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自作小説倶楽部 第10冊/2015年上半期(第55-60集)  作者: 自作小説倶楽部
第55集(2015年01月)/「成人式」&「車」
6/36

06 らてぃあ 著  成人式 『永遠の少女』

 着替えが終わるとヤエは障子を開け、トヨを椅子に座らせた。

 眩しい光が少し肌に痛かったが、暖かな風が心地よくトヨの髪を撫でた。しばらくトヨが風を楽しんでいると、どこからか小さな花びらが一枚、トヨの足元に落ちて来た。

(あの花が咲いたんだわ)

 トヨは畳の上を転がってゆく花びらを目で追って、かつて見た頭上の青空と白く輝く満開の桜を思い出していた。

(今日の振袖のままあの花を見に行きたいわ)

 ヤエが着せてくれたのは白地に様々な花が散りばめられ、帯は金と緑だ。

「わぁあ、トヨちゃんキレイ!」

 縁側の下から、にゅっと出てきた真っ黒な顔にトヨの夢想は無残に破られた。

 天敵のミサキだ。

 恐怖するトヨにも、泥だらけの手足にも構わすにこにこと縁側に這い上がった。

(やめて、汚い手で触らないで)

 トヨに近づいてから自分の手の泥に気が付いて、自分の服でごしごしと拭いた。

(余計に汚れるじゃない。馬鹿な子)

 ついこの前までミサキは芋虫のように床を這い回っていた。トヨのお気に入りの着物にべったりと涎を付けた。やっと立って歩くようになったら、家の中を走り回り、外に出れば泥だらけで帰って来る。

「まあ!ミサキちゃん駄目よ。お風呂でキレイキレイしましょう」

 声を聞きつけたヤエがミサキを捕まえる。

「おばあちゃん、ミサキもトヨちゃんみたいな着物欲しい」

「ハイハイ。その内ね」

 ヤエに連れられてミサキの姿が消えると風呂場で歓声が聞こえ始めた。

 トヨの目の前の光景は元に戻った。風はまだ優しい。しかしトヨの気分は元に戻らなかった。


 がらっと玄関の引き戸が開き、閉まる音よりも早くミサキがどたどたと台所に飛び込んで行った。

「ただいまあ。やあ、参った。暑すぎ」

 アイスキャンデーを片手にトヨのいる居間に入って来た。トヨを見ると目を輝かせて近づく。日焼けした顔からニキビ軟膏の臭いがした。

「うわあ、このセーラー服かっわいい! ねえ、これどこで買ったの?」

(助けてよ。ヤエ)

 アイスのしずくとミサキの汗が付くのではないかとトヨは気が気でない。しかしヤエはテレビの前で石のように動かなかった。

(ヤエ、どうしちゃったの?)

 本当は洋服など着たくは無かった。しかしヤエはもう一年以上トヨの着物を縫わなくなった。着替えの回数もどんどん減っている。

(ヤエ、ヤエ…)

 ミサキも返事の無いヤエを不満げに一瞥するとアイスキャンデーをくわえて流行の歌を口ずさみながら携帯電話をいじり始めた。

.

「あった。これがトヨちゃんよ」

 久しぶりに名前を呼ばれ、前を見るとガラスの向こうの光の中に赤い振袖を着た女がトヨを指差して笑っていた。

「これが活き人形か。綺麗だけど何だか怖いな」

 横から眼鏡の若い男が覗き込む。高級そうなスーツを着ているが身体に馴染んでいない。

(まるで七五三ね)

 赤すぎる口紅の形を見てトヨは女がミサキであることに気が付いた。

「元々ひいおじいさんがおばあちゃんのお姉さんをモデルに作らせた物らしいわ。人形に魂を封じるって言われる名人に」

「本当に生きてるみたいだ」

「子供の頃は本当のお姉ちゃんみたいに思っていたのよ。この博物館に寄贈するって決まった時はおばあちゃんの葬式より泣いたわ。大人になったらお金持ちになってトヨちゃんを買い戻そうと思った」

「冗だ……」

「本気だったわ。その時はね。でも、こうしてトヨちゃんが大切にされて飾られているなら、これで良かったと今は思うわ」

 ミサキはそこで言葉を切ったが唇はトヨに向かって動いた。

 わたしキレイでしょう?

「美咲、もう行こう成人式の二次会始まっているよ」

「そうね」

 微笑みあった二人の姿は通路の角に消え去る。

(ミサキ、)

(ミサキ、)


(何だよ。今頃ホームシック?)

 隣に展示された道化師の人形が言った。

(うるさい。)

 言い返してから無視すればよかったと気が付く。誰が何を言おうと、ヤエのように年老いていくミサキがどうなろうと自分とは違う次元の出来事だ。闇を見つめているとトヨの心も虚空に溶けて消えていく。しかし最後までミサキの赤い振袖がちらついていた。

               了

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