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少年とタルタ牧場

今回はベルント君とタルタ牧場のお話です。

話は進んでいませんし、【お兄ちゃん大好き】なベルント君の一日なので、興味のない方はお避け下さい。

____________________


寝ぼけた兄さんに当たった唐揚げ串を半分渡して、別れてタルタ牧場へ急ぐ。

朝から美味しいものを沢山食べれたから、ルンルン気分であっという間に到着。

「こんにちは。ヤエさんから手紙とお荷物を預かってきました。マルフィールさんに面会をお願いします。」

と門番の人に頭を下げる。

門番さんは話を聞いていたのか何も言わずに通してくれた。

マルフィールさんの部屋に案内されて、まずは一礼。

それから要件を言う。

「お久しぶりです。ヤエさんからお荷物と手紙を預かってきました。中身を確認してサインを頂いてもよろしいでしょうか?」

と、預かってきた手紙と拡張袋らしき荷物を渡す。

するとマルフィールさんは荷物を受け取りつつ

「少し待っていてくれ。手紙の内容によってはヤエさんに返事を書きたい。誰か、この子にお茶と茶菓子を出しなさい。」

って、周囲にいた人に声をかけて、一番年下らしい人が僕にお茶を入れてくれた。

普通、配達人にこんなことはしない。

お茶菓子までくれるなんて。

お茶を入れてくれた人も驚いた顔してる。

驚きではあるけど、ここで騒いじゃいけない。

平常心、平常心。

「ありがとうございます。喉が渇いていたので助かります。お菓子も嬉しいです。有難くいただきます。」

出来るだけ丁寧にお礼を言って、用意された椅子に座り、お茶とお茶菓子をその場でいただく。

お茶菓子は本当は持って帰って家族と食べたいけど、包装されてないし、お茶も一緒に出されたんなら、こそこそと持ち帰らずに『この場で美味しそうに食べる』方が良い気がした。

マルフィールさんは満足げに頷いて、手紙を開けて読み始めた。

高級品のはずのお茶菓子を咀嚼しながら、お菓子はヤエさんの所の方がずっと美味しいな~。なんて思っていると

「・・・・は!?え!?ちょ!?」

というマルフィールさんの焦った声が聞こえた。

どうしたんだろう?もしかして、とんでもない内容の手紙を運んでしまったのだろうか?

ヤエさんって少し、いや、かなり変わってる人だから、無意識にマルフィールさんを困らせる様な内容を送ったんじゃないだろうか?

・・・・・。

これでこの仕事が無くなったりしたら嫌だなぁ。

ヤエさんとマルフィールさんの仕事は、それぞれが単価も高いし、ケチらないし、僕に対する風当たりも強くないし、手放したくない最高の案件なんだけど・・・。

商売人はゲン担ぎとか気にするから、一度ケチが付いた運び屋は使わないんだよね・・・。

そう不安になって見ていると、マルフィールさんは手紙を放り出し、急いだ様子で拡張袋を開けた。

結構大きいその拡張袋の中には、拡張袋らしき袋がもう一つと、瓶が入ってた。

僕と兄さんが貰ったのと同じ《ジャム》が入ってる瓶が1つ。

砂糖?の様な白い結晶がみっしり入った瓶が2つ。

金貨がみっちりと入った瓶が1つ。

・・・・・・・。

・・・・・。

って!!!!!!!!

え!?うそでしょ!?

なに、その、金貨の瓶!?

何で金貨を瓶に入れてるの!?

というか、そんな大金、僕、持ち歩いてたの!?

嘘!こわい!!ヤエさん、コワイ!!

何考えてるのあの人!?

自分の手が震えてるのが分かる。

震える自分の手を握りしめていると、

「んぁ~~~~。なるほど、なるほど、ハハ、ハハハハハ、はぁ・・・・。」

と、マルフィールさんはから笑いの後、ため息をつき、真剣な表情で用紙に何か書き始めた。

そして直ぐに

「全員注目!!新規で大型顧客を獲得した!!牛と鶏とランルー鳥を沢山お求めの方で、今までの場所では間に合わないので、新たにその御方専用の場所を用意して繁殖に力を入れていく!専用の担当者を選抜するので、そのように!まず、急ぎで牛の交配が得意なヤツ、特別給を出す。この用紙の通りに動け。次にランルー鳥担当のチーム、鶏担当のチームはそれぞれの幹部が人選し、この用紙の通りに追加で繁殖させろ。それとランルー鳥を10羽、鶏を10羽、牛を一頭、今から出荷の用意を。」

そう言って、その場の全員に宣言し、傍にいた人に用紙を渡し、ヤエさんから渡された瓶と一緒に入っていた拡張袋も渡した。

その後、自分の席で手紙を書き始めたマルフィールさん。

何だか良く分からないけど、僕が聞いても良い話だったのかな?

まあ、僕が怒られるとかじゃなくて良かったけど。

そう思っていると


「ベルント君、だったか?かなり待たせてしまうんだが、今日中にヤエさんのもとに荷物を持って向かってもらいたい。勿論、指名させてもらおう。配達ギルドの方には私の方から伝書鳩を飛ばすから、それまで客室の方でゆっくりしていってくれ。ベットもある部屋の方に案内させるから、ゆっくり眠っていてくれて構わない。出荷準備に少々時間がかかるからね。用意が出来たら声をかけよう。」

と、怒涛の展開で、今、僕は客室とやらにいる。

【朝早くからお疲れ様です。時間がかかりますので、宜しければ寝てお待ちください。テーブルの上の物も全てお召し上がりくださって構いませんので、ごゆっくりお身体をお休めください。】

なんて案内の人に丁寧に言われて、しかも、喉が渇いた時用にってジュースと牛乳とお茶菓子までテーブルに置いてある。

良く分からないけど、ヤエさんがランルー鳥とウシとニワトリを出荷してほしいと頼んだんだろう。

僕はウシなんて生き物、高価すぎて食べた事がない。

ニワトリだってそうだ。

魔獣で繁殖が楽で、大人しいランルー鳥なら庶民にも何とか手の届くお肉なのだ。

けどまあ、お肉なんて貧乏人には縁のない品だけど。

それなのにウシとランルー鳥とニワトリを大量に注文するなんて、ヤエさんは本当にお金持ちだなぁ。

まあ、あの金貨の瓶を見せられた後だし、納得なんだけど。

で、僕がここに残されたのは、その用意されたお肉をヤエさんに運ぶのが仕事って事だよね。

マルフィールさんが僕を指名してくれるって言ってたから、指名料もプラスで付く。

しかも、胴元にはマルフィールさんが《ベルントにはタルタ牧場で待機していてほしい》と伝書鳩での連絡をしてくれる。

これは本当に有難い。

伝書鳩はギルドとか、ギルドから信頼されてる受け取り手がいないと駄目だし、短い文章しか運べないし、誰に見られても平気な内容しか送れないから僕たち運び屋の脅威にはならないけど、こういう時には本当に助かるよね。

後で担当してくれた鳩さんにもご褒美あるといいなぁ・・・。

だってさ、下手したら僕が一度胴元の元に帰って、他の仕事をこなして、もう一度タルタ牧場に戻らなきゃならないって事もありえたんだ。

そうなると無駄に往復することになる。長距離専門の僕でも、流石にきつい。

にしても、指名料付きの長距離の依頼が1日で2件。

チップも多い。

しかも、ヤエさんの所でお腹いっぱい食べて、ジャムまで貰って。

ここでも牛乳やジュース、お茶菓子まで出される。

しかも、寝てていいなんて・・・。

破格の対応。

今日、何かの祭日だっけ?

皆、僕に優しくしないと死んじゃう日か何かなの?

初めての事でパニックで、どうしたら良いか分からないんだけど、とりあえず、滅多に口に入らない、牛乳は飲んでおこう。

お茶菓子はさっきも食べさせてもらったから、食べて良いのか分からない。

本当は持って帰りたいけど、どうしたら良いか分からないから手は付けないでおこうかな。

勿体ないけど・・・。

こういうのは、兄さんがいてくれたら助言してくれて助かるのに!!

やっぱり僕一人じゃまだまだだなぁ・・・。

うう~ん。

よし、やっぱり牛乳だけにしよう!

うん!美味しい!!

牛乳って貧乏人の僕らの口には中々入ることのない嗜好品だから、本当に贅沢したって気分!!

にしても、ベットで眠るのはちょっと・・・。

多分、駄目だよね?

マルフィールさんが良いって言ってくれてもさ、やっぱり仕事中なんだし、こんな汚い恰好でベットに乗るなんて恐れ多い。

でも暇だしなぁ。

計算の練習でもしようかな。

文字と数字は書けるけど、僕はそこまで計算が早くない。

兄さんはもう慣れたらしくて、ピンハネされる分の割合なんかを即座に計算して、搾取されない様にしてるらしいんだけど、僕はまだまだだ。

計算が遅くて、本来より多くピンハネされるときも多い。

チップの額が一定じゃないし、行った場所によってピンハネの割合がコロコロ変わるのが悪いんだけど。

もっとちゃんと計算できないと、正規の料金からの給金だけでは心もとないのが現状なんだから。

しっかりしないと。

兄さんを支えていくのは僕なんだから。

そう思って、テーブルの上に自分の持ってる小銭を広げて、様々な割合での計算を開始する。

目指せ!兄さんの背中を支えられる頼りがいのある弟へ!!


そうこうしていると、外から声がかかった。

「おやすみの所、申し訳ございません。もうしばらく時間がかかりますので、昼食をお召し上がりになってください。」

と、さっきのお兄さんが食事を持ってきてくれた。

けど、こういうのにも落とし穴がある。

僕はちゃんと知ってるんだ。

「すみません、手持ちが少なくて・・・。食事代はお支払い出来ないんです。用意していただいたのに申し訳ないのですが・・・。」

そう、商人の中には食事を出しておいて、後で『ご飯代』を回収するなんてザラなんだ。

僕は騙されない!!

そう表情を引き締めたところ

「いえ、こちらの食事代は頂きません。私共の理由でお待ちいただいている《お客様》にお出しいたします品ですので、どうぞ、お召し上がりください。そちらのお茶菓子は宜しければお包みさせていただきますので、お持ち帰りください。一度出したお菓子を他の方にお出しするわけにはいきませんし、お昼ご飯を食べたら入らないでしょう?お帰りの際にお土産にしてください。」

と、笑顔でお茶菓子を綺麗に包んで鞄の横に置いてくれた。

お昼ごはんは僕の目の前に置かれた。

ホカホカと上がる湯気。

こんがりとした匂い。

お肉だ!!

何のお肉かは分からないけど、お肉とパンだ!!

うわぁ!!美味しそうな高級なご飯だ!!

ヤエさんに食べさせてもらった白いパンとジャム、それに商品のランルー鳥も凄く美味しいけど、やっぱりこれが普通なんだよね!!

貧乏人な僕はお肉なんて殆ど食べたことないけど、なんか、ヤエさん達に会ってから驚きの連続だったから、高級だけど自分の知識にある物が出てきて少し安心する。

兄さんや母さん達にも食べさせてあげたいけど、流石に無理だし、僕が美味しくいただこう。

にしても、タダでご飯を出してくれるなんて、マルフィールさんは太っ腹だなぁ。

出来れば一生、専属でお願いしたい。

ヤエさんとエンガさんに、今後も使ってもらえるように、後でもう一度お願いに行こうっと。

「ありがとうございます!!嬉しいです!!お肉なんて、久しぶりです!!いただきます!!」

笑顔全開でお礼を言ったら、お兄さんがクスクスと笑いながら一礼して去っていった。

普段は大人しくてしっかりとした子供だけど、嬉しい時には子供に戻る可愛らしい少年風、大成功。

マルフィールさんに嫌われない限り、あのお兄さんはこれからも僕に優しくしてくれるだろう。

あの人は兄さんが僕を見てる時みたいな顔で僕を見てたから、きっと妹か弟がいる人なはず。

多分だけど。

うん、あのお兄さんにはマルフィールさんがいない時は少し年下な素直な少年設定でいこう。

と、滅多に見る事のないお肉を前に、ぐるぐると頭を動かし、さっそくフォークでいただきます!!

うまぁ~!!!

ヤエさんの所のとは全然別物って感じだけど、ザクザクの表面と、食べ応えのある中身。

もっぎゅもっぎゅと必死に口を動かし肉を噛み、パンも割る。ばきっと。

ヤエさんの所のパンはふわふわしてたけど、こっちはガリガリ、バリバリって感じ。

・・・・。

なんだか、贅沢なことだと思うんだけど、ヤエさんの所の方が美味しい気がする・・・。

当たりでもらえるランルー鳥の方が、じゅわじゅわしてて、柔らかくて美味しいし、パンもあっちの方が柔らかくて少し甘くて美味しい。

それに、この凄く安いラッキークッキーだって安いのにかなり美味しい。

しかも、一口ドーナッツだって凄く美味しいんだ。

一口って言いながら、僕達みたいな子供からしたら十分な大きさだし、芋並みに大きい。

しかも、《だいがくいも》だって凄く甘くてポリポリで美味しいんだ。

・・・・・。

ヤエさんって、本当にすごい人なのかも?

王都で有名なお店で働いてたのかな?

そう言えば、マルフィールさんは《もしゃもしゃ草》と《もふもふ雲》の事を知ってるんだろうか?

ヤエさん個人との取引はしてるみたいだけど。

エンガさんのお店のお菓子をマルフィールさんがお客さんに出したら、契約取れそうじゃない?

こんな美味しいもの出されたら、契約する!

みたいにならないかな?

ヤエさんとエンガさんには兄さんと一緒の時間を作って貰ってるから、何か恩返しがしたかったんだよね。

朝に買ったラッキークッキーがあるから、それを見せながらマルフィールさんに《もふもふ雲》の宣伝もしてみよう。

タルト?とかいうのは、綺麗だけど高いからか、そんなに売れてないみたいだし。

マルフィールさんが買ってくれたらエンガさん達も助かるよね?

よし!帰りには、さりげなく《もふもふ雲》の宣伝、頑張ってみよう!

《もしゃもしゃ草》の方は回復薬のお店&軽食っぽいけど、詳しくは知らないから、あっちは明日にでもヤエさん達に詳しく聞いてみよう。

そう心に決めて食事を完食。

久しぶりに苦しい位に食べちゃった。

朝もエンガさんに食べさせてもらったからな~。

一日ずれてたら二日に渡って満腹でいられて良かったのに。

う~ん、人生初の贅沢な文句。

ばち当たっちゃいそう。

・・・・・・・。

ごめんなさい、神様。

お腹いっぱい食べれて幸せです。

皆が優しくしてくれて幸せです。

兄さんも家族も食にありつけて、健康で、とても幸せです。

今以上の幸せなんてありません。

これ以上、何も望みません。

さっきの馬鹿な考え、許してください。


そう、神様に懺悔したと同時にマルフィールさんが部屋に入ってきた。

「待たせてすまないね。長時間の拘束は運び屋にとってはマイナスだろう。チップは弾むから、今後も頼むよ。」

と、運び屋に対して有り得ないほど優しいマルフィールさん。

コレは多分、僕を手放したくないからだろう。

ヤエさんとのやり取りが増えそうな中、僕が来なくなった場合、困るって事だと思う。

ヤエさん達、ううん。【エンガさん】と仲良く出来る配達人が新しく確保できる保証がないから、僕の機嫌をとってるんだ。

なら、僕の返事は一つ。

僕もこんな大口の顧客を手放す気はないのだから。

「いえ!全然大丈夫です!!いつもお世話になってるエンガさんとヤエさんから頂いた指名ですし、食事やお茶など、とても心を尽くしてくれてくださって、とてもありがたいです!!チップは気にせず、是非、今後も御贔屓ください!!」

と、知っている感謝の言葉を並べて頭を下げる。

「うむ。やはり、君は聡い子だね。今後も宜しく頼むよ。ヤエさんとのやり取りがもっと頻繁になった際には、週に2度ほど、往復、いや、一日縛りで君を指名させてもらうだろうから、そのつもりでいてくれ。」

と、ニヤリとマルフィールさんの目元が商人の眼になった。

コレは、大口どころじゃない。

運び屋にとって、定期的な指名を貰えることは相当な収入の変化につながる。

しかも、一日縛り。

コレは僕が一日で稼ぐはずの、最大の金額を想定しての指名になる。

チップもそれなりになるし、食事や歩く際に必要な水も指名元が負担することになる。

今日は、やっぱり何か、神様が下さった特別な日なんだ。

この瞬間を逃してはいけない。

僕の、僕の家族の人生は今、ここで決まる。

「そのご依頼、有難くお受けさせていただきます。ヤエさん達のお家でも《もふもふ雲》でも《もしゃもしゃ草》でも配達可能ですので、いつでもお声がけください。早朝、深夜、いつでも最優先で対応出来るようにしておきます。」

と、出来るだけ落ち着いて返事をする。

真面目な話だ。

ここで見限られては、今後、タルタ牧場からの依頼なんて来ないだろう。

「そうしてもらえると助かる。あと、聞きたいのだが《もふもふ雲》と《もしゃもしゃ草》とは何だい?」

と、目元を緩めて微笑んだマルフィールさんからは【商談成立】という声が聞こえそうだ。

にしても、やっぱりマルフィールさんは《もふもふ雲》と《もしゃもしゃ草》を知らなかったようだ。

ヤエさんへの恩返しのために、ここは全力で宣伝しておこう。

「ありがとうございます!よろしくお願いします!《もしゃもしゃ草》はヤエさんが経営している回復薬と軽食の露店です。こちらは僕はあまり詳しくありません。《もふもふ雲》はエンガさんのお店です。お菓子屋さんで~~~」

と、ラッキークッキーやタルト、僕が食べた事のある商品について説明を始めると、マルフィールさんはスグに懐から紙とペンを取り出し、メモを取り始めた。

知らない情報だったらしい。露店だし、最近始めたばかりみたいだったし、まだ子供しか行ってないみたいだからね。

本当は情報料を貰っても良いレベルなんだけど、そんな小銭を得るよりも、信頼を得ておこうと思ってお喋りを続ける。

「あ、そういえば、先ほど頂いていた瓶に入っていたキラキラした《ジャム》は食べた事ありますか?」

「君は食べた事があるのかい?」

と、一瞬で反応したマルフィールさんは僕に笑顔を見せた。

多分、食べる前に少しでも情報を知っておきたいんだろう。

「はい。僕と兄さんは今朝、ヤエさんとエンガさんに会った時に食べさせてもらったんですけど、真っ白なふかふかのパンに山盛りに載せて食べました。パンはヤエさんが用意した物なのでどこに売っているかは分からないんですけど、ジャムは少し酸味があって、シャキシャキした食感とトロトロした食感のある、甘いものです。お砂糖もたくさん入っているらしくて。贅沢な味です。僕の家はパンを用意できないので、そのまま食べようと思ってます。」

先に二人と一緒に食べたと説明し、食べ方を身振り手振りで教える。

「ふむ。なるほど。先ほど見せてもらったラッキークッキーや他の商品の話も興味深い。明日もその《もふもふ雲》に行くんだったか?依頼を追加で『《もふもふ雲》で明日、購入した物をタルタ牧場に届ける』と言うのは可能かね?勿論、購入品の代金は先払い。指名料とチップもきちんと支払うし・・・。そうだな、後はベルント君が気になっている《いちごのタルト》とやらも贈らせて貰おうか。どうだい?」

と、マルフィールさんは笑顔だ。

対する僕は内心ビックリ!!

だって、二日連続の指名確定に、気になってた、あのキラキラした《いちごのタルト》まで買ってくれるなんて・・・。

というか、説明した商品の中で僕が一番食べてみたいものを当てるなんて、流石はタルタ牧場の契約部門の幹部さん。

にしても・・・。

買い物の代理は良いけど、《イチゴのタルト》を貰うのはやりすぎな気がする・・・。

チップ替わりに果物一個や小銭なら分かるけど、チップと《高価なお菓子》は貰い過ぎだ。

指名料とチップだけでもそこそこの額なんだから、欲張らない方が良い。

よし、早くお返事しないと!

「代理購入とここまでの配達、両方とも可能です。購入品の代金と指名料を先に頂いて、明日の朝に購入し、ここまで運んだあと、商品を渡してお気持ち(チップ)を頂ければ可能です。あ、あの、代理購入と配達はセットの仕事になるので《いちごのタルト》は不要です。流石に貰い過ぎは・・・。」

と、なんと説明したら良いか分からなくて歯切れ悪く返事をしていると

「ああ、君はまだ商人とのやり取りが少ないのだね。ハッキリ言うと《いちごのタルト》に対する見返りも期待しているんだよ。何しろ、ヤエさんとエンガさんは大型顧客だが、あまりにも未知数のお客様だからね。私達タルタ牧場はあの二人の考えに沿わない事はしたくないんだよ。お店に来ているのが近所の子供達というからには、そこにタルタ牧場の人間が行けば嫌でも目立つからね。もう少し仲良くなれるまで下手に動けないのが現状だ。そこで、既に面識があって子供である君に代理購入を頼みたいんだ。ヤエさんのお店についても出来るだけ詳しく見てきてほしい。他の人が見て分かる情報と同じ様なもので良い。露店での回復薬もそうだが、軽食の方も気になるからね。そのうち、そっちにも買い物に行ってもらうかもしれない。あ、後は先ほど教えてくれたジャムやその他の商品についての情報料としてだね。【借りを作らない】のが基本だからね。これでチャラにしてほしい。」

と、最後の一言ではウインクをするというお茶目さを見せてくれた。

ここで突っぱねるのは悪手。

【借りは返せてない】と言うのと同じことだと思う。

なので、素直に

「ありがとうございます。依頼をお受けすると共に《いちごタルト》もありがたく頂きます。次からは、お求めの情報かどうか聞いてからお話しします。」

と、契約成立の言葉と、次からは情報の押し付けはしないと宣言する。

「うん、やはり君は聡い子だね。まあ、ヤエさん関連の情報は何でも欲しいし、正直助かったのだけどね。他の商人の前では『こんな情報を持っていますよ。買いますか?』程度に匂わせた方が良いだろう。先に自分から言っては何も得られないからね。それと、情報はもろ刃の刃だ。扱いには気をつけなさい。情報屋の領分に手出しすると怪我をする。」

と、注意までしてくれた。

勿論だ。情報屋は情報で生きているんだから。

だから、僕が喋るのは自分以外の人でも分かる事だけ。

売っている商品や食べ方なんて、秘密にされてないし、人前で堂々と並べられている情報だけだ。

そう考えていると、マルフィールさんが契約書を書いてくれた。

明日の依頼の分と、今後の週2回の依頼の分と臨時で一日拘束する日があるかもしれない。

という内容の、マルフィールさんのサインの入った配達ギルドから渡される書ける人が固定されている特別な依頼用紙。

それにサインして、先払いのお金とヤエさん宛の荷物を受け取る。

包んでもらったお菓子もしっかりと鞄にしまって。

きちんと挨拶をして、部屋を出る。

食事を用意してくれたお兄さんがそのまま門まで案内してくれて、門を出る時には

「気を付けて帰ってくださいね。家に着くまで気を抜かない様に。」

と、少し心配そうな顔でお見送りしてくれた。

その顔は、兄さんと言うよりも、お母さんと被る。

「はい!気を付けて帰ります!ここに来るの緊張してたんですけど、お兄さんがいてくれて、何だか緊張が和らぎました!傍にいてくれてありがとうございました!」

と、元気に挨拶すると

「ふふふ、それは良かったです。マルフィールさんも優しい人ですから、そこまで緊張しなくて大丈夫ですよ。明日も美味しい牛乳を用意してお待ちしております。」

と、笑顔で見送ってもらって

「はい!失礼します!」

と、頭を下げてから、急いで町へ戻る。


ヤエさんの所に行って、荷物を渡してサインをもらって、配達ギルドの方に顔を出さなきゃ。

マルフィールさんとの契約の書類を提出して、と大忙しだ。

兄さんと夕飯が食べれなくなっちゃうから急がないと!!

いつもより急いで歩いたけど、お腹が満たされているからか、体が温まっていて歩きやすい。

いつもよりスイスイと足が動いて、あっという間に露店までこれた。

けど、《もふもふ雲》はもう店じまいした後らしい。

少し遠いけどヤエさんとエンガさんのお家に行かなくちゃ。

と、急ぎ足でお家に行くと

「おお!ベルント!いらっしゃい!!」

と、エンガさんとヤエさんが玄関の横の木の椅子に並んで座っていた。

も、もしかして、僕を待ってたの?

時間指定とかあったのかな?

マルフィールさんからは何も聞いてないけど・・・。

と内心冷や汗をかいていると

「いらっしゃい。なるべく早めに送ってくれるようにお願いしたから、今日かもしれないし明日かもしれないって言ったんだけど、今日来るかもしれないからってエンガが外で待つって言っててね。」

とエンガさんの隣で楽しそうにクスクス笑うヤエさん。

「あ、あの、遅くなってすみません。」

怒ってないみたいだけど、謝る。

何かあったら兎に角、謝る。兄さんとの約束だ。子供は弱い。自分の身は自分で守る。基本だ。

「んーん、全然大丈夫だよ。気にしないで。長距離を往復させてごめんね。疲れたでしょう?ありがとうね。」

と、僕にも微笑んでくれるヤエさん。

その言葉に緊張が解けた。

あ、急がないと。

そう思って荷物とお手紙を渡す。

受け取りのサインを書いてもらって、もしお返事があったら、明日《もふもふ雲》に行ったときに渡してもらえばいいと言づけて、エンガさんから頭を撫でてもらって、家族と食べな。って大きなリンゴを2つ貰った。

ヤエさんからはチップである。

本当にありがたい。

お礼を言って【また明日~!】と手を振り合って、配達ギルドに向かう。

本来ならこんな大口の契約は本物かどうかをしつこく審議、確認するはずなんだけど、マルフィールさんが鳩での伝達をしていてくれたみたいで、スムーズに受理された。

おまけに誰にもバレない様に、配慮してくれて、凄く驚いた。

配達ギルドは大元なだけあって、他の受付所と比べるとまだまともだけど、受付や受理に凄く時間がかかるからほとんど来ない。

まあ、ここもソコソコ酷い、冒険者ギルドや商業ギルドとは格の違うヘッポコギルドって呼ばれてるけどね。

やっぱり、お得意様にはそれ相応の対応をするんだな~。

大人って汚い。

そんな風に思いながらも、心の中でマルフィールさんに感謝。

明日、ちゃんとお礼を言わないと。

リンゴは取り上げられず、チップを少し撥ねられて、帰り道を急ぐ。

今日は僕はお腹いっぱい食べれたから、他の物は全部家族にあげよう。

ランルー鳥はまだ食べてない。コレは兄さんにあげよう。

ジャムは今日じゃなくても大丈夫って聞いたから、まだ。

明日には《いちごのタルト》を食べさせてあげられる。

ああ、なんて良い日なんだ。

稼ぎもくらべものにならない位、断トツだ。

こんなに稼げてお腹いっぱい食べれる日が来るなんて!!

兄さんに今日の稼ぎと、今日の契約の話を早くしたい!!

そう思ったら我慢できなかった。

僕はそんなに足が速くないんだけど、気が付いたら走ってた。

今まではお腹がすくから体力を使わない様にしてたのに。

でも、今日くらいはいいよね!


家に着いたけど、まだ兄さんは帰ってない。

まだかな、まだかなとソワソワしながら弟たちの面倒を見ていると兄さんが帰ってきた。

そこで、今日の契約やチップ、頂き物を見せながら話をすると

「すげぇじゃんか!!やったなベルント!!よくやった!!」

と、頭をワシワシと兄さんが撫でてくれた。

自分の事の様に喜んで褒めてもらって、僕はもう、大満足!!

今日のごはんは豪華だー!なんて言ってたら、兄さんが鞄から出した美味しそうな物体に家族全員大騒ぎ!

これだけ食料があれば、母さんが遠慮することもない。

しかも、ネリーおばさんから『母さんにも食べさせて大人の女性の意見を聞いてきて』って言われてるなら、母さんも食べないわけにいかない。

良かった。ちゃんと母さんに食べさせられる。

何でもかんでも自分は少しだけで、他の皆に食べさせようとする母さん。

父親がお金を持って逃げてからは特に。

他の家のお母さんに比べると、うちの母さんは凄く細い。

凄く細くなった。

手も足も。顔も。

昔、仲よくしてた奴に『お前のかーちゃん、ガイコツみてぇ!』って言われて、殴り合いの喧嘩の上、縁を切ったことがある。

あの時、母さんは申し訳なさそうに僕に謝った。

母さんが謝る必要はないと否定したし、その時の奴は今でも無視してる。

今、母さんは少し戸惑った様子だけど、ちゃんと食べてる。

『女性の胃袋での程よい大きさも知りたいから、食べれる限界まで食べなきゃダメだ』なんて言われたら母さんも食べるしかないよね。

まあ、母さんは普通の女の人よりも食べないから、少し多めに報告する必要があるだろうけど、その辺は兄さんも分かっているはずだし問題ない。


今日、僕は凄く頑張って、迷って、神経をすり減らして、この稼ぎと食べ物を手に入れた。

でも、きっと僕が手に入れたものだけじゃ、母さんはいつものスープと芋を食べて、他の物は僕たちに食べさせただろう。

【母さんに食事させられる物】を勝ち取ってきた兄さんが、契約で舞い上がってた僕よりもずっと凄い。

やっぱり、兄さんは凄いなぁ。

僕なんかよりずっとずっと凄い。

流石、兄さん!!

僕も、早く兄さんみたいな頼りになるカッコイイ男になりたいなぁ!!

今日も、家の兄さんが世界一!!

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