ばれんたいんでーだっ
バレンタインに何の予定もない作者の妄想です。
俺の予想では今日の夜か明日の夜に女の子に「車の調子が悪くて…」みたいなどうでもいい理由で呼び出される。
行ってみると「ごめんなさい、うそ。はい、これ。」と言ってチョコを渡される。
それに対して俺は「お嬢ちゃんはこっちの道に来ちゃいけねぇ。」と言いチョコを断る。
「どうしてなの・・・私はあなたのそばにいたいだけなのに・・・」
と泣きながらチョコを抱える少女は出合った頃のあいつを思い出させた。
だが、あいつは…。
「お嬢ちゃん、これを見るんだ。」
俺はコートを巻くって腹部を見せた。そこには見るからに手のつけようのないおどろおどろしい傷口があった。
「ひっ。」
少女の声を殺した悲鳴が耳に届く。
あたり前だ。こんなにも俺は、醜い。
「先の大戦でやられたものだ。ひどいもんさ。医者もサジを投げた。」
大戦中に俺は敵の捕虜となった。しかしそこでは尋問の名の元に凄惨な拷問が行われていた。
今でもこの傷が疼く。
「これが、離婚した者の末路さ。」
この国は結婚というものに寛容だ。多重婚、同性婚、近新婚、なんでも許される。
しかしその代わりに絶対許されないモノがある。
それは、離婚。
いかな理由であれ離婚をした者は厳しく罰せられる。
俺はかの大戦のさなかに離婚した。
そう、後にValentine大戦と呼ばれる大戦である。
Valentine大戦。
この国でのバレンタインデーは形骸化されたものだった。夫婦が行うのみ。しかしすべての夫婦が行うものだった。
みな、当然のようにチョコを渡し、チョコをもらっていた。
そのさなか、チョコのやりとりを拒んだ夫婦がいた。
以前、政府の調査で、ある夫婦がチョコのやりとりを拒んだと判定されたのだ。
さらに調査が進むとその夫婦は極秘で、事実上離婚していた。
周囲の夫婦の怒りは爆発した。結婚に満足している夫婦なんて、少ない。しかし離婚をすれば罰せられる。
みなそのような社会の中、我慢をし生活してきた。
その社会に反抗したものが現れたのだ。
ある者は糾弾し、ある者は支持した。またある勇気ある権力者は自分も極秘裏に離婚していたことを暴露した。
離婚容認派と離婚反対派の間に深く溝ができた瞬間だった。
次第にそれは討論のみでなく国民どうしでの戦争と化した。
国が、分かれたのだ。
大戦中、離婚容認派に傾いたものは関係がうまくいっていなかった夫婦達だった。
そしてその夫婦達は、政府には認められないものの、大戦のどさくさに紛れて離婚をした。
しかし政府の対応は厳しく、離婚した者は厳しく罰せられた。
また、政府に見つからずとも離婚者狩りと表して、離婚反対派の中の過激派が離婚をした者に対してほとんどリンチのような事をした。
そして俺も、そのリンチを受けた一人である。
俺が離婚した理由は考えの不一致だった。
あいつとは互いに互いを深く愛し合っていた。
しかしそれ故に夫婦という関係は上手くいかなかった。
愛すれば良い、それだけでは夫婦は務まらないのだろうと思った。
極秘裏に離婚した後俺達は別々に行動した。
離婚容認派はいくつかのグループとなって隠れていた。
しかし一部のグループにスパイがいたようで俺達のグループの所在はすぐに明らかになった。
俺は仲間達を逃がすためにわざと捕まり、離婚反対派の捕虜となった。
「おい、いい加減はいちまえよ。仲間の居場所をよお」
過激派の一人が俺のむごたらしい傷跡を眺めながら言う。
尋問と称した拷問を受け続けてもうどれくらいたっただろう。
生きていることが不思議なくらいだ。
「最初から言っている通り、仲間の居場所は知らない…。それに俺の知っている場所からももう逃げているだろう…」
仲間の居場所を知らないのは事実だった。逃げ場所はその時々で臨機応変に変えていたからだ。
「へえ、そうかい。」
男は俺に近づく。
「あんたは拷問に対してずいぶん強いみたいだ。何か特殊な訓練でも受けているのか?まあいい。でも、これはどうかな?」
そう言って男が部屋の扉を開くとその向こうから男の仲間と…。
「っ!」
俺が離婚したはずのあいつが腕を縛られた状態で連れて来られていた。
「こいつらのグループはもうこいつ以外全員死んだよ。こいつも殺してやろうかと思っていたが、お前の嫁だったって情報を聞いてな。」
男はいやらしい笑みを浮かべる。
「そいつとは離婚した。もう俺とは関係ないはずだ。」
「おいおい、この国では離婚なんて認めてないぜえ。まあ、いい。」
男はそう言いながらナイフを取り出す。
「さっきも言ったがお前の体に聞いても、たぶん何も出てこないだろう。しかし、この女が弄ばれるとなるとどうだ…?」
男は下衆な笑いをしながら俺にそう言う。
「てめぇ、ふざけんな!そいつは俺とは関係ない!」
あいつとは離婚した。しかし…俺は…。
「まあ、別になんとでも言ってくれ。俺はこの女と遊んでるから、話したい気分になったらいつでも言ってくれ。」
そう言って男はあいつと部屋から出て行こうとする。
待って、待ってくれ。本当にグループの居場所は知らないんだ。
「本当を言うと、別に居場所なんてどうでも良いんだよ。ただ政府の決めた離婚禁止という決定を覆した奴がむかつくだけだ。」
男はニヤニヤしながら続けた。
「だから、決定を覆した奴らが苦しむ姿を見ると、笑えてくるよ。」
最後に男はそう言った。それ以上言うことはない、とのように。
だめだ、やめてくれ。そいつのことは、本当に愛しているんだ。
ただお互いに少し行き違っただけなんだ。
許してくれ、俺が悪かった。離婚なんてするんじゃなかった。ごめんなさい、ごめんなさい。
声にもならない声で俺が叫んでいると、部屋を出る間際、あいつが振り向いた。
あいつは、これから男に弄ばれるというのに、いつもと変わらない笑顔をしていた。
大丈夫だから。だから、生きて。
そうあいつが言ったような気がした。
扉が、閉まった。
それからどれくらいの時間がたっただろう。
俺は放置されたまま長い時間を過ごしていた。
そうしていると遠くの方から銃声と人が歩いてくる音が聞こえた。
扉が開く。
「大丈夫ですか?助けに来ましたよ!」
グループのメンバー達だった。
なんでも、皆のために捕まった俺を見捨てることはできない、ということがグループ皆の総意となったようだった。
過激派のアジトに踏み込み、助けに来てくれた。
拘束が、解かれる。
「…俺以外に、生きている捕虜はいたか?」
お願いだ。
「アジトを一通り調べましたが、生きている人は一人も…。」
それを聞いて、俺は今までの拷問の傷の痛みと、あいつを失った絶望で、気を失ってしまった。
すまない、俺のせいで…。
後悔の気持ちで一杯だった。
その後過激派・離婚容認派ともども政府によって沈静化された。
しかし離婚容認派の中でも過激派の苛烈な攻撃を生き延び、政府に捕まることなく今なお生き続け逃げ続けている者もいる。
そういう者には政府によって多額の賞金がかけられ、政府のみならず過激派の残党や一般市民からも狙われている。
それが、俺だ。
おれはあいつが最後に言い残した、生きて、という一言をのみ信じて生きている。
そんな俺に、少女は好意を寄せているという。
「お嬢ちゃん。わかっただろう?俺は犯罪人。離婚した男だ。政府からも社会からも嫌われている。そんな俺に関わること、ましてやチョコを渡すなんてやっちゃあいけないことなのさ。」
そう言って俺は少女の前から去ろうとする。
「待って下さい!」
少女が呼び止める。
「…受け取ってもらえなくても、構いません…。でも、最後に、犯罪とわかっていてなお、何故離婚したんですか?それだけ教えて下さい。」
…この少女は、俺が潜伏先にしていた場所の近くに住んでいただけの少女だ。たまたま知り合っただけ。そんな子に俺の情報を教えると彼女も危険に晒されるだろう。でも…。
「愛して、いたんだ。」
あいつに似すぎている。
「えっ?」
「あいつのことを、深く愛していた。しかしそれ故に、愛し過ぎるが故に、お互いの歯車は少しずつずれていった。ほんの、些細な理由だったと思う。でも、これ以上一緒にいるよりは互いに愛し合っているまま、離婚した方が良いんじゃないかと思った。だから、離婚した。」
こんな話をするのは最初で最後かもしれない。愛していたが、別れた。それだけのことだ。
「そうなんですか…。でも、失礼ながら、それって本当に愛していたのでしょうか?」
何を言いだすんだこの少女は。
「愛していたさ。」
きつく言い返す。
「嘘です。本当に愛するって事は、どんなことがあっても互いに信頼できること。歯車がずれても、いつかまたかみ合うことを信じれること。ずっと一緒にい続けたいと思えること…。」
俺の言葉をさえぎり少女は語った。
愛すること。それは相手を全て受け入れること。そして自分を受け入れてもらうこと。
そのために信頼すること。
俺は…どうだったのだろう。
あいつのことを愛している、好きだ、と思いつつも本気であいつを信じていたか?
これ以上一緒にいても仕方ない、と思ってしまうという事は、それだけの関係じゃなかったのか?
俺は、本当に愛していたのか?
「俺は…」
「この国が離婚禁止になる前、人は簡単な理由で人と別れました。距離、年齢、お金、性格、色々です。そんなに気軽に別れられては困る、結婚の大切さを知るべきである、という理由で離婚は禁止となりました。あなたは昔の人と同様に結婚を軽視していたのではないですか?」
ああ、そうかもしれない。俺は、もともと大して愛していない人のことを心から愛しているかのように振舞っただけなのかもしれない。
しかし、あいつは最後のあの時に俺のことだけを気使っていた。
愛していなかったのは俺だけで、俺は既に愛されていたのだ。
それに、ようやく気づけた。
涙が一筋流れた。
「お嬢ちゃん…ありがとう。あなたに大切なものを教えてもらった気がするよ。あなたの言う通りだ。俺は、浅はかな人間だ。」
心からの感謝だった。
少女ははにかみながら言う。
「あなたからそう聞けて、よかった。チョコ…受け取ってもらえませんよね?」
俺もつられて微笑む。
「受け取ってしまったら君も犯罪者の片棒を担ぐことになる。しかし、その辺の道路にすてきな小包が落ちていたら、俺は拾ってしまうかもしれないな。もう少しだけ、この辺をうろうろするだろうし。」
少女は満面の笑みで微笑んだ。
「そう、ですよね!もしかしたら今私が持っているような小包みが落ちているかもしれませんもんね!」
二人して、笑った。
「じゃあ、そろそろ行くよ。次の隠れ場所に行かないと。」
「わかりました。どうか、お元気で。いつかお会いできた時は、またお話しましょう。あ、落し物は拾った方が良いですよ!」
そう言って、少女と別れた。
少女はいつまでも笑顔だった。
少しして少女と話した場所へ戻る。
そこには少女が持っていた物と全く同じ可愛らしい小包が落ちていた。
俺はそれを懐に忍ばせ、次の隠れ場所に移った。
隠れ場所につき一息をついた。
少女から言われたことを考える。
俺は、きっとあいつのことを愛していなかった。そのことに気づけずあいつにも自分にも無理をさせていた。
しかしそれに気づけたことで、彼女への想いがより深まったように思う。
でもあいつはもういない。だが、いなくなってもなお俺の心には深く刻み込まれている
生きて。
その一言だけで俺は生きていける。そう、思えたのだった。
ふと少女のくれた小包が目に入る。
可愛らしいリボンがついていたのでそれを解き、箱の中身を空ける。
そこには
「発信機…?」
その瞬間隠れ場所が明るく照らされる。
多くの人の足音が聞こえる。
「そこにいるのはわかっている!離婚禁止条約に則り貴方を拘束する!」
政府の者達の声が聞こえる。
ああ、そうか。彼女は初めから俺にかけられた賞金が目当てで来ていたのか。
この国ではチョコは夫婦間でのみあげるもの。
それ故、彼女がチョコをくれると言う想いは本気、本命のチョコだと思っていた。
しかし、これは
「ずっと昔に廃れたはずの義理チョコか。」
大勢の人の足音が近づいてくる。
俺はもうここで捕まってしまうだろう。
でも、後悔はしていない。
少女が気づかせてくれた。
あいつへの想い。それだけは本当のことだった。
「義理チョコを本命チョコと勘違いした男の末路…か」
扉が荒々しく開かれた。




