お見舞いⅣ
20秒前までの凄まじい尿意も吹っ飛び、想像だにしなかった突然の来訪者に冷や汗が頬を流れる。
そんな俺とは対照的に、本気で俺の尿意を心配しているかのような顔のキサキ。『怖いから一緒にトイレについてきて』と頼めばマジで付き添ってくれそうだ。こんな美人に付き添われてトイレに行くというのも悪くないかもしれない…などという馬鹿な妄想は捨て、今はこの絶体絶命な状況を打破しなければ。
「な…なんでここにいるんだ…!?」
「え?何でって…お見舞いだけど?」
「へ?」
嘘つけぇ!!絶対、部下が俺を攫うのに失敗したから直接乗り込んで来たんだろぉ!!対霊課の人らは何やってんだよ!こんな堂々と敵のボスが病室に来ちゃってるんですけど!病室には結界が張ってあるんじゃなかったのかよサイトウ!…いや、結界はふーちゃんがぶった切ったんだった…。
「そう、お見舞いと…お詫び…かな?うちの幹部があなたのことを襲っちゃったみたいで、本当に申し訳ないことをしたわ。ごめんなさい。」
ソファーから立ち上がり、深々とお辞儀をするキサキ
「な…何言って…あんたが指示したんじゃないのか?」
「信じてもらえないかもしれないけど、私はあなたの事をとっっっても大切に思ってるの。」
「ちょっ…えぇ…??」
キサキはいきなり傍に寄ってきて、俺の目を真っすぐ見つめながら手を握る。何考えてるんだこの女…色仕掛けで俺を堕とそうって考えなのか…!?意味が分からない。
「私の言いつけを守らずにあなたのことを襲った3人はたっぷりお仕置きしておいたから。今後、うちがあなた達を襲うようなことは絶対にないようにするわ。」
「何をいまさら…!!師匠とヌイの時とか、双子の時とかはどーなんだよ!どっちも死ぬかと思ったんだぞ!?」
「ごめんなさい…。初めのうちは、ただあなたを捕獲しようとしていたのは認めるわ…でも、今は違う。我が研究会…ううん。私にとって、あなたは重要な存在になったの…!!」
ドサッ
なおもグイグイ迫って来るキサキ。そのままベッドに押し倒される。
「それに…対霊課の奴らから聞いてるでしょ…?私たち以外にも、あなたのことを狙っている暴霊団は他にもたくさんいるわ。うちより更に過激な連中よ、奴らに捕まれば廃人にされて霊力を永遠と供給するだけの神器にでもされるでしょうね…」
「廃人…」
「でも、私はそんな野蛮な事はしない。あなたが自ら私の元に来てくれるまで待つわ。それまで、他の勢力からあなたの事を守ることを約束する。そしていずれは________私の『夫』になってもらいたいの。」
「お、夫ぉっ!?」
さっきからどれだけ俺の事をからかえば気が済むんだこの人は。だが目の前のキサキの表情はいたって真剣。やばい、ほんのちょっとだけ『こんな美人と結婚できるなら…』と思ってしまった。しっかりしろ俺、絶対裏があるに決まってるだろ!
「どうかしら…?あなたさえ良ければ、今すぐにでも_______」
ブウゥゥン!!!バチバチバチィッ!!!
突如、暗かった病室が眩い閃光に包まれ思わず目を瞑ってしまう。発光していたのは、俺が知らないうちに病室の四隅に張られていたお札のような小さな紙だった。その紙から鎖が出現しキサキを拘束する。次に聞こえたのは、対霊課のサイトウの声。
「無事っすか!?はーい、動かないでくださいよぉー…超常現象研究会トップ、通称『鬼使いキサキ』逮捕する!!」
「あらあら…」
どうやら、ちゃんと俺の事を警護していてくれたらしい。本当に警察なのかと色々と疑ってすまなかったサイトウ!と心の中で感謝する。だが、拘束されたのにもかかわらず涼しい表情のキサキ。
「私の異名を知ってるのなら、こんなのじゃ捕まえられないのも知ってるよね?」
ズズズズ_______
何もない病室の床から現れたのは、黒い大きな『手』。腕まで出たところでその大きな爪でキサキを拘束している鎖をいとも簡単に引きちぎる。
「今夜は邪魔が入っちゃったから、また今度ゆっくりお話ししましょう。またね、私の『旦那様』。」
「逃がさないっすよー!!」
追撃しようとするサイトウだったが、黒い手に包まれたキサキは一瞬にして跡形もなく煙のように病室から姿を消す。
「くっそー…大丈夫ですか?ケガとかはー…ないっぽいですね。呪術とかで洗脳されてる様子も無いですし、良かったっす!」
サイトウの手を借りベッドから体を起こす
「た…助かった。ありがとう。」
「いやぁー、先輩がいたら、ワンチャン確保することも出来たんですけど、タイミング悪くて先輩は丁度いま他県で他の暴霊団と交戦中なんですよねー…やっぱ俺の実力じゃ無理だったかー、くやしいです。」
「貞子さんも大変なんだなー…でも、サイトウが来てくれなかったらあのままキサキに篭絡されてたかもしれん。」
「何話してたんですか?…『旦那様』って聞こえたんすけど。まぁ、ここだけの話、対霊課の中でも『鬼使いキサキ』は超美人で有名ですからねー、ちょっと羨ましいっすw」
相変わらずチャラいなサイトウは。まぁ確かに美人なのは確かだが、何が目的で『旦那様』などと言ったのかは不明だ。単純に俺に好意を抱いている訳でもないだろう。
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結局、キサキの本意は分からないまま、波乱の入院最終日の夜を終えることとなる。
翌日、お世話になった主治医と看護師に挨拶をし、こうして俺の4泊5日の入院生活は幕を閉じた。
「おかえりー!!」「お帰りなさいませ、なのですご主人さまっ!」
「ただいいまー…はぁ‥‥お前らには『掃除』という概念は無いのか?」
久しぶりの我が家で待ってたのは、満面の笑顔の幽霊と悪霊。そして想像以上に散らかし放題のリビングだった。




