシは檻の奥へと身を潜めた。コツコツと足音を立てながら、誰かが通路を歩く音がする。どうやら入って来たのは2人。喋りながら歩いているようだ。
「いやぁー!まさか、わざわざお越しいただけるとは!驚きましたよ~!」
「_______久しぶりの『大物』が入ったと聞いてな。売れる前に見て見たくなった。」
「お耳がお早いことで!そうなんですよ!いやぁ、それがですね。我々がずっと狙ってた商品なんですけど、他の暴霊団のナワバリの中でして中々捕獲することが出来なかったのですが、それを今回、霊攫いの連中がやっと捕獲できまして!」
話をしているのは、声からして男女のようだ。男の方が女の方に対してかなり腰を低くしている。どうやら女の方が偉いらしい。2人はどんどんこちらに近付いて、とうとうアリサの檻の前で立ち止まる。
「こちら、中々お目にかかることのできない『女王霊』となっております!」
「__________ほう。」
アリサが恐る恐る檻の隙間から覗くと、そこには2人の人影がアリサを見下ろしていた。
男の方はどこにでもいそうな普通の青年の見た目をしているが、着ているジャケットの下には『I♡奴隷』という文字がプリントされたTシャツが見えている。一方で異様さを放つのは女の方。全身真っ黒いマントを羽織っており、顔には大きなカラスのくちばしのような造形をした『ペストマスク』を装着している。
「な…何や君ら!ここから早くだしてよ!」
「おっ、もう目覚めちゃってますね。当日まで目が覚めないようにしてたはずなんですが、さすが女王霊!どうですか、生きが良いでしょ!これは高値が付きますよ~!」
アリサの呼びかけには一切目もくれず、ペストマスクの女と話を続ける男。
「こいつ、天然ものではないな。何者かの霊力に影響されて女王霊に覚醒したタイプか…おもしろい。オークションは明日だったな。しっかりやれよ。」
「はい!それはもちろん!運営の方は抜かりなく!お任せください!」
そう言い残すと、この場を後にしようとする2人。すると、一斉に他の檻から次々に悲鳴が入り混じった叫び声が上がる。
『頼む!ここから出してくれええええええ!!!』『私たちは一体どうなるの!?』『おうちに返してよぉーーー!!』
ガシャンガシャンと檻を揺らす音と共に、部屋全体にこだまする霊たちの声。そんな霊たちの声は2人に届く気配はなく、無言で去っていった。
「うちらの他にもこんなに霊が…ここにいる全員売られてしまうんか…」
檻の中からは確認できないが、声の多さからして、恐らく数十体以上の霊が檻に入れられているのだろう。そのあまりの多さにアリサは絶句する。そんな彼女とは裏腹に、生気のない顔で呟くナナシ。
「明日までの付き合いだけど…よろしくね。おねーちゃん。」




