初めてのデート
さてさて
まずは、昨日の恰幅のよいおば様のお肉屋さんでオークの解体の依頼だ!
「じゃあ、手を繋ごう。エンガ、利き手じゃない方の手をかして?」
手を差し出す私に戸惑うエンガ。
「は? て? て? て、手を繋ぐのか?周りから何か言われるぞ?下手をすれば、街に居られなくなるぞ?」
何を言ってんの?
まだまだ私を分かってないなぁ。
「だから?居られないなら出てくだけだよ。何か言われたら言い返してやるもの。私はエンガと手を繋いで歩きたいの。初めてのデートだもん。手を繋いで、二人で並んで歩きたいの。」
困惑しているエンガだけど、これは譲れない。
これがエンガがうちに来てから初めてのお出かけだから。
周りが受け入れてくれないならさっさとこの街から出たいし。
商業ギルドの対応、周囲の目もちゃんと見ておきたい。
エンガの震えや手を強く握る瞬間には即帰宅するためでもある。
「エ~ン~ガ~?私と手を繋ぐの嫌?」
この聞き方は自分でも狡いと思う。
「違う!んなことねぇ!嫌じゃねぇ!でも、ヤエが馬鹿にされ・・・」
首を激しく横に振るエンガの言葉を遮って
「良かったぁ。嫌だって言われたらこの世の終わりを味わう気分だもの。じゃあ、手を繋ごうね?左でいい?」
若干無理矢理ではあるけど、手を繋ぐ事に成功した。
エンガは私の手を振り払う事もなく、繋がれた手を不思議そうに見つめていた。
手を繋ぐのは久しぶりだったのかな?
私は父親以外の異性と手を繋ぐのは初めてだよ。
そんな子だった私が・・・
こんなにも積極的になるなんて。
私は以外にも肉食系女子だったらしい。
恋と異世界は女を変えるんだね。きっと。
ではでは、改めまして街へGO!
と意気込み歩き始めた私達ですが、
やはり目立ってます。
ひそひそ話されてて凄くムカつくなぁ。
【奴隷が】
【獣人が】
【フルフェイスが】
【小さな女の子が】
【隣を】
【大丈夫なの?】
だってさ。
どーでもいいわ。
「エンガ、一緒に出掛けてくれてありがとう!私、やっぱり凄く嬉しい!何か気になるものがあったら教えてね?」
と大きめの声で、繋いでいる手を振りながら笑顔で話しかける。
周りに聞かせる為でもあるけど、デートなのも事実だからね。
周りのやつら、手を見て更に驚いてる驚いてる。
ふひひひひ。
って、エンガも驚くのかい!
まぁ、このタイミングでこの人だかりの中で言うとは思わなかったんだろうなぁ。
驚いてる顔も目がパッチリしてて可愛いなぁ。
本当に可愛い。
よし、周囲がざわついている間に次の作戦だ。近くに女の子向けの屋台系の雑貨屋さんは・・・あった!
「この髪留め可愛い。エンガ、これとこれ、どっちが私に似合う?」
髪留めを2つ指差して大きめの声でエンガに問う。
「ちょっと、やめておくれよ!フルフェイスの獣人が選んだ品なんて売れなくなっちまうだろう!?あんたにはこっちが似合うよ!」
店のババアが怒鳴った。
エンガの尻尾が下がった。
よし、こいつは敵認定だ。
「いいえ。いりません。私はエンガに可愛いと思ってもらいたいので、他人の意見はどうでもいいんです。お邪魔しました。」
一応、笑顔でその場を去る。
周囲が今のやり取りで更に私に注目した。
次に近くの同じ様な店を見てみる。
今度は髪紐のお店だ。
髪の長い初老の男性が店番らしい。多分、この人は大丈夫。
「あ、ここの髪紐可愛いなぁ。エンガ、選んでくれない?」
困惑して店の人と私を見比べるエンガ。
ごめんね。嫌な思いをさせてごめんね。
でも、もう少しだけ頑張って欲しい。
家から出ないで生きるなんて出来ないから。
嫌な人間だけじゃないから。
「お手に取って選んでくださって大丈夫ですよ?ウチは獣人さんにも御贔屓にしていただいてますし、気になさることなんて何一つありません。」
とエンガに微笑んでくれた初老の男性。
エンガが私の手を少し強く握って息をのんだのが分かった。
エンガはそのまま、初老の男性に目を合わせたまま
「あ、あの・・・俺、こうゆうの見たこと無くて、良く分かんねぇんだけど、ヤエには、えっと、この人にはどんなのが似合うのか教えてもらえたり・・・したり・・・」
最後の方は小声になってしまっていたけど、大丈夫。ちゃんと彼にも聞こえている。
「あぁ、そうでしたか。では、軽くアドバイスを。そうですねぇ。こちらのお嬢さんは肌が白くて黒い髪が美しいですからね、赤や朱色なんかが良いかと思いますよ?それとあまりごちゃごちゃしていない、シンプルな物が良いかと。後は貴方の感性で選んであげてください。お嬢さんは【貴方が選んだ品】をお望みなのですから」
とまた優しく微笑んでくれる初老の男性。
エンガは悪意も無く、微笑んで親切に言葉を紡いでくれた彼を気に入ったのだろう。
尻尾がピンっと立った。
「そっか、赤か朱色か。ああ、ヤエに似合いそうだ!ありがとう!えっと、赤か朱色、赤か朱色・・・」
と既に周りの目は見えなくなっているのだろう。真剣に探し始めるエンガを微笑ましそうに、優しく見つめている初老の男性。
そして
「これだ!これが良い!ヤエ、これが一番お前に似合うと思う!」
エンガが差し出してくれたのは
鮮やかな赤、シンプルで鈴や銀細工等の飾りは無いが、編み込みの様になっていて肌触りも上質な物。
とても綺麗で素敵な、私に良く似合いそうな髪紐だった。
「エンガ、選んでくれてありがとう!肌触りも良いし、素敵な編み込みもあって、本当に綺麗な髪紐。凄く素敵だよ。絶対にこれにする。」
私は満面の笑顔だったと思う。
本当に嬉しかった。
エンガが私を考えて初めて選んでくれた髪紐だから。
初老の男性は私の笑顔を見て、自分の事のように嬉しそうに微笑んでいた。
「お買い上げありがとうございます。小銀貨6枚(6000円)になります。実はこの髪紐、同じ品で色が紺の物があるのですが、お連れ様とのお揃いにいかがでしょうか?」
もちろん
「買います。お揃いで。買います。」
即答です。
初老の男性がクスクスと軽く笑いながら
「本当にお連れ様を心から想ってらっしゃるのですね。お見掛けした時からずっと。お連れ様を見てはお幸せそうなお顔をなさってますからね。」
「ええ。彼と出逢ってからずっと幸せなんです。」
と微笑み全開でノロケてみる。
実は聞いてほしかったのよ!
私が今、どれだけ幸せなのかを!
それにまた嬉しそうに笑う初老の男性。
照れるエンガ。
うん。凄くいい人に出逢えた。
おそらく、エンガはこの人の元へなら毎日通えるくらいには気を許してるだろう。
良かった。いい人がいる事を知ってもらえて。本当に良かった。
料金は6000×2=12000円だけど、20000円渡す。
「数々のお心遣い、本当にありがとうございました。お釣りはお優しくしていただいたお礼ですので御受け取りください。今後もお邪魔させていただきますので、末長く宜しくお願い致します。」
と頭を下げる私。
エンガも一緒に頭を下げてくれた。
この世界にはチップが当然だから、感謝を言葉の他に表現出来る良い習慣だよね。
「私が好きでやった事ですからそんなに気を使わなくてもいいんですよ?私は貴女方の様な微笑ましい方々が大好きなんですから。またいつでもおいでください。もちろん、エンガ様お一人でも大歓迎ですからね?今度、ゆっくりお茶でもしましょうね。」
との言葉に再度深く頭を下げるエンガと私。
あぁ、本当に素敵な人だ。
私達との会話を周りに聞かせつつ、私がどんなにエンガを想っているかを明確にして、
エンガが野蛮な存在じゃない事を明確にし、
その上でエンガ自身を気に入ったと周囲の人間に宣言してくれたのだ。
この人に出逢えただけで外出した甲斐があっただろう。
頭を下げたエンガの鼻がスンと一つ鳴った。




