ベルントの心の日記
今回は、運び屋のベルント君の一日の心の中での日記です。
ヤエちゃんとエンガさんに出会った時の心境など。
________________
《ベルントの一日》
今日は不思議な事がいっぱいあった。
いつもより沢山のお給金を貰えたし、面白い物も沢山もらえたし、食べられたんだ。
今日は早朝からの呼び出しが来て、驚いた。
【獣人にも動じず、丁寧なあいさつの出来る小さい子】が良い上に、タルタ牧場との往復を考えると長距離を歩ける人間じゃないと駄目。という条件から僕が選ばれたらしい。
新規の奴らは長距離なんて歩けない。
僕は獣人もそんなに怖くない。
余計な事は言わないで、静かに、声を荒げず、低姿勢。
これさえ守れば、急に殴られたりもしないし、痛い思いはしない。兄さんが教えてくれた。
言葉が丁寧なのは、兄さんに言われたから。
「俺はコレで失敗した。口が悪くて上客は付かねぇ。言葉、母さんのを真似しとけ。」
って。兄さんには先見の目?があると思う。凄い。
おかげで、この年齢でも何人かの顧客を獲得できてる。
呼び出しが来たら、直ぐに出ないと駄目だ。
遅いと他の人に仕事を取られるか、ペナルティが付く。
もしかしたら付くかもしれない顧客を逃す事態にもつながる。この仕事では致命的だ。
焦って出かける準備をしていると、兄さんが芋を二つくれた。
「朝飯に食え」って。兄さんの分の芋もくれた。
一人一つの芋なのに、兄さんはいつも僕に多くくれる。
断っても、「お前は長距離なんだ。食わないと持たねぇぞ。俺は他に当てがある」って言って持たせてくれるんだ。
だから、僕はいつも僕に出来る最高の笑顔でお礼を言う事にしてる。
でも、本当は知ってる。
兄さんは朝ごはんを食べれてない。
いや、違う。
兄さんは皆と一緒に食べる夕飯以外は食べてない。
朝も昼も食べてないんだ。
運び屋の他の人が言うには「お前の兄は昔からそうだ。」って。
「短距離を一気に走るから、胃に物が入ってると吐くんじゃねぇか?」
「体が重くなると速度が出ねぇんだろ。」
「短距離を最短の時間で走ってるかんなぁ。上客も付かねぇ、質より量派だもんな。」
「あいつの今の身体の大きさだから通れる裏道もあるからだろ。身体大きくしたくねぇんじゃねぇの?」
って。
皆が言うには兄さんはあんまり成長したくないみたいだ。
兄さんは、僕より3歳年上だ。
でも、身体は僕と同じくらいの大きさなんだ。
僕は、兄さんよりもずっと後に運び屋になった。
最近って程でもないけど、そんなに長くもない。
でも、兄さんは僕の今の歳よりずっと前から運び屋をやってる。
僕は知らなかった。
父さんの稼ぎじゃ足りなくて、母さんが内職をして、兄さんが運び屋をしていた事。それでも食料がギリギリだった事。
朝ごはんが一人一つの芋でも、昼も夜もスープとパンだけでも。
肉が食べれなくても、夕飯がスープだけの日があっても、大家族を父さん一人で養ってるんだから仕方ないと思ってた。
弟と妹の世話は僕がしてたから、僕もそれなりに忙しくて、母さんと兄さんの
【大丈夫】
を何の疑いもなく、そのまま受け取ってたんだ。
でも、ある日、
父さんが家のお金を全部持って、若い女と逃げた。
その時、兄さんに言われた。
「俺と一緒に働いてくれ。じゃねぇと、母さんが花街に出稼ぎに行くか、全員餓死するしかない。俺は今の3倍の仕事をこなす。お前はお前に出来る分の仕事だけで良い。母さんには内職と家の事を全部任せる。チビ共はまだ働けねぇ。俺達だけで、今以上に貧乏でもやってくしかねぇんだ。一緒に頑張ってくれ。」
って。
母さんも弟妹も守りたい。
でも、何よりも。
兄さんの手伝いが出来るなら、兄さんに頼りにされてるんなら、僕は、兄さんと働く。
兄さんにその思いを話すと「お前、本当に俺の事、大好きだな。」って笑われた。
当然だ。兄さんは僕の誇りで、僕の英雄なんだから。
「父さんに会ったら、どうすればいい?」
思わず聞いた言葉に、兄さんは
「屑のことは忘れろ。見つけたら石でも投げとけ。」
って笑ってた。
出来るだけのものを売り払って、お金を作った。
僕も兄さんも休み無く働いた。
兄さんは胴元に頼み込んで、本当に3倍の仕事を回してもらってた。
兄さんは仕事から帰って、皆とご飯を食べた後は死んだように眠るようになった。
僕も足が痛くてつらかったけど、僕はまだまだ兄さんほど稼げない。
だから僕は、兄さんを心配してる皆を励ます事に専念した。
色んな所を歩いて楽しかったとか、辛い事ばかりじゃないんだよって。
少しでも、兄さんの力になりたかった。兄さんの邪魔になる事はしちゃいけないって思った。
そんなこんなで、何とか運び屋としての生活も慣れてきた。
今では、女と逃げたあいつがいた時と同じくらいにはまともな生活が出来るようになった。
毎朝、一人一つの芋。昼と夜にはスープとパン。
極稀にだけど、チップがわりに貰える果物や魚も持って帰れる。
クズなあいつがいないおかげで、1人分のスープの具は増えて、芋は少し大きめになったから、昔以上かも?
で、今日。
急いでタルタ牧場に行くと、「なるべく急ぎで届ける様に」って指示のもと、手紙と包を渡された。
それを拡張鞄に入れて、足早に歩く。
指定された場所は中々に遠い。
僕は長距離専門だから問題ないけど、なんで街はずれなんかに住んでるんだろう。
土地は余ってるし安いのかもしれないけど、不便だろうし、荷物を届ける側としては迷惑だ。
料金はたいして変わらないのに、多く歩かなきゃいけない。
しかも、相手は獣人がいる家。
届け物は女の人に渡すらしいけど、獣人がいるなら一層、言動に気を付けなきゃいけないし、面倒だ。
仕事だからしょうがないけど。
多めにチップが貰えると良いなぁ。
もしくは、何か品物を貰えると良い。
チップは胴元に引かれるけど、現物は次回の会話につながるからって取り上げられない。
食べ物だと更に嬉しい。
母さんも弟妹も喜ぶから。
僕が食べなくても、弟妹の感想を伝えるだけで良いし。
美味しい物が貰えれば、上々だ。
歩きながら、獣人がどんな奴か、相手の女の人がどんな人か、様々なパターンを考えておく。
自分の売り込みをすべきかどうかも考える。
初対面で自分の売り込みをしすぎると嫌がられる場合があるから、相手をよく見てから判断しないといけない。
そんな風に考えていたら目的の家に着いた。
大きな大きな家。
土地も家も、庭も、僕の家の何十倍もありそうだ。
街はずれだから安く買えたのかな?
にしても、こんな早朝にお届け物なんて、相手に嫌がられるんじゃないだろうか。
話をちゃんと通してくれてると良いんだけど。
下手すると、僕が相手に平謝りしなきゃいけなくなる。
早朝にごめんなさい。
ってね。
さて、深呼吸を一つ。
玄関の扉を叩いて
「あの~、す、すみません~。ヤエ様のお宅でしょうか~?」
ここの主であるはずの届け先の女性の名前を出して、か弱い子供を演出して声をかける。
獣人は喧嘩っ早いけど、相手が弱すぎると殺気が削がれる場合もあるって聞いたことがある気がするから。
声をかけて直ぐに開いた扉の先には、女性と獣人が並んで立っていた。
僕より少し年上くらいの若い女の人と、40は過ぎてそうな獣人。
凄く警戒されてる。
しくじった。
獣人は耳が良いから、門に入る時点で軽くでも声をかけておけばよかった。
しかも、この獣人、虎の獣人だ!
しかも、しかも、フルフェイス!!
聞いてない!こんなの聞いてない!!
フルフェイスなんて聞いてないよ!!
初めて見た!!怖い!!怖い!!
凄くヤバイ!!
【肉食系と猛禽類は気が短いから絶対に怒らせるな】って兄さんに言われていたのに!
対応を間違えた!
最低でも1、2発は殴られるだろう・・・。
そう思ったんだけど、獣人からの拳は飛んでこない。
何でかは分からないけど、今のうちだ。
殴られる前に要件を済ませてさっさと帰ろう。
そう思っていると女性の方から声がかけられた。
「こんな朝早くに、どちら様ですか?」
こちらも少し不機嫌そうだ。
そうだよね、こんなに朝早く。
でも、僕だって好きでこんなに朝早く来たんじゃない。
むしろ被害者だ。
ここに来るずっと前に起こされて、ここまで歩かされて。
しかも、目の前には奴隷の首輪をしてない不機嫌そうなフルフェイスの虎の獣人。
奴隷の首輪をしてないフルフェイスの虎の獣人が同居人だなんて聞いてない。
こんなの詐欺だ。
僕、ここで殺されるのかも。
・・・・・・。
でも、この仕事を終えないとお給金はもらえないし。
取りあえず刺激しない様に頑張ろう。
兄さん!僕頑張るからね!死んじゃったらごめんなさい!!
「あ、あの、すみません!えっと、僕は運び屋の人間です。《タルタ牧場》のマルフィールさんの依頼で来ました。コレ、荷物とお手紙です。お手紙を読んでいただいてから、荷物を確認していただき、受け取っていただけたらココにサインを貰う様にと・・・。」
ここに来た理由を早口で説明しながら封筒を出すと、受け取り主のヤエさんじゃなくて、虎の獣人に取り上げられた。
やめてよ!!本人に渡さないと契約違反になっちゃうのに!!
って言いたいのに言えない。
今まで何人もの獣人に会ってきたけど、この獣人は断トツで怖い。
流石の僕も、笑顔なんて作れない。
一応、後で怒られた時の為に「あ、あの、ヤ、ヤエ様に、と・・・。」と言葉を添えておく。
僕、一応は本人に渡そうとしたからね。
この獣人のオジサンが取り上げたんだから。
獣人のオジサンが臭いを確認して、ヤエさんが中身を確認する。
この獣人はヤエさんには紳士らしい。
僕にもそうであってほしい。
ヤエさんの指示で包を取り出し、獣人さんに渡す。
ヤエさんは玄関先で、そのまま手紙を書き始めた。
手紙を書き終えると、中に戻って行って、包と果物を持って戻ってきた。
その間、僕は獣人と2人きり。
獣人は僕を上から下へと眺めているし、もう、生きた心地がしない。
冷や汗がドバドバ出てくる。
獣人は臭いにも敏感だから、汗の臭いで怒られたらどうしよう。
受領証にサインを貰って、包と果物を急いで袋に詰める。
まさか、受領証を持って帰るついでに依頼まで受ける事になるなんて。
僕は早く帰りたいのに。
こんなに生きた心地がしない場所に居たくない。
今、直ぐにでも帰りたいのに!!
って叫びたかったけど、タルタ牧場までの荷物の正規料金の上に、本来なら有り得ない【ここまで来てくれたお礼のチップ】と【帰り道に重い物を持たせる分のチップ】だなんて、かなりのチップをくれた!!
こんなに太っ腹な対応、僕、初めて!!!
上客さんだ!!
怖い獣人がいても我慢できるよ!!
にしても、拡張鞄は重さは変わらないから重くはないんだけど、2人とも知らないんだ。
チップ減らされたら嫌だから言わないけどね。
なんて思ってたら、
獣人のオジサンが鞄から果物を出して、僕に渡してくれた。
正直、夢でも見てる気分だった。
間近に見るフルフェイスの顔も獣人の手も凄く怖くて僕の手が震えるけど、受け取らない訳にはいかない。
どうしよう。怖い。
そう思った瞬間、その果物が、さっき受け取ったタルタ牧場の人への果物と同じものだと気づいた。
艶々丸々としてて、甘い良い匂いのする、綺麗な果物。
こんなに綺麗な果物見たことないから自信はないけど、獣人のオジサンが
「ここまで来たご褒美だ。仕事が終わってから食えよ。」
って渡してくれたから、多分、果物だと思う。
こんなものが貰えるなんて!!
凄く高価な果物なんじゃないかな!?
タルタ牧場への贈り物と同じ品なんだから、きっとそう!!
こんな高そうな物を僕みたいな一介の運び屋にポンと渡せるなんて、この獣人のオジサンは凄い人なのかもしれない!!
女の人は何も言わずに獣人のオジサンを笑顔で見てるし、この家では獣人のオジサンに主導権があるのかもしれない!!
こっちのオジサンと仲良くなった方が良い気がする!
で、早速、自分の売り込みをしようと思ったんだけど・・・・。
なんだか、ダメな気がする。
今、この獣人のオジサンに売り込みしたら、こっちの女の人にもっと警戒されそうな気がする・・・。
勘だけど。
今度、今度会った時に、もう少し仲良くなってから売込みしよう。
僕はそんなに売り込み上手くないし。
兄さんから売込みしてもらった方が良いかも。
兄さんもそんなに話は上手くないけど、2人の方が心強いし、引き際をよく知ってるのは兄さんだから。
今回は丁寧にお礼だけ言って、退散することにする。
出来るだけ気に入ってもらえるように、笑顔で挨拶して帰る。
すると、オジサンが「頑張れよ!!」って笑顔で手を振ってくれた。
それに手を振り返して、タルタ牧場に向かう。
なんだか、思ってたよりも怖くない獣人なのかもしれない。
亜種?って言うんだっけ?変わり者の獣人の事。
兄さんにも報告しておかないと。
この高そうな果物を母さんと弟妹達と兄さんと食べれると思うと、足が軽い。
かなり多く貰ったチップも、胴元に取られる分を考えても充分すぎる。
僕は来た時よりも軽い足取りでタルタ牧場へ向かった。
タルタ牧場に戻って、担当者のマルフィールさんに受領証を渡しつつ、ヤエさんから預かった手紙と包と果物を渡す。
中が見えなかった包の中には、見たこともない美味しそうなお肉の塊が入ってた。
僕なんかじゃ一生食べられないだろう、お肉。
普通のお肉さえ、ほとんど食べた事の無い僕でも匂いだけで分かる。美味しそう。
マルフィールさんでさえ、驚いた表情で涎を飲んでたから、相当な品なんだろう。
この人をこんなに驚かせるなんて、あの2人、いったい何者なんだろう・・・。
普通のカップルじゃないよね?
よっし、ここは【僕をこれからも使ってもらえるよう】にアピールしておかないと。
タルタ牧場は遠いから、大人に仕事を取られがちだし。
「旦那様から頂いたんです!これからも頑張れよ!ってお声がけいただけました!2人でお見送りまでしてくださって、本当に素晴らしい方達でしたよ!」
獣人のオジサンから貰った、マルフィールさんが贈られたのと同じ果物を見せてそうアピールする。
同じ果物を貰えるくらい、仲良くなったよ。
ってね。
次もきっと、この果物か多めのチップを貰えるだろうから、この仕事は絶対に取りたい。
月に何回かは分からないけど、朝食が芋一個な生活は終わるかもしれない。
そう期待を込めて、2人から見送りもしてもらえたこと、労いの言葉をかけてもらえたことも添えていると、マルフィールさんから
「次からも君に頼む。午前中に頼むことが多いだろうから、朝早くに起きれるようにしておきなさい。」
この言葉を引き出せた。
成功した!!
やった!!
コレで上手くいけば、ヤエさんの所だけじゃなくて、マルフィールさん関連の仕事を回してもらえる様になるかもしれない。
短距離の運び屋の話を振られたら、兄さんをオススメすることも出来る。
一度に沢山は欲張らず、少しづつ。
気に入られてからじゃないと、嫌がられるからね。
今日はここまで。
笑顔を心がけて引き上げる。
「ありがとうございました~。また、是非、僕にお任せくださいね。それでは、失礼します。」
ちゃんとお辞儀もして、部屋を出る。
そのまま運び屋の胴元の元に行き、帰りに受けた依頼の話をし、料金を渡し、チップをいつも通りの割合で撥ねられた。
果物は【フルフェイスの虎の獣人のオジサンから貰ったもの】だと強調したら、2個とも持って帰れることになった。
1個取られるかもしれないと思ってたから嬉しい。
一度家に帰って、貰った果物を1個、母さんと弟妹と一緒に食べた。
凄く美味しかった!瑞々しくて、甘くて、こんな果物食べたことない!
皆大喜びだった。
もう1個は兄さんが帰って来てから、皆で食べるんだっ!
兄さんもきっと喜んでくれるはず!夜が楽しみだ!
果物で腹ごしらえして、僕は次の仕事へ向かう。
そして、その仕事の帰りに、兄さんに会った。
次の仕事まで少し時間があるって話だったから、今朝の話をしたら、兄さんが噂で聞いた【優しい獣人と獣人に惚れてる女の子】じゃないかって。
しかも、露店で【回復薬屋さん】をしてる、超お金持ちらしいって。
どうりで!!
あんな凄い物ばっかり持ってるから、きっとすごい人だとは思ってたけど、まさか、【回復薬屋】だったなんて。
兄さんが
「露店の場所も大体分かる。次の仕事まで時間もあるし、行くぞ。回復薬は買えねぇが、顔と好印象を忘れられる前に名前を教えておかねぇと。偶然を装って行くぞ。」
って言うから、露店へ向かう事になった。
兄さんと露店街へ向かい、お店の方を物陰から見てみると、聞いていたお店の向かいに今朝の女の人と獣人のオジサンがいた。
《大学芋》とか《タルト》とか書いてある。
回復薬のお店じゃなくて、お菓子屋さんだったみたい。
あの見た目の獣人のオジサンがお菓子を売ってるなんて、なんだか面白い光景だ。
周りの人達もザワザワしてる。
様子を窺ってるみたいだけど、誰も買いに行かない。
どうしたら良いんだろう。
兄さんの方を見てみると
「よし、誰も買ってねぇな。行くぞ。もし、俺達がきっかけで他の奴らが買い始めたら、あの2人に恩を売れる。俺は知らない人間だからな、最初の声掛けはベルント、お前に任せるぞ。いいな?さっきも会った事を伝えてから、商品が欲しいって言え。あの《ラッキークッキー》とかいうヤツ2つと《大学芋》1つなら、俺が今日貰ったチップで買える。行くぞ。」
そう言って、兄さんが貰ったらしい硬貨を1つくれた。
僕の分も兄さんが出してくれるらしい。
兄さんの、こういう所が本当にカッコイイ!
クズな父親だった男とは大違い!
よーしっ!兄さんが隣にいてくれるなら心強い。
顧客獲得のため頑張るぞっ!
「旦那様!先ほどはありがとうございました!あちらにも荷物をお届けしましたので、ご報告させていただきます!あと、その《ラッキークッキー》を僕の分と、こっちの兄の分、欲しいんですが、今大丈夫ですか?」
さっき戴いた果物の事もあるから、自然と笑顔で声をかけられた。
「お、おう!勿論だ!あ、でも《ラッキークッキー》は一人一つだからな。そっちの兄貴には兄貴で買ってもらわねーとならねぇんだが・・・。」
と、獣人のオジサンは兄さんの顔を覗き込むようにして聞いた。
怖い。
知り合いでもない虎の獣人が顔を近づけてくるなんて、パニックになるところだ。
しかも、珍しいフルフェイス。噛まれたらどうしようって泣き出しても可笑しくない。
そんな、僕だったらパニックになりそうな状況でも、兄さんは違った。
「あ、ども。弟が果物貰ったみたいで。ありがとうございます。自分も運び屋してるんで、店関連での依頼に自宅からの配達、いつでも連絡ください。運び屋の受付場が街に何か所か設置してあるんで、気軽にどうぞ。露店街の入り口にもあるんで。是非。自分は《アーベル》、弟は《ベルント》で指名ください。是非ご贔屓に。それと、自分は《ラッキークッキー》と《大学芋》1つずつ。」
と、表情も変えずに、いつの間に用意していたのか、僕たちの名刺まで渡している。
名刺を作るのは高いから数が少ない。
その数少ない名刺をこのオジサンに渡すって事は、やっぱり上客になりそうな人なんだ。
兄さんの勘は良く当たるから、ここは絶対に信頼獲得しとかないと!!
そう、改めて気合を入れていると、兄さんは隣にいた女の人にも名刺を渡した。
「お姉さんも是非、ご贔屓に。今、小遣い稼ぎの子供の運び屋が沢山乱入してきてて、顧客獲得の為に水面下で争いが起きてるくらいなんすよ。正直、死活問題のこちらとしては絶対に負けられないんで、チップとかいらないんで、指名してもらえると嬉しいっす。」
ああっ!
なるほど!!
凄いのは獣人のオジサンかもしれないけど、タルタ牧場からの配達先はこの女の人だったんだから、この人にも渡しておかないと駄目だよね!
しかも、さり気無く、優しそうな女の人から同情を得られるような話を織り交ぜてる。
僕たちの年齢で兄弟そろって運び屋で《死活問題》って、片親か親無し、貧乏大家族か借金持ちって事だからね。
流石兄さん!!
僕には考え付かなかった!!
これで、女の人が僕たちに同情してくれたら・・・。
って思ってたら、
「ん?子供の運び屋が多いのか?」
って、食いついてきたのは獣人のオジサンの方。
あ、あれ?
オジサンの方が食いつくの?
女の人は優しげな表情でオジサンを見つめてるんだけど・・・。
普通、女の人の方が「可哀想な子達」って、切なそうな顔しながら同情してくれるんじゃないの?
なんか、思ってたのと違う・・・。
しかも、兄さんが僕たちの状況の説明を始めたら、なんだか獣人のオジサンの方が切なそうな顔してる。
逆に、女の人はそんなオジサンを見て微笑んでるんだけど。
なんで?
良く分からない。けど、今が売込み時だよね?
女の人よりも、同情してくれてる獣人のオジサンの方に話しかけよう!
「僕からもお願いします!頑張りますから!あ!いただいた果物は、お母さんと妹と弟が喜んで食べてました!ありがとうございます!チップは多く貰っても、ほとんどは胴元に取られちゃうんで、果物いただけて嬉しかったです!」
と、果物を次も貰える様に、願いを込めて報告する。
それと同時に《ラッキークッキー》の代金も渡しちゃう。
女の人は何だか探る様な感じというか、まだ打ち解けてくれないみたいだ。
警戒心が強いのかも。
普通は逆だと思うんだけどなぁ。
そう思いながら、女の人に嫌われない様に笑顔を作っていると
「そうか・・・。やっぱり、家族の為に頑張ってたんだな。林檎、喜んでもらえて良かったぜ。また機会があれば、俺がもいでやるからな。っと、いけねぇ。初めてのお客様だからな。ちゃんとしねぇと。えっと、いらっしゃいませ。アーベルの方が《ラッキークッキー》と《大学芋》で、ベルントが《ラッキークッキー》な。良し、準備するから待ってくれ。」
って獣人のオジサンが言った。
え?
あの果物って《林檎》だったの?
あんなに美味しい果物が、その辺で売ってる林檎と同じもの?
うそでしょ?
オジサン、果物の名前を間違って覚えてるんだ。きっとそうだ。
でも、また今度、あの果物をくれるって言ってくれた。
次の配達の時も、このオジサンには絶対に会わなくちゃ!
「1人一枚づつ引いてくれ。好きなので良いぞ。この中に《当たり》のクッキーが数枚入ってる。封を開けて、クッキーに模様が書いてあったら《当たり》だ。触って選ぶのは禁止。選んで摘み上げた時点で決定だ。変更は聞かねぇ。慎重に選べよ?景品はこの2種類から好きな方を一つだからな。」
と、僕たちに包が並んだ篭を向けながら説明してくれるオジサン。
隣の女の人は
「さてさて~当たるかな~?当たりは15枚に1枚だからねー。そう簡単には当たらないよ~。幸運の女神は微笑んでくれるかな~?」
って意地悪な顔をしてるけど
「えっ!?そんなに当たりがあるんですか??僕、100枚に1枚くらいだと思ってました!そんなに当たりやすいのに、こんなに豪華な景品で良いんですか!?美味しそうなお菓子かランルー鳥ですよね?えっ!?えっ!?」
当たり付きの商品なんて見たことが無いから知らなかったけど、そんなに当たりって入ってるものなの!?
当たりの札の下に置いてあるお菓子もランルー鳥の串も、凄く美味しそうだし、そのままでも充分にお金を取れる品物だよ!?
其れなのに、安いお金で買える《ラッキークッキー》のオマケにして良いの!?
もしかして、《ラッキークッキー》自体がすごく不味かったりするのかな?
それで、消費するための苦肉の策とか?
こんなに安いなんて、美味しなくても納得できるもんなぁ・・・。
そう考えていると
「客寄せ商品とかじゃねぇの?このクッキーも景品も食って美味けりゃ、そっちの高い菓子も買う気になるだろ。もしくは薄利多売。それと、幸運の女神はいねぇよ。幸運は自分でつかみ取るだけ。」
兄さんは僕が考えてることが分かったんだろう。
《ラッキークッキー》が不味い品なのかもしれない。なんて、顔に出すなって言われたみたいだった。
思わず、表情を変える為に、獣人のオジサンに売り上げが大丈夫なのか執拗に聞いちゃったよ。
オジサンも途中から不安そうな顔になってるし、更に心配になっちゃった。
この人達、大丈夫かな?
売り上げの計算、ちゃんとしてるんだろうか?
余計なお世話だろうけど、そんな心配をしつつもクッキーを選んでいると兄さんが
「なあ、エンガ?さん?、エンガさんで良い?エンガさん、ヒントねーの?」
と、獣人のオジサンに声をかけた。
兄さんは口が悪いから心配だ。そんなに砕けた口調で獣人さんが怒らないかな?
僕は少し身構えた。
でも、帰ってきた言葉は自信がなさそうな、弱々しい物だった。
「えっと、俺にも当たりは分かんねぇから、ヒントは無理だな・・・。で、でもな!クッキーだけでも充分美味ぇし、クッキー本体だけでも金額以上の価値があると思うぞ?んーと、んーと、後は・・・。気合い?」
なんて、首を傾げるオジサン。
パチクリと目を丸くしてて、虎の頭だけど、猫みたいでちょっと可愛い。
兄さんもそう思ったんだろう、「あんがと。気合入れるわ。」って獣人のオジサンに微笑んでた。
でも、そっか。クッキーだけでも充分に美味しいんだ。
クッキーを知らないから、どんな味なのか心配だったけど、少し安心。
食べ物はどんなに不味くても捨てたくないし、食べるけど、美味しい方が良い。
安心したのか、何だか気が抜けた。
僕も兄さんと同じようにエンガさんって呼ばせてもらう事になった。
女の人はヤエさん。
ヤエさんは何だか一歩引いた感じだから、仲良くなれる様に頑張らないと。
そして、少し時間をかけて選んだラッキークッキー。
兄さんとほぼ同時に選んだ。
どうせならオマケも当てたいし、本気で選んだんだ!!
当たれっ!!
思っていたよりも軽い小さい袋を開けてみると・・・・。
果物とは違う甘い匂いがする、クッキーとかいう物に変なマークが入ってた。
【クッキーに模様が入ってたら《当たり》】って言ってたから、これって当たりなんじゃ!?
『当たったー!!!!』
声を上げると同時に兄さんからも同じ言葉が。
「っえ!?兄さんも?僕も当たったよ!変な模様が付いてる!見て!エンガさん!」
まさか、2人とも当たるなんて事あるの!?
有り得ないでしょ!?
本当にコレ当たり!?
間違いじゃないの!?
気が気じゃなくて、すぐ傍に居たエンガさんに確認してもらう。
兄さんはヤエさんに確認してもらってる。
手に汗握るってまさにこの事!!
『おお!当たりー!』
ヤエさんとエンガさんの声が揃って、当たりが確定した!!
もう、嬉しくてたまらない!!
あんなに少ないお金で、珍しいお肉か、見たこともないお菓子が食べられるんだよ!?
毎日来ないと損じゃないか!!
兄さんもガッツポーズだし、良かった!
「やった!やった!当たったな!良かったなっ!」
って、僕たちと同じくらい喜んでくれてるのは、エンガさん。
やっぱり良い人なのかもしれない。
ヤエさんに注意されて、クッキーを半分に割ると説明してくれるエンガさん。
景品は兄さんと相談しようと思ったんだけど、
「ベルント、お前、菓子の方にしろ。母さん達に食わせたいんだろ?俺らは甘いのはこのクッキーで良いからな。俺がランルー鳥にして半分お前にやる。だからそうしとけ。」
って、僕が考えてることも全部含めて考えてくれた兄さん。
やっぱり凄いっ!
「良いのっ!?じゃあ、僕はエッグタルトにする!みんなにお土産っ!それで、兄さんとランルー鳥を半分こっ!で、クッキーは独り占めしちゃうっ!」
エッグタルトが何なのか分からないけど、きっと珍しいお菓子だろうから、皆も喜んでくれるはず!!
甘い物なんて、極稀に食べれる果物だけだからね!
僕はこのクッキーとかいうので充分。
それよりも、滅多に食べれないお肉だ!!
ランルー鳥が食べれる!!
揚げ串が何かは分からないけど、見ただけで美味しそう!!
3センチくらいの大きさのお肉が2個挿さってる。
本当は家にいる皆にもお肉を食べさせてあげたいけど、母さんと弟妹達でお肉2個は分けにくいからしょうがない。
お菓子でも充分に喜んでくれるだろうから楽しみ!!
しかも!
しかも!!
兄さんとの【半分こ】だっ!!
いつも【自分の分も僕にくれる】兄さんが、久しぶりに僕と【半分こ】してくれるんだっ!!
1人で食べるより、兄さんと2人で分け合って食べるのが一番好きだから、本当に嬉しい!!
エンガさんに模様の入ったクッキーを渡して袋のまま割ってもらって、景品を受け取った。
エッグタルトと言われるお菓子の入った袋を、中身を壊さない様に慎重に僕が受け取ったら、兄さんがランルー鳥を食べさせてくれた。
上の方が大きかったから先に食べさせてくれたんだと思う。
本当、兄さん、優しくてカッコイイ!!
続いて兄さんもランルー鳥を口に含む。
『ウマッ!!』
兄さんと声が揃った。
それを皮切りに、周囲に聞こえる音量で宣伝開始!!
「これ、本当にランルー鳥!?しっとりしてて美味しー!!」
お肉ってパサパサか少し苦みがあったりするんだけど、これはそれがない。
軟らかくて、もきゅもきゅってしてるっ!!
凄い!!ランルー鳥ってこんなに美味しいお肉だったんだぁ!!
知らなかった!!
「調理方法に相当な工夫がしてあんだろうな。美味いわ。俺の人生で一番美味い。」
食べることにあまり頓着しない兄さんの顔が明るい。
極稀に食べれるお肉も僕や弟妹に譲っちゃう兄さんだから、久しぶりに食べたお肉がこんなに美味しい物で嬉しいんだろうな。
兄さんが嬉しそうで良かった!!
「うん!うん!僕の人生でも一等賞!!あ!でも、お母さんの料理も好き!」
2人のお店の為に、褒めるのも大事だけど、それだけだとグルだと思われそうだから子供らしい感想も付け加えておく。
勿論、本心だから何の問題もない。
これも美味しいけど、お母さんの作ってくれるスープも好きだ。
毎日飲んでも飽きない。
具材を変えたり、調味料を変えたり、パンに合うもので色々考えてくれてる。
僕たちの為に毎日頑張って作ってくれる美味しいスープなんだ!
「そりゃ当然。ま、俺らまだそんなに生きてねぇけどな。」
兄さんも同じ意見らしい。
一通り感想を述べて、エンガさんとも会話して、周囲の人達にエンガさんが紳士である事を宣伝して終わり。
エンガさんとヤエさんに
「また来るね!」
と声をかけて、お見送りしてもらう。
宣伝した後から、ヤエさんの空気が柔らかかった気がするから、少しは警戒もなくなったのかも。
帰り道。
兄さんの次の仕事場まで一緒に歩くことに。
「あんな感じで良かったかな?」
一応、兄さんにも聞いてみる。
「おう。名前を覚えてもらえて、名前を呼ぶ許可も貰えて、【当たり】が引けた事で強く記憶にも残っただろ。しかも、その場で食って宣伝までしてきたんだ。好印象だったろうよ。特に、一歩引いてたヤエさんが手を振って見送りしてくれた事がでかい。もしかしたら、今後の配達の指名が貰えるかもしれねぇな。」
確かに。
ヤエさんは最後には僕たちにも笑顔を向けてくれてたから、仕事を頼んでくれそうだ。
更に兄さんは続ける。
「エンガさんはきっと亜種だ。誰にでも優しいタイプだな。あんな獣人見た事ねぇけどな。んで、今後、重要なのはヤエさんとの関係をしっかり作る事だ。エンガさんの様子からして、店自体はエンガさんのでも、商品はヤエさんのっポイ。利益とかそーいうのは全部、ヤエさんが判断してんだろ。後、エンガさんを大事にしてんのが痛い位に良く分かる。俺達がエンガさんに危害を加えないか、言葉で傷つけねぇかどうか、観察してた感じだからな。油断出来ねぇ。多分、エンガさんを傷つけたら一刀両断。話もしてもらえねぇだろうな。」
その言葉に僕も頷く。
僕が兄さんを大事にしている様に、ヤエさんもエンガさんを大事にしてるんだろう。
エンガさんと仲良しでいれば、ヤエさんも仲良しでいてくれる。
エンガさんが優しくて接しやすい人で良かった。
にしても、美味しい物が安く沢山手に入って良かった。
クッキーは明日食べよう。
兄さんが買った大学芋とかいう商品も明日以降に食べることになった。
美味しい物を一度に沢山食べるなんてもったいないし贅沢だから。
母さん達にはお昼に美味しい果物を食べさせちゃったから、エッグタルトは明日の朝に食べることにしてもらう。
贅沢に慣れちゃいけない。
今日は特別。
特別な日だったんだ。
明日からはまた、いつもの貧乏で大変な日々の始まりだ。
そう思ってたんだけど、
仕事を終えて帰宅した後、兄さんに今日貰った分のチップと果物を見せたら、
「思ってたより多いな。しかもこの果物・・・・。あの人達、すげぇな・・・・。おい、ベルント。明日からも毎日あの店に通うぞ。《ラッキークッキー》だけなら、安いから貰ったチップだけで余裕で買えるし、仲良くなる為にはまず、会って話す事だ。いいな?毎日、俺と時間が合わなくても通え。その場で食べて宣伝してやれ。上手いけば、そのうち貧乏脱出できるかもしれねぇぞ。」
って、毎日通う事が決まった。
勿論、毎日通うのは大賛成だ。
良い匂いのするクッキーは破片をこっそり食べたけど、サクサクで甘くてとっても美味しかった。
こんなお菓子があんな格安で買えるなんて、本当に客寄せ商品なんだと思う。
僕だったら10倍の値段はつけるもんね。
コレが毎日食べられるなんて、幸せ!
しかも、時間が合えば、兄さんと一緒に買いに行けるんだ。
普段、夜しか一緒に居られない兄さんとお出かけ出来るなんて、嬉しいもんねっ!
僕、明日から、チップが沢山もらえる様に頑張るよ!
_________
ベルント君もアーベル君も、仕事をしてる子達なので自分の利益優先です。
割と腹黒。
相手の不利になるまでの事はしないけど、自分が利益を得られるためには演技でもお世辞でも言います。
笑顔は作れるものなのです。
ベルント君はお兄さんのアーベル君が大好きです。
クズな父親は、働いてはいたけど家庭で役に立つタイプではなく、子供の世話もしないタイプ。
代わりに子供たちの面倒を見る、叱る(怒られてる理由を説明しながら)、母親を気遣う、年が近く自分を慕ってる食べ盛りのベルント君に少し甘いアーベル君が、ベルント君は大好きなのです。
アーベル君が自分たちの為に幼少期から黙って働いていてくれたことを知った時は、心の中で感動で泣き崩れたくらいだと思います。
兄さん凄い!!カッコイイ!!みたいな感じでしょうか。
自分を、家族を守ってくれる《兄》という存在は弟妹達からすると《最高にカッコイイ》存在だと思います。
妄想爆発ですみません。




