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自作小説倶楽部 第10冊/2015年上半期(第55-60集)  作者: 自作小説倶楽部
第56集(2015年02月)/「恵方巻き」&「夜明け」
9/36

03 らてぃあ 著  恵方巻 『食べる女』

 彼女の名前は、そう、ノリコって言いました。カオリのこと?いいえ。ノリコのことから話さなきゃあ。すべてノリコのせいなんです。漢字でどう書くか?苗字?知りません。聞いたかな?でも覚えてないです。平凡な名前でしょう。彼女の外見も地味な女でしたよ。でもね。恐ろしく強欲な女でした。

 最初に会ったのは大学サークルでの飲み会の席でした。そして次の朝に「ずっとあなたのことが好きだったのよ」 と告白されました。ラブレターでもくれて言われたら少しは感動したかも知れません。でも酔いつぶれた僕のアパートの部屋に勝手に上がり込んで勝手にエプロン付けてネギを刻んでいたんじゃ精神的ダメージが大き過ぎて部屋から追い出すのがやっとでした。いいえ。何もありませんでした。すべて彼女の狂言です。そもそもその夜は全く記憶がない。

 彼女が隣の部屋の住人に平然と挨拶して帰って行くのを聞いてさらに愕然としました。隣の男は僕の指導教授の助手でした。彼女とトラブルを起こせば教授に筒抜け、就職の推薦を受けられなくなる。女の子とのトラブルはただでさえ周囲に悪いイメージを与えます。特にその教授は恋愛は良くても、女の子を泣かせるのは大抵男が悪いと公言してました。

 気にするのは当然ですよ。自分の将来が掛かっているんだから。

 特に僕は兄のことがあったので慎重でした。

 5歳離れた兄は小さい時から神童と将来を期待されていて飛び級で大学を入ったんです。それがある日、お腹の大きな恋人を連れ来て、

「結婚する。大学は辞める」

 と宣言したんです。

 兄自身は幸せだったかも知れませんが両親はひどい落胆で僕は生活に追われた兄が才能を枯らしていくのが悲しかった。だから恋愛にうつつを抜かすわけにはいかなかった。

 僕にとって彼女は悩みの種でしかありませんでした。

 彼女が手料理を持って頻繁に僕を訪ねて来るようになりました。もちろん断ったし、付き合うつもりも無いと言いましたが彼女は平然と僕の部屋に上がり込んで自分で料理を食べていました。かなり大きなタッパーに入っていたのにいつも完食でした。閉じている時はそうでもないのに大きく口を開けてむしゃむしゃと。


 告白から3ヵ月くらい、2月になっていました。彼女が持って来たのが恵方巻きでした。

「これねえ。恵方巻きっていうの。うちの田舎じゃ節分の日に縁起のいい方角向いてこれを食べるの」

 無言のままの僕に彼女は説明しました。そして僕の方を向いて恵方巻きを両手に握りました。

「やめろよ。気持ち悪い」

「うふふふ。あたしにとってはあなたのいる方角が恵方なんだよ。あなたから幸福を食べるの」

 彼女が大きな口を開けて恵方巻きにかぶりつきました。

 ガブリ。パリッ。

 ムシャムシャ。ムシャムシャ。

 思わず目を瞑りました。でも耳に音が響きます。

 ガブリ。パリッ。

 ムシャムシャ。

 ガブリ。パリッ。

 ムシャムシャ。

 目を開けると彼女は恵方巻きをくわえたまま笑っていました。僕をいたぶり、支配するのを喜ぶ、気味の悪い笑みでした。


 2人の刑事が暗い表情を突き合わせていた。

「ノリコ、見つかった?」

「いいえ。当時を知る人たちもよく覚えていないらしいです。サークルには2人「ノリコ」という女性がいましたがどちらも否定しました。サークル外から飲み会に参加していた女性になると特定は難しいですよ」

「生きていたとしても10年以上前に男子学生をストーカーしてた事を話す女なんていないだろうな」

 黒衣の刑事は紫煙を吐き出した。

「妻のカオリさんはショックで話が出来る状態ではないそうです」

「そうだよな。恵方巻きを食べてたら突然夫に首を絞められるなんて信じられないだろう。ましてや過去のストーカー女が原因なんて、」

「マスコミが興味深々らしくて会見を開くそうですがどうします?」

「署長にはアドリブでお願いしよう」

 2人の視線は新聞の見出しに注目した。

〈〈エリート社員 妻殺害未遂〉〉

               了

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