獣人エンガの想い②
『獣人、エンガの想い2』
目を開けると見た事がない天井だった。
生まれて初めてベッドで目を覚ました。
ふわふわの布団、空腹を感じない痛くない腹、治ってる脚と目。
驚いた。夢だと思ったのが、違かった。
幸せな夢を見たんだと思ったのに違かった!
本当だったんだな!?
ヤエに会えたのは、本当だった。
ヤエは?ヤエはどこだ?
ヤエ?ヤエはドコ?
扉を開けて走る。
ヤエは何処かに行ったのか、もしかしたら俺を捨てていったのかもしれないなんて考える自分がいる。
違う!ヤエはそんな事しねぇ!
俺は泣きそうになる気持ちを抑え込んで必死にヤエを探した。
悲しい考えを振り払う様に
次に目に入った扉を開けた。
そこにはヤエがいた。
驚いた顔で、優しく声をかけてくれるヤエがいた。
力が抜けて、膝が床についた。
ヤエの存在を確かめる様に無意識に腕の中に引き寄せてた。
ヤエは【エンガを絶対に手放さないし、幸せに一生そばに居てもらう】なんて嬉しいことを言ってくれる。
照れる。けど、すげぇ嬉しい。
こんな事、言われたことねぇ。
何だかムズムズする。
ヤエと一緒に飯を食う事になった。
ヤエの飯は旨い凄く旨ぇ。だから沢山食いたいけど、ヤエは細いから先にヤエに沢山食べさせるべきだ。
俺は残りで構わねぇ。
そう思ったんだけどな、ヤエは本当に少食だった。すぐに腹一杯になっちまったらしい。残りは俺が全部食う。
沢山食えて幸せだ。でも、ヤエにももっと食わせてぇな。細いから。抱き締めた時に折っちまいそうだ。
腹一杯で眠くなってきた。
でも、ヤエが話しかけてきたから気合いを入れて起きる。
買い物か・・・。
一緒に行きてぇ。
でも、俺はフルフェイスの獣人だから、俺を連れて歩けばヤエの迷惑になる。
ヤエに迷惑はかけたくねぇ。
だから、その事を告げた。
でも、ヤエは街より俺が大事だって言ってくれた。
気分が一気に高揚する。
嬉しくて、尻尾がヤエに巻き付いた。
怒られるんじゃねぇか
叩かれるんじゃねぇか
と条件反射で一瞬思ったけど、ヤエは目元を柔らかくして尻尾を撫でてくれた。
やべぇ、凄く嬉しい!
顔が赤くなるのが分かったけど、俺はにやける口許を抑えるのに全力を注いだ。
そのあとオークの狩りの話になったけど、ヤエは俺なんかを護るっていう。
俺はフルフェイスの獣人で、おっさんなんだけどなぁ・・・。
獣人を狩りに連れてく人間は
嫌と言うほど働かせるか
盾にするか
囮にするかだ。
普通の獣人でさえ、そんな扱いをされてる。
なのにフルフェイスの獣人でオッサンな俺をヤエは護るって言う。
《護る》なんて言葉、言われたことねぇ。
言ったことも考えたこともねぇ。
でも、ヤエに言われて俺も思った。
ヤエは俺が護る。手が無くなろうが、脚が無くなろうが、最悪死んでもいい。
ヤエは絶対に俺が護る。
それから洋服の話をしてみた。情けねぇのも厚かましいのも分かってる。
だが、俺は奴隷だし、ヤエにしか頼れねぇ。
分かってはいるが、こんなに世話になってる、俺に良くしてくれるヤエに負担をかけるのは情けなかった。
自分の不甲斐なさに歯噛みしてた俺だったが、
そこで、まさかの事実が分かった。
ヤエは【コシミノ姿】の俺が好きらしい。
ヤエは格好いいって言ってるけどよ、フルフェイスの獣人で、おっさんなんだぜ?俺。
コシミノは本来なら男娼の様な格好だから、俺の様な存在が着て歩けば、公害だ。
間違いなく、迫害される。
でも、ヤエが喜ぶなら。
ヤエが喜んでくれるのなら、俺は着る!
今の俺に出来る、数少ない事の1つだ。
恥ずかしいが、我慢だ!
ヤエのためなら!
ヤエが喜んでくれるなら!
男娼の格好でも構わねぇ!
と恥ずかしいのを我慢しながら出迎えたのに・・・・。
ヤエは無言だった。
もしかしたら、ヤエは俺に気を使っただけだったのかもしれねぇ。
コシミノ1つでこの家まで来た俺に気を使っただけだったのかもしれねぇ。
だとしたら、何て馬鹿な事をしたんだ!俺は!
獣人のオッサンのコシミノ姿なんて、そりゃ、誰だって嫌がるだろうが!!
なんで気づかなかったんだ!
くそっ!ヤエに嫌われたかもしれねぇ!
良い年したオッサンだが泣きそうだ!
心臓が潰れそうだ!
俺は捨てられるのか?
ヤエに嫌われたくねぇ。
一緒にいたい。
頼むから、頼むから捨てないでくれ。
そう思った。
視界が歪んで頭も耳も下がってるのが分かった。
涙がこぼれない様にするので必死だった。
ヤエの反応は想像とは真逆だった。
ヤエは何度も俺の名前を呼んで、格好いいって、でも、無理に着なくて良いって言ってくれた。
怒ってないのか?
蔑まないのか?
疑問に思いつつも
俺は俺に出来る数少ない事だから、ヤエが喜んでくれるなら着たい。
そう告げた。
そしたら、格好いいって。ドキドキするからって時々ねって言われた。
そうか!なるほど!ヤエは照れてたのか!自分の好きな格好をしてる俺にドキドキしてたのか!
だから、照れて無言になってたのか!
そうか!そうか!
良かった!ヤエに嫌われてねぇ!
ヤエがドキドキしてくれるなら、コシミノはヤエの前でだけ着るべきだな。
でも、ヤエが俺にドキドキしてくれるんなら、着るのは時々なんて言わずに、多い方が良いよな?
そうだ!寝間着にしちまえばいい!
俺だけに毎日ドキドキしてりゃいい!
俺はヤエをドキドキさせられる最強兵器、《コシミノ》を履き続ける事を心に誓った。
ヤエが買ってきた服は上質で大量だった。
ヤエはまた俺を格好いいと言う。
俺はフルフェイスの獣人のおっさんなんだけどなぁ・・・・。
ヤエが爆弾を投下した。
俺を格好いい、
俺は奴隷じゃない、
俺がヤエの最愛、
俺がヤエの大切、
ヤエが俺を好き
嘘かと思った。
違うヤエは嘘をつかねぇ。
顔が熱い。
全身の血液が沸騰しそうだ。
嬉しい。ヤエの言葉全部が嬉しい。
全身が、血液が、細胞が、俺のすべてが
【俺も!俺もだ!】
って叫んでるみたいだった。
実の親にさえ向けられなかった愛情だ。嬉しいに決まってる。
それが、他の誰でもない。
【ヤエ】からの言葉だ。
尚更嬉しい!
ああ、こんな感情、初めてだ。
これが幸せなのか?
俺は今、幸せなのか?
ああ、ああ、そうだ。
俺は幸せなんだ。
嬉しくて、涙が出そうなくらい、心がぽかぽかで溢れてる。
全世界に叫びてぇ!
俺は世界で一番幸せな男だ!
_____________
出かけるって言うヤエに手を繋がれた。
こんな獣人のオッサンと手を繋ぐなんて、ヤエは恥ずかしくねぇのか?
俺は・・・。
嬉しい・・・な。
誰かと手を繋ぐなんて初めてだった。
親でさえ手を繋いで歩くなんてしてくれなかった。
人と手を繋ぐなんて考えた事もなかった。
ヤエの細くて柔らかくて、少し冷たい手に俺の獣特有の手が絡まっている。
凄く不思議な気分だ。
頭がフワフワする。何だろうな。この感じ。よく分かんねぇ。
外に出たら、想像通りだった。
いつもと同じ。
俺は蔑まれる存在で、人の視界に入るべきじゃない存在なんだ。
ヤエが幸せを沢山くれるから忘れてた。
でも、これが普通だ。
今までと同じ。
俺が近寄るだけで大きな声で罵倒される。
ヤエは平気なのか?俺だけじゃなく、ヤエまで罵倒されるなら帰るべきだ。ヤエには聞かせたくねぇ。
でも、髪紐を選んでほしいって言われた。
どうしたら良いもんか悩んでたら、髪紐の店主が手に取っても良いと俺に話しかけてきた。
ヤエじゃなくて俺にだ!
訳がわからなかった。
ヤエじゃなくて俺に声をかけてくれるなんて。
とにかく必死に返事をした。
だが、言いたいことを上手く言えなかった。
それでも店主は微笑みながら言葉を返してくれた。嬉しかった。
ヤエ以外で初めてだった。
俺の目を見て話をしてくれる人間は。
目が飛び出そうなくらい驚いた。
ヤエは俺が選んだ髪紐を気に入ってくれた。
正直、髪紐を見たのなんて初めてだったから、不安だった。
でも、ヤエは気に入ってくれた。
頬が桃色になってて、すげぇ嬉しそうで。
俺も嬉しいし、なんかムズムズする。
いつの間にかヤエはもう1本髪紐を購入してた。
色違いのそれは、もしかして、俺にくれるのかもしれねぇ。
なんて馬鹿なこと考えてる自分がいた。
ありえねぇだろ。
獣人のオッサンの俺とお揃いの髪紐なんて着けたがる奴、いねぇだろうが。
そう自分を叱責しつつも、ヤエなら。
ヤエなら、俺と揃いの髪紐でも着けてくれるんじゃねぇかと思う。
まぁ、俺は髪がないから首か腕に結ぶしかないんだけどな・・・。
ヤエに出会ってから、どんどん欲張りになってく自分に驚いた。
昨日までは
こんなこと考えたことも無かった。
ただ息をして、飯を食ってただけだったのにな。
髪紐の店主は俺一人でも来て良いって、今度のお茶をしようなんて言ってくれた。
初めて人から誘われた。
俺は泣きそうだった。いい年したオッサンなのにな。
もう、声をあげて泣きたかった。
こんなに良い人間がいるなんてよ!
こんな人と出会えたなんて!
俺と話をしてくれる人間が、ヤエ以外にもいるなんて!
俺は叫びたかった。
それくらい嬉しかったんだ。
嬉しくて、気分も高揚したまま歩いてたら、魚屋のおっさんが声をかけてきた。
《旨い魚》と聞いて、ヨダレが出そうになっちまった。
思わず、ヤエを見ると微笑ましそうに頷いてくれた。
ちょっと恥ずかしかった。
いい年したおっさんが、《旨い魚》って単語にヨダレ出そうになってたなんてな・・・。
ヤエが買った魚で昼飯を作ってくれるらしい!
気合いを入れて選ばなきゃないけねぇな!
選んだ魚に気を良くしたのか、魚屋のおっさんが俺の背中をバシバシと嬉しそうに叩きやがった。
ヤエ以外で俺に気軽に触る人間がいるなんて思わなかった。
すげぇ驚いた。
しかも、そのおっさんは売り物の魚をくれたり、また来いって言ってくれただけじゃなく、次は魚について教えてくれるとか【気に入った!】なんて肩まで組んできた!
初めての連続で、頭がパンクしそうだった。
次に行った肉屋では、手を繋いでいることをからかわれた。
誰も触れなかった事だから当たり前だと受け止めてたが、そうだ。
俺、ヤエと手を繋いで歩いてきたんだ。
と照れちまった。
赤くなる獣人のオッサンなんて周囲にとっちゃ不愉快だろうに。
でも、横を見るとヤエも真っ赤だった。
俺と同じ気持ちなのかと思うと、更に顔が熱くなった。
獣人は沢山食う。
【俺のせいでヤエに負担がかかるのか】
って考えてたら、肉屋の女に怒られた。
俺が食わなくなればヤエが心配するって。
そうか。確かに。ヤエは優しいから俺が食わなくなれば心配しちまうだろう。
気づかなかった。危うくヤエを悲しませる所だった。肉屋の女に感謝だ。
更に、獣人の仲間を紹介してくれるらしい。
二人とも仲良くなれたし、この二人の仲間なら会ってみてぇ。
普通はフルフェイスの俺は嫌われるのが当然だ。
だから、嫌われてもいい。
今の俺にはヤエがいるからな。
嫌われてもいい。
仲良くなれる可能性があるなら、とにかく会ってみてぇ。
気合いを入れていると、肉屋の旦那がオークの解体を教えてくれるって言ってくれた。
ヤエのためにも覚えてぇ。
正直、今の俺に出来ることは少ねぇから。
俺もヤエの力になりてぇ。
頼りにされてぇ。
そう思った。
ドキドキしながらもヤエに伝えると【助かる】って言ってくれた。
良かった。俺でもヤエの力になれる。
でも次の瞬間、ハンマーで頭を叩かれた気分になった。
【ヤエが俺を置いて出かける】
頭が真っ白になった。
一瞬【捨てられる】とまで考えた。
馬鹿みてぇだ。
ヤエは俺を《最愛》って言ってくれてんだ。俺を捨てるなんてありえねぇ。
必死に自分を叱責する。
ヤエは俺を捨てねぇ。
少し側を離れるだけだ。
だが、昨日会ったばっかなのによ、ヤエがそばにいねぇだけでこんなに不安になるなんてな。
ヤエがどんだけ俺の中で大事な存在になってるのか、改めて分かった気がする。
ヤエは【頑張って】って言ってくれた。
なら、俺はヤエの帰りを待ちながら、自分に出来ることを全力で頑張るだけだ!
行ってこい!俺はヤエの帰りを待ってるからな!ぜってぇ、俺の元に帰ってこいよ!
そう思いながらも、また少し泣きそうになったのは秘密だ。
いい年したおっさんが情けねぇよなぁ。




