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今日もお店は大繁盛。

嫌な感じがビシバシとする運び屋の前で二人と別れ、露店へと戻ると、エンガがテル少年とモモちゃんを含めた大人数の子供達に囲まれていた。

エンガはしゃがみながらニッコニコの笑顔で【にゃー!】の大連発。

しかも、【モモ達が来てくれて嬉しいにゃー!】なんてリップサービスまで。

なんて末恐ろしい子!!

子供達もまるで近所のアイドル猫に駆け寄るかのように、わいわいと騒いでいる。

思っていたよりも怖いものなしの子達が多いみたいで安心した。

そう思っていると


「だから言ったろ?ここの獣人は、優しい《亜種》ってやつなんだって。うちのばーちゃんとかーちゃんもそう言ってたから、間違いねぇって!」

と身振り手振りで、自慢げにスピーチしているのはテル少年。

どうやら、早速、宣伝の任務をこなしてくれているらしい。

子供達はうんうんと頷き、テル少年をキラキラとした目で見ている。

なんとなくで決めたけど、やっぱりこの子、人脈あるなぁ~。

ガキ大将タイプっぽいのに大人に甘えるのも上手そうな感じ。


「あ!ねーちゃん!こっちこいよ!客、沢山連れてきたぞ!!しかも、モモも連れてきたからな!」

と、ドヤ顔でテル少年が声をかけてくれたので、

「いらっしゃーい。今日も来てくれたんだね、ありがとう。モモちゃんも来てくれてありがとうね~。」

と手を振ると手を振り返してくれるモモちゃんマジ天使。

その横で満面の笑顔のエンガさん、マジ女神。


「モモは昼寝の前に帰すからな、少しだけど良いだろ?」

と言葉を添えて、テル少年がこっちに来てくれた。

あっちはガヤガヤしてるので、その間に小声で済ませちゃいましょう。


「モモちゃんのお世話もあるのに、来てくれてありがとう。手短に。こんなに沢山連れてきてくれたんだし、今日は初日サービス。タルト1つと干し芋1袋、家族分の一口ドーナッツを報酬にどう?」

と聞いてみると、

「よっしゃ!その言葉を待ってたんだよ!タルトって、この前かーちゃんが買ったのとは違う方のあるだろ?そっちが良い。あとさ、こいつらには《亜種の優しい獣人》って言ってあるからさ。間違っても暴力振るうなよ?俺の信用が落ちるんだからな??頼むぜ。無いとは思うけどよ。」

と、一応注意はするが《エンガが暴力だなんて有り得ない》と確信しているかのように告げられる。

エンガを信用してもらえて凄く嬉しい。

テル少年も中々に良い子なんだよな。


「大丈夫だよ。今日は用事があるから早めに閉める予定なの。帰る少し前に声かけてね。報酬渡すのとかあるから。」


「おう。分かった。んじゃ、その時になったら声かけるわ。」

と、子供たちの輪に戻っていくテル少年。

エンガに色々質問したりしながらクッキーを齧り、用意してあった紅茶を回し飲みする子たちはとても楽しそうで、エンガも嬉しそうだ。

そんな中、少し大きな声が響いた。


「何度もお願いしているではないですか!なんで3個までなんですか!?こんなに通っているんですから、もっと買わせてくれてもよいのでは?」

と、目の前の店での大騒ぎ。

あたしのお店、《もしゃもしゃ草》からの声である。

面倒だと思いながらも、子供達もいるので子供たちの相手をエンガに任せて一人で対処することにする。

エンガに向けて首を横に振るとエンガは頷き、子供たちに声をかけた。

一瞬驚いた表情だった子供達も、エンガに話しかけられて、それぞれの家族自慢を始めた。


そっと文句を言っている人の顔を見てみると、最初の頃に店の回復薬を全部購入しようとしていた商人の人だった。

面倒だな~。そう思っていると


「たかが数日通った程度で、《こんなに通っているのに》なんて言うとはのう。最近の若い者は根性がないのう。それに、売れ筋商品に個数制限をかけるのは普通の事じゃろうに。お前さん、本当に商人かの?向いとらんから転職したらどうじゃ?」

と、隣のお店のレイルお爺さんが言った。

まあ、開店初日に回復薬を飲み、その後も毎日オニオンリングを購入してくれてるレイル御爺ちゃんが一番の御贔屓さんだよね。

他の品もお昼ごはんにと一通り網羅したみたいだし。

と、意外な方の応戦を有難く思っていると


「文句があるなら買わなくていいぞ。帰ってくれ。一つでも良いから買いたいっっつー奴も並んでるんだからよ。」

とレイル御爺ちゃんに続いたのは店員を任せている息子の方のボリスさん。

その言葉に続いて、後ろに並んでいた人たちもブーイングを始めた。


『転売者が文句言ってんじゃねぇよ!てめぇの店で高く売ってんの見たぞ!』

『毎日3個も買ってんじゃねぇよ!命削る覚悟の冒険者に回せよバーカ!』

『こんなに安く売って貰ってんだ!感謝しろ!』

と、口々に商人に文句を言い始めた。

挙句には

【てめぇの店では今後、何も買わねぇからな!!】

との冒険者たちのド迫力の怒号により商人は何も買わずに逃げ出した。

その背中に向けて未だに罵詈雑言を吐く冒険者は本当に荒くれ者の集団という感じだ。

その様子が怖いのか、子供達がエンガの周辺につかまり、ぎっちぎちに集まっている。

これはマズい。子供達が泣くかもと思っていると


「その辺にしとけ、小僧共。おとなしく並べ。列を崩した奴は並びなおしだ。」

と、カルロスさんが睨みを利かせた瞬間、冒険者たちはサッと列に戻った。

これぞまさに鶴の一声。

そう感心すると同時に、やっぱりこの二人、ボリスさんとカルロスさんにお店を任せて良かったと思う。

丁度目が合ったので、2人には頭を下げる。

2人は気にするなと言うかのように目礼をしてくれた。

私はそのままエンガの方に戻り


「エンガ、子供達が怖がってるから、気を紛らわすために一口ドーナツの試食だそう。」

と提案する。

《冒険者》を怖がる子供達には申し訳ないが、目の前のお店が私が経営する回復薬のお店であることはずっと変わらないのだ。

慣れてもらわないと。

その為にも、子供が喜びそうな《一口ドーナツ》を半分にして本当の一口サイズにしたものを配ることにする。

エンガも賛成してくれて、早速ドーナツを切り始めた。

泣きそうになっている子をなだめるテル少年にも耳打ちをして、試食を配ることを教える。

すると即座にテル少年が子供たちに向けて『もっと耳を寄せろ』と手招きする。

そうすると、子供たちは泣きそうになりながらも、不思議そうに、興味津々で耳を寄せる。

それを確認してからテル少年は小声で告げた。


「おまえら、よく聞け。向かいの店、このねーちゃんのなんだってよ。でな、今、その客が騒いだろ?で、お前ら怖かったろ?だから、ねーちゃんと獣人のオッサンが、そのお詫びに【特別】に商品を試食させてくれるってよ。お前ら、あっちの店には近づかないって約束しような。ガキだけで来るのはこっちだけな。あっちはとーちゃんいないと駄目だぞ。冒険者、怖いの分かってるよな?良いな?約束できる奴だけ、【特別】に試食な。約束できる奴!!」

と、最後だけ強めに言うと、子供達はシュバッと手を挙げた。

【特別】という言葉に心が動かされたらしい。

何度も頷きながら、『約束守れるよ!』と口々にテル少年に告げる子供達。


「よし、じゃあ、一番ちびの奴からな。オッサン、こいつから渡してやって。」

と、モモちゃんより年下らしい、一番小さい子の手をつかんで上に向け、エンガに頼むテル少年。

既にドーナツを人数分に切り終わっているエンガは、そのうちの一つをつまみ上げ、少年の掌に載せる。

「ちゃんと約束できる良い子だにゃー。よく噛んで食べるにゃー。」

と、少年を褒めつつ、よく噛んで食べる様に注意する。

母神様か。

そう頬を緩めていると


「あいあとちょー。やくちょく、まもぅ!ぼく、おちょこのきょ!」

と、お礼を言いつつ、どうやら《男同士の約束だぜ》的なことを言いたいらしい少年のドヤ顔が微笑ましい。

更にはハイタッチを要求。

エンガは良く分かってなさそうだけど、手を合わせてニコニコしてる。

その後に続いたのはモモちゃん。

モモちゃんも同じようにお礼を言って、エンガとハイタッチ。

その後も続く、ドーナツの手渡し会&ハイタッチ会。

どうやら、子供たちの中で【約束守るぜ=ハイタッチ】の図式が出来上がったらしい。

というか・・・・・。

これ、私、並んでも良いですか?

ドーナツなくても良いからハイタッチしたい。

と思って、子供たちの一番後ろ、テル少年の後ろに回ると

「何してんだよ、ねーちゃん・・・。」

と、私の考えが分かったのか、呆れた表情のテル少年。

「だって、私も、ハイタッチ・・・。あれだよ、あの、仲間外れは良くないよ!」

と、握りこぶしをつくって見せると

「ねーちゃん、ホントーにオッサンの事、大好きなのな。・・・まあ、ねーちゃんが恥ずかしくねーんならいいよ、別に。」

と、ため息を吐かれたが、気にしない。

私はそんなもの気にしないさ。

恥ずかしい?いや、ハイタッチ会の方が大事でしょ?

と、開き直り、漸く私の順番に。

不思議そうなエンガと向き合った。

「ん?ヤエ?あれ?ヤエも食うのか?食うんなら切んねーと。ちょっと待ってな。」

と、私の分も用意してくれるエンガ、本当にやさしい。

ドーナツ目当てじゃなくてハイタッチ目当てなんだけど、何も言わないよ。

ドーナツの手渡しも嬉しいもん。

「ん。俺とヤエで半分こな。」

と、嬉しそうなエンガが可愛い。

そして、ドーナツを受け取り、ハイタッチ!

と手を差し出したら、

「うわ~ん!おっこちた~!」

と、ドーナツを落としたらしき子が泣きだした。

あちゃー。と、手を頭に当て、口に入れたドーナツを急いで咀嚼しようとするテル少年の横を通り過ぎ

「大丈夫にゃー。こっちのあげるにゃー。落としたのは後で鳩さんにあげるにゃー。落とさない様に、今度は口開けるにゃー。」

と、自らのドーナツを少年の口に入れてあげるエンガさん、優しさの塊。

そして空ぶった私の掌を見つつ、

「...なんか、わりーな。チビが。」

と若干気まずそうなテル少年からの声に

「え?何の事?いや、うちのエンガ、本当に優しいよね、子供大好きだよね、素晴らしいよね!」

そう全力で告げてエンガの元へ向かい、

「実はさっき食べたばっかりでお腹いっぱいだったの。」

と言い訳して、エンガの口にドーナツを入れてあげる。

まあ、ハイタッチは逃したが、あーんしてあげて、美味しそうな嬉しそうな顔が間近で見られたので良しとしましょう。


ドーナツを食べた子供たちの中で、何人かが丸々一個買いたいと言い始めたので、対応をエンガに任せて私はそっと移動する。

移動先はレイル御爺ちゃんの露店。

「こんにちはー。先ほどはありがとうございました。」

親しき中にも礼儀あり。きちんとお礼は言っておかないとね。

「いやいや、構わんよ。1番最初にこの店の回復薬のお世話になったのはワシじゃからな。まだまだ、恩を返せておらんくらいじゃ。それに、オニオンリングの常連客としては、あの程度ひよっこじゃて。あの商人、何度か遅くに来て買いそびれておるからの。それに対して、ワシはオニオンリング、皆勤賞じゃ!はっはっは!」

と、誇らしげなレイル御爺ちゃん。

うん、あまり揚げ物の連続摂取は避けた方が良いと思うんだけど・・・・。

何かあったら回復薬飲ませよう。そうしよう。

ついでに揚げ物じゃない、気に入る商品も出せる様に頑張ろう。

でも、お気に入りみたいなので、明日はそれを無料で用意しておこうと思います。

「明日もこちらにいらっしゃいますか?先ほどのお礼に明日の分、無料でお取り置きしておこうと思うのですが、受け取っていただけますか?」

と問うてみると、嬉しそうな顔で頷かれた。

なので、明日は出来たてをレイル御爺ちゃんに出してあげようと思います。

その他にも少しお話をして《もふもふ雲》の方に戻ってみると、口をもごもごさせている子がいっぱい。

どうやら一口ドーナツを買った子が多かったみたいだ。

ラッキークッキーよりも少し高いが、大きさと食べ応えはドーナツの方が上だろう。

というか、大人用の一口なので、子供からしたら十分大きい。

しかも味が分かって安心&価値あり。と判断したんだろう。

にしても・・・・。

モグモグしてる子の多い事。

エンガが回し飲み用の紅茶を手渡しながら、喉に詰まらない様に配慮してるけど。

その場で食べてく子のために、今度からお茶でも用意しようかな。

ヤカンに紅茶入れて、自由についで飲んでね。一人一杯。的な。

ん~。

両隣の敷地が二つも空いてるし、小さいテーブルと椅子を置いて、イートインコーナーを作成した方が良いかも?

と、色々と考えていると


「あの、干し芋頂けますか?」

と、若い女の人が話しかけてきた。

お客さんだ。と、エンガが声をかけようとすると

「あ!おかあさん!来たの!?買うの!?あのね、ラッキークッキー買って、当たると景品もらえるんだよ!!テル兄が教えてくれたの!あっちの、獣人のおじさんに《ください》しなきゃなんだけどね、良い獣人さんだからね、大丈夫なんだよ!おかあさん、怖かったら、僕がおてて繋いでてあげるから、ラッキークッキーも《ください》しなよ!干し芋も!あ!どーなつも美味しかったよ!安いし!」

と、子供たちの中の一人の少年が女の人の足元に抱き着き、マシンガントークを開始した。

対するお母さんは苦笑しながら

「あらあら。この子ったら。さっきのをお母さんも見てたから特別に優しい獣人さんなのは分かってるわ。この獣人さんは近づいても大丈夫な珍しい獣人さんなのね。でもそうね、初めてお話しする人だから、少しドキドキしちゃうわね。手を繋いでくれる?」

と、子供の目線に合わせて子供に手を繋いでもらうお母さんは、そのままエンガに向きを変えた。

「うちの子がお世話になりました。ラッキークッキー1つと一口ドーナツを3つ。干し芋を一袋くださいな。」

と、エンガと目を合わせてご注文。

「はいにゃー!ご注文ありがとうございますにゃー!」

と答えたのち、ラッキークッキーの箱を向けて説明を開始。

私はその間に他の商品を包んだ。

ラッキークッキーはハズレで少年が残念がったが、お母さんは楽しそうにしていた。

お金をエンガに渡し

「こんなお楽しみ要素がある商品なんて初めてだわ。うちの子にも優しくしていただいてありがとうございます。今後もお小遣いをあげる度に来ると思いますので、宜しくお願いします。」

と頭を下げたられた。

「わざわざご挨拶ありがとうございます。商品もたくさん買っていただいて。お子さんにはこちらこそ、仲よくしていただけると嬉しいです。お母さまも、是非、またご来店ください。」

と返事すると、少しワタワタしたエンガも「またご来店ください。」と繰り返した。

すると、どこから現れたのか、子供たちの母親らしき方々が続々と現れ、子供達に手を繋いでもらいながらラッキークッキーやドーナツを購入していくという展開に。

勿論、ラッキークッキーが当たる母親もいるのでお店は大忙しである。

中には【テル君達が大丈夫だって言ってたし、貴方と仲良く歩いてたのを見た事もあるから大丈夫なのは分かってたんだけどね、やっぱり獣人だから心配になっちゃって、皆であっちから見守ってたの。ごめんなさいね。】と、この状態がなんで起こったのかを私にこそっと教えてくれる方がいた。

なので【うちのエンガは子供大好きの母性が溢れている様な優しい人なので、いつでもいらしてください。お子さんだけでも、お母さんたちだけでも。いつでも大歓迎ですよ。】

そう告げる私達の視線の先ではエンガが子供の口元を拭いてあげていた。

お母さんたちはクスクスと笑いながら【ウチの夫や息子たちよりも面倒見てくれてるわ。】と、安心した様子だった。

良かった。

弱いはずの母親と子供が《大丈夫な獣人》だと認めてくれれば、他のご家族も受け入れやすいだろう。

エンガの居場所がどんどん広がっていくようで嬉しい。

で、本当に左右の露店を借りてイートインにした方が良いかもしれない。

そんなこんなしている間に、暇じゃないお母さまたちは早々にお帰りに。

子供達もお腹が膨れて、今から遊びに行くらしい。

テル少年と一部の少年たちは小さい子とモモちゃんを昼寝の為にお家に連れて帰るらしい。

テル少年に約束のものを渡し、見送る。

その後も何人かの奥様方がいらっしゃってその対応をした。

エンガに注文する人もいるし、今日の売り上げは上々。

安いものばかりだからそんなに儲けはないかもだけど、《エンガは怖くない》と宣伝できたのでよし。

さて、この後はエンガも楽しみにしてた、髪紐屋さんのタルグさんとのお茶会である。

後でお昼の時にスコーンとクロテッドクリーム、ジャムを少しだけ、少しだけ味見して、行きましょう。

とにかく、一度お昼を食べに帰ろう。







____________________


弟のベルントと別れて、急いで仕事をこなす。

菓子屋の二人から食わせて貰ったおかげか、いつもより胃袋は重いが足は軽い。力が出る感じだ。

やっぱ飯は食った方が良いのかもしれねぇな・・・。

今までは小さいままの方が小道やらなにやら楽だし、スピードも出るし、

何よりも、大事な弟であるベルントに突然過酷な労働に引きずり込んだ詫びの意味も込めて芋を分けていたが、あいつは受け取ることが俺が喜ぶことだと知って受け取ってるからな。

最近、他のクソガキ共に邪魔されて近場の依頼が取られることが多くなってきた。

なら、少しでも体力をつけて、中距離を狙った方が良いだろう。

あのガキどもは長距離と中距離には中々手を出さねぇ。

今なら毎日、あのクッキーも食えるし、チップに余裕があるときはベルントが褒めてた腹持ちの良いドーナツとかいうのを買っても良い。

身体が大きくなるかは分からねぇが、食って体力をつけるのを考えていかねぇと。

にしても、本当に良い客がつかまって良かった。

チップもケチらず、指名料の値切りもなし。オレンジとかいう美味そうな果物を俺とベルントの二人分よこして。更にはジャムパン、あれをパンと呼んで良いのかは分かんねーけど。それも大量に食わせてくれて、更には瓶に入った見た事もない《ジャム》までくれた。

俺の寝起きの言葉の悪さにも引かず、笑い飛ばす豪胆さ。

やっぱ仲よくして損はねぇ人達だな。

俺もベルントも素で接した方がよさそうだ。

口が悪くても気にしねぇって言われたし、本当に気にしてねぇみてぇだし。

ここで下手に《演じる》のは悪手だろうしな。

っと、考え事してる間に肉屋についた。

後はネリーおばさんに小瓶と手紙を渡すだけだ。

「ネリーさん、ヤエさんからの配達っす。受け取り表にサイン」

俺は口が悪いから最低限しか喋らない様にしてる。

「おや、アーベルじゃないか。家族は皆元気かい?ヤエからだね?ちょっと待っとくれ。」

質問には頷いて答える。

「内容によっては返事書くから持ってっとくれ。」

と、次の仕事になりそうな内容だったので

「近場の配達の帰りに寄るんで。」

と告げて、次の配達先に走った。

近場で時間指定が二つ、そうでもねぇのが4つある。とりあえず、時間指定のを終わらせてその帰りに再度寄ることにする。


時間指定のを届け終え、道順のも何個かこなし、帰りにネリーおばさんの所による。

「あ、来た。待ってたよ。お疲れ。この手紙ヤエに届けてくれるかい?あと、料金とチップね。」

と手紙とお金を渡される。

料金は正確。チップは平均。チップは気持ちだから、小銭だ。

こういう風に返信物を受け取ったときは指名料はもらえない。

しかも、胴元との契約でチップは誤魔化せないことになってる。破ると呪が発動する仕組みだ。

だから返信物やチップをごまかす事は出来ない。

これで安い給料で働かされてんだ。

とことん、貧乏人は生きていけねぇ世の中だよな。

と、少し思考が負の方に移動したとき、

「ああ、それとこっちをあんた宛に届けてくれるかい?これからヤエと私の家のやり取りをしてもらうことになるだろうからさ。その迷惑料って事でさ。ついでに、感想を言ってもらえるとありがたい。実はまだ試作品でね。」

と、美味そうな肉の匂いのする包みに《アーベル様》と、俺の名前が書いてあり、配達の正規料金と少しのチップを渡された。

なんだそれ。すげぇ美味そうな匂いだけど・・・。

「正規料金払う客なんだから、迷惑料なんて払う必要ねぇだろ?」

と、強がってはみたが、肉の良い匂いがする。

正直、これを持ち帰れたら、ベルントをはじめ、うちの家族は狂喜乱舞だろう。

「だ・か・ら、試作品なんだって。味を見てほしいんだよ。何種類か作ったからさ、感想を言ってほしいんだよ。うちの旦那は《君の作ったものは最高だよ》とかしか言わないからね、役に立たないのさ。逆にヤエにはまだ食べさせられる段階じゃない。エンガはヤエの飯で舌が肥えてそうだしね・・・。あんたんとこ、母親も妹たちもいるだろ?働き盛りのあんた達兄弟の味覚と、母親の味覚、幼い子供の味覚、どれが美味しかったか、大きさはどうか。そういうのを聞きたいんだ。売りたい相手はあんた達みたいな一般家庭なんだ。あんたのとこの意見が聞きたいんだよ。」

と。説明されて納得する。

良く分かんねぇが、うちの人間全員に食わせて、大きさやらどれが美味いかを判断すりゃ良いらしい。

なんでそんなことを俺に頼みてぇのか分からねぇが、損にはならねぇし受け取ることにした。

「次来た時に、感想宜しくね!」

そう言って見送って貰った。

良く分からねぇが、今日は腹いっぱい食える日だな。

少し気分が高揚し、足取りも軽くなる中、残りの仕事もこなし、他の依頼がないか胴元のとこに確認にも行って、自分あての荷物も見せて、チップをはねられて。

今日も1日よく働いた。

そう思って家に帰ると、満面の笑みのベルントに迎えられた。



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