エンガと初めての商業ギルド
さてさて、顔を赤くして歩くエンガさん。
さっきより人が多い気がするけど、テンパってるからか、周りの反応は見えてないみたい。
私と手をつないで、私の歩調に合わせてゆっくりと歩いてくれるエンガ。
私は歩きながら、周囲の観察を怠らない。
エンガに対する表情を見ておこうと思う。
目が合った人には
【世界で一番幸せです♪】
と幸せオーラ全開で笑顔を振りまいておく。
そんな中、エンガが突然振り向いた。
「なあ、ヤエ。商業ギルドってどっちだ?こっちで合ってんのか?」
って
え?
知らなかったの?
知らずにグングン歩いてきたの?
なのにちゃんと方向が合ってたのって野生の勘?
すごい行動力だなぁ。
と感心しつつ
「うん。このまま真っすぐ行って、右に曲がるとすぐだよ。商業ギルドではネリー達と同じ風に接してくれるとは限らないから気をつけてね?いざとなったら2度と行かなくても良いんだから。嫌だったら嫌だって言ってね?」
「おう。分かってる。ヤエ達は俺を《エンガ》として見てくれるけどよ、普通なら《獣人の奴隷》が正しいかんな。大丈夫だ。俺にはヤエがいるから。他のやつに嫌われても怖くねぇ。ヤエが好いてくれてんなら問題ねぇ。お、あそこか。」
うん。
相変わらず、素直に
よく考えないで発言してるんだろうけど、そうゆのは二人っきりの時に言ってほしいかな。
こんな道の往来で
《赤面しながらニヤニヤする変な女》
のレッテルを貼られたくない。
家にいたら全力で愛でるのに!
なぜ今、私は道を歩いているのか!!
ちくしょうっ!!!!
何事もないかの様にスタスタと歩くエンガに合わせて商業ギルドの扉を開けた。
瞬間、集まる視線。
そして聞こえるいつもの言葉の数々。
隣に立つエンガの手をギュッと少し強く握って
私はカウンターにいるはずのあの人を探した。
「サユさん!」
お目当ての人を見つけた私は、エンガの手を引きながら、近づいていく。
サユさんは私とエンガを見て目をパチパチと瞬き、驚いているようだった。
どうだろうか?
もし、サユさんがエンガを傷つけるようならば、他の人に担当を代わってもらおうと思う。
と内心ドギマギしていると
「こんにちは、ヤエさん。えっと、家畜の件に関してですよね?お調べしておきましたので、こちらの個室へどうぞ。」
と笑顔で個室へ案内された。
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個室に案内されて、座るのを勧められる。
サユさんと向かい合って右手側に私が座った時、エンガは当然の様に
私の座った椅子の斜め後ろに立った。
これは奴隷としては正しいんだろう。
でも、エンガには座ってもらいます。
奴隷じゃないし。
マイダーリンだし。
ということで、
「エンガ、私の横に座って。エンガは奴隷じゃなくて私の大切な人なんだから。」
とエンガの顔を見つつ、サユさんの反応を見る。
当然、エンガは
【いや、でも、そんな】
とか言ってる。
その時、サユさんが
「どうぞ~。そちらの獣人さんもお座りください。さあさあ、ご遠慮なさらずに。」
とニコニコと笑顔で椅子を勧めてくれた。
それでも戸惑っているエンガにサユさんは
「どうぞお座りください。うちには獣人の方も奴隷の方も沢山いらっしゃいますが、差別は一切しません。もちろん、奴隷として扱ってほしいとか、獣人として扱ってほしいとのご要望があれば、お応えします。ですが、ヤエさんが《ご自身のパートナー》として扱ってほしいとの事ですから、貴方様はヤエさんのお隣にお座りください。」
とニコニコしながら、さらに椅子を勧める。
エンガはそれでも少し悩んだみたいだったけど、
「それじゃあ・・・」
と少し居心地が悪そうにしながらも私の隣に座った。
良かった。
やっぱり、サユさんも差別をしない人だった。
商業ギルドには色んな国の人、人種が集まるし、それこそ奴隷も毎日のように大量に見ているだろう。
それでも嫌悪感のある人の中には、仕事としての対応じゃなくなる人もいるだろうから少し不安だった。
サユさんは個人的にどうかはまだ分からないけど、このギルドで会う上では、エンガを私のパートナーとして認めてくれるって事だから安心した。
うん。
うん。安心した。
って、あれ?
にしても
こんなにニコニコしながら接客するのって怪しくない?
私単体で来たときよりもニコニコしてない?
え?
あれ?
あれ?
もしかして・・・。
サユさん、エンガにフォーリンラブですか?!
まさか?!
いかんよ!
いかん!
それだけはダメだかんね!!!!!
と隣に座ったエンガの右手を握る。
そして、サユさんには悪いが、宣戦布告。
「エンガ、こちらサユさん。私が商業の関係全般でお世話になっているギルドの職員さん。サユさん、改めて紹介します。こちら《【私の】パートナー》のエンガです。今後は二人でお世話になるのでよろしくお願いします。」
エンガは《私の》ダーリンよー!!!!
と心の中で雄叫びもつけておく。
エンガは挙動不審にぎこちなく頭を下げただけ。
サユさんは
「うん。あのね、ヤエさん。違かったら申し訳ないんだけど、それ、勘違いだと思いますよ?ヤエさんからエンガさんを取ったりしないから安心してくださいね?私、タレ目の男性が好きなんで。」
と私の考えを読んだ上で否定された。
そっか。
サユさんはタレ目派か。
エンガはツリ目だから安全だわ。
良かった。
いやぁ、焦った。
・・・・・。
ってか、さっきの会話だけで私の心の中を丸裸にするなんて、サユさん恐るべし!
まだ若いのに、さすが商業ギルドの職員さん。
と感心していると
そわそわしているエンガと目が合った。
のだが、赤い顔はそのままに フイッと顔を背けられた。
一瞬、
【目を逸らされた!?】
とビビるも、赤い顔を見ればなんとなく理由が分かった。
《【私の】パートナー》
って言ったのが恥ずかしかったのね?
照れてるのね?
でもね、エンガさん。
貴方、ここに来るまでの道の往来でこれ以上の事言ってるからね?
無自覚なオッサン、マジ可愛い。
とエンガを見つめてニマニマしてたら
「ゴホン、ゴホン、もう一つ、おまけにゴホン。ラブラブバカップルなのは分かったので、そろそろ話を始めても良いですか?」
とサユさんから笑顔での威圧が・・・。
私とエンガは即座に姿勢を正した。
「それでは、頼まれていた卵や牛乳、家畜の件ですが・・・」
とサユさんがお話を始めてくれたので、その前に聞きたいことを聞いておく。
その返答によっては家畜のみのお願いになるかもしれないからだ。
「サユさん、あの、卵と牛乳は《特殊な木》で育てられると聞いたのですが本当ですか?」
「はい。本当ですよ。ご存じありませんでしたか?申し訳ございません。こちらの説明不足でしたね。ヤエさんがお求めの卵、牛乳は《特殊な木》が存在します。【リューカ堂】であれば、値は張りますが両方購入可能です。ここで注意点ですが、《特殊な木》は誰もが必ず育てられる木ではありません。育てられる人は少数です。これを頭に入れておいてください。また、家畜がなる《特殊な木》は存在しません。なので、どちらにしても家畜を購入したいのであれば、牧場での飼育をお勧めします。」
なるほど。
じゃあ、卵と牛乳は《特殊な木》を購入することにして、
家畜は完全お任せで牧場にお任せするべきかな。
ただ、配達されるまでに腐るという問題があるんだがな。
少し遠いみたいだし。
まあ、私が魔法をかけた袋を持たせるってのもありだな。
その場合は、条件を厳しく雇った別の人じゃないとダメだけど。
とりあえず、お話しだけでも聞いてみたい。
「分かりました。とりあえず、家畜を完全にお任せ飼育でのご相談をしたいのですが、良い牧場ありますか?」
「はい。こちらからのお勧めは《タルタ牧場》です。家畜の健康管理、解体から配達もしてくれます。少し値は張りますが他の牧場よりも安心です。《タルタ牧場》とのご契約でしたら、商業ギルドとして私も同席の上でご契約の仲介をさせていただきますよ。」
「そうですか。それじゃあ、《タルタ牧場》の件はそれでお願いします。あと、人材派遣の件なんですが」
「《タルタ牧場》の件は相手の方のスケジュールを確認してまたご連絡させていただきますね。2~3日内には面談が可能だと思います。人材派遣の件ですか?《もしゃもしゃ草》の件でしょうか?」
「はい。以前、【商業ギルドからの派遣は無し】【民間人は信用に欠ける】とおっしゃってましたが、この他に方法はないのでしょうか?例えば【低ランクの冒険者を雇う】とか。」
そう。
今回の話し合いではこれが一番聞きたかった。
ランクが低くても冒険者ならある程度の銭勘定は出来るし、護衛なんかをする人達だから商品を守るのにも向いている。
さらに【Gランクの店の店番をする】という《依頼》であれば、盗んだり売り上げをごまかしたり出来ないはずだ。
もし、何かやらかしたら冒険者としての任務での汚点になるのだから。
そんな私の考えに対しての
サユさんからの答えは
「一応、可能です。が、冒険者を雇う料金を上回る収益を出せるのですか?」
「一応、回復薬が目玉商品なので、金額、利益的には儲けられます。私の考えとしては、冒険者を3人雇って、一人はとある条件付きで牧場からの品運び。2人は店で働いてもらう。そんな感じです。」
サユさんは私の言葉に少し考えるそぶりを見せた。
「値段をいくらに設定するのかも気になりますが、短時間の依頼は人気がありません。もし請ける人間がいるとしても、ランクの低い子供が請けて盗難防止の点で本末転倒になりそうですね。・・・・・・。それよりも、エンガさんをご購入になったのであれば、奴隷に対する嫌悪感も無いのでしょう?でしたら、他の奴隷を・・・」
とサユさんが話している途中でエンガが立ち上がった。
ガタンッ!
と大きな音を立てて椅子を転がし、私の方を向き、床に膝をついて
座っている私と向かい合った。
目は伏せたままで、尻尾は倍にまで膨らみ、拳を痛々しいほど強く握っている。
「止めてくれ。ヤエ、奴隷は買わないでくれ。俺がやるから。店も、牧場に行くのも、全部全部俺がやる。だから頼む。俺以外の奴隷は買わないでくれ。俺だけにしてくれ。他の奴をヤエの傍に置かないでくれ。我儘なのは分かってる。馬鹿な事言ってんのも分かってる。でも、でもよ、頼むから、俺、がんばるからよぉ。すんげぇ、がんばるからよぉ。たのむから。おれだけに、して、くれ・・・。」
エンガはそう言って座ってる私の膝の上に顔を伏せた。
最後の声はくぐもった、泣きそうな、消えそうな声だった。
私の太ももには伏せられたエンガの顔が乗ってて、両腕が私の腰に巻き付いている。
それはまるで、子供が母親にすがっているみたいで、
【他の子じゃなくて僕だけを見て】
と子供が母親に言っている様で、胸がきゅーっと締め付けられた。
エンガにとっての私は、家族のような、母親のような、何もしなくても愛を注いでくれる存在なんだと思う。
そこに自分と同じ立ち位置である《奴隷》が来る。
それはエンガにとって、
ずっと焦がれていた、やっと貰えるようになった愛情が半減するかもしれない。
《私》が取られるかもしれない。
また一人ぼっちになってしまうかもしれない。
そんな恐怖があるのかもしれない。
私には全ては分からないけど、
これだけは言っておこう。
「エンガ、よく聞いてね?私が今後の人生で奴隷を買うことは絶対に無いよ。約束する。エンガを買ったのだって、《奴隷》を買ったんじゃなくて、エンガと一緒に生きたくてお金を払っただけなんだから。
それに、私はエンガ以外の人と暮らす気は無いよ。エンガ以外の人生に責任を持つ気もないし、一緒にいたいとも思わない。家に入れる気もない。ご飯を作ってあげる気もない。ねえ、分かってくれる?エンガは特別なの。私のたった一人の大切で特別な人なの。大好きなの。だから、奴隷は絶対に買わない。約束する。」
エンガの頭を撫でて、ふわふわな毛並みを堪能しながらはっきりと告げておく。
今、私の顔はデレッデレしてるだろう。
愛する獣人のオッサンが、膝に顔をうずめて腰に抱き着いてるんだから。
可愛くてしょうがないでしょ?
ねえ。
もう、メロンメロンです。
もう本当に猫っ可愛がりしたい。
ってか、する。
今日、帰ったら猫っ可愛がりする。
決めた。
と妄想しつつ頭を撫で、少し考えてみる。
前にも思ったが、エンガは 幼いオッサンだと思う。
精神面があんまり成長してないと思う。
子供の頃から人とは隔離されて、人から蔑まれる奴隷だったのだから無理はない。
口調は周りの人間に感化されてオッサンの口調だけど、
すぐに泣きそうになったり、感情的になるのは癇癪もちの子供の様だと思う。
まあ、そんなエンガさんも激プリティですけど!!
バッチコーイ!!
ですがね!!
とデレッデレのだらしない顔をしているとサユさんが困ったように
「あの、感動的な会話を邪魔して申し訳ないんですけど、私が提案したいのは【奴隷を買う】のではなく【奴隷を雇うこと】です。奴隷は買い取りだけではなく、雇うタイプのもいますから。原則、1日から1週間の期限付きです。雇い主の所有物ということになるので、契約外の事を強いたり、無体を強いることも契約で禁止されます。契約も支払いも雇い主とすることになります。ですが、魔法の契約で縛れるので冒険者よりも素直に働いてもらえます。また、奴隷の中にも強くて銭勘定が出来る人がいて、人気者でなければ値段も冒険者よりは安いかと。」
と話してくれたサユさん。
あ、そうなの?
雇うタイプの奴隷もいるの?
派遣社員ならぬ、派遣奴隷的な?
と
ふ~ん。
でも、奴隷はエンガが嫌がるから却下。
と思っていると
エンガが目をこすりながら、顔をあげてサユさんと私の顔を見比べながら
「そ、そうなの、か? あ、あっと、その、ヤエ、すま、ん。日雇い、なら、まあ、別に、その、一緒に居ねぇなら、平気、だ。ん、買うんじゃねぇなら、良い、と思う。ヤエと俺と一緒じゃねぇなら、うん。構わねぇ。あんまし仲良くならねぇなら、大丈夫だ。・・・・・。」
と言って私から離れて、倒した椅子を元に戻して私の隣に座りなおしたかと思うと
顔を両手で覆って
「俺、俺、すんげぇ恥ずかしい!顔が焼けそうだ!うわぁぁぁ!!」
と叫んだ。
そしてさらに
「すまん。少しほっといてくれ」
と項垂れた。
可愛かった。
エンガは日雇いなら良いって言ったけど、私はお金がかかっても良いから、エンガに負担がない方が良い。
まあ、牧場に向かってもらう人員に関しては、魔法のカバンを持たせたいし勝手なことをしない人間が良いから、日雇いの奴隷を使えるんならそれが良いんだけどね。
でも、捻くれてる男性の奴隷はエンガへの悪影響がありそうだから遠慮したい。
かといって女性を雇う気は更々無い。
エンガに女を近づけるなんて自殺行為はしない。
絶対だ。
「エンガ、別にお金の心配はいらないから冒険者で大丈夫だよ?まあ、金額なんかは募集してみないと何とも言えないけどさ、でも、これだけは言っとくね。雇うのが冒険者だろうと日雇いの奴隷だろうと、私はエンガの傍を離れないし、誰にもエンガと私の時間を邪魔させないからね。」
と笑顔で話しかける。
エンガは顔を伏せたまま何度も頷いていた。
それでも私の言葉が嬉しいのだろう、私の腕にはエンガの尻尾が巻き付いている。
態度や表情も素直だけど、尻尾が一番素直なんだよね。
こうゆうところ、本当に可愛い。
ニマニマしていると、サユさんが
「その辺は家でごゆっくり話し合ってください。とりあえず、冒険者を雇う場合は【もしゃもしゃ草の店主として】冒険者ギルドへの依頼をだしてください。依頼を出す際にカウンターで詳しい内容を決めるアドバイスなんかももらえるはずですから。それと、奴隷の日雇いの場合は商業ギルドでも紹介可能ですので、ご検討ください。あとはそうですね【《リューカ堂》への紹介状】を書きますので、それを持ってリューカ堂へ行ってください。私もうおなかいっぱいです。」
と私とエンガに頭を下げた。
サユさんの顔には
【頼むからもう帰ってくれ。バカップル】
と書いてあった気がした。




