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お迎えです。

ニールの店の情報を仕入れて、急いで肉屋に戻って参りました。


オークの解体で刃物を扱っているだろうから、そっと裏手を覗いてみると


「ヤエ!」

という歓喜の声と共に目の前が真っ暗になった。

エンガが真正面から勢いよく抱きついてきたらしい。


勢いよく抱きついてきた割には、痛みなんかは無かったけど、突然目の前が真っ暗になって驚いたよ、エンガさん。

頭上からはエンガのゴロゴロと喉をならす音が聞こえる。


可愛い。可愛いよ。

どえらく可愛いよ。

エンガさん。

頭上のゴロゴロが堪らなく可愛いのよ。

このオッサン、分かっててやってるの?

私が悶え苦しむ位、萌えてるのを分かっててやってるの?

いや、違う。

エンガは確信犯じゃない。

エンガは天然の純粋な可愛いオッサンなんだから。

落ち着け。落ち着け。

よし、

恥ずかしいより照れるより

兎に角、可愛いので

私もエンガをそっと抱き締める。


「おかえり。おかえり。ヤエ。俺の事、ちゃんと迎えに来てくれた。ありがとう。」

ってギュウっと更に抱き締められた。


あ、そうか。

やっぱりエンガにとって、私が居なくなるのは

【捨てられる】

に近いんだ。

と胸が締め付けられる思いになった。

甘やかしたい。

この可愛いオッサンをデロンデロンに甘やかしたい。

【もう二度と離れないよ】とか

【もう置いてかないよ】とか

言って安心させてあげたい。

でも、離れて行動する事も出てくるんだからひたすら我慢だ!


「ただいま。エンガ、お出迎えありがとうね。すごくすごく嬉しいよ。

それでね、エンガ、よく聞いてね?私は今後もエンガとは別行動をする事があると思うの。何日単位になる時もあると思う。でも、私は必ずエンガを迎えに来るから。絶対にエンガを迎えに来て、一緒にお家に帰るから。絶対にエンガを捨てたりしないから。それだけは覚えておいてね。」


エンガに抱き締められたまま、顔を上げてエンガに語りかける。

エンガは喉のゴロゴロを止めて、少し離れて、申し訳なさそうな顔をした。


「すまん。不安になっちまったんだ。昨日からずっとヤエと一緒にいたから。

最初は離れる事に納得したのによ、ヤエが来たら《ちゃんと迎えに来てくれた!俺は捨てられてない!》って喜びで頭が一杯になっちまって。

ヤエが俺を捨てないってのは分かってる。頭では分かってんだ。

でもよ、情けねぇけどよ、ヤエと離れるのは寂しいんだ。」


って!!!!!!

涙目になりながら【寂しい】なんて言う獣人のオッサンが目の前にいて我慢できるか!!!!

いいや!

出来ない!!!!


私は少し離れたエンガに抱きついた。

ぎゅうっと抱きしめて


「私もエンガと離れるのは身を切られる思いだよ!

でも、今後の事を考えると必要な事だから!だから頑張ろう?私も寂しいの我慢して一緒に頑張るから!

本当はエンガを置いていきたくないよ!知らない女にアプローチされてないかとか心配なんだから!

大好きな大好きなエンガと離れるのは本当に本当につらいんだから!」


と頭をエンガの分厚い胸板にグリグリと押し付けて、主張する。


エンガは私がこんな風に考えていたなんて思わなかったんだろう。

こんな風に、子供みたいに感情的になるとは思わなかったんだろう。

オロオロとどうしたらいいのか分からない様子で手を上下にさ迷わせつつ


「あ、と、ヤ、ヤエ、えっと、あの、な、その、分かって、る。ヤエが俺を捨てないのは分かってる。お、俺も頑張る。ヤエと一緒に俺も頑張る。でもな、んと、俺が他の女に云々(うんぬん)はあり得ないぞ?それだけは安心していい。お、お、俺、俺も俺も、だ、だ、だい、だ、・・・、ヤエと離れるのはツライ。」


もう、これでもか!というぐらい真っ赤になって目をギュッと瞑って耳がピクピクと異常な速さで動いてるエンガ。


私と離れるのはツライ。

の前の、言葉にならなかった言葉はきっと

【大好きな】

だと思えて、私も鼻血が出そうなくらい真っ赤になった。

エンガがはっきりと私への想いを言葉にしようとしてくれたのだ。

恥ずかしくて完全な言葉にするのは無理だったみたいだけど、エンガの心が私に向いてくれてるのが分かった。

私は天にも昇る思いだった。

片想いの相手から《好きだ》って言ってもらえた、

そんな気分だった。

なんだか恥ずかしくなっちゃって、何も言えないでいると


「そろそろ良いかな?」

と肉屋の旦那、コーザが顔を出した。


おわぁ!!!!

忘れてたよ!

すっかり二人の世界に入っちゃってて忘れてたよ!

私、この人に解体の作業を頼んでたんだよ!

居て当然じゃないか!!

いつから見てたんですか!?


とパッとエンガから離れて、心の中で大パニックを起こしてる私。

エンガは


「わ!悪い!包みの作業の途中だったのに!すまん!」

と顔を真っ青にして勢いよく頭を下げた。



コーザは


「いやいや、解体も全部終わってたし、残り少しだったし、僕一人でも充分終わる作業だったし問題ないよ。

エンガ、そんなに重大な問題じゃないからね?間違った事をして謝るのは良いことだけど、親しい中で、大した問題じゃないなら、そんな大袈裟に謝らなくても良いんだよ?頭をそんなに必死に下げたりしなくて良いんだよ?

嫌いになったりしないから。もっとドーンと構えて。ね?」


と顔を青ざめて直角に頭を下げたままのエンガの肩に優しく触れながら言ってくれた。


優しく諭すような言葉は、エンガがまだ知らない事を教えてくれる人生の先輩からの言葉の様で、エンガにもスッと理解出来るのだろう。


頭を上げて、顔色も少し戻ったエンガは


「そうなのか・・・。ん。

作業を途中で投げ出してすまなかった。代わりにやってくれてありがとう、コーザ。助かった。」

と改めてサッと頭を下げて戻した。


「うんうん。それでいい。謝罪と感謝がきちんと言葉にできるエンガは良い男だね。僕も見習わないとなぁ。

あ、忘れてた。ヤエ、これ、エンガと一緒に解体したオークのお肉と魔石と毛皮ね。」

とコーザは大量のお肉を指差した。


この人は、今後もエンガに様々なことを教えてくれると思う。

ダメなところは駄目だと、きちんと理由も教えながら叱って、良いところは褒めてくれる。

エンガの見本になってくれる、素晴らしい人だと思う。

この縁が結べたことに感謝です。


思っていたよりもずっと綺麗に解体されているお肉を見て、エンガの頑張りがよく分かった。


「これ、エンガも手伝ったんだよね?皮もお肉もすごく綺麗に解体されてて凄い!」

と思ったままエンガを褒めたら


コーザが

「でしょう?いやぁ、初めてだなんて思えない位の手捌きだったよ!まだ解体の順番があやふやな所はあるけど、捌き方は全く問題ないよ。これなら外でオークを仕留めてもエンガに任せて大丈夫だと思う。数をこなせばもっと早く出来るだろうし、エンガは頑張りやさんだからね~。」

とエンガを褒め始めた。


エンガは

「コーザの教え方が上手かったんだ。分かりやすくて、手のデカイ俺にでも出来るように解体の仕方を工夫してくれたんだ。

コーザから許可が出たから、今度から俺が解体する。オーク以外の魔物の解体方法もコーザが約束したくれたから、少しずつ覚えていこうと思う。

ヤエ、解体は俺を頼ってくれ。」

と、コーザに褒められて嬉しかったのか照れた様な顔をしながら、私に宣言するエンガ。


「うん!ありがとう!私は解体は全く出来ないから、エンガを頼らせてもらうね!お願いね!エンガ!」

とエンガを頼らせたもらうことをお願いした。


解体の仕方をエンガに教えてもらって本当に良かった。

エンガの自信になったみたいだ。

自分に出来ることが増えていくのは嬉しいだろうし、私に頼りにされるのが嬉しいみたいだ。

耳や目、尻尾なんかを見れば、エンガがルンルン気分なのがよく分かる。

実際に、私は解体は全く出来ないので、すごく助かる。

本当にコーザには感謝、感謝だ。


ウキウキ気分でお肉を鞄に仕舞っていると


「いやー。それにしても、本当に仲が良いよねぇ。

エンガなんて、直前まで周りの音が聞こえないんじゃないかってくらい集中してたのに、ヤエが近づいたのが分かった瞬間に耳がピクピクって動いて、気付いたらヤエを抱きしめに行ってたからね~。

二人とも僕のことなんて目に入ってなかったみたいだし、ちょっと寂しかったよ~。ハハハハハ~。

でも、ヤエはエンガのためにちゃんと色々な事を考えてるんだねぇ。うんうん。甘やかすだけじゃない、お互いに支え合う、いいカップルだねぇ~♪」


なんてコーザが先程の二人の世界に浸っていたことを弄ってきたので、私とエンガは再び赤面!


今すぐ忘れて!!

改まって言わないで!!

エンガなんてうつむきながらモジモジしちゃってるから!!

やめてあげて!!


と心の中で叫んでいると


《ぐきゅるるるるるるるぅ》


と隣から音がなった。

横を見てみると、少し驚いた顔をしたエンガが


「・・す、すまん。腹がへった・・みたい・・だ。」

と声をどんどん小さくさせながら申し訳なさそうに言った。


いかん!

エンガを空腹でお腹が鳴る状態にさせるなんて!!

しくじった!!

空腹だけならまだしも、お腹が鳴るって事は結構前からお腹減ってたんだよね?

いかん!いかん!

急いでお家に帰らねば!!

ご飯を作る時間もかかるし、急がねば!


「ああ、もうそんな時間かぁ。僕もネリーにお昼ご飯を作らないと。じゃあ、また今度おいでね?依頼でも良いし、解体を見に来るのでも良いし、エンガ一人でも大歓迎だから、いつでもおいで。じゃあね~。」

とコーザはニコニコと手を振りながらお店の中に入っていった。


私もエンガも

『また今度お邪魔します』

と手を振った。


エンガに

「私もご飯の用意、急がなきゃ!早く帰ってお昼ご飯にしよう、エンガ」

とエンガの方を見てみると


「ああ!腹へった。帰ろう、ヤエ。・・・ん。」

と右手を差し出してきたエンガ。


これはあれですか!?

《初めてのエンガからの手を繋いで帰ろうぜアピール》

ですか!?

ウキャー!!!!

ちょっと照れてる感じが堪らなく可愛いですよ!!

エンガさん!!

しかも、《・・・ん。》って!!

《・・・ん。》と同時に手を差し出すなんて!!

うちのオッサン、世界一可愛いよ!!

マジで!!


家から出る時には手を繋ぐ事に困った顔をして戸惑ってた位だったのに、自分から手を差し出してくれるなんて。

家を出て、エンガを連れ回して本当に良かった。

奴隷の常識が、今のエンガには当てはまらないのが身をもって分かったんだろう。

エンガは今は奴隷じゃないんだから、街中を堂々と歩くのも、お買い物をするのも、仲の良い友人と世間話をするのも、手を繋いで歩くのも可笑しいことじゃない。普通のことなんだって分かってくれたみたいだ!


私はエンガが手を差し出してくれたのが嬉しくて、ニマニマと笑ってしまう口元を気合いで押さえながら、


「うん!一緒に帰ろう♪私、エンガが手を繋いでくれて凄く嬉しい!エンガと手を繋いで歩くの大好き!」

とウキウキとエンガの手に自分の手を絡めた。


エンガは小声で

「俺もだ。」

と言いながら、来た時よりも少し強く手を握って隣を歩いてくれた。


帰り道、また色んな人間に様々なことをコソコソと


【あの子達?さっき噂になってたの】

【あれが魚屋の親父が気に入った獣人か】

【あの女の子、頭可笑しいんじゃない?】

【女の子の方が獣人にゾッコンなんだって】

【あの女の子、お金持ちらしいわよ】

【金持ちならもっとましな奴隷を買えばいいのによ】

【髪紐の旦那も認めたらしいぜ】

【面倒事を起こさなきゃどうでもいいわ】

なんて声が聞こえてきたけど、最初の視線より随分とぬるいものだったので、私もエンガも全く気にならなかった。


私は鼻唄を歌っていたし、エンガも耳と尻尾をピーンと立てながら、私と繋いだ手を軽く揺らしながら足取りも軽く帰路に着いた。

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