魚屋のオッサン
髪紐のお店の初老の男性と1週間後にお茶をする約束をして、当初の目的であるお肉屋さんへ向かいます。
それにしても良かった。
女性向けの雑貨屋さんなら比較的穏やかな店員で
《私》という客を獲得したいがために
エンガに声をかけるまではいかなくても、エンガにも対応を柔らかくすると思っていたのだけれど。
1人大丈夫だったのが分かれば、他の人の安心も強いだろうと思ったんだけど、
想像以上にいい人に出逢えた。
周りの視線が先程よりも柔らかくなり、
【髪紐の主人が認めたなら大丈夫じゃない?】
【対応も普通だったぞ?】
【横暴な獣人じゃねぇみてぇだなあ。】
【お金持ちみたいね、あの子。】
【獣人の為にでも大金払いそうね。】
みたいな言葉が聞こえてくる。
素晴らしい。
でも、
【女の子の一方的な恋なのかしら?】
【獣人に片想いの嬢ちゃん、変わってんなぁ。】
って言った奴、出てこい!
一方的とか片想いとか決めつけんなぁぁぁぁ!!!
おい、可笑しいだろ!?
そこは
《微笑ましいカップル》
になる予定だったんだぞ!?
何故に私の片想い!?
お前らは何を見てたんだ!?
【お嬢ちゃん、頑張れ!】
って言われなくても頑張るわ!!!!
髪紐の主人とのやり取りとお茶の約束から始まり、周りの緩くなった視線と聞こえてくる声に気付いたのだろう。
エンガのご機嫌は急上昇。
尻尾はピーン
お髭もピーン
お耳もピーン
私と繋いだ手を軽く振って
足取りも軽い。
そして今、魚屋のおっさんに声をかけられてます。
「おう!獣人のあんちゃん、お前さん滅茶苦茶たくさん食うだろ?どうだい?魚。旨いぜぇ~うちの魚は!どうだい?」
と、このおっさん、テンション高ぇな。
うむ。私じゃなくて沢山食べるエンガに狙いを定めてるのね。
声をかけられて一瞬ビクッとなったものの、声をかけて貰えたのが嬉しいんだろう。
こっちをチラリと見ながらもおっさんの話を聞きたそうにウズウズしているエンガがいるので、頷いて魚屋に近づいてみる。
とりあえず、店に並んでるのは鮮度が悪いので、鮮度の良い物を出させた後はエンガにパスして
暫く静観してみましょう。
気分は《はじめてのおつかい》よ。
「おじ様、今朝捕れたお魚ってある?あったら普段の2倍額で買うんだけど」
「お?今朝のかい?2倍か!あるよ!ある!旨いのがあるぜ!ちょっと待ってな!今、見本に何匹か持ってくらぁ!」
って慌ただしく店の奥に去ってった。
「ヤエ、ここのじゃ駄目なのか?2倍額で良いのか?」
と不思議そうなエンガ
「食材は鮮度が命だから、高くても捕りたてが良いの。エンガも覚えておいてね?あと、運んできてもらったらエンガ食べたいのを選んで良いからね?私がお昼にお魚料理作ってあげるから。」
お魚料理に唾を飲むエンガ。
可愛いよ。そう、とても。
「おう!待たせたな!これが今朝の魚だ!魚の他にイカや海老も今朝のだかんな、好きなの選んでくれや!」
「ありがとうございます。エンガ、食べたいのを好きなだけ選んで?」
「ああ!えーと、これ、旨そうだ。これも大きくて旨そう!あと、このイカ?エビ?も食ってみてぇ!」
との事。
「おお!やっぱり沢山食うんだな!獣人のあんちゃん!しかも目の付け所が良いぜ!そいつらは今が旬だからな!目が落ちそうになるくらい旨めぇぞ!」
とバシバシとエンガの肩を叩く魚屋のおっさん。
お い お や じ
エンガに対するセクハラか?
エンガが驚いてるじゃんか。
まさか、わたし以外にこんなに気軽に自分に触る奴がいるとは思わなかったんだろうなぁ。
「あ、ああ俺、獣人だから沢山食うんだ!魚料理は初めてだから昼飯が今から楽しみなんだ!んと、実はこの魚も気になるんだけどな、この魚は他のと色が違うだろ?どうなのか良く分かんないんだが・・・」
おおう!?
エンガさん、嬉しそうじゃないですか!
フレンドリーな態度と言葉の数々と
おっさんに叩かれたのが嬉しいの?
字面がヤバイなこれ。
「ああん?魚を食うのが初めてってそりゃ、おめぇ・・・ああ、そうか・・・。よっしゃ、この魚はおっちゃんからのオマケだ!持ってきな!この魚は鯛って言ってな、生良し、煮て良し、焼いて良しな旨めぇ魚だかんな!魚の旨さをガッツリ堪能してくれや!」
ああ、奴隷の首輪に改めて気が付いて、魚を食べたことがないってのに納得したのね。
んでもって、エンガを少なからず気に入ってくれて【初めての魚料理】と聞いて、少しでも旨いものをと小さめだけど高級である鯛をオマケにくれた。
勿論、新鮮な奴。
うん。
このおっさんも自分から話しかけて来ただけあって、いい人だね。
差別もなし。
粋な江戸っ子みたいなおっさんかな。
「え?良いのか?売りもんなんだろう?その鯛?って魚。」
戸惑い気味のエンガ。
基本的に遠慮しがちな傾向にあるからなぁ。
と思ったんだが、
「良いんだよ!沢山買ってもらえるしな!今後もご贔屓にって事でよ!遠慮すんな!これ食って、魚好きになってくれや!んでもって、またこの店に来い!次来た時には旨い魚の見分け方とか教えてやるよ!」
「お、おお!また来る!魚の見分け方も知りてぇ!宜しく頼む!この鯛?も有り難くいただく!ありがとな!」
エンガさん、おっさんにつられてテンション高ぇ~!
ちょっと、私といる時とは違うよね?
このテンション。
「嬢ちゃん、2倍額っつってたけど、普通の金額でかまわねーぜ?俺はこいつを気に入った!」
おい、待て、おっさん!
勝手にエンガと肩を組むな!
おい、エンガさん!
目をキラキラさせないで!
おい、【あ、あの魚屋の親父に気に入られたぞ。あの親父、テンション高いからなぁ。大丈夫か?あの獣人】って言ったの誰だ?詳細求む。
言いたいことは沢山あるが、エンガが嬉しそうだから、もう良いや。
「いいえ。2倍額支払います。店頭には無い新鮮な物を出していただきましたから、他の商品と同じ値段は駄目ですよ。それに、今後も同じ様な商品の購入でお邪魔させていただきますので、エンガ共々、末長く宜しくお願い致します。」
2倍額だと結構な金額なので、チップは少な目に渡し、エンガと二人で頭を下げる。
「おう!俺も宜しくな!あんちゃん、ぜってぇー近いうちにまた来いよ?旬の魚も見せてやるし、晴れた日にゃ、漁にも連れてってやるかんな!」
その言葉に元気な返事をしちゃってるエンガだけど、
頼むから、マジで頼むから、悪い遊びだけは教えてくれるなよ?おっさん。
その後、お肉屋に着くまで様々な人に話しかけられた。
が、あの二人のような人は見た感じいなかった。
私のお金目当てなのが分かったので、エンガに
《お肉屋さん》
の魔法の言葉を聞かせながら、二人で笑顔で爽やかにお肉屋さんの裏手まで歩きました。




