獣人、エンガの想い
『獣人、エンガの想い』
俺の名前はエンガ
虎の獣人だ。
獣人は人間から野蛮だと蔑まれる存在で、服従の首輪を嵌められ奴隷にされる事が多い。
だから昔から人間から逃れるように森の中に村を作って隠れるように生きる種族だ。
獣人同士の絆は強い。
蔑まれる者同士だからか仲間意識が強いのが特徴だ。
でも、俺にはその絆が当てはまらなかった。
俺がフルフェイスの獣人だったからだ。
他の獣人は人間に動物の耳と尻尾が付いただけの存在であり、人より強い力を持つ。
俺は強い力はあったが、顔面が虎だった。
二足歩行で歩く虎だ。
身体も大きく全体的に筋肉質で太い。
手や足も虎と同じもの。
腕や脚、全身を覆うのはシマシマの模様の毛皮だ。
【異端中の異端者】だ。
本来なら産まれた瞬間に殺されている。
だが、俺の両親は俺のことを誰にも言わず、俺を隠して育てることに決めた。
幸い、家は集落を離れた山菜を取るための一等山奥の小屋だった為に誰にも存在を知られずに育った。
周りから隠され、怯える日々を過ごした。
しかし、7歳になったある日
最悪なその日は訪れた。
村の獣人には見つからない様に
山の奥の奥に山菜や動物用の罠を確認しに行った。
その時、
空から悪魔がやって来た
ドラゴン
産まれて初めて見るその姿に腰が抜けた。
【死ぬ】
脳裏にその言葉だけが駆け巡った
次の瞬間、
ドラゴンは俺に襲いかかり、目を抉り、
俺を崖から落とした。
俺は自分の絶叫を聞きながら気を失った。
目が覚めたとき、俺は馬車の荷台に乗せられていた。
「ふひひひひ。怪我は酷いがフルフェイスの獣人なんて珍獣、客寄せには持ってこいじゃないですか♪ついてますよ♪ついてます♪こちらには何の痛手もなく珍獣を手に入れられたんですからね♪ふひひひひ。」
ぼんやりとした頭にそんな言葉が入ってくる
俺は人間に捕まったらしい。
身体中を走る激痛で頭がハッキリしない。
何も考えられない。
でも、これだけは分かる。
視界が狭い
片足が動かない
これから待ち受けるのは地獄だろう
無知な俺でもそれだけは分かる。
それから25年。
予想以上の地獄の日々だった。
獣人の癖に役立たずだと罵られ、
フルフェイスの珍獣だと蔑まれ、
食い過ぎだと殴られながらも少量の野菜の皮が渡される
殴られ、蹴られ、
片足がない俺が転び、地を這う姿がストレス解消になるんだろう。
俺はただただ、生きるためにこの地獄に耐えるだけだった。
そして、そんな地獄が遂に終わりを告げた。
いつも通りに客寄せの笑い取りに使われた俺の耳に
優しく、力強い若い女の子の声が届いた。
【買う。その獣人。小銀貨10枚で。私が買う】
驚いた。
俺を買う何て言葉、聞いたことがない。
それどころか、そのお嬢ちゃんは俺の目を真っ直ぐと見つめている。
フルフェイスの獣人の俺をだ。
そんな俺を買うと言ってるんだ。
涙が出そうだった。
買い取りが決まった奴隷の部屋に連れていかれてコシミノみたいなボロ布1枚にされた。
お嬢ちゃんが俺を買ってくれると手を挙げてくれたのは嬉しい。
でも、ちゃんと伝えないといけない。
お嬢ちゃんは恐らく
獣人の存在も
俺の使え無さも
俺を連れていることで損することも
完全には理解してない。
俺は俺を受け入れてくれた
たった一人の優しいお嬢ちゃんを不幸にするつもりはない。
と意気込んでいたんだが・・・。
お嬢ちゃんは
【ヤエ】は俺を
虎の獣人でフルフェイスで片足で片目でオッサンの俺を受け入れてくれた。
なんつーか、プロポーズみたいな言葉までかけてくれたから照れちまった。
俺は獣人でフルフェイスでオッサンなんだけどな。
しかも
ヤエは異世界人らしい。
獣人に嫌悪感がないのも納得だ。
すげえ家に住んでるし、畑も凄い。
俺が腰を抜かすくらいにだ。
更には
俺の脚も目も魔法で治してくれた。
25年、とっくの昔に諦めたのに
何でもないように治してくれた。
嬉しくて嬉しくてガキみてぇに泣きじゃくる俺の、小汚ねぇ獣人のオッサンの頭を撫でながら
【エンガが嬉しいと私も嬉しい。
エンガが幸せなら私も幸せだよ】
なんて言ってくれた。
気恥ずかしくてどーすりゃいいか分かんなかった俺にヤエは風呂を勧めてくれた。
俺は風呂が好きだ。
暖かくて、筋肉がほぐれて、優しい気持ちになれる。
『ご飯』って単語に耳が盛大に動いたのは気づかなかった事にする。
浴槽の横で桶でお湯を被り、タオルで身体を擦る。
何度も何度も繰り返してから、
浴槽に浸かる。
生き返る気分だ。
この25年間、まともに風呂に浸かれたのは片手で数えるくらいだからな。
ふと
こんなに幸せで良いんだろうか?
身体も戻って、人と同じ扱いをされて
ヤエに優しい言葉をかけてもらえて
俺は夢を見てるんじゃないか?
死ぬ前の幸せな夢を。
なんて考えてしまう。
風呂から上がって腰にシーツを巻いていると
風に乗ってふんわりと美味しそうな食べ物の匂いがする。
もう何十年も腹が減ってる状態だ。
ヤエはご飯を【作っておく】って言ってた。
生の野菜の皮や摘んできただけの茸なんてことは無いだろう。
例え、ヤエの分との差はあれども、ヤエは主。俺は奴隷だからな。
当然の事だろう。
それにヤエなら
『それを一口食べてみたい』
と言えば食べさせてくれる気がする。
ヤエは優しいから。
リビングに行くとそこには
目の前に並ぶご馳走の数々。
ヤエがこんなに食べるとは思えない。
もしかして、俺が
【獣人は馬鹿みたいに食う】
って言ったからか?
食べてもいいのか聞いてみると
【エンガのために作った】
なんて言ってくれる。
こんなに旨そうな、上等なご馳走を。
嬉しかった。
俺のためにヤエが作ってくれた手料理だ。
嬉しいに決まってる。
ヤエは異世界の味が俺の口に合うか心配してたみたいだか、すげぇ旨い。
その辺の屋台や店で食うより絶対に旨い。
それに、優しい味だ。
心が温かくなる、優しい味だ。
ガツガツと食べ進める俺をヤエはニコニコと嬉しそうに眺めてる。
奪い合わない飯は25年ぶりだ。
食い終わって、腹がふくれて、
初めて満腹になる幸せってのを知った。
腹いっぱいで幸せで眠くなって来たところでヤエに部屋に連れていかれた。
俺の部屋は明日創るから、仮の部屋だって。
そこには
俺でも寝れる大きなベッドがあった。
小さいけど俺でもギリギリは入れる見たこともない綺麗な便所があった。
明かりがつけられるボタンがあった。
この25年、大部屋での雑魚寝しかしたことが無い俺には驚きの連続だった。
でも、迫り来る睡魔には勝てない。
だんだん開かなくなっていく目を擦る俺の手をヤエが優しく引いてベッドに入れてくれた。
柔らかくていい匂いのするフカフカな布団をかけてもらって、直ぐに夢に落ちた。
死ぬ前の夢でも良い。
俺は今日、1日、人生で1番幸せな日を過ごした。